第14話 白ロリさん(わたし)は名前をもらった
何となく予想はしていたが、ウンターホーフ村に着いたわたしは村人たちの奇異の視線を集中して浴びることになった。
どこから聞きつけて来たのか、それともあらかじめ待っていたのか、村の中央の広場で二十人以上が集まっている。女性が多めなのは多くの男性が戦死したからなのか。
「凄いな、あんな美人ノイホーフにもいないぜ」
「あんな華奢な体でシカを仕留めたのかしら」
「美しい、人間とは思えん」
「人間じゃないよ
「エルフかー、めちゃ綺麗だな」
「うっは、おっぱい、ぷるんぷるん揺れてるよ!」
村人は小声で話しているつもりなのだろうが、観察力スキルのあるわたしには、ある程度聞こえてしまう。
なんかもう好き放題言われているのは良く分かった。今日は狩りの日ではなく胸当てを着けていないから猶更だ。
困ったことにパスカルがそれに拍車をかけた。
「皆聞いてくれ!――ここに居られるエルフ殿が我々に恵みをもたらし、災いである盗賊共を退けてくれたのだ!」
「ちょっ!?」
周囲から「うおお」と歓声が上がり、拍手が巻き起こる。
確かに間違いは言ってないが、色々勘違いされている気がしてならない。
「すみませんな、最近悪い出来事ばかりで明るい話題がなかったので」
「…ああ、なるほど」
わたしはパスカルの家の客室に通された後、そう本人から説明を受けて合点が行った。
他にはレイルズと、もう一人アルゴルという少し太めの男性がいる。この三人が村のトップスリーとのことだ。
先にわたしが口火を切った。
「まずわたしの話からしましょうか。ウンターホーフの話は昨日レイルズさんから簡単に聞かせていただきましたので」
「そうしてくれると助かる」
パスカルが返事をし、アルゴルとレイルズも頷いたので、わたしは話を始めた。
「わたしは、あなた方の言う所の北の森の奥に住んでいます。といっても、最近――二か月前ぐらいに眠りから目覚めたばかりで、それ以前の記憶はありません」
三人はわたしの話に聞き入っている。
「わたしの家は盗賊に占領されていたので、退治しました」
「あの盗賊団を? 全員?」
「たぶん全員だと思いますが。五人です」
アルゴルの問いに答えると、彼はううん、とうなった。
「その、どうやって?――大変不躾なのだが、あの屈強な連中を貴女が倒すのは想像が出来ない」
「あー確かに」
わたしは苦笑した。まあ実際、全滅させるまでに二回死んでいるので、一筋縄ではいかなかったのだが、それは言うとややこしくなる。
「これで」
わたしは傘を取り出し、長さを天井すれすれにまで延ばした。実のところ伸縮できるというのが分かったのは最近の事である。
何もないところから突然傘が現れ、それが形状を変えたものだから、三人は驚いた。
「それは…収納魔法?――それに魔法の武器ですかな?」
「なるほど、エルフは魔法の扱いに長けているという。見た目では判断できませんな」
色々勘違いされている部分もあるが、面倒なので訂正はしない。ともあれ、わたしはウソは言っていない。
とりあえず納得してくれたようなので、わたしは話を続けた。
「そのとき、たまたまでしょうが、盗賊の首領と思われる男がイノシシを持ち帰って来ていました。後、家にも穀物や芋類が多量に蓄えられていたので、もしかするとそれも村からの盗品かもしれません。知らぬこととはいえ、それらをせしめてしまったので、お礼を言われるようなことは無いですよ」
それを聞いて三人が顔を見合わせたが、すぐにパスカルが答えた。
「なるほど、それは確かにウンターホーフから奪われたものかもしれませんが、我々にとってはもう戻ってこないとあきらめていたものです。盗賊を倒していただいたお礼と言っては何ですが、どうぞお気になさらずご自由にされてください」
「ありがとう、そう言っていただけると助かります。正直、あの量をここまで運ぶのは骨が折れるので」
そう言ってえへへと笑うと、パスカルも釣られて破顔した。
それで緊張が解けたのか、そこからはスムーズに話を進めることが出来、わたしと村側は幾つかの取り決めをした。
まず、村人は例の赤い杭より先に入らないこと。これは元々ウンターホーフ側が自発的に決めていたことだが、わたしとしては家や狩り場に近づかれるのは余り気分の良いものではないので、引き続き遵守をお願いした。
次に、わたしは概ね三日に一回、村に狩りの獲物を収め、代わりにわたしが望むものと交換すること。
具体的には穀物、芋類、豆類などの村の農作物や衣服、その他の生活に必要なものである。と言っても、村全員四〇人分の食肉や毛皮に対してわたし一人分の食料や生活必需品では全く価値が釣り合わず、差額は銀貨等で支払われることになった。
「と言っても、金貨も銀貨も使わないけど」
「持っていてください。盗賊が撃退されたことが広まれば、商隊も戻ってくると思いますし、街に――ノイホーフに行くこともあるかも知れませんからね」
「ノイホーフ?」
聞いてみると、ノイホーフはウンターホーフから歩いて三日の距離にある辺境で一番大きい街だという。
ウンターホーフは人口五〇人にも満たず、基本自給自足で足りないものは物々交換で済ますが、ノイホーフは人口六万人の都市だ。商業が発達しており、必要なものは貨幣で入手する。商店やギルドも存在する。
村で消費しきれないものは商隊に売ったり、ノイホーフまで直接持ち込んで売却するのだという。
わたしが今一番欲しいものは衣服と下着であるから、ノイホーフに直接足を運んで見ても良いかもしれないと思った。
「俺から一つお願いがある」
と切り出したのはレイルズだ。
「可能なら、俺を狩りに同行させてもらえないだろうか」
「何のために?」
「悔しいが、自分にはまだ単独猟の技量が足りない。貴女から多くを学びたい。そちらにメリットが無いのは承知のうえで、達てのお願いだ」
「ああ、そういうこと…でもわたし魔法併用するから、あまり参考にならないかもよ?」
「それでも是非お願いしたい。ウンターホーフに獲物を安定して供給出来ないのは、ひとえに俺の技量不足が原因だ。当面は貴女が協力してくれるから助かるが、いつまでも頼りっぱなしという訳にもいかない。このとおりだ」
レイルズはそう言って頭を下げた。意外に責任感や向上心が強いようだ。わたしはそういうのは嫌いではない。
「まあ邪魔にならなければ良いよ。あくまでわたしのやり方で、人に教えれるようなものじゃないと思うけど」
「すまない、恩に着る。荷物運びぐらいはさせてもらおう」
「じゃあ明日の朝、午前八時に、赤い杭で」
「わかった」
ということになった。
そして別件とばかりにレイルズがパスカルの方に向き直る。
「ただ、俺の腕が向上しても狩り場の問題はどうしようもない。そちらは間違いなく対処してもらえるんだろうな?」
「…何とかしよう」
レイルズの問いに、パスカルが歯切れの悪い回答を返した。
その後、パスカルから歓迎の宴を開きたいという申し出があったが、「どうせなら獲りたての新鮮な肉で」と明日に延ばしてもらった。わたしは今日中にやりたいことがあったのだ。
パスカルの方も、それならばゆっくり準備が出来る、とまんざらでもない様子だった。
「エルフのおねーさん、帰っちゃうの?」
帰り際に声がかかり、わたしは歩みを止めた。
見ると、村の子ども達が七、八人ほど、固まってこちらを見ている。
「お話ってなあに?」
わたしはニコニコ顔で話しかけてくれた女の子に歩み寄った。何を隠そう、わたしは子どもが好きなのだ。
途端に子供たちに囲まれ、大騒ぎになる。
「どこから来たのー?」
「おねーさんすごく綺麗」
「魔法が使えたりするの?」
「やっぱり、おっぱいでけー!」
「こらデルファイ、失礼なこと言わないの!」
お前だな、村に来た時に失礼なことを言っていたガキは。十一、二歳ぐらいの体格の大きいやんちゃそうな男子だ。デルファイか、覚えたぞ。
「もう、皆静かにしなさい!――エルフさんが困ってるでしょ!」
きゃいきゃいと、収拾がつかなくなったところで、一番年長と思われる少女が皆を黙らせて仕切り始めた。デルファイを嗜めていた娘だ。
「皆ちゃんと自己紹介しなさい!――えーと、わたしはミサです」
十二、三歳ぐらいの黒髪の活発そうな少女は、そういって緊張しながら手を差し出してきた。
「よろしくミサ」
長身のわたしは少し屈んでミサと握手した。
「俺はデルファ…ぶ!」
わたしは、屈んだ体勢の胸の谷間を無遠慮にのぞき込んでいた悪ガキの顔を手で掴んで覆い隠した。
「はいはい、おませさんはあっち向きましょうね」
「デルファイ怒られた」
「怒られたー」
「うるさいやい!」
「わたしはルビーです。あの…どうしても聞きたくて」
「どうしたの、ルビー?」
ルビーは最初に話しかけてくれた小柄で利発そうな赤毛の女の子だ。まだ八、九歳ぐらいだろうか。
「おねーさんの横に光って浮いているのは何?」
「あら!……ルビーにはセリアが見えるの?」
「わたしがみえるのー?」
セリアが話しかけたが、ルビーには反応が無い。声は聞こえないようだ。
そこでセリアがルビーの周りをくるくる飛んで回ると、ルビーの視線はそれを追いかけて目を回してしまう。
どうやら本当に見えているようだ。
「セリアが見えるってことは、ルビーには魔法の
「え、ほんと?」
「なんかいるのかー?」
「僕には何も見えないけど」
わたしは、その時、何か気配を感じて背後を振り向いた。
見ると、少し離れたところで浅黒い肌の若い女性がこちらを見ている。
わたしは会釈をして再度向き直った。子ども達のうちの誰かの母親なのだろうか。
「イオさんだよ。最近村に来たんだけど。帝国からの難民らしいよ」
「あまりそういう事は喋っちゃダメだよ、わたしと違って、イオさん気にしてるかもしれないから」
「うう、ごめんなさい」
ミサが六、七歳ぐらいの子を窘めた。ということは、ミサも帝国からの難民ということなのだろうか。
わたしはそもそも地理や国に関する予備知識が無いので、事情は良くわからなかったが、ただ気がかりだったのは、
(あの人、セリアを目で追ってたよね…)
わたしの観察眼はそれを見逃さなかった。
「そういえば、エルフのおねーさんのお名前は?――妖精さんはセリアさんなんだよね?」
そう、ルビーに聞かれて私は微笑む。
「わたしには名前が無いの」
「ええ、どうして?」
「森で目覚める前の事は何も覚えてないの。自分の名前も」
「記憶喪失?」
「ええ、かわいそう、直らないのかな」
「ありがとう、大丈夫よ。良かったら、皆でわたしの名前を考えてくれないかしら?」
子どもたちが俄かにわいわいと騒ぎだす。
「ボインさん!」
「デルファイいい加減にしなさい!」
ぶれないな君は。でもその年でボインって。
皆が思い思いに色々な名前を挙げるが、わたしはミサの挙げたものが気に入った。
「ええと、マシロとか」
「マシロ?――どういう意味なの?」
「わたしの故郷の言葉で真に白いって言う意味。ごめんなさい、安直で」
「ううん、良いねマシロ。素敵じゃない。それにするわ」
わたしはその響きが気に入った。正直、ホワイトとかヴァイスとかブランカとかビアンカとか言われるより断然いい。
マシロ――今日からわたしはそう名乗ることにした。
イオは難民のふりをして、その辺境の村に二か月前から潜伏していた。マシロほどでは無いが、ピンクがかった銀色の髪に浅黒い肌は良く目立つ。
浅黒い肌は
ただ、彼女の胸にはランクⅢ魔法を行使するための高魔導師だけが施される入れ墨があり、只者ではないこと表していた。
「さて、どうしたものかね」
退屈な任務であった。目標に動きがあるとすれば、必ずこの村に来ると踏み、それは見事に的中したが、正直落胆していた。
確かに、その少女は印象的ではあった。外見もそうだが、特筆すべきは魔力だ。この
イオの魔力は実に八〇〇〇にも及ぶ。ということは、あの少女の魔力量は確実に一万以上はあるだろう。それは侮れない。
だが――それだけだ。
イオには、その少女が、自分の主君の命を脅かす存在とは到底思えなかった。
「『雷撃の槍』を一〇〇本も打ち込めば簡単に殺せそうだけど」
物騒な考えに及ぶが、敬愛と畏怖と崇拝の対象である我が主がイオに命じたのは監視だけだ。幾ら主君に害を成す存在と言えど、直接手を下すわけにはいかない。
「だが、不幸な事故に巻き込まれるのなら仕方ないね」
イオはそうほくそ笑み、マシロに気付かれないように追跡を始めた。
だが、森に入りしばらくすると、イオの見ている前で、忽然と彼女は姿を消してしまったのだ。
「なっ…いったいどういう芸当を」
イオは魔力の痕跡を辿ることが出来る。だが、それはその地点で突然途切れていた。
文字通りそこで消えたとしか言いようがない。
マシロはイオの想像もつかぬ方法で、追跡をかわしたのだ。
「くっ…」
イオは仕方なく村に戻る。少なくとも、しばらくは大人しく様子を見ようと思う程度には、衝撃であった。
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