第15話 白ロリさん(わたし)はパイスラを体験した
「『送還』上手になりましたね」
「まあ、何度もやっていればね」
わたしは、ウンターホーフから戻る際、セリアからレベルが上がった旨を知らされたので、森に入ってすぐに『送還』をかけたのだ。
流石にもう、セリアと一緒に「原初の時から潜むものー」とかやらなくても良くなっていたが、例の中二病呪文を小声と言えど唱え続けるのはやはり居たたまれない。
『NAME:***************(マシロ)』『LEVEL:5』
『DATE:3060.02.26 17:49』『LIFE:4』『XP:51』『RECHARGE:4』
「セリアちゃん」
「なんでしょう、マシロお嬢様」
『はじまりの部屋』だからセリアちゃんは人間サイズだ。話しかけられて本能的に胸をガードしているが、そっちじゃないと言って、御影石ディスプレイの光文字を指差した。
「敵を倒したりしていないのに、どうして経験値が入ってレベル上がったんだろう?」
「村長さんと交渉して地下倉庫の穀物の所有権確保したからじゃないですか?」
「あー、あれが利益扱いになるのね…」
ぶっちゃけ、黙っていれば自分のものだった気もするが、そこらへんは良くわからない。
さて、スキルマスターだが、今回は盛りだくさんだ。
まず弓が完全習得出来たので、例のベッドの足側の石壁、鏡の左側の壁を見ると、弓が留められていた金具の更に上にそれはあった。
「これは…斧?」
それは、長さ二mはあろうかという両刃の戦斧だった。刃の部分以外は白く塗られ、柄の両端に似つかわしくない華麗な装飾が施されている。
「斧ですね。『斧Ⅰ』と『力溜めⅠ』が習得できますよ」
「『力溜め』?」
「少し時間をかけて力を溜めることで、威力を三倍にします」
「三倍!」
「完全習得すると五倍ですよ」
「五倍!」
わたしは驚きでアホの子みたいにオウム返ししか出来なくなっていた。
三倍とか五倍とか色々やばいのでは。
わたしは試しに斧を手に取って振りかぶってみる。
すると、何と表現して良いか分からないが、何か吸い込ませることが出来るような感覚があったので、そこに魔力を流し込んでみる。
言うなれば、バケツに水を流し込んで溜めるような印象だ。
刹那、わたしの足元に複雑な文様が書かれた光の魔法陣があらわれた、それは最初は歩幅ぐらいの大きさだったが、徐々に大きく広がっていく。
「わわわ、マシロお嬢様、ストップストップ!――危ないですよ!」
わたしは我に返り、貯まったバケツの水をひっくり返した。体から力が抜けていく感覚がする。
「せめて外でやりましょうよ」
「ごめんね。でも大体わかった」
実際の威力は明日の狩りの時にでも試すとしよう。
正直なところ、斧自体はあまり使う機会が無い気がするが、力溜めが使えるようになったのと、弓がいつでも取り出せるようになったのは大きい。
さて、次は靴だ。サンダルが完全習得になったので、ベッドと正反対の位置にある三段の靴箱を見てみると、
「うーん、これはパンプス?」
サンダルよりはマシかもしれないが、相変わらず森の中で活動するには不向きな物だ。
しかもサンダル同様、標準的なものではなく、真っ白で厚底で太ヒールで、大きなビジューリボンの装飾がついており、これでもかと言うぐらいデコられている。
「『脚力強化Ⅰ』ですね」
「あ、それ欲しかった奴!」
そう、わたしは傘によって『腕力強化Ⅰ』を習得済みだが、上半身だけであるため、色々不便が生じていた。
例えば重いものを腕力で持ち上げること自体は出来るが、足腰がついて行かなくて持ち運ぶことは出来なかったり、腕力任せで傘をフルスイングするとふらついたりして、十分能力を発揮できないでいたのだ。
しかしこれで思う存分能力を発揮することが出来るだろう。
試しに履いてみると、それだけではそこまで違いは分からなかったが、斧を振ってみると違いは明らかだ。両足が大地に根を下ろしている感じで、ものすごく安定している。
そして三段靴箱の上には、もう一つ新しいスキルマスターがあった。
「ショルダーバッグかな?」
白い小ぶりの肩掛けカバンは大きなリボンの装飾がついている。
とても可愛いが、幅が二〇cmぐらい、マチが一〇cm足らずしかなく、容量面から実用性はあまり無さそうだが、わたしは口を開けて驚いた。
「セリアちゃん、これ中身がなんか真っ黒なんだけど」
「亜空間ですね」
「いや、亜空間って…」
「『収納魔法』のスキルですよ」
どうやら、外観以上の容量を持つ魔法の収納用具みたいだ。
「入れている間は時間も経過しませんから、保存にも適しています」
「ほーん、狩った獲物入れるのに便利そうね。これ、どれぐらい容量があるの?」
「魔力と時間依存です。一リットルの容量使用しているなら一〇〇時間で魔力一消費、一〇リットルなら一〇時間で魔力一消費ですね」
なるほど。普通の人が使う実用容量は一〇リットルとか二〇とかそれぐらいなのだろう。
「サイズの制限はあるの?――魔力と言うよりバッグの物理的な口のサイズの意味で」
「ありませんよ。魔力さえ足りていればどんな大きなものでも入ります」
なんだそれは。じゃあ魔力さえあれば本当に何でも入れれるのか。
「つまり、わたしはほぼ無制限ということかな?」
「まあ、そうなりますけど、ただ出し入れの際、一秒間に一〇〇リットルまでという制限がありますので」
仮に標準的なサイズの荷馬車を収納しようとしたら二〇〇秒、三分以上かかる訳か。それでもそれが出来るだけ凄いけど。
「習熟度はどうやれば上がるの?」
「物を入れておけば勝手に上がりますよ、トータルで魔力を一〇消費するごとに習熟度一です」
「簡単だね、荷馬車一台なら五時間で習熟度一〇〇いくじゃん」
「いや、マシロお嬢様、普通の魔術師は荷馬車収納したりしませんからね?」
それはそうだろう、一時間ごとに魔力消費二〇〇とか、正気の沙汰ではない。まあ、わたしには当てはまらないが。
なんか地下倉庫にある木箱とか樽とか適当に放り込んでおけば、あっという間に完全習得出来てしまいそうだ。
「完全習得するとどうなるの?」
「バッグが無くても収納が出来るのと、魔力消費が半減するのと、予備魔力の先込めが出来るようになります」
「先込めってどういうことなの?」
「いざという時の魔力を先にチャージしておけるんですよ。収納魔法は常時魔力を消費しますので、術者が死んだり魔力切れになったら機能しなくなって」
「どうなるの?」
「収納していたモノが全部ばらまかれます」
「ダメじゃん!」
それは想像するだに恐ろしい事態だ。早々に習得して魔力をたっぷり込めておかないといけない。
「予備魔力があれば、たとえそうなっても、予備魔力を消費して維持できますので、それが尽きるまでは大丈夫なわけです」
「なるほど、保険的な魔力ってことね」
「そういうことです。ただ、先込め分は魔力消費半減が適用されないので」
「それは別にいいや」
魔力が数十しかない常人だったら死活問題かもだけど、わたしにはあまり関係ない。
「あと、収納と排出速度が一〇倍になります」
「一〇倍!」
馬車収納三分が二〇秒になってしまうのか。使い方によってはかなりえげつない事が出来そうだ。
わたしは早速ショルダーバッグを手に取って、肩にかけてみるが、滑り落ちてきてどうにも具合が悪い。
「マシロお嬢様、なで肩ですからね。たすき掛けしましょう!」
「でもこれって…」
わたしはセリアに言われるがまま、たすき掛けにして、巨大な鏡で自分の姿を見てみる。
たしかにこれだと安定しているが、バッグの紐が胸の双丘の間に食い込んで、ただでさえ大きいモノが更に強調されてしまう。
これはあれだ。わたしは知識として単語だけは知っている、パイスラという奴だ。
しかも悪いことに『はじまりの部屋』の初期状態だから、下着は身に着けておらず、薄手のワンピースのみである。ノーブラ透け透けパイスラって字面だけ見ても酷い。
まあ、完全習得したらカバンとして携帯する必要は無くなるので、それまでの我慢ではある。
「目の毒だよね」
「えっちです、えっちです!」
「なんだとー、どちらがえっちだ、この巨乳妖精め!」
わたしは手をわきわきさせながら、セリアを追いかけた。
わー、きゃー、と、途端に鬼ごっこ会場になってしまうが、五分もすれば二人とも息を切らして衣服が乱れまくった状態でベッドに倒れこんでいる。酷い絵面だ。
「ねえ、セリアちゃん。下着タイプのスキルマスターって無いの?」
「ありますよ。経験値千、レベル九で獲得できます」
「遠いなー!」
そこまでして下着を出したくない理由は何なんだ。悪意を感じるぞ。
「でもマシロお嬢様、どちらにせよ『はじまりの部屋』に送還されたときはワンピースのみですし、ここでスキルマスターの下着を着るのも、外に出てから普通の下着を着るのも大して変わらないのでは?」
「気分の問題よ!」
さて、新しく得たスキルマスターもあらかた把握できたことだし、そろそろ部屋を出ようと身を起こすと、セリアが声をかけてきた。
「マシロお嬢様、まだもう一つありますよ!」
「え、何?」
他にスキルを完全習得したモノは無かったはずだが、何か見落としがあるのだろうか。
と思っていたら、突然セリアがおでこをくっつけてきた。
「ガイド妖精の機能追加です」
「あー、そんなものあったねえ…」
前回同様、額から何かが流れ込んでくる感じがする。
「何ですかその薄い反応は!――むしろこっちがメインディッシュですからね!」
「ああ、うん」
「マシロお嬢様!――いま絶対、面倒くさい、早くしろって思いましたよね!?」
面倒くさい。早くして欲しい。
「で、追加機能は何なの?」
「目を瞑ってください」
「こう?」
「それで、意識をわたしの中に入り込む感じで…どうですか?」
「おお?」
言われる通りにすると、目を瞑っているはずなのに、目の前に目を瞑っている少女が見えた。銀髪で雪のように白い肌――ってこれ、わたしだな。
セリアが立ち上がって少し離れたのか、視界が広がる。そこにはベッドに座って目を瞑っているわたしが見える。
「凄いね、セリアちゃんの視点で見えるんだ」
「視覚だけでなく聴覚もですよ」
たしかに言われてみれば、聞こえてくる音に少しエコーがかかっているように思える。
「凄いじゃん、偵察とかに使えるかも?」
「でしょでしょ?」
「あ、でも一〇mだっけ?」
「二〇mに延びました!――レベルが上がればもっと延びていきますよ」
なるほど。今後色々使えそうだ。
わたしは、新しいスキルと感覚共有の能力の使い道を考えつつ、部屋の外に出た。
地下倉庫に入ると、今までと同じように背後の扉が壁に溶け込むように消えていく。
倉庫の中は明るかった。わたしが生活魔法で光をたくさん灯しているからだ。もはや暗闇の空間ではない。一回目や二回目の「わたし」の時の印象が強いのか、ここが暗いと気が滅入るのだ。だから明るくしておいた。
「さてと」
わたしは倉庫の中の木箱や麻袋を片っ端からカバンの中に収めていった。途中ネズミを三回ぐらい見かけた以外は問題は無い。
その他、ロープ、布、干し肉、塩など、とにかく使う可能性があるものは全部収納した。
「そういえば、スキルマスターは収納できるの?」
「出来ないですね」
「そっか残念」
じゃあ斧だけは完全習得するまで持ち歩くしかない。
「邪魔くさいから、早く習得したいなあ」
そう思い、わたしは外で日が暮れるまで、斧で薪を割り続けるのだった。
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