第3話.卒業

 

「……どうやら集まった様だな」


 リアと本当の相棒として認め合ってから三年……とうとう私たちもこの学び舎を卒業する時分だ。

 毎年この卒業試験では半分が脱落すると言うのも相まって、講堂に入って来たジーナス導師の姿を見てとった全員に緊張が走る。

 ……特に三ヶ月ほど前に出された課題を、私たち全員が未だにクリア出来ていないからね……もしかしたら今年は合格者は出ないのではないかなんて、話し合ったものだ。


「これより卒業の為の試験──」


 誰も口を開かない……ただジーナス導師の一挙手一投足を固唾を飲んで見守っている。

 私も緊張で固まってしまっているリアの手を握り締めて『大丈夫だよ』と小声で語り掛ければ、リアも『しょうがないなぁ』なんて言って握り返してくれる。

 この三年間で彼女とも大分打ち解けられたと思う……早くこの試験を合格して、卒業して……彼女の領地に一緒に行ってリアと過ごす時間を楽しむんだ。


「──〝完成された錬金釜〟を作ってもらう」


「『っ!』」


 きた……ついにこの時が……私は人生に楽しさを見出す為に、リアは自分の家の為に求めてやまなかった物。

 入学初日に召喚した〝遥かなる混沌〟の一欠片であるスライムはそのままだとただの未完成品で、こっそりと師匠の部屋から持ち出したレシピを使ってみても作れない物が多かった。

 神話の通り、〝遥かなる混沌〟に素材を入れて掻き混ぜるだけでは不足なのだろう。

 だとすれば──待てよ? 神話で兄妹神はどうやって完成させた・・・・・・・・・・


「この五年間、君たちはルームメイトである相棒と苦楽を共にして来たと思う」


 どうやって……何を……完成させた?


「それこそ本当の兄妹・・・・・の様に……本当の夫婦・・・・・の様に……お互いが大事な存在になったと思う」


 強く、強く……リアの手を握り締める……リアの『ちょっと、痛いわよ?』なんて小言の注意を受けても抑える事はできない。


「この五年間、君たちに錬金術とは神話の創造神の営みをなぞる事だと教えてきた……我々矮小なる人間が神々の真似事をして、それらしい現象を起こす事こそが錬金術だと」


 自分の不安を押し隠す様にしてリアの肩に手を回して抱きすくめる……赤面したリアの抗議の一切を無視してジーナス導師を睨みつける。


「この五年間は神話の前半部分をなぞらせた……この地に降り立ち──」


 ……あぁ、そうだよ……私たちはみんな崖を降りた先にある錬金釜からこの場所に降り立った・・・・・・・・・・


「そこで見付けた〝遥かなる混沌〟と接触し──」


 降り立ってすぐに召喚されたね、このスライムが。


「兄妹神はお互いに苦楽を共にしながら試行錯誤を繰り返し──」


 ルームメイトとして、相棒として……そして本当の兄妹の様に仲良くなっていったリアと一緒に喧嘩したり、笑ったり……試験に合格する為だったり、勝手に私の師匠のレシピからもっと凄い物を作ろうとしたり……頑張ったさ。


「──そして行き詰まる」


 ここまで説明されたら誰だって察する……なぜ三ヶ月前に出された課題を誰一人としてクリアしていないのに卒業試験が開始されたのかを……なぜ〝遥かなる混沌〟の一欠片である錬金釜を用いても作れない物があるのかを。

 顔を蒼くして私を見上げるリアを守るように抱き締める……絶対に渡さないと言うように。


「さぁ、完成された・・・・・錬金釜を錬成・・・・・・して貰おうか──〝遥かなる混沌〟と〝自身の半身〟を掛け合わせて」


 泣きそうな顔で私を見詰めるリアに笑いかける事で応える……けど、上手く笑えた気がしない。


「──創造神の錬金釜であるこの世界・・・・を再現する為に」


 そう言って嗤うジーナス導師は今まで見た事が無いくらいに愉しそうだった。


 ▼▼▼▼▼▼▼


「セレーネ……」


 不安そうに私の名前を呼ぶリアを強く抱き締める……私よりも背の低い彼女の頭は、簡単に私の胸の中に収まってしまう。


「ねぇ、リア……私は結構楽しかったよ?」


「……なに、を言って……いる、の?」


 頭を下げて、リアの耳元で囁く様に語り掛ける。


「私は人生が楽しくなればな〜、なんて巫山戯た理由だったけど……リアは立派な目標があるんだよね?」


「セレーネ待って、やめて……」


 私の腕の中で抵抗するリアの、弱々しい抗議を押し潰すように抱き締める力を強める。


「私は十分に楽しめたよ」


「セレーネッ!!」


 もはや怒鳴るというより、泣き叫ぶといった様子のリアの頭に手を置いて、髪を梳かす様にサラサラと撫でる。


「いやだってさ、このまま私がリアで錬成したとしてもさ……残るのものは何? ボケた師匠の介護? ……冗談もほどほどにして欲しい」


「お願いだから待ってよぉ!!」


 我儘で聞き分けのない子どもをあやす様に、嗚咽を漏らすリアの背中を優しく叩く。


「私は最初から最後まで人生を面白くする事が目的だったんだ……卒業まで頑張ってこれたのもリアと一緒にする領地経営が楽しそうだったからなんだ……でもさ、リアは違うでしょ?」


「嫌だ……嫌だよ……私だって……」


 そうだ、リアと私は違う……彼女は私と違って真面目なんだよ、楽しそうなんて理由で錬金術に手を出した私と違って〝明確な目標〟がある。


「私はボケ老人しか待ってないけど、リアは領民の皆が待ってるんでしょ?」


「でも……でもぉ……」


「ねぇ、リア……私の人生から楽しさを奪わないで……」


 もはや一切の抵抗はなく、弱々しく震えるだけのリアを優しく抱擁する……彼女の頭に私の涙が落ちるけど、これくらいは許して欲しい。


「リアと一緒に過ごして、一緒に錬金術を学んで……楽しかったままで終わらせて?」


「嫌だよぉ……」


「ほら、もう……可愛い顔が台無しだぜ?」


 苦笑しながら涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったリアの顔を、ハンカチで綺麗に吹き取る。


「私の目標はもう達成したも同然だしさ……そりゃ確かにこれからも楽しく生きられたら良いけど、無理じゃない? ……だからさ、次はリアの番だよ」


「ずるい……セレーネはいつもずるい……」


「はいはい」


 チラッと周囲を見渡す……講堂の出口は完全に塞がれてて、私たちを逃がすつもりは全くないみたいだし……相棒のどちらかを素材にする事を拒否した一部の同級生たちはジーナス導師の錬金釜に喰われてしまっている。

 あんな最期は絶対にごめんだし、リアにもそんな目に遭わせるつもりはない。


「ほら、錬金術師にとっての錬金釜は相棒なんでしょ? 私をリアの領地に連れて行ってよ、ボケ老人の所じゃなくてさ」


 ……今になって師匠が言っていた事が蘇る……こういう事だったのかぁって感じだ。

 確かに楽しくなんて無いだろうね、自分の半身で完成するだなんてさ。


「わ、わかっ……た……つ、連れて行、っくぅ……」


「ほらほら、もう泣き止んで」


 ハンカチでリアの目元を拭いてあげながら苦笑する。


「……セレーネも泣いてる癖に」


「……まぁ、これは仕方ないさ」


 背伸びをしたリアに私の目元をぐしぐしと拭いて貰う。


「……じゃ、行こっか」


「……うん」


 下を俯いたままのリアの手を引いてジーナス導師の元へと向かう。


「……ねぇ、セレーネ」


「……なに?」


「……私ね、頑張るから」


「……うん」


「……セレーネの分まで、頑張るから」


「……うん」


「……り、領地と家を再興するから」


「……うん」


 またポロポロと涙を流し始めるリアの手に指を絡ませる。


「……いっぱい、いっぱい楽しい物をセレーネで作ってあげるから」


「……それは楽しみだ」


「……領地を盛り上げる為に楽しい祭りやイベントだって開催するんだから」


「……楽しそうだなぁ」


「……セレーネは特等席で見てもらうわよ」


「……それは嬉しいなぁ」


 指を絡ませた手に力を入れる……絶対に離さないように。


「……絶対に楽しませてあげるんだから」


「……分かったからさ、もう泣かないで?」


「……だってぇ」


「……せめて最後は笑ってよ」


「……最後とか言わないでよ」


「……ごめんごめん、これからも楽しませてくれるんだったね」


 リアとの最後の会話をしながらジーナス導師の元へと辿り着く……辿り着いてしまった。


「……どちらが素材となるか、決まったか?」


「……私が成ります」


「そうか、では準備せよ」


 恐怖から震える足を叱咤して、リアに向き直る。

 ジーナス導師の指示通りに二人のスライムをお互いに喰い合わせ、混ぜながら私はリアに語りかける。


「……じゃあね、時には息抜きしなよ」


「……セレーネこそ、錬金釜になった後も大雑把な錬成をしないでよね」


「……そりゃ大変だ、間違えたらまた小言を言われそうだね」


「……いっぱい言ってあげるわよ」


 私とリアとスライムと……それらがすっぽり収まってしまうような大きさの魔法陣が足下で光り出す……〝遥かなる混沌〟の一欠片を召喚した時のと同じ物から強烈な光りが……私たちを包み込む。


「「……さようなら」」


 目も開けていられないほどの光が私を包み込む……これでいよいよこの人生ともお別れだな、なんて考えながらこの光に身を任せ──


 ──ペアリングの『友愛の指輪』が落ちる音が辺りに木霊した。


 ▼▼▼▼▼▼▼

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る