第29話 決戦前夜

 その夜、ダニエラは夕食の席で、両親に今回の事件についてのあらましを話していた。

 いかに自由奔放なダニエラと言えども、だまって怪盗家業をするわけにはいかなかった。保護者へのホウレンソウは必須事項である。


 もぐもぐと、夕食の席に出たローストビーフを食べると、幸せが口の中いっぱいに広がった。それを口の中からしっかりと胃の中に流しこむと、ダニエラは静かに口を開いた。


「お父様、昼間にオーロラが出たり、月が増えたり、ゴーレムが進撃があったりした原因が分かりましたわ」


 その言葉に、両親の動きがピタリと止まる。母親にいたっては、あのときの増えた月を思い出したのか、顔色が悪くなっている。

 ダニエラはそのまま、両親が口の中のものを消化するのを待った。


「その前にダニエラ」


 父親が口を開く。ダニエラは首をちょこんとかしげた。一体、何を言われるのだろうか?


「ゴーレムが王都に進撃してきたという話は、私たちのところにも聞こえてきたよ。正確には、私がたまたま王宮で仕事をしていたから、すぐに耳に入ったのだがね」


 そこまでは理解した、とダニエラはうなずいた。それが何か問題なのだろうか?


「でもね、その後に、おどろくべき話が聞こえてきたんだよ。何でも、宮廷特殊探偵団といっしょに、ダニエラが王都の西門に向かったと言う話をね」


 父親の圧が強くなる。これはまずい。これはおこっている。そのくらいはダニエラも理解できた。それよりもまずいのは、その話をいま初めて耳にしたであろうお母様の顔色が、ますます悪くなったことである。

 このままだと、また絶対にたおれる。ダニエラの顔色が青くなった。


「あは、あはは……」


 ダニエラは何とか笑ってごまかそうとした。


「ダニエラ、あなた、一体、何をしたの?」


 青い顔をした母親が聞いた。言って良いものか、悪いものか。ダニエラはチラリと父親の顔を盗み見た。父親としても、妻に負担をかけるようなことは言いたくないようである。

 しばし考えこんだ。だが、妻だけにナイショにしておくわけにはいかない。夫婦円満の秘訣は、ナイショごとをなくし、秘密を共有することである。

 父親は口を開いた。


「アメリア、しっかり気を持ってきいてくれ」

「分かったわ、あなた」


 愛する夫の決意に満ちた目に、しっかりと返事する母親のアメリア。かくごさえ持っていれば、おそらくたえられるだろうと、夫は判断した。不意打ちにはめっぽう弱いが、事前にしっかりと言いきかせておけば、大丈夫。


「ゴーレムが、王都の西門に向かって進撃しているという知らせを聞いて、どうやらダニエラは、西門に向かったらしい」


 その言葉に、婦人は大きな目を、さらに大きくした。


「だ、ダニエラ。本当なの?」


 少し迷ったが、ナイショにしておくわけにもいかないかと、真実を言うことにした。


「本当ですわ。そしてそのまま最前線で、十メートルはあろうかというゴーレムと、戦って来ましたわ」

「じゅ、十メートル!? あ……」

「アメリアー!」


 気絶した夫人を、あわてて夫が支える。どうやら刺激が強すぎたらしい。さすがは生粋の深窓のお嬢様。想像しただけでも、アウトだったようである。

 夫人はそのまますぐに、夫婦の寝室へと連れて行かれた。

 それを見ながらダニエラは、「私は明日の話をしたかっただけで、ゴーレム討伐の話をしたかったわけではない。悪いのはこの話をふったお父様だ」と、言いきかせた。


 もどってきた父親からはこっぴどくおこられた。


「それでダニエラは、一体何を話そうとしていたんだ?」


 ようやく元の路線にもどったダニエラは、話をややこしくしたのはお父様だろうと思いながらも、話を再開した。


「なるほど。あの現象の原因が全て古代魔法によるものなのか」


 ダニエラから全ての話を聞いた父親は、あごに手をやると、考えこんだ。確かに、このまま放置しておくわけにはいかないだろう。


「分かった。この件に関しては、私から国王陛下に話しておこう。本当は国王陛下に話を通してから、仕事をしてもらいたいのだが……事が事だ。これ以上、何かやっかいなことになる前に、禁断の魔導書「グリモワール」を盗み出しておいた方が良いだろう」

「それでは、明日、盗みに行って参りますわね」


 父親の許可を取ることができて、ホッとするダニエラ。予告状はすでに出していたので、始めから、許可がなくとも決行するつもりではあったのだが。

 


 自室にもどったダニエラは、最終的な計画を、カビルンバと共に練った。


『どこから侵入するつもりですか?』

「なるべく上層階から侵入しようと思っているんだけど、黒の塔ってどんな構造をしているの?」


 ダニエラの言葉に、すぐにカビルンバは黒の塔の見取り図と、外観を、有機ELディスプレーに映しだした。


『塔の構造は円柱状になってます。最上階の展示テラスまでには、窓以外の侵入できそうなバルコニーなどはありませんね』


 カビルンバが菌糸で指した最上階の部分は、周囲を十分に見わたせるような作りになっていた。予告状を出したからには、しっかりと警戒されているだろう。


「これじゃ、上からの侵入は難しそうね。それじゃ、正攻法の正面突破で行くしかないわね」


 そう言ってうでを組んだダニエラ。するとすぐに、口の片側を器用に上げて、まるで悪役令嬢のような笑顔を作った。


「そう言えばカビルンバ、宮廷特殊探偵団の動きはどうなっているかしら? 殿下に事件解決の糸口になりそうなことを教えておいたので、何か動きがあると思うんだけど……」


 カビルンバは、また何か悪だくみしているな、と思いつつも答えた。


『宮廷特殊探偵団も、明日、黒の塔の家宅捜査に乗り出すみたいですね』

「あらあら、ちょうど同じ日じゃない。さすがは宮廷特殊探偵団だわ。すぐにその回答にたどり着くとはね……」


 うふふ、うふふ、と楽しそうに笑うダニエラを見て、カビルンバは自分の考えが正解であったことを悟った。


「そうだ、殿下はどうしてるかしら? カビルンバ、ちょっと殿下の様子を映してちょうだい」

『他人のプライベートをのぞくのはどうかと思いますが……』

「いいじゃないカビルンバ。ちょっとだけ、ちょっとだけだからさ」


 おねだりするダニエラに負けて、しぶしぶとカビルンバはレオナルドの様子をモニターに映しだした。



 王城の自室で、レオナルドはウンウンとうなっていた。

 明日、黒の塔に乗りこむことを、ダニエラに言ってはならない、ということは理解している。しかし、である。


「ダニエラにだまったまま行ったら、きらわれるんじゃないか……」


 これである。黒の塔へつながるヒントをくれたのは、他でもないダニエラだった。そんなダニエラに何の断りもなく、問題の解決に向かったのなら、きっとおこるだろう。

 二度と口を聞いてくれなくなったらどうしよう。ダニエラにきらわれたくないレオナルドは、頭をかかえてなやみだした。


「いや、待てよ。明日、黒の塔に行くことは、ついさっき決まったことだ。いまから連絡しても、手紙が届くのは明日の昼過ぎになるはず。そのときにはおそらく、問題は解決しているだろう」


 そう考えると、レオナルド目に光がもどってきた。それならば手紙を出しても、何の問題もないのではないか? ちゃんと連絡を入れているので、不義理ということにもなるまい。

 いくらダニエラでも、先ほど決まった、宮廷特殊探偵団としての仕事について、「何でもっと早く教えてくれなかったのか」と、おこるようなことはしないだろう。


 こうして方針は決まった。レオナルドはさっそくダニエラへの手紙を書き始めた。



 そんなレオナルドの姿を、ダニエラとカビルンバは遠くから見ていた。ダニエラの部屋に置いてある魔道具のランプは、その光量をやや小さくしている。カビルンバが作り出したモニターを、見やすくするためである。


『良かったですね、お嬢様。殿下はお嬢様にフォーリンラブみたいですよ』


 カビルンバのとなりで顔を真っ赤にしているダニエラ。弱くした光でもそれがハッキリと分かるほど、真っ赤に染まっていた。


「ちょ、ちょっとカビルンバ、殿下の様子はもう十分分かったわ。モニターを消してちょうだい」

『かしこまりました』


 ニヤニヤしながらカビルンバがそう言ったように聞こえた。カビルンバには口がないので、本当にニヤニヤしているのかは、分からないのだが。


「明日、黒の塔への家宅捜査をするのはまちがいないみたいね。あとは予定通りに盗みに行くだけね」

『それにしても、良くあんなものを持ってましたね』

「こんなこともあろうかと、いつでも準備をしておく。これ怪盗の鉄則よ」


 エヘン、と胸を張るダニエラ。そんな主の様子を、「そんな鉄則、見たことも、聞いたこともないんだけどなぁ」と、カビルンバがあきれた様子で見ていた。


『ひとまず準備は万全ですね。旦那様にも話を通しておりますし、問題はないでしょう』

「カビルンバは、向こうも、監視しておいてね」

『お任せ下さい』

「それにしても……」


 ダニエラは改めてカビルンバの方に顔をむけた。


「この前みたいに、イワンコフをあやつることができたら良かったのにね」

『むちゃを言わないで下さいよ。人をあやつるには、長期間、カビの胞子を吸わせないといけないのですよ? 一日や二日では、とても無理です。前のように、一週間以上の期間がないと、完全には掌握できませんね』


 カビルンバのカビの胞子も万能ではない。それにもし、短期間で人をあやつることができるのならば、それはそれで、大変危険であった。もしそうなれば、さすがの両親もだまってはいないだろう。


「そうだったのね。それなら仕方がないか」


 カビルンバは、何とかダニエラがなっとくしてくれたようだと、安堵のため息をついた。たまにむちゃぶりをしてくるのが、玉に瑕である。

 そのままダニエラは部屋の明かりを消すと、ベッドへともぐりこんだ。

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