SS 婚約者vs姉妹?

「さあ、早く入るよ」

「ちょ、ちょっとまって、初めてなんだからもっとゆっくり」

「でも、人に見られたらまずいんだよ。場所が場所だし」


 いつも通り橋を渡り運河土手を工房に向かった俺は、いつもはいない同行者をせかす。


「でも、ほら髪の毛が乱れちゃってる」

「それ以上整った髪はこちら側には存在しないんだけど」


 例外は完全なスキンヘッドくらいだ。


「だって最初が肝心でしょ。レキウスがあれだけ大事にしているお姉さんに会うんだから」

「……今日の目的は錬金術工房の“視察”だったよね」


 綺麗な赤毛を真剣な表情でいじっているリーディアの姿に俺は改めて不安を抱いた。


 …………


「へえ、工房ってこんな感じなのね。見たことのない物ばかりだわ」


 工房に入ったリーディアはフードを取って髪の毛を振った。俺達の到着に気が付いて入ってきたレイラ姉が予想外の客に一瞬棒立ちになった。そしてすぐに俺を部屋の端に連れていき問いただす。


「ちょっとレキウス。いきなり王女様を連れてくるってどういうこと」

「ええっとねレイラ姉。それがどうしてもここを見学したいっていうんだ。一応工房の一番のお客様ってことで何とか……」

「大切なお客様だからこそちゃんと……なんてレキウスに言っても無駄よね…………。当工房の娘レイラでございます。本日はわざわざ御来訪いただきありがとうございます」


 レイラ姉はエプロンの前に手を揃えて挨拶をする。流石の立て直しの速さだ。だが、挨拶を受けた方はレイラ姉を見てきょとんとした顔になった。


「あなたがレイラさん…………。ふ、ふうん、そう。こんなに綺麗な人だったんだ。それに思ったより歳が近い……」

「はい。レキウス……レキウス様にはいつもお世話になっておりますが?」

「……別にさっきみたいにレキウスでいいわよ。あなたは彼の姉同然だと聞いているから」


 リーディアは王女としては気さくだしレイラ姉は基本世話焼き体質だ。だから俺は二人の対面をそこまで心配していなかった。だが、どうもリーディアの様子がおかしい。レイラ姉が視線でどうにかしろと言ってくる。


「レイラ姉。リーディアは見た目も態度も偉そうだけど、実はそういうことはあまり気にしないから。言葉通りにとって大丈夫」

「リーディア? お姫様を呼び捨てなの」

「あっ、え、ええっとね、それは俺たちがパ――」

「それはそうでしょう。私たちは婚約者同士ともいうべき関係なのだから」

「こ、婚約者!? え、お姫様がレ、レキウスの!?」

「ちょっとリーディア。俺たちの関係はパーティーメンバーだろ。まだ」

「でもパーティーメンバーというのはそもそもそういう意味だし」

「そういうこともあるって話だよね。特に偉い騎士の家同士で」

「私、割と偉い騎士の家の娘だけど」

「俺は偉い騎士“同士”っていった」


 騎士社会を知らないレイラ姉が信じたらどうするんだ。いや、この前の話で完全に否定できないのだけど。なんでこのタイミングで?


「こんなきれいなお姉さんを隠してたレキウスが悪い。秘密主義」

「いったい何を言ってるの?」

「ええっと、つまりどういうことでしょうか?」

「あ、ああ、だから――」

「レキウスじゃなくて、そちらの王女様に聞いてるんです」


 なぜ二人の間を取りなそうとしている俺が二人から責められている?


「私と彼はこれまで二度も互いの命を預け合った関係で、もちろんこれからも一緒に歩む関係だということ」

「…………なるほど、つまりあなたがレキウスを危険な目に合わせた張本人ということですね」

「そ、それは……。あ、あなたに騎士としての彼のことが分かるのかしら」

「レキウスのことを昔から知っているのは私ですから」


 さっきまで王女様にびびっていた町娘が、弟をいじめっ子から守る姉のような態度でリーディアに対峙した。エプロンの前で礼儀正しくそろえられていた両手がいつの間にか腰にある。


「か、彼は騎士。私のパーティーメンバー。いいえパートナーなのよ」

「レキウスは当工房の錬金術職人でもあります。ウチの職人に危険なことをさせるなら相手が誰でも黙っているわけにはいきません」

「二人とも一度落ち着いてさ。なんか話がおかしな方に向かってる気が……」


 俺は二人の間に入る。今日は工房の見学であり、俺のことはいいのだ。


「そもそも王女様とそんな関係になってるなんて話全然聞いていない。秘密主義はほどほどにって言ったのに」

「こんなに若くて綺麗なお姉さんなんて聞いてないわ。もしかして他にも秘密が……」

「いや、だから。えっ、なんでそんな話になって――」


 割って入った俺に両側から視線が突き刺さる。その時だった、工房の奥の倉庫の扉が開いた。


「…………レキウス様。これは一体?」


 白髪の少女は二人の雰囲気におびえたように俺にしがみついた。


「ほら他にもいた!? ってこの子は誰?」

「えっ、はい。私の錬金術の助手のシフィーです。工房に新しく助手を入れたのは報告しましたよね」

「女の子なんて聞いていないんだけど。しかも、まだ小さいけどこの子も可愛いじゃない。それに、そんなにぴったりくっついて」

「シフィーは強い魔力に敏感なんです。あんまり怯えさせないで。後、助手に性別は関係ない――」

「も、もしかして工房というのは表向きで、本当はレキウスが気に入った女の子を囲っておくための秘密の……。男の騎士ってこっち側に女を隠してることがあるってサリアが言ってた……」

「発想が飛躍しすぎてる。というか二人に失礼だから」


 こちらに来る前に「私は同行しませんが、しっかり見極めてくださいね。リーディア」と言っていたもう一人の黒髪のメンバーを思い出す。一体何を吹き込んだんだ。


「そうです。私はともかく、シフィーはまだ小さいんですから」

「私はともかくって、やっぱりあなた達禁断の……」

「禁断も何も私とレキウスは血が繋がってるわけじゃないですから」

「いやいや、レイラ姉もおかしなひっくり返し方しないで」


 憧れのお姉さんにそんなことを言われるとこっちまで変な気分になってしまう……。じゃなくてええっとどうしてこんなことになってるんだっけ?


「あの、レキウス様。今日は実験しないんですか?」

「シフィー? そ、そうだ、新しくやってみたい実験があったんだった」


 そうだ、工房の視察という本来の目的にもどるんだ。俺は助手の助け舟に飛び乗った。だが、俺に捕まったままの健気な少女の言葉に言い争っていた二人が言葉を止めた。


「そういえば私も新しい原料のことでレキウスに相談があったのよね」


 レイラ姉はシフィーと反対側に俺に寄り添うように立った。心なしかいつもよりも距離が近い。いつの間にか工房の二人と王女一人が俺を挟んで、おかしな例えだけど姉と妹が兄の恋人と対峙するような形が出来ている。


「あなた達がその気なら私にだって考えがあるわ。挨拶は終わったし、学院に帰りましょうレキウス」

「いやリーディア、工房の見学はどうなって……」

「レキウスは工房の備品ことで私と話があるんです」

「あれ、レイラ姉さっきは新しい原料の話だって……」

「レキウス様。早く実験を始めましょう。私なんでもお手伝いします」

「あ、ああそうだねシフィー、でもちょっと待って」


 三人に囲まれて俺は考える。ここはリューゼリオンの将来がかかった錬金術工房のはずだ。俺たちの活躍に街の未来がかかっている。


 なのになんでこんなことになってしまったんだ? この問題を解決するにはどんな錬金術が必要なんだ?





 △  ▽  △  ▽



 旧時代の技術とグランドギルド時代の魔術、全く別と思われた二つを統合し後に魔導科学の創始者レキウス。リューゼリオンの錬金術騎士と呼ばれることになる彼の最初の記録である火竜討伐の顛末は以上で語り終わる。


 ちなみに彼が、己が今抱えている問題が錬金術では決して解けないことに気が付くのはまだ後の話であったという。









◆◆◆◆◆◆ あとがき ◆◆◆◆◆◆


ここまで読んでいただきありがとうございます。

『狩猟騎士レキウスの錬金術』これにて完結とさせていただきます。


フォローや評価、レビューや感想など多くの応援に感謝です。

誤字脱字の報告とても助かりました。


最後にちょっとだけこの作品について作者の想いを。

これまで私は『予言の経済学』『複雑系彼女のゲーム』『狩猟騎士の右筆』と主人公が戦闘能力以外で活躍する小説を書いてきました。

そんな中、一度はバトルに挑戦してみたいという気持ちが出てきました。そこで『狩猟騎士の右筆』を土台に書いたのが本作『狩猟騎士レキウスの錬金術』になります。


作者的には新鮮な感覚で、多少慣れてきた二章後半はノリノリでキーボードを叩いていました。二章まで書くことが出来たことでこれまでと違う視界が開けたと感じています。


ただ、土台があればバトルやキャラの心情に注力できるはず、と思ったのですが、実際はかなり苦戦して想像以上に時間がかかりました。未回収の伏線も多いまま完結とさせていただいたのは作者の力不足です。


今後は本作で得られたものを活かして、別サイトの狩猟騎士の右筆や、より面白い新作を書けるよう頑張りたいと思います。


最後に改めて『狩猟騎士レキウスの錬金術』を読んでいただきありがとうございました。もし新しい作品で再びお目にかかることが出来れば幸いです。


                 のらふくろう

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狩猟騎士レキウスの錬金術 ~職人見習が錬金術で失われた超魔術に挑む のらふくろう @norafukurou

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