第04話 大書庫の守り人
そこは“奇妙”な書庫だった。
二十畳ほどもあるその空間には壁際、床、天井の隅々に至るまで書棚が並べられており、散乱した本が宙を浮いて彷徨っている。どの書棚にも書物がみっちりと詰まっており、宙を浮いているこれらの本たちと数を合わせると、蔵書数はどれほどの数になるのか分からない。
上に目を向けると吹き抜けが見えるが、その先も本棚、浮遊した書物で埋め尽くされていた。
「ああ、本が散らかっていて億劫だね。少し待っていてくれないか」
部屋の奥の人物はそう言うと、手を一振りする。すると、不規則に浮遊していた本たちが途端に規則的に動き始め、分岐して、本棚に収まっていった。
「おー」
ぱちぱち、と拍手を送る眠。今やこの部屋には浮遊した本は一冊もない。
「まぁ、少々熱中し過ぎていたからね。片付けられてよかったよ」
少しこそばゆそうにしながら、その少女はにこやかな笑みを浮かべた。
美しくも、違和感のある雰囲気を纏った少女だった。
年齢は眠より少し下、おそらく十三、十四、ほどだろうか。身長は同年代の少女たちと比べれば小柄な眠より少し小さく、肌は白磁のように白く滑らかで、翡翠色の瞳が優しげにこちらを見つめている。風来坊の旅装束を思わせる衣服は、少女が本に満たされたこの空間で着脱するにはなんとも奇妙で、機能性に準じた粗雑さや、少女の黒髪も相まって、少女にボーイッシュな雰囲気を纏わせていた。
人によっては少女にも見えるだろうが、少年にも見える中性的な容姿をしている。
一方、普段あまり感情を表に出さない眠だが、珍しく本の一連の動きに目を輝かせ、少女の元に詰め寄った。
「ねえ、今のどうやったの!」
「えっと、どうやってって……風をちょっといじって色々と動かしてあげただけだよ。魔法みたいなものさ」
「まほー……一度も見たことなかった」
マイペースに感心する眠を見て、少女は困ったように笑う。それを見ていたマイダスが、呆れたように眠に声をかけた。
「あまり、貴様は馴れ馴れしくしない方が身のためだと思うがな。今の風の扱い、只者ではない。それに、奇妙な気配だ……」
「えっ! その竜、話せるのかい?」
すると、逆に今度は少女がマイダスに興味を示した。少女がマイダスに近づき、その翡翠の瞳とマイダスの烈火の瞳が重なる。
しばらくして、少女は一人得心したように頷く。
「……あぁ、君、相当に力を蓄えているみたいだね。秘めてる力があふれ出しそうだよ。怖い怖い。ところで、なんでそんなに小さい子供のような竜の姿をしているの?」
「……自らの尊厳のためだ」
ポツリとつぶやくマイダス。その表情は苦々しげだったが、一転して少女をにらみつける。
「……そして言っておくが、貴様のような存在が我の力を測れると思うな」
にこやかな表情を変えず、両手を上げて降参の意思表示をする少女。一方、マイダスの言葉が聞こえた眠は、不満を表すように顔を膨らませ、マイダスを抱きかかえた。
「人にそんな言葉使っちゃダメだよ。仲良く、して?」
「ええい、うるさい! 我を抱きかかえるな! 我はただ言うべきことを言っただけ……おい、撫でるのをやめよ!」
「マイくんが仲良くしなきゃ、私も仲良くなれない……だから、仲良くして?」
「……くっ、分かった。分かったからさっさと離せ」
渋々と頷くマイダスに、眠はニコッと満足げな表情を浮かべて手を放す。そんな一人と一匹の様子を見て、少女はクスッと笑い、自分の掌に乗せた生き物に視線を向けた。
「珍しくお客さんが来たから、どんな人間だろうと思って会ってみたけど……不思議な子だね」
「あっ……その子」
少女の手のひらに乗っていたのは、先ほどまで眠たちが追いかけていたハムスターだ。
まるで、『うんうん』と少女の言葉に同意しているかのように、首を上下させている。
「この子はボクの使い魔さ。ボクがちょっと君に会ってみたかったから、案内させてもらったんだ」
「へー……」
グイッ、と眠が顔を近づけると、ハムスターはビクッ、と仰天して少女の腕から肩、そして頭の上まで這い上がる。そして、伏せて警戒したような視線を眠に向ける。
一方、ハムスターに怖がられて残念そうな表情の眠は、少女に疑問を投げかける。
「使い魔って?」
「あれ、知らないの? 例えば、その竜は君の使い魔だよ。ほら、胸に紋章が浮かんでるでしょ?」
「あまり言及はしないで欲しいのだが……」
マイダスが渋い表情をする一方、眠の方は何とも釈然としない顔をしている。
「……えぇ? もしかして、分からないで契約してたの?」
「分かってたような……結局分からないような」
眠がマイダスと契約したのは眠が眠っていた時である。眠が起床したころには契約自体は既に終わっていて、眠がしたことと言えばマイダスから言われた契約の解除を断ったことだけなのだ。
そんな様子の眠を見て、少女は興味深そうに頷いた。
「……あはは、何というか、君、思ってた以上に面白い子だね」
「……面白い?」
「うん、ああ、勿論、変な意味じゃないよ? いい子ってこと」
少女の言葉の端々の含みに、眠は疑問符を浮かべる。少女の容姿自体は十三から十四歳ほど……つまり、眠より少し年下ぐらいなのだ。だというのに、まるで頼もし気な先輩から話しかけられているようで、眠は奇妙な感覚を覚えた。
しかし、それ以上に『いい子』と言ってもらえたことが素直に嬉しくて、照れくさそうに笑みを浮かべる。
「それに、魔法を見たのが初めてなんて、いったいどこの国から来たの?」
「えっと、日本……結構、田舎の方だけど……でも、あれ?」
ふとした疑問を覚え、眠は首をかしげる。
「どうしたの?」
「『いったいどこの国』って……ここって、日本じゃないの?」
「二ホン……あんまり聞いたことがない名前だなあ。まあ、元々世情には疎いから、知らないだけかもしれないけど」
『日本を知らない』という少女の言葉だが、こうやって言葉は通じているため、違和感を覚える眠。
(箱入りのお嬢様で……日本を知らないのかな)
しかし、日本という国の存在ぐらいはこの部屋を見回せばいくらでもある書物に目を通せばわかりそうなものではある。それに、ここが日本でないのなら、なぜ自分が今そんな場所にいるのか分からない。
さらに、目の前の少女が黒髪であること、また日本人らしい控えめな容姿であることが、眠の混乱に拍車をかけていた。
すると、廊下に通ずる扉からコンコン、とノック音が聞こえた。
「うーん、ちょっと話過ぎちゃったみたいだね。お迎えが来たみたいだ」
「お迎え……?」
「うん、多分君が部屋にいないから、ここにいるってベルモンドが気付いたんだと思うよ」
理解の追い付かない様子の眠に歩み寄り、少女は眠の手を取る。
「最後に、君の名前、教えてくれないかな?」
「えっと、春先、眠」
「ネムリか、面白い名前。ボクの名前はジンだよ、覚えておいて」
少女がほほ笑むと、混乱で緊張していた眠は少し落ち着く。
「ありがとう」
笑顔でそうつぶやくと、眠はドアノブに手をかけ、扉を開いた。
眠り姫は寝足りない~寝れば寝るほどレベルアップするスポットに転生して寝溜めしてたら、いつの間にか最強になっていた件~ @phenomenomenon
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