第16話 少年狩人は白ロリさん(わたし)をじっくり観察した

 白銀の少女がウンターホーフを訪れた翌日。

 レイルズが赤い杭の場所で待っていると、ほどなく件の少女が現れた。相変わらず、現実離れして美しい。

 そんな少女が笑顔で話しかけてくるものだから、レイルズの胸は不意に高鳴ってしまう。


「待った?」

「いや、大丈夫だ――森妖精エルフさん、今日はよろしく頼む」

「マシロよ。ミサにつけてもらったの」

「らしいな。ルビーから聞いたよ」

「ルビーちゃんから?」

「妹なんだ」

「ああ、なるほど」


 昨日の夜、ルビーが嬉しそうに教えてくれたのだ。

 引っ込み思案の妹があんなに興奮して嬉しそうに話すのは初めて見た。

 まあ、マシロの側に居て高揚しているのは自分も同じだ。


 ふと、レイルズは、マシロの装いが一昨日や昨日と異なっているのが気になった。

 今日は狩りの日なので、弓の弦から守るための胸当てを付けているのは良いが、肝心の弓を持っていない。

 代わりに斧を持っており、およそ実用的とは思えない装飾重視のショルダーバッグをかけている。


 なお余談であるが、胸当てがあるので残念ながらパイスラ発動はしていない。発動していたら、レイルズは更に心休まらない事になったであろう。


「今日は斧なのか?」

「弓よ」


 マシロはそういって白塗りの弓を何も無いところから取り出して見せる。そういえばこの弓も装飾華美だが、エルフの拘りなのだろうか。


「ああ、そういえば収納魔法使いだったな。斧を持ってきたのは何故?」

「まあ色々あるのよ」


 何か意図があるのだろうと思い、レイルズはそれ以上は聞かなかった。

 

「木の板ちょうだい」


 レイルズは一昨日、シカを運ぶのに借りた木の板やロープを持ってきていた。

 昨日も返すつもりで持ってきていたのだが、その日は結局村に来てもらうことになり、また翌日狩りの約束を取り付けたので、そのまま預かったのだ。


「いや、これぐらいは俺が運ぶよ」

「良いから良いから」


 マシロはそう言って、木の板を取り上げると、それも収納してしまった。

 昨日荷物運びをすると言った手前、申し訳ない気持ちになる。 


「魔力は大丈夫なのか?」

「心配してくれてありがと、平気よ。じゃあ行きましょうか」

 

 レイルズは促されて、赤い杭を超える。

 本来、赤い杭より北側は立ち入り禁止だが、マシロと同伴で狩りや採取をしないという条件付きの特例だ。


 レイルズは、正直魔法の力があるとはいえ、目の前の、長身ではあるが細身で華奢な少女がイノシシやシカを狩るのが未だに信じられなかった。

 だが、自分とマシロで何が違うのか。すぐに色々と思い知らされることになる。


「足音…しなくないか?――それに足跡もついてない?」

「あら、良く気付いたわね」


 魔法で気配を消しているのだという。それどころか、下草が生い茂っているところは、勝手に草の方が避けて道を作っているように見える。これも魔法なのだろうか。

 レイルズは、マシロが装飾一辺倒の狩りに似つかわしくない靴を履いているのも気になっていた。「この靴で森の中に?」と思ったが、魔法の力があるから問題ないという事か。

 これは真似しようと思っても無理な芸当だ。


「普段はこれで気配を消して、皆の通り道に潜伏して、弓でビシって」

「通り道って…分かるのか?」

「そりゃあ毎日ずっと見ていれば分かるわよ。」

「…毎日ずっとか」

「それしかやること無いからね」


 マシロが言うには、動物たちと同じように森の住人となり、動物たちと同じように森の中に自分の縄張りを持つのだという。

 そうすれば当然、縄張りの中の事は何でもわかると。


「だから、俺が入ってきたのもすぐ分かったのか」

「そういうこと」


 参ったな。何というか格が違い過ぎる。


「でも今日はレイルズが居るから、普段のやり方じゃなく、こちらから追いかけましょうかね」


 しばらくすると、動物たちが集まる「ぬた場」に来た。


「ここで待ち伏せるのか?」

「追いかけるって言ったでしょ?――それに、ぬた場を血で汚したら、皆寄り付かなくなっちゃうから、それはNG」


 マシロは地面に屈んで足跡を観察していたが、やがて立ち上がる。


「よし、この子にします。体が大きくて元気そうなオスのイノシシ君。今日はわたしの歓迎パーティで皆が食べるから大きい子の方が良いよね!」


 マシロが言うには、足跡はまだつけられて一時間も経っていないという。


「…驚きだな、そこまで分かるのか」

「ぬた場だし、良く見えるからね」

「いや、それにしてもさ」


 もちろん、レイルズも狩人の端くれではあるから、追跡術トラッキングは心得ている。だが、マシロほど読み取れるわけではない。亡くなった狩人衆の長老でもそこまで出来たかどうか。


「見つけました」

「えっ、もう?」


 そう言われても何も見えない。


「ほらあれ、二〇〇m先」

「二〇〇mって…」


 豆粒より小さいじゃないか。どうやってあれに気付けと言うんだ。


「近づくから静かにね」

「ああ」


 一〇〇mぐらいにまで接近し、ようやくレイルズもそれがイノシシだと視認できるようになった。

 悪いことに相手は尻を向けている。尻に当たっても致命傷にはならず、逃げられてしまう。


 八〇mぐらいの距離になり、マシロが弓を取り出して構え始めたので、レイルズは驚いた。この距離で、しかも後から狙うのか。自分であれば最低でも五〇mまで近づかないと当てられる自信が無い。


 そして、マシロが瞬く間に二射。

 一射目は大きく上に外れるが、矢切りの音に驚いて頭を上げたイノシシの後頭部に二射目が突き刺さる。即死である。


「おおあ!?」


 レイルズは驚き過ぎて変な声が出る。


「ざっとこんなものよ。一射目で必ず頭を上げて脳みそ丸見えになるから、そこを二射目で射ればOK」

「いや、丸見えって…八〇mの距離あるし…」


 偶然じゃなく、あれを狙ってやったのか?

 脳と言っても、人間であれば頭部の大半を占めるが、イノシシはそうではない。体は大きくても、脳は人間の半分も無いのだ。耳の後ろをピンポイントで狙うしかない。

 イノシシの動きを予測した上で二連射の二射目を脳のような小さい的に当てる?――八〇mの距離で?

 

「まあ、魔法の弓だからね」


 確かに、イノシシの死体には矢が無かった。矢も魔法で生み出しているのだという。

 傷がほとんどない完璧な状態だ。


「ロープを出してくれないか。せめて、血抜きぐらいは手伝わさせてくれ」

「ありがと、じゃあよろしく」


 レイルズはイノシシの後ろ脚をロープで縛って木に吊るし、喉を切った。

 血抜きが終わるまではしばらく暇になる。

 レイルズは先に休んでいるマシロの隣に座った。


「で、参考になった?」

「いやあ…次元が違い過ぎて、驚かされてばかりだよ。凄すぎて訳が分からない」


 正直、甘く見ていた。マシロの狩りを見れば、何かしら得るものがあり、自分もそれなりに上達できるだろうと思っていたのだ。

 だが実際には、全ての面において、いかに自分が未熟なのか、思い知らされただけであった。


「でも、いい刺激になった」


 弓矢の技術一つ取ってもそうだ。マシロの弓の腕は達人級と言っても過言ではないが、そこに一朝一夕で至れるはずもない。

 エルフの寿命は長いと聞くが、恐らく自分の想像もつかない訓練量と長い年月を費やしてその境地に至ったのだろう。


 レイルズはそう結論付けたが、それは大きな勘違いである。

 実際、マシロはエルフでは無いし、弓の腕もスキルマスターのドーピング的能力でわずか二か月間で習得したものであるが、レイルズがそれを知る由もなかった。


 ともあれレイルズは、結局は地道に自分の出来ることを伸ばしていくしかないと、気持ちを切り替えた。

 ただ、幾ら自分の腕が向上しても、狩り場の問題が解決しなければ根本的解決にはならない。それに後継者の問題もある。実働一人になってしまった狩人衆を何とか盛り返さなければいけない。

 課題は山積みで先行きは暗い。レイルズは陰鬱な気持ちになった。


「わたしには、この世界ほしの特別な加護があるみたいだから、レイルズが同じように出来なくても、気にしなくていいよ」

「この世界ほしの加護ねえ…」


 そんなものは聞いたことが無い。エルフの魔法の才能ギフトのことを指しているのだろうか。

 大方、自分を元気づけるための出まかせだろうが、マシロのこの世の物とは思えない美貌や底なしの魔力や達人級の狩りの腕を見ていると、あながちそういうものもあるのではと思ってしまう。


 その後、マシロから「心臓止めると血抜き効率悪くなるし、ずれると腸貫通して手に負えなくなるから脳や脊髄を狙うのが良い」とか色々教わったが、そのうちマシロの方から件の話題を振って来た。


「そういえば昨日村長さんに、狩り場の問題の対処って話をしていたけど、あれは?」

「ああ…」


 レイルズが一瞬迷ったのは、女性であるマシロを妖魔鬼ゴブリンの件に巻き込んで良いか判断に迷ったからだ。


「北の森?」

「いや東の方。『狩場の問題』とは言っているが、要はゴブリン退治だ」

「ああ、そっちね。そう言えばゴブリンが出たって言ってたね」


 どうやら、北の森を交渉材料にされるのではないかと気に留めていたらしい。そうではないと明確に否定する。


「ゴブリン退治は男性だけで行うのが定石だ。万一女性が連れ去られたら苗床にされるからな」


 人間や他の亜人間デミヒューマンと呼ばれる知的生命体にとって、ゴブリンは種レベルでの宿敵である。

 なぜなならば、ゴブリンは雄体しか存在せず単独では子孫を残せない種族であり、人間や他の種族の女性を攫い、子を産ませるからだ。

 ゴブリンは一か月で出産に至り、二年で成体になる。だから苗床を得たゴブリンは急激に増殖するし、苗床の女性はほぼ常時嬲なぶり者にされる。

 たとえゴブリンの巣で女性を見つけたとしても、人の子は産めなくなっているし、確実に精神を破壊されているため、そのまま殺すしかない。元の生活に復帰することは不可能だ。


 だから、いくらゴブリンが人間に近い知性を有していても、決して人間と相容れることは無いし、人道的な面でも自己防衛の面でもゴブリン退治の件に女性は禁忌なのだ。


「うへえ、そんな危ない奴らだったんだ」  

「前回の襲撃で、ウンターホーフの男は多く戦死したから、討伐するには外部の冒険者に頼るしかない。悪いことに女性が何人か連れ去られている。連中が急激に増殖すると、東の森だけでは維持出来なくなり、食料を求めて村に襲撃に来るだろう。狩人衆の狩場確保だけの問題じゃないんだよ」

「じゃあ何でさっさと冒険者に依頼しないの?」

「まあ色々あるが…」


 レイルズは、パスカルの「余所者に頼りたくない」とか「ノイホーフの冒険者ギルドにまで依頼を出すのが大変」といった下らない意見は割愛することにして、説明を続けた。


「一番の問題は、ゴブリンの棲家の位置を特定できていないことだ。ゴブリン退治だけなら成功報酬だから何とか村の金をかき集めて依頼を発注できる。だがその前段階の捜索も必要となると、捜索にかかる日数と人手分の報酬を用意しなければならないから厳しい。最悪、巣が見つからずにお金だけ失うという事態にもなりかねない」


 ただこのまま待っても事態が好転することは決してなく、ジリ貧であるから、最終的に借金することになったとしても、棲家の捜索をさっさと依頼して始めた方が良いと言うのがレイルズの主張である。


「どうして反対されているの?」

「パスカルはまず村人で棲家を見つけてから討伐を依頼すべきだと主張している。だが、それが出来るのは狩人衆の俺だけだから、遠回しに俺にやれと言っているんだよ。ただ、俺が単独で捜索に行って万一の事があれば、狩人衆が完全に途絶えることになるから、それは出来ない相談だ」

「でも何とかしようって言ってなかったっけ?」

「パスカルもストレートに俺にやれとは言い辛いのさ。ただ村人でやるべきと言っているから、俺の立場からは早く対処しろと言い続けるしかない」

「なるほど」

「結局、農夫衆に被害が出てないから真剣に考えていないのさ。そこまで事態が悪化したらもう手遅れなんだけどな」

「捜索とセットで依頼は出せないの?」

「その条件だと受け手が居ないよ。万一巣が見つからなければ冒険者側も報酬ゼロでタダ働きだからな」

「んー、じゃあとにかくゴブリンの棲家を見つけることさえ出来れば、解決するのね?」


 マシロは立ち上がると、血抜きが終わったイノシシをロープごと魔法で収納してしまった。


「お、おいどうするつもりだ?――まさか」

「その、まさかよ。今から探しにいきましょ。狩りも早く終わったし」


 確かに狩りはあっという間に終わった。血抜きを済ませても、また午前十時にもなっていない。だがそういう問題ではない。


「いや、さっきの話聞いてたのか?――マシロの腕を疑うわけじゃないが、女性が関わるのは…」

「聞いてたわよ。ゴブリンなら一か月前に、こっちに侵入してきた奴を八匹倒したし、もう無縁じゃないの!」

「マジか!?」


 まさか一人で八匹倒したのか。いや確かに盗賊五人も倒したと言っていたから、あり得なくは無いが…。


「それに、小麦やじゃがいもを交換してもらえなくなったら、わたしも困るのよ」

「確かに筋は通っているが、二人で大丈夫か?――しっかり準備した方が」

追跡トラッキングだけだから準備なんていらないでしょ、さあ早く!」


 レイルズはマシロに手を引かれて、無理やり連れていかれるのだった。

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