ある錬金術師の少女の一生
たけのこ
第1話.遅刻
『ねぇ、錬金術って面白い?』
『……いいや、ちっとも楽しくなんてないよ』
『……じゃあなんで貴女は錬金術をしてるの?』
『それはね──』
▼▼▼▼▼▼▼
「マズイな、このままだと遅刻してしまうよ……」
せっかくお師様から十年の交渉の末に
……いや、原因は分かってる……私がせっかくセットした目覚まし時計をお師様が間違って錬金術の素材にしてしまったからだ。
「……言いたくはないけど、お師様はもうボケてるんじゃないかな?」
職人の仕事道具だから、剣は騎士の魂だから、料理人にとって包丁は命に等しい物……それと同じなのかなと考えていたけど、お師様曰く
「まったく……何が『錬金術なんてちっとも楽しくないわい』だよ……結局お師様がボケるまで粘る事になってしまったじゃないか」
だいたい何でちっとも楽しくないものを私が『ご飯だよ』『そろそろ寝て』『……まだしてるの?』って声を掛けても黙々と続けるんだよ……何がそこまでお師様を駆り立ててたのかは知らないけど、傍から見たら錬金術という凄い技術で面白い物を沢山創り出してる様にしか見えないんだよね。
「っと、ここか……」
谷の底に古ぼけた鍋が一つだけぽつんと遺棄されている……確かこの鍋が目印で、鍋の底に手を突っ込まないと地下への扉は開けられない、だったかな?
遅刻した事がバレない様に周囲を念入りに確認した後でそっーと、ドアノブらしき物を探そうと鍋の底へと手を突っ込み──
「遅刻だぞ。七賢人アルデバランの継子、セレーネ・サラサ」
──したのだけれど、いつの間にか悪趣味な内装の大広間にて強面で無表情の老人に見下ろされている。
「あ、あれぇ……?」
「貴様が最後だ、セレーネ・サラサ」
その言葉と共に私の背後へと向けられる視線を追うようにして、床に手を付いたまま背後を振り返れば……私と同じくらいの年代の子達が十数人ほどコチラに注目している。
これでは入学式にこっそりと紛れ込んで遅刻を有耶無耶にしてしまおうという計画が台無しである……完全に注目されてしまっているし、もはや誤魔化しは効かないであろう。辛い。
「時間がないのだ、さっさと終わらせるぞセレーネ・サラサ」
「え? あの、なにを……?」
なんの事かさっぱり分かっていないままの私を置いて無愛想な老人はつかつかと前方の人が開けた場所へと歩いていく……いや、もっとちゃんとした説明があっても良いと思うんだけどな。
「自身の相棒を求めて〝遥かなる深淵の渦〟へと希うに決まっているだろう。さっさと来い。時間が無いのだセレーネ・サラサ」
「あっ……は、はい!」
なるほどぉ……つまり私の錬金釜を召喚するって訳だね! それならそうと早く言ってくれれば良いのに……これだから年寄りはいけない。
慌てて老人の後を追い掛け、私の他に並んでいる同級生達の前に準備されていた錬成陣の傍へと寄る。
「これから喚ぶのは君の相棒となる物だ、遥か彼方の神話の時代に最高神である兄妹神が掻き混ぜ、世界を錬成したのは知っておろう」
「勿論です」
最高神である兄妹神がこの星に降り立った時、まだこの世界は天地さえあやふやな混沌だった……それを兄妹神が槍で突き、掻き混ぜる事で大地が産まれた。
そして兄妹神の片割れである男神は自身の半身とも言える女神を未だ広がる混沌の渦へと投げ入れ、その血で海を、骨から山を、歯から岩石を、毛髪から草木を、睫毛からこの大地と混沌を隔てる壁を、頭蓋骨から天を、脳髄から雲を、残りの腐った身体を切り分けて人類を創造した。
「その時に余った〝遥かなる混沌の渦〟……それのほんの一欠片を頂くのだ」
老人は取り出した長い杖を魔法陣の中へと突き入れ、掻き混ぜる。
ボッーとそれを眺めていたら『何をしている、貴様の魔力を注げ』と叱責が飛んだので慌てて魔法陣の中に向けて魔力を注ぎ込む。
「最後は貴様が引き上げろ、セレーネ・サラサ」
「はい」
老人から杖を受け取り、言われた通りに引き上げようとする──重っ?! なにこれめっちゃ重い!!
「ぐ、ぐぬぬ……!!」
「……何をしている」
顔を真っ赤にして唸っていると、老人から呆れた様な声がかかる……好きでこんな事をしている訳じゃないのに!
老人からの冷たい視線と、背後の同級生達からの忍び笑いのエールを受けながらなんとか引き上げていく。
「っらぁ!」
──ボチャン。
『……』
「……なにこれ」
引き上げられ、杖の先に纏わりついていたモノが床に落ちる音を聞いて振り返った先には……透明な黒色をしている不定形のブヨブヨとした──ってこれスライムじゃん!
「ってこれスライムじゃん!」
声にも出した。
「馬鹿者、ただのスライムではない。混沌の一部であるカオススライムだ」
「カオススライム?」
なんか強そうではあるけど……これが私の相棒であり、〝錬金釜〟になるのかと言われると首を傾げてしまう。
「リア・リーザス!」
「……はい」
そんな事を私が考えていると、老人は同級生の集団の中から一人の女の子を呼び出す。
つり目がちで、気の強そうなその子は見るからに面倒くさそうな雰囲気を隠しもせずに前へと出る。
「今日からお前たち二人はルームメイトであり、これから先の生活の中で大事な相棒だ」
「ルームメイト?」
「っ! そ、そんな先生! 私にこの間の抜けた遅刻魔と組めと言うのですか?!」
「先ほどの組み分けで余っただろう。残り者同士でちょうど良いではないか」
「し、しかし!」
「入学と同時に決める相棒は実の兄弟の様に大事な存在だ。仲良くせよ」
……なんか良くは分からないけれど、あまり歓迎されていないのは分かった。
リアと呼ばれた少女の必死の抗議と、それに頓着しない老人──というか先生だったね──に私たち二人を纏めて嗤う同級生たち。
「ま、まぁこれから先よろしくね?」
「嫌よ! 貴女の様な人と一緒だったらこっちまで落第してしまうもの!」
そう言ったリアに凄い剣幕で握手の為に差し出した手を振り払われる……前途は多難そうだなぁなんて、後ろ頭を掻きながら思う。
とりあえず私たち二人を無視してさっさと説明の続きを始めた老人へと意識を集中する。
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