第32話 古代魔法の秘密

 ゴーレムは魔導書のページをめくろうとしていたが、手が大きすぎて、うまくいかないようであった。

 あの魔導書に何が書いてあるのかは分からない。しかし、これまで見てきた古代魔法のいくつかを見れば、人々の役に立つ魔法ばかりではないことは明らかだった。


「それでは、防御はレオナルド殿下にお任せいたしますわ!」

「おい、勝手に仕切るな!」


 そう言いつつも、レオナルドは盾の魔法をさらに強化した。それを確認した怪盗悪役令嬢であるダニエラは、風魔法でゴーレムへの攻撃を開始した。

 体の一部を飛ばしたり、元の体にもどしたりしているのだ。おそらくこのゴーレムは、先日戦ったガーディアンなのだろうと判断した。

 

 そのため、攻撃しながらガーディアンの弱点となる古代文字を探したのだが……。すみからすみまで見ても、どこにも古代文字が見つからない。魔法で防御をしてくれているレオナルドの魔力も無限ではない。魔力がなくなる前に、何とか活路を見出さなければならないのに、それが見つからなかった。

 あせり始めた怪盗悪役令嬢に、レオナルドが声をかけた。


「おい、もうあんまり持たないぞ」

「分かっておりますわ、殿下。でも、古代文字が見つからないのです!」


 初めて聞いた、怪盗悪役令嬢のあせりの声に、レオナルドはビックリして、目を見開いて彼女を見た。いつも冷静沈着。何事にも動じないと思っていた。しかし、ちがった。

 そんな怪盗悪役令嬢に、どこか親近感を覚えた。


「ならばまとめて、壊してしまえばいい。代わってくれ!」


 レオナルドの指示に、攻守が逆転した。怪盗悪役令嬢が盾の魔法を使い、飛んでくる岩石から二人を守った。それを確認すると、レオナルドはすぐに魔法を放った。


「爆発(エクスプロージョン)!」


 レオナルドが使った爆発魔法は、周囲に飛んでいた岩石を粉々に砕いた。しかし。


『おお、助かったぞ。これで指を小さくすることができる』


 そう言うと、砕けて小さくなった石を使って、大人の人間サイズの手を作りだした。そしてその手で、器用に魔導書のページをめくった。

 探したページはすぐに見つかったようである。何やら聞いたこともない言葉の羅列をしゃべり始めた。


 あせるダニエラ。

 まずい。先ほどの爆発魔法で、レオナルドの魔力はほとんど空になっている。

 その一方で、ゴーレムの周りには、何やら身の毛がよだつような禍々しい魔力が集まりつつあった。

 とっさにレオナルドの前に立った。

 そのときふわりと、どこかで嗅いだことがあるような匂いをレオナルドは感じた。


「か、怪盗悪役令嬢?」


 それを見たレオナルドはおどろいた。しかし返事の代わりに、怪盗悪役令嬢はゴーレムにするどい声を放った。


「あなたの目的は何なの?」


 その言葉に、表情のないゴーレムが、ニコリと不気味に笑ったように見えた。


『冥土の土産に教えてやろう。我が同胞の復活さ。このグリモワールを読み解けば、冥府より仲間たちを呼び寄せることができるのだ。神が去ったこの地を、我らのものにするのだ。すばらしいとは思わんかね?』

「どこがだ! そんなことはさせないぞ」


 レオナルドはそう言ったものの、これと言って打つ手は見当たらなかった。そうしているうちに、ゴーレムの周囲に、さらに魔力が集まってきた。


『二人まとめて消えるといい!』


 そのとき、怪盗悪役令嬢が両手を体の前でクロスさせ、防御態勢をとった。目の前に、眩い光を放つ光の盾が出現した。その魔法は、レオナルドが見たことも、聞いたこともない魔法だった。

 その神々しい光景に、レオナルドはぼんやりと口を開けた。


『アレルヤ!』


 ゴーレムが古代魔法を唱えた。二人は目をつぶり衝撃に備えた。

 しかし、待てど暮らせど衝撃はやってこなかった。不審に思い、目を開けてみると、そこには、元、ゴーレムであったものが、無残にも散らばっていた。

 

 何が起こったのか分からず、首をひねるレオナルド。それに対して怪盗悪役令嬢は、器用に片方の口角だけを上げて、まるで悪役令嬢のようにニヤリとしていた。

 その悪魔のような表情を見て、ゾッとするレオナルド。そんなレオナルドをよそに、怪盗悪役令嬢は元ゴーレムのところへ、ただしくは、地面に落ちた禁断の魔導書「グリモワール」の方へと近づいた。

 そしておもむろに魔導書に書かれていることを確かめると、大きな高笑いをした。


「オーホッホッホッホ! 私の予想通りですわ!」


 なおも高笑いをしている怪盗悪役令嬢だったが、レオナルドはその笑い声が、どこかふるえているような気がした。おそらくは怪盗悪役令嬢も、自分と同じくこわかったのだろうと結論づけた。


「どう言うことだ? 良かったら、説明してもらえないか?」


 やれやれ、と両手を広げながら、「参った」のポーズをとるレオナルド。それを見た怪盗悪役令嬢はにんまりとして話を始めた。


「この魔導書には、イワンコフが翻訳した文字が、古代文字の上に書かれておりますわ。おそらく、このイワンコフが書いた文字を読み上げることで、古代魔法が発動する仕組みになっているのですわ」


 なるほど、とレオナルドはうなずく。現在自分たちが使っている魔法は、そのような文字の羅列を読み上げる必要はない。キーワードとなる呪文の名前だけを発言すれば、魔法が発動する仕組みになっている。それは長い年月をかけて培ってきた、人々の知恵の結晶であった。

 その点が、古代魔法とは大きくちがっている、とレオナルドは理解した。


「それで?」


 レオナルドが疑問を投げかけると、クックック、と怪盗悪役令嬢は笑った。


「この魔導書の最後のページ、その欄外に、現在の言葉でこう書かれてるのですわ。たぶんこれは、イワンコフが書きこんだものですわね」


 もったいぶるように、怪盗悪役令嬢は言葉を切って、レオナルドを見た。


「一体、何て書いてあるんだ?」

「読みますわよ? 一言一句、まちがえずに文字を読み上げること」

「まちがえずに読み上げること? それは当然のことなんじゃないか?」


 何でそれが笑うほど面白いのか。それが分からずにレオナルドは首をひねる。


「あら、分かりませんか? あのゴーレムは、文字を読み上げてるとちゅうで、私の問いかけに答えましたわ。つまり……」

「つまりあいつは、間にちがう言葉をはさんだから、「読み上げる文字をまちがえた」と判定されたとゆうことか! それで古代魔法が失敗に終わったんだな」

「そのとおりですわ!」


 ダニエラは下調べのときに、古代魔法のなりたちについても調べていた。そこで、文字をまちがえずに読み上げる必要があることを知ったのだった。

 しかし、これまで目の前で古代魔法を使った人物を見たことがなく、文字を読みまちがえるとどうなるのかは、分からなかった。


「どうやら古代魔法を失敗すると、すべての魔力が吸いとられるみたいですわね。もうこのゴーレムからは何の魔力も感じませんわ」

「それじゃ、ゴーレムも、それにとりついていたデーモンも消滅したということか。でも何で、デーモンは自分たちの魔法を使わなかったのだろうか? 何でわざわざ魔導書の魔法を使おうとしたんだ?」


 デーモンはその昔、神と戦った種族である。当然、神と戦えるくらいの実力を持っているはずである。その力を持ってすれば、魔導書の力など、借りる必要はないはずである。


「そうですわね……。デーモン本人に聞かないと真実は分かりませんが、おそらく、デーモンにその力が残っていなかったのではないでしょうか。きっと、何とかゴーレムの核にとりつくことができた、「デーモンのかけら」のようなものだったのでしょう」

「なるほど。ゴーレムを、自分の意志で動かすだけで精一杯だった、と言うわけか」


 そのとき、何だかさわがしい声がうしろから聞こえてきた。


「殿下、ご無事ですか! 怪盗悪役令嬢!? なぜここに」


 モーゼスたちが最上階へと上がってきた。そしてその場の様子を見て、困惑していた。


「おいおい、一体どうやってここまで上がって来たんだ? まさか怪盗悪役令嬢は空でも飛べるのか?」

「殿下、クリストフの姿が見えないのですが、一体どこに? それに、怪盗悪役令嬢が手に持っているのは、「グリモワール」ではないですか!」


 そこにいるはずのない人物を見て、三人はそれぞれ、おどろきの声を上げた。

 ああそうか、とレオナルドは三人を見て言った。


「クリストフは怪盗悪役令嬢の変装だったんだよ。本物のクリストフは……。おい、怪盗悪役令嬢、本物のクリストフをどこにやった!? それにお前、グリモワールを返せ!」


 レオナルドが再び怪盗悪役令嬢の方を向いたときには、すでに彼女は展望デッキの柵の上に立っていた。


「オーホッホッホッホ! 予告状通り、この禁断の魔導書「グリモワール」は確かにいただきましたわ。それではみな様、アデュ~」


 そう言うと、怪盗悪役令嬢はヒラリと塔の最上階から飛び降りた。


「お、おい!」


 あわててレオナルドが追いかける。眼下では、怪盗悪役令嬢が風魔法を使って、ふわりと着地している姿が見えた。


 とつぜん現れた怪盗悪役令嬢に、周囲は急にさわがしくなった。太陽も天高くのぼりつつあり、外をゆきかう人たちも、だんだんと増え始めていた。


「あ! 怪盗悪役令嬢だ!」

「あら、手に何か持っているわね。きっと宮廷特殊探偵団が、また怪盗悪役令嬢を捕まえるのに失敗したのよ」

「おいおい、黒の塔の方角から走って来るぞ。こりゃあのじいさん、一杯食わされたな」

「ハッハッハッハ、やはり宮廷特殊探偵団じゃ、怪盗悪役令嬢にかなわないか!」


 周辺の住民たちの勝手な話が塔の上まで聞こえてきた。それを聞いたレオナルドは、プルプルとふるえていた。


「またしても、まんまと逃げられましたな、殿下」

「おのれ怪盗悪役令嬢! この次は絶対に捕まえてやるからな!」


 レオナルドのさけび声が街中にこだました。

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