「くたばれバレンタイン 」

サカシタテツオ

□くたばれバレンタイン

 2月14日。バレンタイン。

 

 けれど、私はソレを受け入れられない。

 古くからの友人や街行く知らない人達までも、全てがバレンタインで浮かれて見えて腹が立つ。

 ーーなんでこんな日が誕生日なの!

 

 学生の時も社会人になったときも誕生日の話になると皆んなそろって『凄い!』『ステキ!』『なんかロマンチック』とまるでテンプレートでもあるかのような答えばかり。

 ーー回答集でも売っているのだろうか?


 で、実際その日になるとチョコレートの話ばかりで誕生日について触れてくる人はいなかった。

 ーー今となってはどうでもいいけれど。


 いや。ウソだ。

 どうでも良くない。

 せめて1人くらいは覚えてて欲しいと思っている。



 「ねぇ、そろそろじゃない?」

 そう声を掛けてきたのは同僚の長谷川さん。

 時刻を確認すると午前10時になる少し前。

 本当の意味で今日の仕事が始まる少し前。

 10時を過ぎると席を立つ人も増えてしまうので、このタイミングを逃すと面倒になりそうだった。


 「そうだね、行こうか」

 長谷川さんの顔を見上げると、彼女もまた苦笑いに似た表情をしていた。


 今日は2月14日、そうバレンタインデー。

 女性社員で少しずつお金を出し合って皆んなにチョコレートを配るのだ。面倒な事この上ないが、男女関係なく全員に配るので『問題』は起こりにくいという判断らしい。

 ーーなら会社でチョコレートを買えばいいのに!


 とは思うものの、口にはしない。私も少しは大人な対応を学んだのだ。


 「眉間にシワ」

 「え!うそ?」

 長谷川さんに指摘され、慌てて眉間をマッサージ。長谷川さんは先程の苦笑と違って柔らかい笑顔を浮かべながら言葉を続ける。


 「確かに、ちょっと面倒だね」

 「だねー」

 彼女の口から面倒と言う言葉が出たのを切っ掛けにして、私の心の中に愚痴りたいって欲望が高まるけれど、その愚痴がカタチになるよりも少しだけ早く長谷川さんの言葉が飛んできた。


 「でも、コレで済むなら安いもんかな」

 コレの指すものや何が安いのか咄嗟に判断出来なくて返答するのに少し間ができてしまう。


 「安い、のかな?」

 変な間を作ってまで捻り出した私の言葉は情け無いほど宙ぶらりんなものだった。


 「うん、安い。と思う。営業の人たちやウチの課長なんかも出張の度にお土産買って来てくれるけど、アレもなかなか気を使うだろうし出費も馬鹿にならないだろうしね」

 「なるほど・・・」

 長谷川さんの言葉は妙に説得力があり、さっきまでイライラしてた自分が少し恥ずかしく思える。


 「はい、加賀さんの担当分」

 長谷川さんはロッカーから紙袋を取り出し、その一つを私の方へ差し出した。


 「うわ、結構あるね」

 「ね、意外と嵩張るよね」

 長谷川さんは自分の担当分の紙袋を覗き込みながら言葉を紡ぐ。


 「さっきの話の続きなんだけど」

 「さっき?」


 「出張の度にお土産って話」

 「あぁ、うん、続きがあるの?」

 どんな続きなのかまったく想像できなくて思わず宙を見つめてしまう。きっと私の顔はヘンテコな表情になっていただろう。


 「営業の野間さんとウチの高嶋さんの間でお土産バトルってゲームがあるんだって」

 「ゲーム?」

 私の頭はさらにクエスチョンマークで埋め尽くされる。


 「そうそう。なんかね出張先の定番のお菓子は買っちゃダメで、流行りのお店のモノもダメ。限定品もダメ。けれどそれなりに美味しくて皆んなが喜んでくれるモノを買ってくるんだって」

 「なんてハードルの高い・・・」


 「ねえ。バカバカしくも思えるけど、なんか楽しそうで可愛いよね」

 「はは、可愛いいとは思わないけど楽しそうではあるね」

 そんな話をしているうちに、噂の高嶋課長の席に到着する。


 「高嶋さん、バレンタインのチョコですー」

 と長谷川さんが接客用のトーンの高い声で呼びかける。


 「あぁ、ありがとう。ご苦労様」

 高嶋課長はいつも通りのぶっきらぼうな感じでチョコを受け取る。お土産バトルの話を聞いたばかりだったので、なんだかその振る舞いが微笑ましく見えた。

 ーー怖い顔して面白い人なんだなあ。


 そんな感想を抱いている間に長谷川さんは次の席へと移動している。私も慌てて長谷川さんに続く。


 「加賀さん」

 歩き出した私の背中に高嶋課長が声をかける。


 「はい?」

 振り向くと高嶋課長は机の下を覗き込みながらゴソゴソとしていた。


 「はいコレ。お土産、じゃなくてプレゼント。誕生日でしょ?」

 そう言って高嶋課長が少しファンシーなデザインの紙袋を差し出した。


 「ありがとうございます?」

 私は何を言われたのか何を差し出されたのか理解しないまま紙袋を受け取る。



 「「「えぇえええー!!」」」

 少し遅れて周囲から大きな声が響いた。




 その後の事は恥ずかしくて良く覚えていない。

 行く先々で「ごめんね」「おめでとう」と言われ続けたような気がするけど記憶は曖昧だ。



 なんとかチョコを配り終わり自分の席に戻るとデスクの上はキャンディやキャラメルの包み、コンビニプリン達がところ狭しと並んでいた。


 大きくひとつ深呼吸してから机の上のお菓子たちを整頓し、高嶋課長からの『お土産』を取り出す。


 「東京バナナ・・・」

 声に出た。


 お土産バトルのルールから逸脱したど定番。

 ハードルは低いけどハズレは無い、ゲームには使えない言わば禁忌のアイテム。


 「やっぱりバレンタインは好きじゃない」

 そう呟きながら「お土産」を一つ頬張る。


 安心安定の美味しさだった。


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