第19話 募集図面のバージョンアップ



『完全治癒』


 クリスがそう口にすると同時に俺は、部屋の片隅にある衝立ての裏でこっそりと原状回復のギフトを発動した。


 するとベッドに横になっていた老人の身体が強烈な光を発した。


「ん? コネットにルデル? エルにロイドまで。皆揃って何をしておる? そもそもワシはなぜこんな所で寝ておるのだ?」


 光が収まるとベッドで寝ていた少し若返った老人が起き上がり、ベッドを囲む家族に驚きつつも周囲を不思議そうに見回した。


「あなた……会話が普通に」


「おじいちゃんが普通に話してる……」


「頭がおかしくなる病気が本当に治ったのか?」


「はい、ご家族の皆さん。キンデル伯爵が患っておりました痴呆症と呼ばれる病気はもう治りました。どうぞ話しかけてあげてください」


 信じられないという表情を浮かべている家族へクリスがそう言うと、皆が老人へ次々と話しかける。


「大丈夫そうだな」


 家族と笑顔で話す老人を優しい眼差しで見ていたクリスへと近づき、後ろからそう声を掛けた。


「はい、ちゃんと話せるようになって本当によかったです。ありがとうございますリョウスケ様」


「気にすることはないよ。痴呆症だけは仕方ないさ」


 痴呆症や脳の病気に関しては完全治癒では治せない。これは複雑な脳の仕組みが人の身では想像できないからだ。レントゲンでもあれば脳腫瘍とかなら患部の場所が分かり、どうすればいいか理解できるので完全治癒で取り除くことはできるかもしれない。けどそんな物はこの世界にないので、治療ができないのは同じだ。


 しかし原状回復のギフトは時を戻す効果があるので治療が可能だ。ただ痴呆症だけは、本人がボケる前の時の会話をし始めたタイミングでないと治療は成功しない。


 本人が健康な時に戻る、もしくは戻っていると言うイメージを持ったままでないと原状回復は効かないからだ。試してはいないが、幼児退行してしまった人間に発動したら老人から幼児になる可能性もあると思う。というのも以前なかなかタイミングが見つからず2ヶ月以上入院していた痴呆症の患者に対し、家族に急かされてギフトを発動したら30歳ほど若返らせてしまったことがあるからだ。


 そのせいで貴族の間で痴呆症になれば若返るのではないかと広まり、うちで治療した元痴呆症患者がサロンを開いてボケる方法を教えているらしい。その話を聞いた時、貴族ってアホしかいないのかと思ったよ。


 そんことがあってからは、あまりに昔の話をしている時の痴呆症患者の治療は行わないようにしている。若返らなかった時にクレームが来ても困るしな。とは言っても10年は若返ってしまうんだが、それくらいはまあ仕方ないと思っている。


「さて、あとは午後にクリスで治せる患者の治療があるだけだろ? 少し休憩してから家でみんなと昼飯を食おう」


 涙ぐみながらいつまでも幸せそうに会話をしている患者と、その家族を見ていたクリスへ声をかける。


「ぐすっ……はい」


 クリスは俺の胸に顔を埋め小さくそう返事をした。


 この子は重病の患者を治療する度に泣いてるな。まあそんな姿が他の患者さんたちから心優しき聖女だと拝まれる要因ではあるんだが。


 俺は胸に顔を埋めるクリスの肩を抱き、病室を後にする。


 そして俺たち専用に作った休憩室に移動し、部屋の鍵を閉めソファーへと二人で座る。


「クリス、もういいだろ離れてくれ」


「すーはーすーはー……も、もう少し涼介さんの匂いを嗅がせてください」


「はぁ、まったく……」


 顔を紅潮させ俺の胸に顔を埋めたまま離れないクリスに呆れつつ、俺は彼女を連れたまま冷蔵庫からビールとクリスが好きなジュースを取り出しソファーへと戻る。


 ビールのプルタブを開けながら外を眺めると、森の奥の木々が色づいてきているのが見える。


 9月となり季節は秋に突入しようとしていた。


 この世界は1年が13ヶ月で冬が日本に比べ少しだけ長い。そのため9月ともなると体感だが日本の10月の中旬くらいの気候になる。森の木々が色づいてくるのも納得だろう。


「もうすぐこの世界に来て3年か……」


 俺は街のあちこちに建つ10階建てのマンションを視界に収めながら小さくそう呟いた。


 街と病院を隔てる壁は外壁と違い低めだ。そのため壁の向こう側に俺が住むフジワラマンションと、その隣の春蘭マンション。元訓練場に美麗マンションとクロースマンションに、ダークエルフ街区に建つ2棟のマンション。そして獣王夫妻のために最近10階建てに改築した、円柱型の迎賓館の上階部分が見える。


 5階建てマンションも従業員用に2棟と、今いる真聖光病院に2棟の計4棟もある。


 たった3年でよくこの数のマンションを建てたもんだ。


「そういえばクリス、女神は最近何してる?」


 ふと最近駄女神の神託というか独り言の話を聞いていなかったことに気づいた俺は、いつの間にか俺のシャツのボタンを外し、脇の下の匂いを嗅ぎながら自身の股間に手を伸ばしているクリスに聞いてみる。


「んっ……ハァハァ……すーはー……め、女神様は……んくっ……最近はバクシ? されたとかで元気がないようです……すーはー」


「バクシ? ああ、爆死ね」


 相変わらずあの駄女神はソシャゲのガチャをやってるのか。俺の残していったクレカを使ってないだろうな? 借金だけはやめてくれよ?


 そんなことを考えているとクリスの手が俺のズボンへと伸び、そのままチャックを降ろされペニグルを引き出された。そしてクリスは鼻息荒く匂いを嗅ぎ始めそのままパクりと咥える。


 俺はそんな平常運転の性女の行動を止めることなく持っていたビールをテーブルに置き、彼女が身に纏っている法衣の胸元に手を忍ばせその巨大なおっぱいを揉みしだくのだった。


 それから1時間後。


 2戦ほどしたあとクリスと一緒に家へと向かい、シュンランやミレイアたちと昼食を採りながら映画をみんなで観た。今日の映画は古いコメディもので、みんなで笑いながら楽しく観ることができた。


 そして午後となり、俺は原状回復の作業をしに美麗マンションへと向かう。今度は人ではなく部屋の原状回復となる。綺麗な部屋はダークエルフの従業員がクリーニングをして終わりでいいが、長期滞在した客の部屋はそうはいかないからだ。ハンターが長期滞在した部屋はどこか破損したり壊れているからな。


 フジワラの街に10階建てのマンションが増えたのと、全ての部屋の設備を最新の物に更新したこと。そして街にギルドがあることで換金が楽になり、3ヶ月以上滞在する客が増えている。エロ動画にハマりこの街に永住したいと言っている者がいるとよく耳にするようになったので、動画の影響は大きいとおもう。


 動画のせいでデリヘルの利用者も減って娼婦たちからクレームが来ると思っていたが、逆に感謝されてしまった。娼婦の人数を増やしたとはいえ、それ以上に予約の数が多く捌ききれないでいたらしい。やっと適正の予約数になって休めると言われたよ。


 彼女たちは街で一番お金を使ってくれる上客でもある。マンションの上層階の広い部屋に住み、年間契約をしてくれている。そして商会で高額なアクセサリーや服を買い、毎日のようにダークエルフの子供たちが立ち上げた清掃員派遣商会に部屋の掃除の依頼を出しているセレブだ。


 ただ、少年のダークエルフばかり指名しているよそうなんだけど、他意はない信じたい。何かあれば女性たちから報告が来るはずだしな。まさか奥手で淡白なダークエルフの男は経験が早い方がいいとは思っていないと思う。多分。


 そういったこともあり長期滞在者が増えると退去後のクリーニングをする従業員の仕事は楽になるが、その分クリーニングだけでは済まない部屋は増える。その結果、俺の仕事も増えてしまったというわけだ。


「うげっ! 汚ねえ部屋だな。半年住んでたとはいえよくここまで汚せたな」


 原状回復のギフトが必要と思われる部屋のリストを眺めながら、最初の部屋のドアを開けるとその汚さについ声を上げてしまう。恐らく土足で生活していたのだろう。床は汚れまくり、トイレも風呂も泥だらけだ。エアコンのリモコンも汚い上にボタンの一部が破損している。ただ、テレビとそのリモコンだけやたら綺麗だ。恐らく動画を見るのを毎日の楽しみにしていたんだろう。空になったテッシュ箱が大量に散乱していることからそのことが伺える。


 俺はとっととイカ臭いこの部屋から解放されようと、マスクをしながら間取り図のギフトを発動する。すると金色に輝くパソコンが空中に現れ、画面にヘヤツクver.2020とマンカンのアイコン映し出された。


 そしていつも通り原状回復を行おうとアイコンをクリックすると、原状回復の上にある募集図面の項目が点滅していることに気付く。


「ん? 点滅してる? もしかして募集図面がバージョンアップした!?」


 マンカンのアイコンが点滅していることに気づいた俺は、少し興奮しつつ募集図面をクリックした。そして白紙の新規図面を呼び出し、外観写真を貼る部分をクリックする。すると登録されているマンションの外観写真が現れるのだが……


「え? 10、15、6、8……20階建て? あ、これもうタワーマンションじゃん」


 新規に現れたマンションの写真は20階建てのタワーマンションだった。


 タワーマンションとは、一般的に20階建てのマンションからそう呼称することが多い。その高さは50メートル以上となり、現在建っている10階建てマンショのほぼ倍の高さだ。


「え? もしかしてゴール?」


 外観写真の一覧には5階建てと10階建て。そして今回新たに追加された20階建てのマンションのサンプル写真しかない。これはつまり20階建てが建てれるということに他ならない。


 つまりタワーマンションを建てるという目的は達成されたと言っても過言ではないと思う。


「あ、でもあの駄女神は六本木のあのマンションと同じ物とか言ってたっけ。てことは25階建てじゃないとダメってことか?」


 駄女神はあの不法滞在しているあのマンションと同じ物を建てろと言っていた。このまままた半年くらい先にヘヤツクがバージョンアップして2030年代の設備を配置できるとしても、建物の階数が足らないからゴールではないのかもしれない。恐らくヘヤツクが2030にバージョンアップした後にあるであろう次の募集図面のバージョンアップで、25階建てのマンションが建てれるようになるのかもしれない。


「しかしなんでいきなり20階建てなんだ? 俺が満足してしまうとか考えなかったのか? それとも20階建てで終わっても妥協の範囲内ってことか?」


 2030にバージョンアップしたら、今度は建築にAランクの魔石が必要になる。その次はSランクの魔石だ。さすがの駄女神もそれは厳しいと思い、Aランクの魔石で25階建てのマンションを建てれるようにしたのかもしれない。


「まあ俺的にはそっちの方がいいんだけど」


 今まで5階、10階、15階、20階、そして最後にSランク魔石が日必要になる25階だと思っていた。


 しかし5、10、20、25階なら最後はAランクの魔石で建てることができる。


「いや、なんか不自然だな」


 10階から20階の部分だけ10増えてあとは5増えるのはなんか不自然だ。


「5、10、20と来たら次は30階になるのが自然なんだけど……まさかとは思うが、向かいに建っていた最高級マンションを見たとかじゃないだろうな?」


 俺が転移させられる時。駄女神が不法占拠している俺が管理していたタワマンから少し離れた場所。ちょうど駄女神のいる部屋から見える所に、40階建てのタワマンが建設中だった。それが完成して興味を持った駄女神が中を見に行き住みたくなった可能性も考えられる。


 あのマンションは全室分譲マンションで、基本は買った人間が住むはずだ。賃貸に出すとしても数年後だろう。それで不法占拠が厳しいと思った駄女神が、俺に作らせるためにバージョンアップの内容を変更した?


「次は15階建てと思っていたら、いきなり倍の階数だもんな。可能性はあるな。いや、間違いない気がしてきた」


 あのマンションの完成予想図を見たけどかなりカッコ良かった。駄女神が不法占拠している売れ残ったタワマンなんか比較にならいほどに。CMもバンバン流してたし、不景気とあって販売価格も抑え気味だった気がする。恐らく完成前に完売したんだろう。それで不法占拠できなくて俺に建てさせようと画策しているのかもしれない。


 よく考えたらガチャを爆死するまで引くような奴だ、妥協なんかするはずがない。


「てことは5、10、20、30、40てことか? ゴールがSランク魔石が必要なのは変わらないが、約束じゃ25階建てを建てたらゴールなはず。40階のタワマンを建てる義理はないな」


 どこかの半島国家みたいに駄女神が勝手にゴールを動かしたとしても、それに付き合う義理は俺にはない。


 どうせSランク魔石が必要なのは変わらないから誤差だとでも思ったか? 40階のタワマンなんていくらすると思ってんだよ。間違いなく30億円以上はするぞ? そんな量のSランク魔石なんか集まるわけねえだろ。


 チッ、死ぬ前に文句を言いたかったがこりゃ厳しそうだな。


 シュンランたちと出会えたことでこの世界に送り込まれたことに対し、駄女神への恨みはもうない。しかしギフトと神器の説明なしに魔の森の中に送り込みやがったことに文句だけは言いたかった。最初の頃は何度も死にかけたんだ、それくらいはする権利があるはず。


 しかし40階のタワマンを建てるほどのSランク魔石を集めるなんて無理だろ。そもそもSランク魔石はこっちじゃ非売品だ。Sランクの魔石は手元にないからヘヤツクでいくらで設定されているかわからないが、Aランク魔石が一つ200万円くらいなのでSランク魔石が一つ1億ってことはないだろう。


「30階のタワマンまでは建ててやろう。その時に一回呼びかけてみるか。それで答えたら今までの文句を言って30階のタワマンでゴールと納得させよう。反応がなかったらもう知らん!」


 そもそも30階建てのマンションを建てるのだって、恐らくだがAランクの魔石が千個単位で必要なはずだ。しかもバージョン2030になったら設備の更新にも必要になる。


 更新をしなければお客様満足度が上がる速度は遅くなるので、30階のタワマンを作れるようになる募集図面のバージョンアップも遅れるはず。


 Aランク以上の魔石はそうそうお金で買える物ではないので、ほぼ全てを自力で集めなければならない。まだAランクの魔物のいるエリアで狩りをしていない俺たちが、設備の更新分と新築分の魔石を集め切るには相当な時間が掛かるはずだ。


「ハァ……先のことはまたその時に考えればいいか。それよりも20階建てのマンションだ。建てた時のシュンランたちの驚く顔が楽しみだ」


 30階にしても40階にしてもどうせすぐに建てることはできないのだから、今は20階建てのタワーマンションのマンション設備の確認だ。今まで2010年のマンションの共有設備だったのが、今回の募集図面のバージョンアップで2020年の物になって何か増えているかもしれない。


 そんなことを考えながら募集図面の下の欄にある共有設備をクリックする。


「防災対策備品保管庫か、災害セットもバージョンアップしてるのかな? ん? おお! インターネット完備でサーバールームまである! 凄え!」


 共有設備は2010年から2020年に変わった程度だと、3.11以降に設置が義務付けられた防災対策備品保管庫以外に特に真新しいものはなかった。しかしインターネット完備とサーバールームという項目を見つけた俺は興奮を隠せなかった。今までスマートテレビでしか地球のネットには繋がらなかった。しかも動画を観るだけの専用回線だ。


 しかしマンションにインターネットの回線が完備されているなら、ノートパソコンから地球のインターネットが見れるようになるかもしれない。


 俺は期待に胸を躍らせつつ、次に建物の外観写真から建てるマンションを探す。


 タワマンには様々な形のものがあって、その代表的な形がスクエア型と呼ばれるものだ。


 スクエア型とは、その名の通り四角い形状のマンションだ。他にも中心が吹き抜けとなっているボイド型や円形型。多角形型やY字のようなトラスター型などがある。


「やっぱタワマンはカッコいいな。ああでもスクエア型しか登録されてないのか。まあタワマンと言っても20階程度だしな」


 ギリギリタワマンに区分される20階建てだからか、ボイド型やトラスター型は無かった。それでもタワマンの象徴ともいえる正方形に近い型のスクエア型のマンションが複数登録されていたので見比べてみる。


「お? 屋上にヘリポートが付いてるのがあるな」


 その中で屋上にヘリポートがあるタワマンを見つけ、セイランから借りている吸血飛竜の発着場に使えるのではないかと思い考えを巡らせる。


「屋上の露天風呂施設がなくなるのはちょっと残念だけど、緊急時にはすぐ飛び立てて家のすぐそばに着陸できるのは魅力だよな。露天風呂はバルコニーだけでいいか、どうせそんなしょっ中みんなで入ってるわけじゃないし」


 屋上の露天風呂は冬は週に一度か二度くらいで、夏は月に一度か二度くらいだ。恋人たち全員と入れるのは魅力だが、緊急時に20階からエレベーターで降りて飛竜のいる新訓練場まで行くのは今までより時間が掛かるだろう。


 これまでは10階程度の高さだったから緊急時はバルコニーから飛び降りることもできたが、20階からはさすがに厳しい。レベルアップして身体強化されているから大丈夫な気もするが、試す勇気は俺にはない。たとえ大丈夫だとしても飛び降りてる途中でチビる自信がある。


 そんな理由から俺はヘリポート改め飛竜発着場付きのタワマンを選択し、既存の間取り図を配置して各項目を埋めていくのだった。


 その後、募集図面の作成に夢中になり夜になっても戻ってこない俺を探しに来たシュンランと、頼まれた部屋の原状回復が終わってなくて入居受付管理者であるダリアに怒られたのは内緒だ。


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異世界でタワーマンションをつくろう!〜女神がくれた三種の神器が『ペン』と『巻尺』と『方位磁石』!?これでどうやって魔物と戦えってんだよ!〜 黒江 ロフスキー @shiba-no-sakura

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