第28話 予告状

 予告状


 イワンコフ・ダルマガル様


 明日、あなたが所有している禁断の魔導書、「グリモワール」をいただきに参ります。


 怪盗悪役令嬢



 ****


 それは太陽が頂点を過ぎ、お昼も過ぎたころ――。

 イワンコフ家のドアをコンコンとノックする音が聞こえた。

 今日、だれかが訪ねてくる予定などなかった。一体、だれだろうかと、いぶかしみつつドアを開けると、そこにはだれもいなかった。

 不思議なことに首をひねっていると、足下に一枚の手紙が落ちていることに気がついた。

 宛名はイワンコフ・ダルマガル。


 不審に思いながら手紙の封を切ると、そこには怪盗悪役令嬢からの予告状が入っていた。


「な、なぜだ。一体どこから、私がグリモワールを持っていることがバレたんだ! いや、こんなことをしている場合ではない。何とかせねば!」


 イワンコフはあわてて部屋の中へともどって行った。このことは、だれにも言えず、だれにもたよることはできない。自分で全てを解決しなければならないのだ。

 怪盗悪役令嬢の名前を知らぬはずはない。ねらわれたが最後。ねらった獲物はにがさない、すごうでの怪盗なのだから。


「まずいぞ、まずいぞ。どうすれば……。そうだ! ゴーレム生産の魔法を使って、防御を固めよう。昨日うまくいかなかったのは、近くに手ごろな石がなかったからだ。ちゃんと準備していれば、まちがいなくゴーレムを作れるはずだ」


 イワンコフは知らなかった。彼が使った古代魔法によって、とんでもない被害が出ていたことに。

 そうとも知らず、イワンコフは自分のことだけを考える。ゴーレムだけでは不安だ。塔の各階層にトラップをしかけて、少しでも足止めしておかないと。どうしても追いつめられたら、そのときは、グリモワールだけを持って、外ににげるしかない。

 グリモワールは自分の命よりも大切なのだから。


 こうしてイワンコフは、怪盗悪役令嬢の襲来に備えて、着々と準備を進めて行ったのであった。



 一方、王宮では、宮廷特殊探偵団たちが、明日の調査に備えて準備をしていた。もちろん調査に行くのは、イワンコフの住む「黒の塔」である。


「モーゼス様、あれから「黒の塔」の周辺の調査を念入りにして来ました」

「ありがとう、ミタ。それで、どうだった?」

「黒の塔周辺では、以前から塔の住人のイワンコフが、夜な夜な奇っ怪な声を上げいるそうです。それで何度も衛兵に苦情がいっているみたいですね」


 ミタの話を聞き、ますますあやしく思う一行。そう言えば、とモーゼスは思い出した。


「イワンコフには確か、使い魔のゴーレムがいたな。まさか、ゴーレムが王都に進撃してきたのは、やつのしわざなのか?」

「イワンコフは、そんなことをするような人物なのか?」


 レオナルドの問いに、モーゼスは考えこんだ。


「いや、そのような大それたことをするような人物ではありません。どちらかと言えば、小心者だったはずです」


 モーゼスは、イワンコフがどんな人物だったのかを、もう一度、思い出した。

 イワンコフは古代魔法の研究に取りつかれた学者であったが、決して国に反抗するような人物ではなかったはずだ。

 どちらかと言えば、パルマ王国を愛しており、国のために古代魔法を研究して、有効利用したいと考えている人物だったはずだ。

 研究にのめりこみ、奇妙な行動をとる学者など、日常茶飯事である。それに比べると、イワンコフはまともだった、と記憶していた。


「そうだとしたら、ますます分かりませんね。私が調べたところによると、あのゴーレムの進撃は、古代魔法によるものである可能性が、非常に高いのですよ。ダニエラ様がおっしゃっていらしたように、今一度、古代のおとぎ話をひもといてみたのですよ。そうしたら、「魔法を使ってガーディアンを作り出し、おたがいに戦わせる遊びがはやっていた」という記述にたどり着きました」


 ミタの言葉に絶句するレオナルド。


「あの不死身のガーディアンを遊びで使っていたのか……。とんでもない時代があったのだな」

「はい。それも、いまではほとんどの魔法が失われてしまっておりますけどね」


 そんな危険な魔法が現代によみがえろうとしているのだ。宮廷特殊探偵団のメンバーは、ますますこの事件を放置しておくわけにはいかないと、判断した。


「あまり時間をかけてはいられないな。ミタ、引き続き、イワンコフの身辺調査をたのむ」

「かしこまりました、殿下」


 こうして宮廷特殊探偵団の会議は終わった。その場にはレオナルドとモーゼスだけが残っている。


「さて、ダニエラにはどうするかな……」

「殿下、さすがに何が起こるか分かりません。お知らせすればおそらく、ついてくると言い張るでしょう。先日のゴーレムのときは、その場にいたので仕方なくお連れすることになりました。しかし、今回はちがいます。ダニエラ様にお知らせすることがないようにお願いします」


 キッパリとモーゼスは言った。

 かなりの使い手とは言え、ダニエラは公爵令嬢であり、殿下の大事な婚約者である。連れて行くわけにはいかない。もちろん殿下も、本来ならば連れて行きたくはない。だがしかし、宮廷特殊探偵団の一員となっているがゆえに、連れて行かないわけにはいかなかった。


 殿下一人だけなら、まだ何とかフォローできる。しかし、二人になると厳しい。それがモーゼスの見解であった。



 王城の一室では、明日の黒の塔への家宅捜査を前に、モーゼスが、かつての同僚であるイワンコフのことを思い出していた。

 イワンコフは優秀な学者であっただけではなく、その豊富な魔力量から、優秀な魔法使いでもあった。モーゼスとの対戦成績は五分と五分。正面からまともに戦えば、どちらが勝つか分からない。

 

 イワンコフは昔から、何かと自分と張り合おうとしていた。モーゼスはどちらが上だとか、まったく気にしていなかった。しかし今にして思うと、どうやらそれがいけなかったようだと思い当たった。イワンコフは「自分は相手にされていない」と思ったのだろう。


 だがその一方で、イワンコフは公私混同をしていなかった。愛国心は非常に高い。古代魔法を解き明かせば必ず国の役に立つ。そう思って古代魔法の研究にのめりこんでいったのだ。

 その結果、追い出される形にはなったが、この国に向かって刃をむけるような男ではないと思っていた。それなのに。


「イワンコフ、あのゴーレムの進撃は、本当にお前がやったことなのか?」


 そのつぶやきに、答えは返ってこなかった。

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