第18話 追い詰められるデーモン族



「カコウさん、後はお願いします。魔王によろしく伝えておいてください」


 俺はグラディエーターの運転席に乗り込むシュンランの師であり、竜人族の黒竜種の長でもあるカコウさんに軽く頭を下げる。


「承知した勇者殿。私が不在の間の竜王様を頼む。今日も部屋で倒れているようなのでな」


「そうですね、後で治療しに行きます」


 カコウさんが竜王の身の危険を心配しているのではなく、飲み過ぎによる体調不良を心配しているのだと察した俺はため息を吐きながらそう答えた。


 もしもまたデーモン族が攻めてきても、リキョウ将軍やメイファンさんがいるから竜王の身を心配する必要は皆無だ。ただ、カコウさんは飲み過ぎによって竜王が体調を崩すことだけが心配なんだろう。


 一昨日の夜半過ぎに攻めてきたデーモン族だが、一人を残して皆殺しにした。一人だけ逃したのはデーモン族の長へ、精鋭部隊如き俺たちの敵ではないことを報告させるためだ。


 新配備したM2機関銃の威力は凄まじく、ドラゴンメイルを装備していたデーモン族の精鋭を瞬殺することができたからな。まあAランクのドラゴンの鱗を貫通できることはクロースによる試射で確認済みだったから特に驚きはない。


 そうしてデーモン族の襲撃を退けた後は、俺はダークエルフ街区でのお祭り騒ぎに少し参加した。そしてお預けされていたことと、戦いで猛っていたこともありシュンランと朝まで激しく愛し合った。


 そ翌日は戦後処理と、武器や森のあちこちに設置している照明の整備を行った。


 この照明は部屋にあるスタンド型の照明で、M2機関銃を配備したのを機に延長コードを大量に用意し地面に埋め込んで設置した物だ。機関銃はどうしても夜間での命中率が下がるからな。街の周辺森のあちこちに照明を設置したというわけだ。


 それに加え最初のデーモン族の来襲があったあと、照明の位置を調整して森の開けた場所へと誘導する罠も仕掛けた。それが今回うまく働き、逃げたデーモン族の集団を一網打尽にできたというわけだ。


 しかしダークエルフのフェルノールの里の村の一つを焼き、皆殺しにした部隊が攻めて来ていたとはな。そのことを戦いの後にナルースさんから聞いて驚いたよ。あの妖艶でいつも飄々としているナルースさんが泣いているところも初めて見た。よほど一族を殺されたことが悔しかったんだと思う。慰めてくださいと部屋に連れ込まれそうになった時は、やっぱり油断ならない女性だなと改めて思ったけど。


 そんうして戦後処理をした翌日の早朝。カコウさんが魔国に戻るというので、こうして見送りに来ていた。


 カコウさんが魔国に一旦戻るのは、倒したデーモン族の遺体を魔国へと移送するためだ。これはデーモン族に対しての動かぬ証拠となる。竜王が滞在している街を襲撃したんだから、それ相応の処分が魔王から課されるはずだ。


 竜王がここにいることは魔国の者たちは知らない。出歩いている時も普通のハンターの格好をして身分を隠しているので、ハンターたちからはただの呑兵衛の引退した老竜人としか思われていない。そのことから竜王がここにいることをデーモン族も知らなかったのだろう。だが結果は結果だ。


 前回は下っ端のデーモン族の兵士だったので惚けられると思い、竜王の存在を明かさなかったそうだが、今回は名の知れた精鋭部隊だ。竜王を暗殺するために精鋭部隊を送り込んだと問い詰めるようだ。デーモン族は勇者を暗殺するために送ったと言い張るだろうが、前回の襲撃時に魔王からこの街に手を出すなと警告を受けている。それを無視したのだから、どちらにしろ問題となるはずだ。


 竜人族とデーモン族が内戦となるのなら竜王に参戦すると伝えたのだが、そうはならないだろうと言われた。


 デーモン族は200年前に反乱を起こした事があるらしく、その内戦には竜王も参戦しその結果デーモン族が敗退した。内戦は多額の罰金とデーモン族の長が引退することで終結。その後デーモン族は次期族長を決めるため長い権力闘争が起こったそうだ。この内戦と内輪揉めによりデーモン族の力はかなり弱まったらしい。長命種ということもありただでさえ繁殖力が弱いのに、700年前の人魔大戦に200年前の反乱。そして内輪揉めで4分の1まで数を減らしたデーモン族に、再び反乱を起こす体力はないと言っていた。


 今回逃した刺客から勇者の圧倒的な力を伝えられたうえに、魔王がデーモン族の領地を魔王軍で囲めばすぐに根を上げるだろうと。


 俺としてはデーモン族が二度と手を出してこないならそれでいいので、あとは魔王に任せることにした。魔王がデーモン族から賠償金をもらってくれるそうだし、俺としても特に魔王を焚き付けるつもりはない。内戦となれば竜人族からも多くの死者が出るだろうしな。警戒を怠るつもりはないが。


 そういうわけで証拠となるその精鋭部隊のうち、原型を留めている遺体を魔国へと移送することになりそれをカコウさんが受け持ったというわけだ。


 遺体は魔国に貸し出しているグラディエーターが牽引している荷台にある。精鋭部隊の団長はクロースたちによって燃やされ魔物の餌となったが、遺品は回収しているし副団長の遺体が残っているから証拠としては十分だと思う。遺体は腐らないようローラによって凍らされているので、夏とはいえ車の移動速度であれば魔国まで保つだろう。


 俺は竜王の体調を心配するカコウさんに、竜王の治療と監視を約束して送り出した。


 それから俺は連日戦勝祝いの宴を開いているダークエルフ街区に足を運び、広場でダークエルフの女性たちと折り重なるように泥酔していたクロースを抱き起こした。周囲を見ると転がっているダークエルフの男女は既婚者ばかりだった。独身者たちは恐らく酔った勢いでさらわれたのだろう。ダークエルフの女性たちに。


 来年は出産ラッシュになりそうだななどと考えつつ、胸元で俺の名を寝言で口にしているクロースを愛しく思いながら部屋へと戻るのだった。





 —— 魔国 吸血鬼族 十二士族 ソロモン家当主 アグマ・ソロモン——



 秋となりだいぶ暑さが和らいだ頃、私の元に一通の手紙が届いた。


 手紙の封に旧魔王国の紋章。デーモン族の紋章が押された蜜蝋を確認した私は、薄ら笑いを浮かべながら手紙の封を切る。


「当主よ、何やら楽しそうだな。その手紙はやはり召喚状か?」


 手紙の内容を確認し、より笑みが濃くなった私に叔父が声を掛けてきた。


「ああ、どうやらヴォイドは根を上げているようだ。あれほどフジワラの街には直接手を出すなと言ったというのにな。愚かな男だ」


 手紙には急ぎ吸血鬼族をまとめ、(自称)魔王であるヴォイドの元へ馳せ参じるようにと書かれていた。恐らくサキュバス族や魔人族の元にも同じ手紙が届いているだろう。まあ奴らが応じるとも思えないが。


 それほどまでにヴォイドは、デーモン族領周辺に魔王軍が集結していることに焦っているようだ。


 しかしまさか竜王がフジワラの街に滞在していたとはな。過去に現魔王のドラ息子の後始末のため、竜王があの街に出向いたという話は聞いていた。しかしそのまま常駐しているなど想像もしていなかった。ハンターたちから仕入れた情報にあった、毎日酒場で飲みつぶれている老竜人とは竜王のことであったか。あの恐ろしい竜王が飲み潰れている姿など想像ができないが。


 しかしヴォイドも私の忠告通りに最初に送り込んだ部隊が戻らなかった時に街の調査を諦め、周辺の街や国から情報を得ればよかったものを……知らなかったとはいえ竜王のいる街に精鋭部隊を送り込むとは愚かなことをしたものだ。


 その結果、魔王が激怒しヴォイドに魔王城への召喚命令が下り、それを無視したデーモン族へ魔王が軍を派遣するよう命令した。


 それで焦って我らに助けを求めているのだろう。


 デーモン族に竜人族が率いる魔王軍を相手に戦う力はない。しかし魔王を自称しているヴォイドが、現魔王であるロン・コウトンの召喚に応じ魔都へ行くことなどありえない。それはロン・コウトンを魔王と認めることになるのだからな。


「八方塞がりとなりやっと我らに泣きついてきたか。当主、好機が来たな」


「ああ、今の状況であればデーモン族は我らの提案を無視はできぬだろう。たとえそれにどれほどのリスクがあろうともな」


 過去に魔王を輩出した種族である自負と、いまだに魔王であると自称している男がロン・コウトンに頭を下げるとは思えぬ。ならば我らの提案に活路を見出すことは間違いない。


 ハニーサックル家以外の十二士族への根回しは出来ている。中立でありハニーサックルに友好的であったジークスルー家もこちら側だ。あとはデーモン族が持つドーマの眼さえあれば、勇者を殺しこの世界を混乱に陥れることができる。


 ドーマの眼はデーモン族にとっても諸刃の剣だ。しかしここまで追い詰められれば貸し出す以外の選択肢はないだろう。その後、この世界が破滅に向かうとも知らずにな。


 ククク、この世界を我ら不死である吸血鬼族が支配し、私が魔王として君臨する日も近い。


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