第33話 いつもの中庭で

 お城の中庭では、宮廷特殊探偵団たちによる、反省会が行われていた。

 目玉はもちろん、いつの間にか怪盗悪役令嬢とすりかわっていた、クリストフについてのことである。


「クリストフ、いままでどこに行っていたのかしら?」


 目をつり上げて、ミタがクリストフにせまった。自分の分身とケンカをして、アザだらけになっていたが、さいわい、大きなケガはしていなかった。

 クリストフは、何がいけなかったのか分からない様子で、首をちょこんと、可愛らしくかしげた。


「どこって。もちろん、ジバク村で行われていた、「炸裂、爆裂、大爆発物産展」だよ。入場チケットがとれなくてガッカリしてたんだけど、だれかがボクに、その物産展の入場チケットをくれてさ~。おかげで、珍しい物がたくさん手に入ったよ!」


 そう言って、先ほどから背中に背負っている、パンパンのリュックサックから、次々と奇妙な形をした爆発物を取り出した。それをミタが止める。


「やめなさい、しまいなさい。危ないでしょうが!」


 これが見たいから、話をふってきたのだと思っていたクリストフは、口をとがらせて、しぶしぶそれをしまった。


「クリストフ、お前なんで連絡も入れずに今日のガサ入れをサボったんだ?」

「え? ちゃんと「今日は休みます」っていう手紙を出しておいたよ」


 アームストロングの物言いに、反論するクリストフ。視線が十三賢者を束ねる、大賢者モーゼスに集まった。


「私のところにそんな手紙は来ておらんぞ」


 そのまま視線が、レオナルドにも集まった。


「いや、私のところにも、そんな手紙は来てないぞ」


 今度は視線がクリストフに集まった。

 

「えええ! そんなぁ。でもボクはちゃんと手紙を出したから、ボクが悪いんじゃないよね?」


 まったく反省の色が見られないクリストフを、四人がにらんだ。しかし、クリストフはそれを華麗にスルーした。どうやら反省はしていないようである。そんなクリストフの様子に、ため息をつくモーゼス。


「おそらく、そのチケットを用意したのも、クリストフの手紙をどこかにかくしたのも、怪盗悪役令嬢のしわざでしょうな」


 レオナルドもため息をつき、お手上げのポーズをとった。

 

「だぶんそうだろうね。まったく準備のいいやつだ」


 のちにクリストフの手紙は、クリストフの机の引き出しの中から見つかった。クリストフがモーゼスから拳骨をもらったのは言うまでもない。クリストフは涙目だった。



 怪盗悪役令嬢に禁断の魔導書「グリモワール」が盗まれてから数日後。それが王立図書館に返却されたという情報が、レオナルドたちの耳に入った。

 もどってきた本は、あわてて王宮へと送られ、お城のおく深く、宝物庫の中に厳重に保管されることになった。

 

 なお、もどってきた本には、イワンコフが解読した文字はいっさい残っておらず、完全に消されていた。こうして古代魔法は、再び人々の記憶の中から忘れ去られることとなった。


 捕まったイワンコフは、禁書の解読を試みた罪に問われた。しかしのちに、その異常なまでの禁書への執着の裏には、悪魔の関与があったことが認められ、監視つきで釈放されることになった。

 それ以降、黒の塔から、あの不気味な笑い声は聞こえなくなったそうである。


 この話を、ダニエラはいつのも中庭で、レオナルドとティータイムをしているときに聞いた。


「それでは無事に、禁断の魔導書に関わる問題は解決したのですね。大惨事にならなくて良かったですわ」


 優雅にハーブティーを飲みながら、ダニエラが答えた。それを見ながらレオナルドは、またしても怪盗悪役令嬢に、まんまとしてやられたことを、いまいましく思っていた。


「怪盗悪役令嬢のおかげで、宮廷特殊探偵団の評判は下がる一方だよ。たまには勝ちをゆずってくれても、良いと思わないか?」

「あらあら。そんなことをされて、レオ様は本当にうれしいのですか?」


 レオナルドは苦虫をかみつぶしたような顔になった。確かにそうだ。勝ちをゆずられたら、よけいにみじめな思いをするのではないか。


「ダニエラの言う通りかも知れないな。……はあ、私はいつになったら怪盗悪役令嬢に勝てるのか」


 あまりに深刻な物言いに、思わずダニエラがふき出した。それをジロリとレオナルドがにらんだ。


「そんなお顔をしないで下さいませ。レオ様はいつも、真面目に努力をしていらっしゃるではありませんか。いつか必ず、それが芽を出しますわ」

「そうかなぁ?」


 なおも首をかしげるレオナルドの頭を、ダニエラがなでた。普通の人がやったら、不敬あつかいされるだろう。しかし、ダニエラはレオナルドの婚約者である。特に罪に問われることはないし、レオナルドもそれを拒絶することはなかった。


 ダニエラになでられるがままにされていたレオナルドは、ふと、あることに気がついた。

 ダニエラのパフュームが、怪盗悪役令嬢の香りと似ているような気がしたのだ。

 レオナルドはそのまま、スンスンとダニエラの匂いを嗅ぎ出した。


「ちょっとレオ様、何をしておりますの! レディーの匂いをそのように嗅ぐなど、失礼ですわよ」


 ダニエラはあわてて手を引っこめて距離をとった。

 ダニエラに拒絶されたレオナルドは、急に挙動不審になった。


「ち、ちがうんだ、ダニエラ。これには、深いわけがあるんだ!」

「深いわけ? それは一体、どのようなわけで?」


 ダニエラが半眼でレオナルドをジトリとにらみつける。


「ああ、えっと……」


 レオナルドの動きが、そこでピタリと止まった。

 言っていいのか、これ? 怪盗悪役令嬢と匂いが似ていた、何て言ったら、ダニエラはどう思うだろうか。浮気したと思われる?


「えっと……」

「えっと?」


 気まずい沈黙が流れる。そういえば、あのときクリストフから感じた良い匂いは、怪盗悪役令嬢の匂いだったんだな。新しい扉を開いていなくて、良かった。


「殿下?」

「あ、いや、ほら、ダニエラからあまくて良い匂いがするから、ダニエラを食べたいなーと思って……」

「え? ああ、えええっと、れ、レオ様、それは一体、どういうことですの!?」


 動揺したダニエラが、顔を真っ赤に染めて聞き返してきた。


「え? い、いや、深い意味はないよ?」


 真っ赤なダニエラにつられて、レオナルドも赤くなる。

 と、そのとき、背後でガサガサという音がしたかと思うと、その音はどんどん近づいてきた。


「あー! 殿下とダニエラちゃん、また二人だけでおいしそうな物食べてるー!」


 匂いにつられて、どこからともなくクリストフがやってきた。どうやら彼の嗅覚は、犬なみのようであった。

 とつぜん現れたクリストフに、ダニエラの警戒レベルが最高レベルに達したのは、言うまでもなかった。



『すべてがうまく収まりましたね、お嬢様』


 カビルンバは、にこやかにダニエラに話しかけた。夕食も食べ終わり、あとは寝るだけの時間帯である。ダニエラはいま、自分の机の前にすわり、カギがかかっていたはずの机の引き出しを開けていた。


「ない……ないわ! グリモワールの記述を写し取ったノートがないわ!」


 ダニエラはグリモワールを王立図書館に返す前に、イワンコフが解読していた古代魔法の数々を、秘密のノートに書き写していた。そんな大事なノートがどこにも見当たらないのだ。

 ダニエラは犯人と思われるカビルンバを見た。カビルンバはサッと目をそらした。どこからか、ピューピューという口笛も聞こえてくる。


「カビルンバ、私の大事なノートを返しなさい!」

『ぐえー! お嬢様、首をしめるのはやめて下さい。死んでしまいます』

「あなた、首なんてないでしょ……。それよりも、返しなさい! どこにやったの!?」


 ダニエラは、ユッサユッサとカビルンバを揺さぶった。


『あんな危険な物は処分しておきましたよ。あんな物がお嬢様の手元にあれば、興味本位で、いつか使うでしょう?』

「そ、そんなことはないわよ! せっかくのイワンコフの研究成果をムダにしたくなかっただけよ!」


 一瞬、ひるんだダニエラ。しかし、自分の正当性を主張した。カビルンバはダニエラがあきらめるつもりがないことを悟った。


『お嬢様、お館様に言いつけますよ?』

「う……」


 このことを父親が知ったら、必ずおこられるだろう。そしてそのノートは、必ず処分されるだろう。そうなれば、ただのおこられ損である。ダニエラはしぶしぶあきらめるしかなかった。

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怪盗悪役令嬢 えながゆうき @bottyan_1129

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