エピローグ③
「ええっと、もう少し時間をかけてお互い知り合うというか。そういうのが必要かと」
「二度も一緒に狩りをしたのに?」
「その二度が極端すぎます」
突然の説教、じゃなくて脅迫? じゃなくてプロポーズに苦労して絞り出した俺の回答に、王女様は首をかしげる。
演習なのに上級魔獣三匹に囲まれるとか、相手が騎士にはまず勝てない火竜で失敗したら都市ごと滅ぶとか、あれらを狩りというのはどう考えても違う。あれで占える相性があるとしたらどれだけ波乱万丈の人生になるのか。間違いなく結婚生活は短期間で終わるだろう。
同じ墓には入る可能性は高いかもしれない。だけどその墓に「死すら二人を分かつことはなかった」なんて書かれても喜べないだろう。
「つまり、もっと時間をかけて狩りとか、他のことも一緒にする。そういう関係ならいいってこと?」
「え、ええ。そうです」
「つまり、私のパーティーに入るってことね」
「えっ? あ、ああ、なるほど。そういうこと、なのかな……」
結婚という言葉が引っ込んだことにほっとした俺は思わずうなずいた。
「……私のパーティーの一員ならレキウスに対する攻撃は王家に対するものになるし。それに、他に手を出してくる子がいても牽制にはなるかしら……。わかったわ。最初はそれでもいいわ。じゃあ、これ受け取って」
妥協した的な言葉と一緒に手に何か小さい金属が握らされた。手を開いて白い光にそれをかざす。それはパーティー
「週明けには学院の廊下に張り出さないとね」
「なんか用意がよすぎる気がするのですが……」
最初からそういう交渉術だったんじゃないかと疑うレベルだ。俺がそれを聞こうかと迷った時、ドアを叩く音がした。
「さて、若い二人同士の話は終わったかな」
結界室に入ってきたのは王様でリーディアの父親だ。男と二人でいた嫁入り前の娘に探るような視線を送る。さっきまでの話を思い出して緊張する。なんか図ったようなタイミングで入ってきたような……。
「話はちゃんとまとまったのかな。リーディア」
「…………ちゃんとパーティーには入ってもらったわ」
「自分で何とかすると言ったのに最低限の段階じゃないか。彼は娘を助けに行ってやるから早く船を用意しろと、私に向かって言ってのけたのだよ。私は娘を助けたら将来は任せると言ったのだ。パーティー入りだけというのは一体どんな交渉をしたのか」
王様が変なことを言い出した。あの時は丁寧にお願いしたはずだ。徹夜明けで目が座って居たかもしれないし、時間も精神も余裕がなかったから言葉遣いにちょっとだけ職人が混じったかもしれないけど。
あと、急いでいたから後ろで何か言ってた王様の言葉は聞こえていない。
「火竜討伐の大功労者である君にぶしつけな話だが言わせてもらう。君の魔力は低い。王家としてはなるべく多く子供を作ってもらい、リーディアの魔力を強く引いた子を得てほしいのだ。ああ心配しなくても、資質に恵まれなかった子には君の錬金術を継がせればいい。うむ、これで王家の将来とリューゼリオンの未来は約束されたようなものだ」
「お父様、そんなあからさまなこと。レキウスに失礼でしょ」
「しかし、未来に関してはいまだ予断を許さないのだ」
王家にとっての(家族)計画が口から出る。俺が組み込まれていなければ偉い騎士は色々あるんだなと思ったかもしれない。
「それよりもアントニウス・デュースターはどうなったんですか」
心温まらない父娘の会話から逃れるように俺は聞いた。確か騎士院で裁判云々だったはずだ。王様がこちらに来たということは、終わったのだろうか。
「そうだな。本来なら将来にわたり騎士としての資格をはく奪してリューゼリオンから追放、と言いたいところだが当面は謹慎ということで落ち着いた」
「それは甘すぎるんじゃないかしら、お父様」
「未遂であるからな。ただ、これはひとまずの措置だ。例の狩猟器も含めて没収する、証拠としてだ。そこら辺から洗っていけば息子だけでなくデュースター家自身の罪も出てくるだろう。そういう意味で当面は謹慎というわけだ」
つまり、息子を謹慎という名の判決猶予にしておく間に実家ごとというわけだ。やっぱり偉い騎士の考えることは怖い。ただ、あの狩猟器の出どころや機能には少なからず興味があるけど。
「デュースター家は一体何がしたかったんですか? 火竜を引き入れたり職人街を荒らしたり。デュースター家だって最終的に困るようなことばかりやっている気がしますが」
「それに関しては裁判で少しわかったことがある。今回の件でデュースターから離れた騎士からの証言なのだが。どうも文官と商人を外部から連れてくる計画があったらしい」
「文官と商人を外から? どうしてわざわざ」
リーディアが首を傾げた。生まれながらの騎士だったら俺も同じ反応をしただろう。だけど俺はお役人様を恐れていた平民出身者で、しかも職人街の現在の状況を知っている。
「つまり、文官と商人を使った都市の統治組織の乗っ取りですか」
「むしろその為にリューゼリオンの王家を挿げ替えようとした、そう考えるのが自然ということだ。当然、猟地や狩猟に重きを置くデュースターの発想ではない。デュースター当主自身は自分たちに従う文官を連れてくる程度の認識だったようだ」
「つまり、その外の誰かに完全に操られていたってことですか」
これは不味い話だ。レイラ姉達職人街は騎士同士の権力争いのとばっちりではなく直接の標的に近いことになる。
「外の誰かの思惑はいまだ分からん。火竜を撃退どころか討ち果たしてもなお予断を許さないというわけだ。無論、根源的な問題として結界のことがあるのも変わらないからな」
目の前の遺産を見る。現在とは隔絶した魔術の結晶である結界器。俺が復活させた白刃とも比べ物にならない。真っ白な光の柱を立てる
しかも、結界から魔脈の魔力が漏れている限り、次の超級魔獣がいつ襲ってくるかもしれないのだ。
「もちろん。次代にすべてを押し付けぬように。私としても全力を尽くすつもりだ。君にはリーディアの
王の手が肩に置かれた。片手から地面に足がめり込みそうな重さを感じる。具体的に言えば都市一つ分の重みだ。娘の父親としてのそれも加わっているのかもしれない。
「わかりました」
俺は短く、ただし先ほどよりも大きな決意を込めて頷いた。
結局自分の守りたいものを守るためには都市を守らないといけないのだ。その圧倒的な現実を前に王家と平民出身者の差すら小さなものであるように感じる。
「彼は色々不慣れなようだからリーディアはちゃんと手助けするのだぞ。何しろ未来のリューゼリオン、リューゼリオンの未来がかかっているのだからね」
「わかっているわ、お父様。そうね、まずはレキウスの家に挨拶に行かないといけないわね」
「えっ、ど、どうしてそんなことに?」
「レキウスがこっちに来るまで過ごした場所もちゃんと知っておかないと。あなたが言ったのよ、育った環境が違いすぎるって」
理解ありげな言葉である。なのに、魔獣の生態調査、狩猟計画の一環に聞こえるのが不思議だ。
「それにレイラさんという女の人にも興味があるのよね。確か合同演習の時は私じゃなくてその人の為にって言っていたわよね」
「そうだな、色媒のこともある。工房のこともしっかり把握しておきなさい」
「ええ、なるべく早く。明日にでも向かうつもり」
「あの、リーディア様。向こうにも準備が…………」
「秘密のこともあるし、忍んでいくから気を使う必要はないわ」
秘密? 秘密って工房の秘密を守るためって意味だよな。俺の秘密に聞こえるのは気のせいだよな。俺の心にさっきのは早まったのではないかという不安が持ち上がり始めた。だが、
「それより、これからは正式なパーティーメンバーなのよ。今後は私のことは必ず“リーディア”だからね」
王女様はとてもいい笑顔で人差し指で諭すように言った。白光に照らされる少女は力強く、そしてはっとするほど綺麗だった。狩りの女神に例えられるリューゼリオン一の美姫そのものだ。
彼女と一緒に歩んでいく未来が真っすぐで光に満ちているのだと思えてしまうほどに。
「わかったよ。改めてこれからよろしくリーディア」
「もちろんよ。これからはずっと一緒なのだから」
まずはこの女神の狩りの獲物ではない形を目指そう。俺はそう決意した。
◆◆◆後書◆◆◆
これにて本編完結です。
次の日曜日(6/27)に最後の話を投稿します。あと一話おつきあいください。
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