第27話 犯人はだれだ
くずれゆくガーディアンを見ながら、モーゼスは、ダニエラの正確な魔法のコントロールにおどろいていた。あれほどの距離のものを正確に射ぬくことができる人物は、そうそういないだろう。
今回その大役をダニエラに任せたのは、この中ではダニエラが一番適任だったからにほかならない。
アームストロングの性格では、頭文字だけをけずるという繊細な作業は不可能だろう。クリストフのダイナマイトでは、まちがいなく、他の文字もいっしょにふき飛んでしまう。
そして自分の土魔法と、殿下が得意な氷魔法では、けずり取るという作業には不向きだった。
この作戦を提案したのはダニエラだ。きっと勝算があるのだろうとは思っていた。だが、まさかここまでうまく行くとは、思ってもみなかったのだ。それにダニエラが風魔法が得意だという話も、聞いたことがなかった。
「実に見事ですな。ダニエラ様」
「ありがとうございます、モーゼス様。みなさんのおかげで、何とかうまく行きましたわ」
先ほどからダニエラは内心ヒヤヒヤしていた。ぶじにガーディアンの額の一文字だけをけずれるかどうかに、ヒヤヒヤしていたわけではない。
ふだんは、「ダニエラ嬢」とモーゼスは呼ぶ。しかし、作戦を提案したときから、「ダニエラ様」と様付けで呼んでいることに、冷や汗をかいているのだ。
何だか、目をつけられたようで、いやな予感しかしなかった。
「さすがはダニエラだな。婚約者として、私も鼻が高いよ」
そうとも知らず、レオナルドは自慢げに、そしてうれしそうにダニエラに目を向けた。
「そうですとも。さすがは殿下の将来の伴侶となられるお方。そうだ、ダニエラ様。宮廷特殊探偵団に入りませんか?」
そう来たか。ダニエラは奇人変人ぞろいの宮廷特殊探偵団の中に入り、自分もその仲間入りを果たすつもりはなかった。そんなことをすれば、両親と両陛下が悲しむだろう。
「それはイイ! これだけ強いんだ。オレは賛成だぜ」
脳筋アームストロングに賛成されても……。ダニエラは全然うれしくなかった。クリストフも賛成なのか、特に反論はしなかった。レオナルドも期待の目を向けている。それでも――。
「お断りしますわ」
ダニエラの発言に、わんこレオナルドの耳としっぽが、かわいそうなくらいに垂れ下がった。
宮廷特殊探偵団にあたえられた任務は終わった。五人は他の兵士たちの支援にもどるため、すぐに道を引き返した。
しかし、すでにゴーレムの処理は終わっているようである。戦っている兵士の姿は見えず、じゃまにらないように、散らばった岩石を片付けていた。
どうやら、すべて片付いたようである。五人が安心した表情で王都の西門へともどると、いまやおそしと、ミタが門の前で待ちかまえていた。
「みなさん! ごぶじでしたか……良かった」
大きくあんどのため息をついた。
「心配していたんですよ。急にゴーレムたちが動かなくなり、くずれ始めたものですから。きっと、根源を絶ってくれたのだとは思っていましたが、帰りがおそかったもので……」
「帰りがおそかった? どのくらい前からゴーレムに異変があったのかね?」
モーゼスが首をかしげながら、ミタにたずねた。ミタの話から逆算すると、どうやら自分たちが、合体したゴーレムである「ガーディアン」と戦い始めたころから、そのほかのゴーレムは動きを停止していたようである。
「なるほど。あのガーディアンが、すべてのゴーレムを指揮していたというわけか。自分が戦うことになったので、指示が出せなくなったのだな。それにしても、あのガーディアンは、一体、どこからやってきたのか……」
その場にいた全員が首をひねった。今回はからくも勝利をおさめることができたが、次も同じようにうまく行くとは限らない。それに少なからず、兵士たちにも被害が出ていた。
何だか不吉な気配を感じながら、この件については、もっとくわしく、宮廷特殊探偵団が調査することになった。
屋敷へと帰ってきたダニエラは、さっそく今日あった出来事を、相棒のカビルンバにはなした。
「カビルンバのおかげで助かったわ。用意してくれた古代のおとぎ話をたくさん読んでいたおかげで、何とかガーディアンをたおすことができたわ」
『何を言っておられるのですか、お嬢様。お嬢様がその気になれば、あんな小細工などせずに、核もろとも、ガレキにすることができたはずですよ』
カビルンバの言葉に、口をとがらせた。
「何よぅ。カビルンバは私をデストロイヤーにでもしたいわけ?」
『めっそうもございません。ですがお嬢様が宮廷特殊探偵団に入団する気であるのならば、そのような肩書きが必要かも知れません』
「そんな気はみじんもないわよ!」
ついにダニエラはおこりだした。カビルンバは別におこらせたいわけではない。主が危険な目にあうことに、たえられないだけなのだ。自分が危険な目にあうことなく、ガーディアンをたおす手段を持っているのに、それをしなかった主におこっているのだ。
カビルンバには、ダニエラの「愛する人にバケモノあつかいされるかも知れない」という、おそれの気持ちは分からなかった。
『そうでした、お嬢様。古代文字の件、調べておきましたよ』
「あやしい人物はいたかしら?」
『ええ、もちろん。一人だけおりましたよ。王都の郊外にある「黒の塔」に住んでいる、イワンコフ・ダルマガルという人物です』
ダニエラは思い出すようにうでを組んだ。
「どこかで聞いたことがある名前だと思うんだけど……思い出せないわ」
『イワンコフ・ダルマガルは、王宮で古代文字の研究者として働いていた学者です。禁断の魔導書「グリモワール」をめぐっての騒動で、王宮を去った人物ですね』
「思い出したわ。グリモワール。古代魔法の数々が記されているとされる本なのよね。一度読んで見たかったのよ」
その光景を頭に思いえがいているのか、ダニエラはうっとりとした表情をしていた。それをカビルンバは、「どうしようもない人だ」という目で見つめていた。
魔法が大好きなお嬢様。いつか本当に古代魔法をあやつってしまうのではないか。そう思うと、背筋がこおる思いがした。カビなので、背筋はないのだが。
万が一お嬢様が、グリモワールを手に入れ、それを解読してしまったら。おそらくこの世は終わるだろう。何としてでも阻止しなければならない。カビルンバの警戒レベルが、緑から、一気に赤へと変わった。
「ところで、そのグリモワールは一体どこにあるの? ……あ、分かったわ! そのイワンコフ・ダルマガルが持っていて解読しているのね! でもどうやって手に入れたのかしら?」
カビルンバはダニエラの思考の速さに舌を巻いた。カビルンバにごまかす時間はなかった。
『お察しの通り、現在、禁断の魔導書「グリモワール」はイワンコフ・ダルマガルが所有しております。そして、現在解読中です。
これまでの不可思議な現象、真昼のオーロラ、増える月、ガーディアンによる襲来は、その研究成果かと思われます。現在監視中ですが、彼が禁忌を犯していることは、まず、まちがいないでしょう』
「それで、一体どうやってその禁断の魔導書を手に入れたの?」
『その魔導書は、元々は王立図書館のおく深くに、だれも読まれないように封印されていました。しかし、二十二年前、王立図書館で、大規模な火災が発生しました。多くの貴重な本が焼かれ、その中に禁断の魔導書「グリモワール」もふくまれていました』
「それじゃ、その火事に便乗して、本を盗んだのね」
カビルンバはうなずく。
『その可能性が高いと思われます。もしかすると、火事を引き起こしたのも、イワンコフ・ダルマガルのしわざかも知れません』
「何てやつなの! そんな人には制裁が必要ね。カビルンバ、さっそく、その魔導書を盗みに行くわよ」
やっぱりそうなるか。カビルンバは顔が引きつったように思えた。実際は目しかないのだが。やれやれといった感じで、カビルンバは了承せざるを得なかった。
イワンコフ・ダルマガルの手の中にあった方がいいのか、それとも、ダニエラの手の中にあった方がいいのか。カビルンバには分からなかった。ただ、一つだけ、分かっていたことがあった。
すぐにお嬢様の両親に言いつけよう。
一方そのころ――。
王宮では、宮廷特殊探偵団のメンバーが今回の事件について、話あっていた。
しかし、早くも原因は不明で、暗礁に乗り上げようとしていた。
「そういえば、ダニエラから気になる話を聞いたんだった」
そう言うとレオナルドは、ダニエラから聞いた、「怪奇現象は古代魔法が原因ではないか」という話をした。
それを聞いた、アームストロング、クリストフ、ミタは特に思い当たることはなかったようであったが、モーゼスだけはちがった。
「あの現象が古代魔法によるものですと!? ……それならば、そのようなことを、やってのけそうな人物に、一人心当たりがありますね。それにしても、そこまで調べが進んでいるとは。ますますダニエラ様をこちらに引きこみたいところですな」
全員がモーゼスに注目した。ダニエラはガーディアンについても、古代のおとぎ話と言っていた。それはまさに、古代魔法についての物語ではなかったのか。
もしそうであるならば、ゴーレム騒動の原因もつかむことができる。
「それで、モーゼス。一体、だれなんだ?」
「かつて古代魔法の研究にのめりこんで、研究者として、学者としての地位を失った、イワンコフ・ダルマガルと言う人物です。まさか、あいつ、グリモワールを複製していたのか?」
ブツブツと考えこんだモーゼス。それをよそに、他のメンバーの方針が決まった。
「それじゃ、さっそく、そのイワンコフ何たらを、なぐりに行こうぜ」
「まだ真犯人と決まったわけではないが――。まあ、仕方がないな。手がかりになりそうなのは、そのイワンコフという人物だけみたいだし。御用改めに行くとするか」
モーゼス、ミタ、クリストフの三人は、脳筋に感化されつつあるレオナルドのことを、ダニエラに報告することを決意した。
大丈夫。ダニエラなら、レオナルドが変な道に行くのをきっと止めてくれるはず。
三人はそう信じて疑わなかった。
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