第2話.相棒
「ここは……」
「目が覚めた?」
焚き火に新たな薪をくべたところで気を失っていたリアが目覚める。
入学から二年……結局ここまで私に心を開いてはくれなかった彼女だけど、今は完全に憔悴しきっている様で……私の姿を認めて大きく目を見開いた後は所在なさげに下を俯く。
「……」
「……」
何か言おうと口を開き、けれどもまた閉ざす……いつもの自信に満ち溢れた彼女らしくないそんな動作に何も言わずに静かに、ただじっと彼女の声を待つ。
「あ、貴女には迷惑をお掛けしましたわ……」
「……」
そうして短くない沈黙を経て、彼女が最初に発したのは謝罪の言葉だった……あのいつも敷居高で他人にも自分にも厳しく、自信に満ち溢れ、私にも何度も小言や苦言を呈して来た彼女とは思えない弱々しい声色だった。
……私は、そんな彼女が見たくて沈黙を守ってあげた訳じゃない。
「この課外授業を合格しないともう後がなくて……」
「……」
入学してからの二年間、私と彼女は事ある毎に反発しあった……私たちの入学式を担当したジーナス導師に『実の兄弟の様に大事な相棒同士仲良くしろ』と注意を受けても直らなかった。
遅刻したのは私が悪いし、リアのツンツンした態度は最初だけかなって思っていた……けれど、何事にも大雑把でその日その日の気分を大事にする私と誰よりも真面目で几帳面、曲がった事が大嫌いなリア……私たちは相棒同士で協力し合わないといけない課題でも反目してお互いの足を引っ張りあった。
「だから私も必死で……」
「……」
そんな時にジーナス導師から言われた言葉が『次の課題授業で満点を取らなければ二人共退学』……である。
いくらリアが『セレーネが不真面目なのが悪い』と主張しても『どのみち相棒同士で協力出来なければこれから先も課題を協力できん』と言われてしまえば黙るしかない。……仲が悪いのはリアにだって責任があるのだから。
「焦って取り返しのつかない事を……」
「……」
そうして訪れた私たち初めての課外授業は『大断絶』の外……
普通だったら森の浅い所でそこそこの素材を採取し、それを協力して錬成すればまぁ合格できる程度のもの……けれど私たち二人が言い渡されたのは〝満点〟だ……並の素材じゃあ合格できない。
「……いつもの自信満々のリアらしくないじゃん」
「それは……」
いつもとは逆に焦燥感を露わにしたリアが森の危険域近くまで進み、慎重な私がそれを静止していたけれど……気が付いた時はゴブリンの群れに囲まれ、命からがら逃げ出せた時にはジーナス導師から定められた範囲から大きく逸脱し、危険域まで迷い込んでしまっていて……ゴブリンの投石を頭に食らったリアも意識不明という重体だった。
「今回だけじゃなく、リアはいつも焦ってる気がするけど……なんで?」
「……私は絶対に〝完成〟された錬金釜が必要なんですの」
そう言って彼女は弱々しく事情を説明する。
「絶対にここを卒業し、その時に手に入れられる錬金釜を持って帰って家を再興する為には……絶対に……」
彼女の、リアの家はこの辺り一帯を治める国の有力な伯爵家だったらしい……けれど何かの陰謀なのか、先代当主であるリアの父親が亡くなったのを皮切りに次々と親族が不幸な目に遭い死亡。
呪われた家と後ろ指を指されながら、残った唯一の直系であるリアが家督を継ぐも一斉に群がった政敵達により一気に没落したようだ。
そんな時である、偶然にも王家の秘宝が破損したのは……王はすぐさま『秘宝を修復した者に報奨を与える』との布告を出したが挑戦した誰もが失敗するが当たり前である……なぜならその秘宝は初代リーザス伯爵が王家に送った
未成年で幼く、経験も足りないリアは必死に考えた……『始祖様と同じく私が錬金術師に成って家を再興しよう!』と、だからあれだけ彼女は焦っていたのだ。
「そっか……」
「……セレーネはなぜ錬金術師を目指そうと思ったのですか?」
「私は単純に面白くて楽しそうだったから……事実ここで学ぶ事はどれも新鮮で夢のようだよ」
「……そう、セレーネらしいですわね」
そう言ってリアは膝に顔を埋める。
「ごめんなさい……ごめんなさい……そんな貴女を巻き込んでしまって……私なんかと心中させることになって……」
震えた声で謝罪するリアは自分の膝を涙で濡らしていく……いつもは『貴女が悪いんですからね!』なんて言っていた彼女とは全く結び付かない。
「本当は私だって仲良くなりたかったの……ポヤポヤしてて何を考えてるのか分からない顔をしている癖に天真爛漫で……そんなセレーネと仲良くなりたくて、でも素直になれなくて……結局ここまでズルズル来てしまって、挙句の果てにはそんな貴女をこんな目に遭わせて……」
私だってリアとは仲良くなりたかった……些細な事でコロコロと表情が変わる様は見ていて楽しいし、心根が正直なのがよく分かる。
でも彼女に怒られてしまうとどうしても正直になれなくて……反発してしまって言い返してしまった……私だって同罪だよ。
「せめて……せめてリーザス家を食い物にしていった奴らに報いを与えたかった……」
でも、弱音を吐く彼女をこれ以上は見ていられない……意地を張るのはもうお終いにしよう。
「……与えようよ」
「……?」
「そいつらに、リアの家を食い物にしてきた奴らに報いを……」
「なに、を……?」
私はおもむろに立ち上がってリアの前まで歩み寄る……困惑した表情でこちらを見上げるリアがなんだか可笑しくってクスッと笑ってしまう。
「ここから生き延びて、試験も合格して……それから完成された錬金釜を手に入れてさ……そいつらにドヤ顔をしてやろうよ」
「……ぁ」
リアを安心させるように笑いながら、そっと手を差し伸べる。
「──頑張ろうぜ、相棒」
▼▼▼▼▼▼▼
「──合格!」
「「やったー! やったよー!」」
お世辞にも綺麗とは言えない、見苦しいボロボロの格好のまま野営地でリアと抱きしめ合う。
期限最終日の終了時間ギリギリでの到着になった私たちが最後の組だったようで、もう終わったはずの同級生たちも興味深そうに……または嘲るように注目していた課外授業の試験は無事に満点合格で終えた。
……特に今回は満点を叩き出さないと私たち二人は退学処分となる……それはもう必死だった。
「リアのお陰でアデッサの花を採取できた」
「ううん、セレーネが居なかったら私は銀狼に食べられちゃってた」
見事に満点合格をもぎ取った私たちが錬成した物……『友愛の指輪』という、どこにいても相互に相手と連絡が取れ、いざと言う時は銀狼の影を召喚して身を守る事の出来るペアリングをお互いの手の中で握り締めながら喜ぶ。
「リアの知識や冷静さが無かったら死んでたかもね?」
「ふふ、セレーネの勘の良さが無かったら死んでたかもね?」
真正面から両手を繋ぎ、笑い合う。
「リアの説教が無かったらマトモに採取できなかったかも」
「そもそもセレーネが私を元気付けてくれなかったらダメだったよ?」
お互いにこの数日間の苦労を思い出しながら苦笑し、また微笑み合う。
「……これからも、よろしくね?」
「……こちらこそ、頼むぜ相棒」
恥ずかしそうに頬を染めながらおずおずと言い出すリアに笑いかけながら、私はリアの額に自分の額をコツンと音を立てながらくっつける。
「卒業したら奴らに目にものを見せてやるわ」
「面白そうだから私もついて行くよ」
──まだ気が早いよ、なんて笑い合いながら、やっとできた相棒と一緒に……夜が更けるまで語り合った。
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