第31話 黒の塔②

 四人が上った先は、少し広めの空間になっていた。


「まさかこれも古代魔法なのか? どうも、岩場のようなのだが……」

「どうやらそのようですね。まさか空間を拡張したり、環境を変えたりする魔法があるとは思いませんでした。これはますます、古代魔法を使わせるわけにはいきませんな」


 モーゼスは深刻な顔をして言った。この古代魔法がもっと大規模に使われたら、人の手で自然災害が起こせることになるだろう。ひょっとして古代人がいなくなったのは、そのせいなのではないだろうか? モーゼスがそう考えている間に、変化が起こり始めた。


「おいおい、またゴーレムかよ!」


 アームストロングの言葉に意識をもどすと、あちらこちらから、小型のゴーレムが生まれていた。この岩場は、ゴーレムを生み出すための材料だったのだ。


「小さいが数が多い! 全部たおしてから上に向かっていたら、イワンコフに逃げられてしまうぞ。どうする?」


 レオナルドは、攻撃しようとこちらに向かって来たゴーレムを、魔法でふき飛ばしながら聞いた。目の前では、次々とゴーレムが生み出されている。


「ここはオレが食い止める。みんなは先に行ってくれ!」


 何だか良くないフラグが立ちそうなセリフを言って、アームストロングが小型ゴーレムの群れへと立ち向かって行った。どうやらゴーレムたちは、近くにいる敵を攻撃するようになっているようである。一斉にアームストロングに向かって行った。


「アームストロングの犠牲をムダにはできない。先を急ごう」


 アームストロングは、元気に、笑いながら、楽しそうに、小型ゴーレムを拳で破壊しているのだが、それは見なかったことにした。

 十分に小型ゴーレムがアームストロングに引きつけられたことを確認すると、三人は上の階層へと急いだ。


 次の階には、イワンコフと彼のゴーレムがいた。


「イワンコフ、悪いことは言わん。投降しろ」


 モーゼスはそう言って、イワンコフの説得を試みた。かつての彼なら、投降はしなくとも、話くらいは聞いてくれるはずだ。


「そうはいかん。フランケン、あとはたのんだぞ」


 そう言うとイワンコフは、持っていた魔導書をゴーレムのフランケンにわたした。魔導書を受け取ったゴーレムは、さらに上の階層へと上って行った。


「あくまでも邪魔をするつもりか、イワンコフ」


 イワンコフの前にモーゼスが立ちはだかった。どうやらここで、二人は決着をつけるつもりのようである。それに気がついたレオナルドとクリストフは、すぐにフランケンのあとを追いかけた。

 うしろでは、魔法と魔法がぶつかり合う、激しい音が聞こえた。



 フランケンを追いかけて階段を上っていく。ここも古代魔法で細工してあるのか、二人の目の前には、どこまでも長い階段が続いている。壁に窓はない。天井に魔道具のランプが設置してあるわけでもない。それなのに、なぜか足下まで階段は明るかった。


「殿下、おかしいと思わない?」


 レオナルドの先を行くクリストフが、前を向いた状態で話しかける。

 

「おかしい? この奇妙な階段のことを言っているのか」


 クリストフは一体何のことを言っているのか。それが分からないレオナルドは、首をかしげた。そんなレオナルドの様子に気がついているのか、いないのか、クリストフは、「ちがう、ちがう」と言って、話を続けた。

 

「だってさ、ふつう、逆だよね? 使い魔のゴーレムをおとりにして、自分が逃げるんじゃないの?」


 それを聞いたレオナルドは、あっと口をおさえた。

 

「言われてみれば確かにそうだ」


 以前クリストフは、使い魔のシマリスを食堂のオヤジにけしかけて、まんまと自分は逃げていたはずだ。使い魔は主の盾。そのように使うのがふつうだと言っていたはずだ。

 これは一体どう言うことなのか。イワンコフは、自分よりも使い魔のゴーレムが大事なのだろうか? その答えは出ないまま、二人はようやくフランケンに追いついた。


 そこは塔の最上階。展望テラスであった。

 周囲には、この黒の塔よりも高い建物は建っていない。そこからのながめは、ずいぶんと良さそうである。青い空に白い雲。午前の日の光が二人と一体を照らしていた。


「追いつめたぞ」


 イワンコフの使い魔であるゴーレムに、言葉が通じないとは分かってはいるが、レオナルドはそう言った。だがしかし、何と答えが返ってきた。


『使えんやつだ。まともな時間かせぎすらできないとはな』

「な、しゃべった……だと……?」


 おどろいた二人を見て、ゴーレムは「ゴゴゴゴ」と不気味な音をかなでた。それはまるで、ゴーレムが笑っているかのようであった。


「君は一体、何者なんだい?」


 クリストフがゴーレムの動きを観察しながら、油断なく聞いた。

 しゃべるゴーレムの時点で、ただ者ではないだろう。これまで相方の妖精が集めてきた情報を統合すると、とても良くない結論が導き出されつつあった。

 イワンコフがこのゴーレムを見つけたのは、古い古戦場跡。そこでは神話の時代に、神と悪魔が戦った場所だと言われていた。


『ワタシか? ワタシは世界一ラッキーなデーモンだ』


 その言葉に、やはりか、と口を真一文字に結ぶクリストフ。一方のレオナルドはそれが何を意味してるのか、分からなかったようである。

 

「デーモン?」


 そう言うと、首をかたむけた。

 

「殿下、デーモンとは、悪魔の一種だよ」

「まさか!?」


 デーモンの魂が入ったゴーレムは、「ゴゴゴゴ」とまた音を立てた。


『そのまさか、さ。我らの崇高なる目的のために、この魔導書はわたすわけにはいかん!』


 そう言うとゴーレムは、体の一部の岩石を分離させ、二人に向かって飛ばしてきた。


「風の盾(ウインドシールド)!」


 いきなり飛んできた岩石を、とっさにクリストフが魔法で防いだ。魔法によってはね返された岩石は、まるで自らが意志を持っているかのように、再びゴーレムの場所へともどっていった。


『やるではないか。面白い!』


 愉快そうにゴーレムが言った。その一方で、レオナルドはクリストフを見て首をかしげた。


「クリストフ、お前、いつから風の魔法が使えるようになったんだ? 確か、火の魔法しか使えないんじゃなかったか?」

「え? そんなこと、言ったっけ?」


 レオナルドは思い出す。かつてクリストフが言った言葉を。


「ああ、言ったな。自分は導火線に火をつける魔法さえあれば十分だから、他の魔法は全然興味ないってな。それにクリストフ、お前の使い魔のシマリスはどうした。いつもいっしょじゃなかったのか?」


 レオナルドは一気に警戒レベルを上げた。それを見て、クックック、と不気味に笑うクリストフ。その笑い声は、最後には良く聞き慣れた高笑いへと変わっていっていた。


「オーホッホッホッホ! 良く観察しておりますわね、レオナルド殿下。もしかして殿下は、そちらのほうが好みだったりするのですか?」


 光のつぶがはじけたかと思うと、そこには、真っ赤な仮面に、真っ赤な衣装。黒のシルクハットに、黒のマント。ドリルのように巻かれた金の髪が、風になびいていた。

 先ほどまでいたクリストフは、あっという間に、怪盗悪役令嬢へと早変わりしていた。

 

「やはりお前か、怪盗悪役令嬢! それに、そちらってどっちだ! クリストフに興味などない! 私には可愛くて、美しくて、儚くて、賢くて、優しくて、優秀な婚約者がいるからな!」


 レオナルドの言葉に、怪盗悪役令嬢の顔が赤くなったように見えた。仮面の認識阻害効果のため、ハッキリとは確認することはできなかったが。

 それをかげから聞いていたカビルンバは、「儚さ」はないな、とひそかに訂正した。


『お前があの予告状に書いてあった怪盗悪役令嬢か! お前のせいで計画は台無しだ。死をもってつぐなうがいい!』


 ゴーレムは再び、体の一部を飛ばしてきた。今度は先ほどよりもずっと飛んでくる岩石の数が多い。二人はそれぞれ盾の魔法を使い、その攻撃をしのいだ。


「予告状って……。お前まさか、禁断の魔導書「グリモワール」を盗むつもりだったのか!? どこからその情報を入手したのかは知らんが、そうはさせんぞ!」


 グワッとレオナルドが吠えたが、いまはそれどころではなかった。魔法の盾にはね返された岩石が、まるで一つ一つがそれぞれ意志を持っているかのように、何度も何度も二人に向かってきているのだ。そのため盾の魔法を解除できず、防戦一方だった。


「レオナルド殿下、いまはそんな細かいこと、言っている場合じゃないと思いますわ。ひとまずそのことは置いておいて、まずはあのデーモンを退治したほうが、いいんじゃないでしょうか?」


 レオナルドはチラリとゴーレムを見た。何やら魔導書のページをめくろうとしているようだ。


「確かにそうかも知れないな」

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