第30話 黒の塔①
お城から、宮廷特殊探偵団のシンボルをかかげた馬車が出発した。目指すのはもちろん、黒の塔である。
時刻は十時を少し過ぎている。この時間になれば、庶民たちの朝食も終わり、今日の仕事を始めているころあいである。
この時間帯なら、少々黒の塔の周辺がさわがしくなっても、近隣の住民のめいわくにはならないだろう。そう思って、この時間帯に黒の塔への家宅捜査を行うことにしたのであった。
人通りが増え始めた郊外の道を、馬車は急ぎ足でかけて行く。
「おいおい、ありゃ何だ? こんなところに、あんな立派な馬車が来るなんて。何か事件でもあったのか?」
「おい、あのシンボルを見ろ。ありゃ宮廷特殊探偵団の馬車だぞ」
目の前をかけて行く馬車を、黒の塔の周辺住民は何ごとかと見つめていた。そしてその馬車が黒の塔へ向かっていることに気がつくと、口々にうわさを始めた。
「どうやら、あのじいさんのところに行くみたいだな。衛兵じゃあ、どうにもならなかったが、宮廷特殊探偵団なら何とかしてくれるかねぇ?」
「どうだろうな。おたがいに変人同士だし、よけいにひどいことになったりしてな」
住民たちは笑い合いあった。もしそうなったら、今度こそ、国王陛下に直談判しようと考えていた。
そのころ、黒の塔では――。
『グオオ!』
「どうしたんだ、フランケン」
フランケンは何やら窓の外を指差しているようである。このようにフランケンが、自発的に動いたのは初めてだったが、それに違和感をいだくことなく、イワンコフは窓のそばに近づいた。窓から頭を出すとすぐに、その異変に気がついた。
「何だ、あの馬車は……。まさか、宮廷特殊探偵団か!? もしかして、こちらに向かっているのか!」
イワンコフはあわてて一階へと降りて行った。そして、昨日から準備してあった、各階層のしかけを起動させながら、上の階へと登って行った。
「怪盗悪役令嬢用にしかけていた罠が、こんなところで役に立つとはな。しかし、困ったぞ。一体これからどうすればいいんだ……」
とほうにくれるイワンコフを、フランケンが上の階層へと連れて行った。そうだ、自分にはフランケンがいる。ここで何とかしなければならない。
玄関に、宮廷特殊探偵団が到着した。
「イワンコフ、いるか? 私だ。モーゼスだ。いたのなら、ここを開けてもらえないか?」
そう声をかけたが、返事はなく、ドアも開くことはなかった。
「反応がないね~。どうする? ドカンと一発、でっかい花火を打ち上げちゃう?」
早くも破壊工作をしかけようとしているクリストフに、待ったをかけるモーゼス。
クリストフを止めたモーゼスは、塔の中に人がいるかどうかを確認するために、索敵の魔法を使った。この魔法を使えば、周辺にいる生き物の位置を、ある程度、はあくすることができる。
「フム、どうやら、塔の上層階にいるようだな。こちらの声が聞こえていて、ドアを開けるつもりがないのならば、それなりの理由があるのだろう」
「それじゃ、このドアをぶち破って、その理由とやらを聞きに行きますかね」
モーゼスが止めるまもなく、アームストロングがドアをけり破った。ガランゴロンという派手な音を立てて、ドアが建物の内部へと吸いこまれて行った。
「返事がないんで、勝手にじゃまさせてもらうぜ」
その強引な建物への入り方は、正義の味方がするようなやり方ではなかった。それを見た周辺の住民は口々にささやきあう。
「あれが宮廷特殊探偵団……うわさどおり、危険な集団みたいだな」
「あれのどこが賢者なのかしら……?」
しかし、そんなうわさになど気にもかけず、宮廷特殊探偵団のメンバーは、塔の中へとおし入った。彼らの中に、そんなことを気にするような繊細な人物はいないのだ。
一階に入るとすぐに、全員が立ち止まった。
「何じゃこりゃ。とてもこの部屋に収まるサイズのものじゃないぞ」
アームストロングがおどろきの声を上げた。眼下には複雑に入り組んだ迷路が見えている。事前に古代魔法について調べていたミタは、手帳をパラパラとめくった。
「ありました! これは「ラビリンス」の古代魔法ですね。見ての通り、巨大な迷路を魔法で生成します」
「どうやってこの迷路を通りぬけるの?」
クリストフが目をまん丸くして、ふり返った。
「そうですね、だれかがここに残って、どの方角に進むのかを指示する、というのはどうでしょうか? テレフォンの魔道具は使えるみたいですし」
そう言うとミタは、テレフォンの魔道具をポケットから出すと、ためしにクリストフに電話をかけた。
「あら? おかしいわね。圏外になってるわ」
「もしかして、ボクにかけたの? それならムダだよ。家に置いてきたからね。だってあれがポケットに入ってたら、大事なものがたくさん持てないからね」
そう言って、ポケットから大量のダイナマイトを出して見せた。
「まったく、あなたって子は。必ず持っておくようにと、いつも言っているでしょう?」
「は~い」
ミタは、反省の色が見られないクリストフを見て首をふると、今度はためしにモーゼスにかけた。無事にモーゼスに電話がつながり、通話は問題なくできるようである。
それではそうするか、とモーゼスが結論づけようかとした、そのとき。双眼鏡で遠くをのぞいていたレオナルドが、あることに気がついた。
「みんな、これであそこを見てくれ。出口が階段につながってない気がするんだけど」
代わる代わる双眼鏡でのぞきこむ。
「つながってないですね」
あきれたように、ミタが言った。
「かーっ。それじゃゴールに行っても、まったくのムダ足じゃねぇか。やめだ、やめ。階段まで最短距離で壁をぶちぬいて、まっすぐ進むぞ」
今日ほどアームストロングがたのもしいと思ったことはなかった。
一階のフロアに、壁を破壊するガゴンガゴンという音が鳴りひびく。アームストロングは宣言どおり、まっすぐに壁をぶちぬいて進んで行った。
「まさかこの魔法の制作者も、こんな風に迷路が突破されるとは、思ってもみなかっただろうな……」
モーゼスはそれを思うと、何だか残念な気持ちになった。
それほど時間をかけずに、二階へと上がった。そこには、床一面に電気が流れているフロアだった。
「こりゃ当たると、痛いじゃすまないだろうな。どうします?」
「床が通れないなら、床の上にもう一つ別の床を作れば良いだけだよ。氷の壁(アイスウォール)!」
レオナルドは氷の壁を、器用に真横に設置した。
「器用だよね~、殿下」
そう言いながら、レオナルドのほほをツンツンとつつくクリストフ。そんなクリストフからは、何だか良いにおいがした。
だがレオナルドは、すぐに正気にもどった。この光景を、万が一にもダニエラに見られるとまずい。そう思うと、背筋が寒くなる思いがした。
それは決して、目の前に冷たい氷の床があるからではないだろう。
無事に二階をわたり切ると、次の階層はダイニングルームになっていた。そしてそこで、お茶を飲んでいるイワンコフと鉢合わせした。
「あ」
「あ」
おたがいに気まずい空気になった。その空気を破ったのは、宮廷特殊探偵団の中で最年長のモーゼスである。
「イワンコフ、どう言うつもりだ? まさかお前が、ゴーレムを王都にけしかけたんじゃないだろうな?」
「ご、ゴーレムをけしかける? 一体何の話だ?」
何のことだかさっぱり分からないイワンコフは、冷や汗をかきながら答えた。まさか、昨日失敗したと思っていたゴーレム生産の魔法は、自分が知らないところで、成功していたのではなかろうか?
「そうだ。先日、王都の西門に向かって大量のゴーレムが進撃してきてな。その中に、古代魔法によって生産されたと思われるガーディアンが混じっていてな。古代魔法を研究していたお前なら、何か知っているのではないかと思ってな」
イワンコフは青ざめた。まさか自分の使った古代魔法でそんなことになっていたとは。被害があったという話は耳に入ってこなかったので、西門に到達する前に、全て対処できたのだろう。
だまりこんだイワンコフにレオナルドが聞いた。
「オーロラや月を増やしたのも、お前が使った古代魔法なのか? 古代魔法の研究も、古代魔法の使用も、禁止されているはずだが」
宮廷特殊探偵団は自分が犯人であることに気がついている。イワンコフは素早く席を立つと、すぐうしろの階段を急いで上って行った。
「おい、待ちやがれ! 殿下、どうやらあいつが真犯人みたいですね」
「そのようだな。上ににげてもにげられないと思うが……とにかく、追いかけるぞ」
レオナルドの言葉を受けて、すぐに五人は走り出した。
次の階層には、一枚の大きな鏡が置いてあった。
何だこれはと鏡に近づこうとしたアームストロングを、モーゼスが止めた。
「待て、アームストロング。その鏡に姿を映してはならない!」
モーゼスの、かつてないほどのあせり声に、あわててきびすを返してもどってきた。
「一体、どうしたんです? あの鏡が何か?」
「あれはおそらく、古代魔法の「ミラー」だ」
「ミラー?」
聞いたことがない魔法名に、四人に緊張が走る。
「そうだ。あの鏡に映ったものと、そっくりそのままの人物を生み出す魔法だ」
「そっくり!」
「そのまま……」
クリストフとレオナルドはアームストロングを見た。確かにアームストロングがもう一人増えたら、大変なことになるだろう。いや、ここにいるミタ以外の人物が増えると、大変なことになる。
四人はミタを見た。
「え? 私?」
コクリとうなずくモーゼス。ミタには悪いが、ミタが二人に増えたところで、対して問題はないだろうと判断したのだ。
はあ、とミタはため息をついた。
「分かりましたよ。それで、増えるとどうなるんですか?」
「一度のミラーの魔法で増やせるのは一人だけだ。なので、必ずだれかが、あの鏡に姿を映さなければならない。増えた偽物は、本物とすりかわろうとする性質がある。だから最初に、本物におそいかかってくる」
そこまで聞いて、「なるほど、それならさらに、ミタでなければならない」と判断した。他の人物がおたがいに戦い出したら、この塔はくずれ去ることだろう。
「それで、私は偽物の自分とどうすれば?」
「取っ組み合いをして、相手の動きを封じこめていてくれ。その間にイワンコフを捕まえて、魔法を解除させる」
モーゼスの発言に気が遠くなる思いがしたが、確かに適任者は自分しかいないようである。ミタはあきらめるしかなかった。
「分かりました。なるべく早く、お願いします」
ミタが鏡の前に立つとすぐに、鏡に映ったミタが鏡の中から出てきた。
「出たわね、年増なのに厚化粧で誤魔化してるババアが!」
偽物のミタの挑発。効果はバツグンだ!
「何言ってるの! あんたも同じババアでしょうが!」
一気にヒートアップした二人のミタは、早くも取っ組み合いのケンカを始めた。そのうしろを、引きつるような顔をした四人が足早にかけて行った。
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