第5話.辺境の錬金術師

 

「んっしょ、んっしょ」


 近くの川から汲んだ水をえっちらおっちら運んで、森の中になる私たちの家の水瓶に入れていく作業もこれで今日の分は終わりだ。


「先生ぇー! 水汲み終わったよー!」


 今の時間はまだ眠っているだろうから、精一杯の大声でだらしがないあの人を呼び起こす。

 私が叫んでから数分……『今度は直接出向いてやろうか』なんて考えていると、ゆっくりと部屋の扉が開いてまだ寝惚けた様子の先生が現れる。


「……あぁ、リア……おはよう」


「おはよう、じゃないですよ! もう真昼ですよセレーネ先生!」


 この人はいつもそうだ……時間だとか、部屋の片付けだとか……他にも細かい事に対しては酷く大雑把で面倒くさがり、その癖自分が楽しそうなんて思った事には全力で夢中になる。

 森に捨てられていたらしい私を拾って育ててくれているのには感謝しているけれど、せめてご飯の時間には間に合って欲しい。


「……また夜遅くまで錬金術ですか?」


「あぁ、そうだね……もう少しで完成するとは思うんだけどね」


 この人は本当は凄いんだけどなぁ……何処からともなくふらっと現れてはこの王国の王家の秘宝とやらを即座に直してみせて、褒美に当主不在のリーザス家の家督と領地を望んだと思ったら並み居る政敵たちを一掃して……そのまま隠されて育てられていたらしい、前当主の歳の離れた弟に全てを譲って辺境に隠居生活だもんなぁ。

 もう大分昔の話らしいけど、今でも街に出れば『誠の忠義者、今は亡き主に代わり家を再興する』なんて吟遊詩人が謳ってるくらいだもん。


「……ねぇ、セレーネ先生」


「なんだい、リア」


 昼食──セレーネ先生にとっては朝食──を食べ終わったのを見計らって声を掛ける。


「私にも錬金術を──」


「──ダメだ」


『錬金術を教えて』って全てを言い切る前に断られてしまった……食い気味に私のお願いを却下する事ないだろうと、恐る恐る覗き込んだ先生の目はとても恐ろしかった。

 怒り、悲しみ、寂寥、嫌悪、恨み、愛情、苦痛……様々な感情が渦巻いているようだった。


「……」


 ダメだの一言で全てを切って捨てた先生の中では話は終わったのだろう……そのままゴソゴソと錬金術の準備を始めてしまう。

 それを自分でも綺麗だと思う青い髪をクルクルと弄びながら眺める。

 ……いいなぁ、楽しそうだし凄い物をいっぱい創り出すセレーネ先生みたいに私も錬金術をしてみたいなぁ。


「──が足りない、──いやでも」


 ブツブツと何かを呟きながら、錬金術師にとって大事な相棒らしい青いスライムの錬金釜に向かって様々な素材を放り込みながら銀の槍で掻き混ぜ、完成した物を取り出してはまた何かを書類に書き留める。

 そんなセレーネ先生の様子を見て、『この人がこんなにも夢中になるのだから絶対楽しいに違いない』なんて思ってしまうのと同時に、『セレーネ先生ばかりずるい』とも思う。


「……」


 だから私はこんな事を聞いてしまったのだろう。


「ねぇ、錬金術って面白い?」


「……いいや、ちっとも楽しくなんてないよ」


 あの何事にも大雑把なセレーネ先生がこんなにも丁寧に、嫌がりもせずに毎日ずっとやり続けているのに?


「……じゃあなんで貴女は錬金術をしてるの?」


「それはね──」


 私の頬を手で優しく撫でながら、こちらを見下ろすセレーネ先生の目は……先ほどとは全く違う狂気が宿っていた。

 親愛、友愛、恋慕、愛情、愉悦、嫉妬、後悔、懺悔、悔恨、性愛、喜悦……その中でも一際強い感情は〝執着〟……だろうか。


「──リア、君を完成させる為さ」


 そう答えながら笑うセレーネ先生は不気味なほどに優しかった。


 ▼▼▼▼▼▼▼


 少しだけ怯えた様子の……出来損ないのリアホムンクルスの頬を撫でながら、この子にあと何が足りないのかを考える。

 あの日に決意したその時から私はずっと止まらない……リアを元通りにするまでは絶対に。


「さぁ、錬金術の話はもういいだろう……遊びに行っておいで」


「……はい」


 少しだけ拗ねて近くの村へと出かける彼女の後ろ姿を苦笑して見送りながら、自分の手を見つめる。


「……師匠の失敗作・・・・・・では難しいかな」


 恐らく私は師匠の相棒だった人なんだろう……師匠の錬金釜は私の髪と同じ赤色だったし、森に早々人の赤子が捨てられている訳がない。

 私は師匠が錬金釜から相棒を救い出そうとした結果産まれた新たな命……神話の最終章の人類創造になぞって造られたホムンクルスなんだろう。


「……私と同じ様に、そして師匠でさえも」


 神話の最終章をなぞってリアを産み出した私と同じ様に私を造った師匠でさえ……また誰かのホムンクルスだったんだろう。

 そうやって繰り返していく様を思い浮かべて怖気が走る……今はリアに対して錬金術を教えないと拒んでいる私だけれど、このままいけばいつか師匠と同じ様に錬金術を教えてしまうのだろう。


「──人類に妹の面影を見た創造神の様に」


 ……今考えったて仕方のない事を頭から振り払い、錬金術の続きを再開する。

 私は止まらない……役目を終えてボケるまで、リアを元通りする事を諦めない。




 〜Fin〜

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ある錬金術師の少女の一生 たけのこ @h120521

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