*2032年 東京レコンキスタ!
2032年8月7日夕刻 東京都「代々木領域」上空
――パラパラパラパラ――
イヤーマフ越しに消音ローターが発する空気の振動が、波のように身体に達する。新タイプの域内侵入型ヘリコプターという話だったから、さぞ後部キャビンは快適なのだろうと思っていたが、トンデモナイ間違いだった。
それでもまぁ、ひと昔前のUH-60よりは数倍もマシなのだろう。
俺はそんな事を考えながら、バブルウインドから眼下を見下ろす。
夕方の西日に沈みかけた東京の街。
我ながら呆れた話だと思うが、「代々木」「井之頭」「中野」と3つの「中規模メイズ」が「魔物の氾濫」を起こした状況にも関わらず、日本人は相変わらず東京にしがみ付いている。もっと上空から、それこそ偵察衛星高度から見れば、東京は西側に3つの穴を開けられた状態に見えるだろう。それでも、相変わらず、首都は東京のままだ。
そんな呆れた気持ちと共に、俺は今、3つの「領域」のうちもっとも古くに出来た「代々木領域」その上空に居る。
降下設定地点の旧NHK総合センターの東側100m地点に出現した「代々木中規模メイズ」。それを中心に半径2kmの廃墟が広がる。外周に設定された500mの領域を含めれば半径2.5kmになる円形の「領域」は、東京であって、東京ではない。こんな
「……メンドクセ」
思わず本音が出るが、隣に座る「美人さん」には聞こえなかったようだ。それで少しホッとする。俺はあんまり余計な事を言って叱られるのを避けるため、窓の外から視線を逸らすと、そのままイーマフの中で交わされている「通信」に耳を傾ける。
――こちらペリカン01号、[24式自律機動戦]6機降下……降下完了――
――こちらペリカン02号、同じく[24式]6機を降下完了――
――こちら
――こちらフクロウ01号、現在旧NHK総合センター上空。高度300m――
――こちら大鷹、フクロウ02、状況送れ――
――大型モンスター
――大鷹了解、24式をそちらに送る――
(降下地点に設定された旧NHK総合センター周辺で厄介なのはオーガ3匹か)
と思う。
この「代々木領域」では北側の旧代々木公園内に30層の
それを除けば、地上の領域内で厄介なのは
同じ厄介さで言えば
現に2025年の春に一度、「赤梅中規模メイズ」の25層|番人(センチネル)として出現した
思えば、その時点まで「チーム岡本」として活動していたが、あの時の撤退を機にPTは別々の道を歩む事になった。
朱音は両親の仕事を手伝うということでベトナムへ行ってしまった。「アッチのお金持ちは
飯田はというと、今は「飯田装備(株)」の社長になっている。片桐さんと結婚したのは2023年の事だったが、今は2人で協力しながら[受託業者]や[対メイズ部隊]向けの装備を開発し続けている。稀にメイズにも顔を出しているようだ。
そして、岡本さんはというと……
「なぁ、コータ。俺、今回の作戦が終わったら流石に引退しようと思うんだけど」
と話し掛けて来るように、同じヘリコプターに乗っていたりする。もう44歳になるが、毎度毎度「引退宣言」を繰り返しながら中々引退しないロートルと化しているのが岡本さんだ。
ちなみに、ロートルといえば、俺も大概だし……
「またそんな事言って、結局辞めないじゃないですか」
と、そんな岡本さんにツッコミを入れている隣の美人さん……まぁ里奈のことだけど。彼女も大概だ。
ちなみに俺と里奈は「代々木事件」の4か月後に入籍した。そして今では2児のパパとママだったりするが、2人の子供 ――
――二人とも、いつまでそんな事を続けるつもりだ――
と小言を貰う日々だったりもする。実家に帰るとマスオさん状態でツライのよ。
ちなみについでの話になるが、里奈は長男の公輝を妊娠している時に[管理機構]を退職している。もうその時点で、里奈は俺と一緒に[受託業者]をやるつもりだったらしい。産む前から子供は両親に預けようと考えていたとのこと。
俺としては多少反対もしたが、
――それが嫌だったら、また妊娠させることね!――
と言われてしまった。その後、それなりに頑張ったのだが……まぁそうポンポンと出来るものでもなかった。
とにかく、そう言う経緯で[受託業者]夫婦になった俺と里奈な訳だが、岡本さんでなくても「そろそろ引退を」と考えている。だって、俺も里奈も37歳だ。この年齢で[受託業者]というのは結構珍しいし、最近は「東京DD」のルーキー・メンバーとも何となく話が合わない。結局、手島が一番付き合いやすい「身近な他人」になるなんて、なんの冗談だよ、と思うものだ。
と、冗談はさて置き、引退後は[管理機構]に顧問として籍を置くことが決まっている。これは日本政府の強い意志があってのこと。断ると怖そうだし、第一辞めたとしても「メイズ」とは無関係ではいられない。それは、
「岡本殿は時折フラグを立てるのだ。吾輩いつも心配なのだ」
「でも、岡本様は腕力でフラグを圧し折るニャン。ハム美は心配してないニャン」
と言う、2人(匹)の存在が原因だったりもする。まぁ、そう言う運命だな。
*********************
そんな事を言ったり考えたりしている間に、俺達を乗せたヘリは降下予定地点に入る。
『降下スタンバイ、お願いします』
「オッケー」
「いつでも」
「大丈夫なのだ」
「私飛べるニャン」
副操縦士の声に答える俺達。
ちなみに前回の「赤梅中規模メイズ」と同じく、今回の行動は「月下PT」「TM研」「東京DD」と共同行動だ。総勢36人が「代々木中規模メイズ」に乗り込むことになる。
『降下どうぞ……ご武運を!』と操縦士が言い、
「そっちも帰りは気を付けて」と里奈が返す。
それで、俺達は旧NHK総合センターの屋上に降り立った。
既に降下していた「東京DD」の面々が居て、【収納区間】から各自の銃器と弾薬を取り出して配っている
俺は、その様子から視線を外し、次いで上空から降りてくる後続のヘリを見る。そして奥太摩の方へ沈む赤い夕陽へ視線を向けた。
少しだけ、大輝の事を思い出した。
「コータ、行くわよ!」
「分かった……」
振り返ると、そこには里奈の姿がある。夕日を受けて少し赤らんだ里奈は、ニッと笑うと、右手を差し出してきた。俺を見て、俺のために差し出した手だ。
「行こうか!」
「うん!」
東京、いや、世界を蝕みつつあるメイズという存在。それに俺達はどれだけ抗うことが出来るのか? 時折不安になる。でも、この笑顔がある限り、俺は頑張れるだろうと思った。
*東京メイズ・ウォーカーズ! ~黎明期のメイズ受託業者達~ 完
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お読みいただきまして、誠にありがとうございます。
多くを書くと蛇足になりますので、この辺で。
今後も皆さまが面白い小説に出会いますように……
東京メイズ・ウォーカーズ! ~黎明期のメイズ受託業者達~ 金時草 @Kinjisou
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