エピローグ 魔女の同盟

「やったのか……?」

 先に口を開いたのは魔女の方だった。

「おそらくは……」

 エイジもARの画面を閉じながらそれに答える。

 緊張が切れて、二人は大きく息を吐いてその場に座り込んだ。

 そしてまず、魔女のほうがエイジへと言葉をかけた。

「とりあえずどういう形であれ、アタシは君に感謝をしないといけないよな。ありがとう……」

 それに対してエイジはどう答えていいのかわからず、ここに来るまでずっと考えていた彼の想いを口に出していた。

「……俺は、あなたに謝りたいと思ってここに来ました」

「謝る?」

「はい……、本当のところあなたがこの戦争をしているのは、単に自分の腕試しかなにかをしたいんだと、あるいは救世主ぶりたいだけだと、そんな風に思っていたんです。もちろん、俺としてはそれでも問題はなかった。なにしろ、あなたがくれた力は本物だったから。そんな気持ちだから、あの人体を含んだ怪物を見て、怖じ気づいたのかと……」

 それを聞いた魔女は、力が抜けたように小さく笑った。

「その後、俺自身にはなんの力がないことを知って、どう戦えばいいのか調べたんです。それで見つかったのが、あのアバターの話で……」

「なるほどね……」

 魔女はただ力ない笑みを残したままそうひとことつぶやき、そして彼女の結末を口にする。

「まあ、その結果がさっきのアレというわけだよ。さっきのバケモノのパーツ、アレこそがアタシの娘だったものさ……」

 エイジは黙ったままその答えを聞いた。

 ある程度予想は出来ていたが、それに対してどう言葉をかければいいのは結局見つけられないままだった。

 そして魔女は結末の先を問う。

「そんなわけだからね、このままだとアタシの戦争はもう終わるかもしれないけれど、君はどうする?」

 魔女の言葉はどこかエイジを試すかのようであったが、今のエイジは、それにまっすぐに答えられるほど強くはなかった。

「……俺も、正直に言えばこれからどう戦っていいのかわからなくて……。周りを見ても誰も戦争なんて気にもかけていないし。マリーさんが戦わないのなら、俺ももう戦うべきではないのかなって……。世界は、戦争なんてなかったかのように動いていますから……」

 あの本屋の光景を見てしまったことで、エイジは自分の戦争の行き詰まりを感じていた。

 この戦争を鑑みることもない平和な人々の営みを目の当たりにするたびに、自分が戦っている相手を見失ってしまいそうになる。宇宙人どもより憎い敵を作ってしまう自分に気付く。

 おそらくこのまま夏休みが終われば、学校でその光景を目にすれば、この気持ちはさらに加速することだろう。

 魔女がいなければ、もはや戦う理由すら見失ってしまいそうだ。

 それならいっそ全てを諦めてしまったほうがいいのではないかという考えがずっと胸の内で渦巻いている。

 そんなエイジの真剣な言葉と瞳に対して、魔女は静かに、その手のひらで彼の目を覆った。

 白い手が、エイジの視界を黒く塗りつぶす。

「まあ、君の言いたいことはわかるよ。まずそもそも、戦いなんてしないに越したことはないしね。でも、今の君の気持ちは少し違うだろう」

 魔女の言葉に、エイジはなにも反論できない。

「君はこれで戦いをやめたら、きっとこの先ずっと、アタシや世界への恨みを燻ぶらせたまま生きることになる。……それは駄目だ。アタシや、世界なんかが君の未来を決めちゃ駄目だ。それは違う。それはちょっとアタシには背負いきれない。そもそも、君自身はそれでいいと思うかい?」

 闇の中、エイジの耳に魔女の問い掛けだけが届く。

 エイジは自分の戦う理由を考える。

 怒りがあった。失望があった。今もそれは確かにエイジの中にある。

 だが、それで戦い続けるのははたして正しいのだろうか。

 エイジがなにも答えられないでいると、魔女が変わりに続きの言葉を用意してくれた。

「これは確かに大きな大きな戦争だけれども、それでも、今の君は君自身の感情で戦うべきなんだ。エイジくん、君はあくまで、君の怒りで、君の守りたいもの、守りたかったもののために戦うべきなんだ。ここまで来たなら、君はもう少しだけ、世界に抗わないといけない。君が君自身のために戦うべきなんだ」

 それだけ言って、エイジの目から手のひらが外され、再び光が戻ってくる。

「マリーさん……」

 エイジはそれ以上はなにも言わなかったが、その眼だけで彼の心境をすべて物語っていた。

 その眼を見て、魔女も満足げに頷く。

「それに、さっきの君の言葉でアタシもわかったよ。アタシも戦う。まだ戦い続ける。そう決めた。あの子のためにもね。これは揺るがない。アタシ自身の手で、この戦争の『敵』を見つけたい。このクソッタレな戦争に、せめてもの抵抗をしたい。だからエイジくん、君にあらためて頼みたい。これまでのようにこの戦いを手伝ってもらいたいんだけど、どうだろうか?」

 魔女は笑った。今度こそ、力強く。

「……もちろんやりますよ。俺も、アイツらをどうにかしたいということ自体のは、ずっと変わってませんから。あなたの銃で戦えるのなら、それが一番です」

 エイジも、魔女に負けないように、精一杯の力を込めてそう答える。

「よし、そうと決まれば次のことを考えていこうじゃないか。とりあえず、君のスマートフォン、なにかおかしなことになっているみたいだからね。まずはそこからだ。それでアイツらのなにか重大な手がかりがつかめるかもしれない。とりあえず、店に戻るとしようか。あのマズいコーヒーでも飲みながら、今後のことを考えるとしよう」

「はい!」

 少年と魔女、二人の宇宙戦争のための同盟は、こうしてもう少しだけ延長されることになったのである。

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ボクと魔女の宇宙戦争 シャル青井 @aotetsu

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