第4話.新たな錬金術師
「──」
光が収まり、視界が開ける。
「……え、あれ……なん、で……」
カランと乾いた音を立ててペアリングが落ちる。
「おめでとう──
消失しているはずの私の意識はしっかりと、確かにここにあって……ここに居るはずの……居るべき人間であるリアが見当たらなくて狼狽する。
ジーナス導師の祝福の言葉も耳に入らず、膝から崩れ落ちてしまう。
そっと……リアが付けていたはずのペアリングを拾い上げればウゾウゾと、
「──っ!! なんでぇ!! どうしてぇ!!」
「……なんだ、どうしたと言うのだセレーネ・サラサ」
本当に何も分かっていない、どうしていきなり私が叫んだのかが分からないという表情のジーナス導師に殺意が湧いてくる。
私は確かに、ジーナス導師に向かって自分が素材になると申告したはずだ……彼もそれを確認して了承したはずだ。
「わ、私が!! 私が素材になるはずだったのに!!」
「……あぁ、そんな事か」
…………リアを殺しておいて『そんな事か』と片付けるジーナス導師を見て、何かが切れる音がした。
「神話には続きがあってな? 双子であるが故に神としての力も半分に分け合った半人前の創造神では世界創造など出来なかった」
「……やめろ」
私が知らない……いや、意図的に知らされてなかった神話の部分なんて興味がない。そんな事を聞きたい訳じゃない。
「そこで兄は自分を犠牲に妹に後を託そうとした……だがなぁ、これも兄妹愛の成せる技なのか、直前になって妹が錬金釜にその身を投げた!」
「やめろよ!! 聞きたくないんだよ!!」
私はそんな……そんなクソみてぇな神話じゃなくて、なぜリアが犠牲にならなければならかったのかを聞きたいんだよ。
「兄は嘆き悲しんだ! その時になって初めて残される者の気持ちを理解した! 妹の為だと言うのは所詮は独り善がりのエゴに過ぎないと!」
「……聞きたく、ないん……だよ」
リアの指輪を握り締める……溢れる涙もそのままに、ジーナス導師を精一杯睨み付ける。
「兄は妹を救い出そうとした! 様々な物を創り出し、妹を錬金釜から取り出そうと……そうして出来たのがこの世界だ! その血で海を、骨から山を、歯から岩石を、毛髪から草木を、睫毛からこの大地と混沌を隔てる壁を、頭蓋骨から天を、脳髄から雲を、残りの腐った身体を切り分けて人類を創造した! してしまった!」
「こ、の野郎ぉ……!!」
私の嘆きも、悲しみも……ジーナス導師は全て肯定し、
「この世界は! 創造神の錬金釜であり、兄が妹を救おうとした結果の成れの果てなのだよ!」
「許さない……許さない……」
「君も半身が突然、なんの前触れもなく犠牲になって悲しいだろう? また救いたいのだろう?」
「絶対に……絶対に……」
ジーナス導師がゆっくりと私に歩み寄り、その肩に手をそっと置く。
「兄の様に醜く足掻き、是非とも素晴らしい物を創造しておくれ──この世界の様に」
「リアを返せェェエ!!!!」
この五年間で培ってきた全ての技術を使い、瞬時に講堂の床板から槍を錬成したジーナス導師に襲い掛かる。
「──愚かな」
「……ぁ」
ジーナス導師の袖口から現れた錬金釜……金色のスライムに槍ごと右腕を持って行かれる。
「──あぁぁあぁあぁああぁぁぁぁぁぁあぁあぁ???!!!」
熱い、痛い、苦しい、悲しい、惨め、苦痛、熱い、熱い、痛い、熱い、悲しい、寂しい、辛い、嫌悪、喪失感、痛い……右の肩口を抑えながら必死に溢れる激情を抑え込む。
「愚か者め……兄の身代わりになった妹が何もせずに見ていると思うか?」
自身の半身である錬金釜が、自分の主人の危機を黙って見ているだけのはずか無いだろうと……淡々と諭される。
「
「……ぅあ」
モゾモゾ、ウゾウゾ、と……形も意識も失ってしまった
私が握っていたリアのペアリングを呑み込み、それを素材として私の右腕を錬成する……まだ何も指示なんて出していないのに、リアは私を助ける為に自発的に動いた。
「あ、あぁ……!!」
こちらの顔を心配して覗き見るかのようなリアを、彼女が錬成してくれた銀の右腕で抱き締める。
「リアっ……リアぁ……!!」
私の腕の中でふるふると震えるリアの中にボロボロと涙がこぼれ落ちていく……何を勘違いしたのか、彼女はその涙を使ってハンカチを錬成して私の顔にペタっとくっ付けてくる。
「絶対にっ……絶対に元に戻してっ……あげるからぁ!!」
絶対に彼女を元に戻してあげるから……ジーナス導師の思惑通りに神話をなぞる事になったとしても……リアを救い出そう。
創造神だって一部だけなら取り出せているんだ……絶対に成し遂げてみせる。
「……ふむ、今年も卒業生は一人だけか」
そうポツリと呟いたジーナス導師の背後では……私とリアの末路を見て、頑なに相棒を素材にする事を拒否したり、逃げ出そうとした同級生たちが全滅していた。
「卒業おめでとう、セレーネ・サラサ。お前がこれから創り出す物を期待している」
場違いな程に優しげな笑みを浮かべたジーナス導師がそう言葉を掛けると同時に、私はいつの間にか崖の下の錬金釜の前に居た。
「……こんなの、ちっとも楽しくなんてない」
何度手を入れてもあの場所へと送ってくれはしない錬金釜に向かって、そう呟く。
「こめんね、リア……ごめんね……」
無邪気に震えるリアをもう一度、強く……抱き締める。
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