第13話 白ロリさん(わたし)は招待された

「お嬢様、せっかくの獲物を渡しちゃって良かったんですか?」

「んー、良くは無いけど」


 わたしは少年と別れた後、そのまま家に帰って来ていた。久々の収穫ゼロということになる。他の獲物を狙っても良かったのだが、少し気疲れしたので止めたのだ。たまにはこういう日があっても良いだろう。

 ぶっちゃけ今回の獲物を渡したからと言って、何か困るわけではない。冷凍されたイノシシやシカの肉はまだたくさんあるし、正直自分ひとりで消費するだけだったら、一週間に一回でも多すぎるぐらいである。


「幾ら盗賊の手に一度渡ったとはいえ、彼が狩ったイノシシを食べちゃったからねえ。その代わりという事でチャラで良いでしょ」


 そう、おかしいと思ったのだ。盗賊の首領。あんな大きな剣を森の中で振り回して、イノシシが狩れるはずがない。

 まさか盗品だったとは。まあ盗品だと分かっていても食べただろうけど。


「黙っていれば分からないのでは」

「セリアちゃん、意外と腹黒なのね…気持ちの問題よ、気持ち」

 

 とりあえず、少年が語った話から多くの事が分かったのは収穫だった。


 まず先日見つけた集落は、ウンターホーフという村で四〇人程度の人が住んでいるということ。


 わたしのいる森は村の北側にあること。それ以外に東側にも森があること。そういえば家から東側に行くと途中川に阻まれ、そこを超えて先には行かなかったが、恐らくその川を境に区別しているのだろう。


 そして東の森には妖魔鬼ゴブリンが住んでいること。数か月前にゴブリンと村人との間に戦いがあり、多くの村人が無くなったこと。

 一か月ぐらい前にゴブリンを八匹倒したが、そのゴブリンの集団と無関係では無いだろう。恐らく縄張りを広げようと、川を渡ってこちら側に侵入してきたに違いない。

 少年の話によると、ゴブリンの数は八匹どころではなかったという事だから、まだ東の森にはそれなりの数のゴブリンが棲んでいるのだろう。


 更に、北の森は森妖精族エルフが住んでいるとして、例の赤い杭より奥に立ち入ることは禁止されていること。

 エルフ、エルフねえ…。少年はわたしのことをそう呼んだ。もちろん、エルフと言う種族のことは知っているけど、基本人間の前に姿を現すことは無い。


「セリアちゃん、わたしはエルフなの?」

「いえ、お嬢様はエルフでは無いです」

「だよねー」


 彼らが言うエルフが実際には誰の事を指すのか、また過去にどんな出来事があったのかは分からない。目印の杭まで設置して立ち入りを禁止しているぐらいだから、何かはあったのだろう。

 ともあれ、村人はエルフを畏れているようだから、エルフのフリをするのはアリじゃないかと思った。

 少なくとも、慰みものにされたり、魔物や悪魔扱いされたり、家を突き留められて強盗に入られたりという事は無いだろう。


「わたしはエルフに似ているの?」

「細身で長身、容姿端麗、魔法が得意と言った特徴は似ていますね」


 ちょっと待って、何か一つ変なのが混じっているけど。


「容姿端麗って…誰が?」

「もしかしてお嬢様、自覚無いんですか。嫌味ですか。それとも天然ですか?」

「天然って…だってほら、石膏像みたいじゃない」

「石膏像、ぷっ」

「笑うなんて失礼じゃない、気にしているのに」

「お嬢様は一度化粧をしてみると良いと思いますよ、見違えますから」 

 

 水掛け論になりそうなので、その話題は打ち切ることにした。


「似てない部分は?」

「まず寿命ですね。エルフは数千年生きると言われていますし、その間、肉体的にはほとんど老化しません」


 それはすぐにはバレないだろうから、まあいいや。


「他には?」

「おっぱい」

「それは言わないで」

「あとは肌の色や髪の色が違います」

「それはわたしがアルビノだから当たり前だと思うけど」

「いえ、エルフにもアルビノがいて、その場合は髪も瞳の色も紫色が混じるんですよ」

「なるほど」

「後は耳の形ですね。エルフは先端が尖っています。ただエルフの亜種の中には人間の耳とほとんど区別が付かないのも居ますから」


 エルフのアルビノなんて、それこそほとんど居ないだろうから気にしなくて良さそう。耳の形もそういう亜種だと言い張れば何とかなりそうだ。


「心配しなくても、普通の人はそんなエルフに詳しくないですから」

「ありゃ、お見通しか」


 まあその気になればエルフのふりは出来そうだが、自分から積極的にエルフアピールして嘘をつく必要も無いだろう。

 ふと、わたしは気になって、ある質問をしてみた。


「セリアちゃん、わたしは人間なの?」

「……」

「黙るんかい!」

「えっと、一番近いのが人間です!」

「それ遠回しに人間じゃないって言ってるよね?」

「き、禁則事項です!」


 まあ特別な存在とか、魔力一億とか言われた時点でそんな気はしていたから、余り驚きもしない。

 セリアもわたしが何者なのかは「成長していけば自ずから知ることになる」と言っていたから、今は気にしないでおこう。


 そう結論付けると、わたしは少年が語った話に思考を戻す。


 北の森に盗賊が住み着き、商隊や村を襲っていたこと。二か月ぐらい前から襲撃が無くなったこと、同じぐらいの時期に少年が仕留めたイノシシを盗賊に強奪されたこと。

 その盗賊たちは間違いなくわたしの家を根城にしていた男たちだ。わたしが盗賊を全員始末したから、村への襲撃が無くなったのだろう。

 イノシシもそうであるが、恐らく家の地下倉庫にある小麦やジャガイモも村から奪った盗品なのだろう。盗賊たちが畑を耕して収穫したり、他人から購入するとは思えない。


 わたしが直接村から奪ったわけではないが、それでも良い気分ではない。

 でも、正直言うと地下にある小麦やじゃがいもは欲しい。欲を言うならお野菜や他の穀物、芋類も欲しい。

 ウンターホーフは狩人が不足している。一方わたしは狩りで獲物を提供できる。そういったもので埋め合わせが出来ないか。もっと言えば、恒久的に村とそういった取り引きが出来れば理想だ。


 いつかそうなれば良いな、とわたしは思ったが、思っていたよりその機会は早く訪れることになった。




 一方その夜、ウンターホーフでは緊急の長老会議が開かれていた。


 ウンターホーフの村の主要産業は農業、林業、狩猟の三つである。

 その各業種の長は長老と呼ばれ、村のまつりごとは、その三人の長老の合議で行われる習わしである。

 対外的に村の代表者を決める必要があることから、便宜的に長老の中で最年長のものが村長となるが、本来三人の長老は対等な立場である。

 そう、本来は。


 農夫衆の長はパスカルと言う名の五十代の神経質そうな白髪の壮年の男性だ。長老の中で最年長であるため、現村長という事になる。

 木こり衆の長はアルゴルと言う小太りの三十代の男性だ。本来はパスカルよりも更に年上の長がいたが、例のゴブリンの襲撃で命を落とし、最近代替わりしたばかりだ。

 狩人衆はゴブリンの襲撃で最も被害を受けており、ゴラムとレイルズの二人しか生き残っていない。年長者のゴラムが長であるが、重傷を負い未だ療養中であるため、弱冠十五歳、成人したばかりのレイルズが狩人衆の長老代理となっている。


 対等な長老とは言え、三人は親子三代ほども年齢差がある。加えて木こり衆と狩人衆は代替わりしたばかりであるため、必然、農夫衆が主導的な立場になってしまう。

 だがゴブリンの襲撃時に矢面に立って犠牲になったのは狩人衆と木こり衆であり、安全な場所に隠れていた農夫衆が幅を利かせている現状を、アルゴルなどは忌々しく思っていた。


 ただ今回の内容は、事実上レイルズの審問の場であった。理由はもちろん彼が持ち帰ったシカである。


「見事な、極めて状態の良いシカだ。女衆も久々の上質の肉だと大層喜んでいた」


 最年長のパスカルは言葉を続ける。


「むしろ見事過ぎる。本来わしらが狩人衆の仕業を批評するのはおこがましいが、先代の長老ですら森の中で解体まで行い、この状態で持ち帰るのは不可能だろう」

「……」


 レイルズは押し黙ったままだ。村のために良かれと思いシカを譲り受けたのだが、あまりに迂闊だったことを実感していた。


「状態維持や洗浄のために魔法が使われている。集団で巻き狩りを行っていた時ならば考えれなくもないが、精神負担を考えれば単独猟でそんな魔法の使い方をすることはあり得ん」

「だいたいレイルズ、おまえ風魔法練習し始めたばかりで、まだ水魔法なんか使えねえだろ」


 アルゴルも参戦してきた。もはやレイルズは針のむしろである。


「何があったんだ。そのシカはどうやって手に入れた」


 レイルズはこれ以上隠し通すことは出来ないと思って観念し、説明を始めた。


「魔が差して…北の森の赤い杭を越えて奥に行ったんだ。そこでエルフにあって…」


 その話を聞き、パスカルとアルゴルの二人の表情が更に険しくなった。




 そんなことがあった翌日である。


 わたしは普段の巡回経路から外れて、例の赤い杭の場所まで足を延ばした。狩人の少年に貸した木の板とロープと布を回収するためである。

 すると、その場所に板やロープだけでなく、二人の人影が待っているのが見えた。


 一人は、昨日の少年だろう。服装が同じである。今日はフードを被っていないので、赤毛の髪が良く見える。

 もう一人は年配の白髪の男性だ。同じ村の住人なのだろうか。


「うーん…」

「どうしましょうね、お嬢様」

「まあ、行くしかないでしょ」


 そのままでは埒が明かないので、わたしは無造作に近づいて行った。

 恐らく彼らに悪意はないだろう。何かするつもりであれば、もっと荒事に適した者を大勢連れてくるだろうし、周囲に誰かが潜伏している気配もない。


「わざわざ来なくても、モノだけ置いておけば良かったのに」


 わたしの方から遠方から声をかけた。

 白髪の男性がわたしに気付くと、ちょっと驚いたような顔をしたが、少年の方に目配せしてから、前に歩み寄ってくる。


「お初にお目にかかります。わたしはパスカル、ウンターホーフの村長をやっております。この者はレイルズと言います」


 なるほど、この白髪の男性が村で一番偉い人のようだ。ならば話が早いかもしれない。


「パスカルさんとレイルズさんね。わたしは名前が無いから、好きに呼んでくれていいよ」

「名前が無い…?」

「目覚める前の記憶が無いの」

「何か事情がおありのようですな、便宜的に森妖精エルフ殿と呼んでも?」

「構わないわよ」


 パスカルもわたしのことをエルフと勘違いしているようだ。

 わたしはエルフでは無いのだが、「好きに呼んで良い」と言った手前、否定もしづらい。


「では改めてエルフ殿、昨日はこのレイルズが大変迷惑をかけた上に、貴重なシカまで頂戴してしまい、誠に申し訳ありませんでした」


 迷惑とは、恐らく赤い杭を超えてこちら側に侵入したことだろう。


「別に良いわよ、気にしていないから」

「そう言っていただけると有難いですが、こちらが失礼を働いた上に獲物まで頂きっぱなしという訳には行きませんので、何かお礼をと思いまして」

「シカも気にしなくていいから。以前わたしもレイルズさんのイノシシをもらっちゃったし、それでおあいこで」

「ん?」


 今まで黙っていたレイルズが声をあげる。


「俺はエルフさんに獲物を渡したことは無いはずだが…」

「直接はね?――盗賊にイノシシ強奪されたって言ってたでしょ。その盗賊はわたしの家に住み着いていたから、全員退治して、イノシシも頂いちゃったの」

「なんと! 盗賊も退治していただけたのですか。」

「うん、まあ火の粉を振り払っただけなんだけどね?」

「それでも、村にとっては大助かりですから、なおさらお礼をさせていただかないと、我々としても立つ瀬がありません」

「そこまで言うなら…わたしの方からも頼みたいことがあるけれど」


 わたしがそう切り出すと、パスカルの顔が明るくなる。


「では、取りあえず立ち話も何ですから、我が村にお越しいただけませんか?」


 村長の意図がエルフとの関係悪化を避けたいというのは明らかなので、断る理由は無い。まあわたしはエルフではないのだけれども。

 そうして、わたしはウンターホーフ村に招待されることになった。

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