第7話 魔女の手
彼女は境内をウロウロしてはタブレットを覗き込み、すぐに閉じて、少し移動してはまたすぐに覗き込むという行動を繰り返している。
おそらく『当たり』の宇宙人を呼び込むべく、なんらかのリセットを繰り返しているのだろう。
その姿はまるで壊れた玩具のようで、エイジはいたたまれない気分になる。
だが、様子が変わったのは次の瞬間だった。
「あ、あああ……」
魔女は悲鳴を上げると、崩れるよう尻餅をつき、そのまま後ずさりを始めたのである。
おそらく『当たり』だ。
もちろん、現実の彼女の目の前にはなにもおらず、エイジにはそれを視認できない。慌ててスマートフォンを取り出し、いつものARメモアプリを起動して状況を確認する。
そうしてハッキリとエイジもその姿を捉える。
魔女の視線の先、境内の奥にいたのは、これまでと同じ黒い人型をしたヘドロの宇宙人だ。だがその人体を構成する部分には、まるでパーツをあてがったかのように、あのアバターの手足と胴体、そして無表情の顔が据え付けられている。
生前は表情豊かであったことが推測できる、優しげで柔らかそうな顔だ。
だがいまそこにあるのは、ただの出来損ないの操り人形。
それがエイジの第一印象だだった。
無造作に人体のパーツが飛び出していた以前の個体とは違い、この個体は確実に、人体に合わせてアバターのパーツを配置している。
それは、人の形をなぞっただけの、とてもおぞましいカタチ。
魔女が竦むのも理解できた。エイジ自身、画面の向こうの姿を見ているだけで冷や汗が背中に滲むのを感じる。
ましてや、この異形を構成するアバターが、かつて魔女と共にあったものだとしたら……。
エイジがARアプリを開いたことで、その異形は目の前の魔女から、エイジの方へと意識を向けた。
ヘドロの顔がエイジの方を向き、それに引っ張られるようにアバターの顔も遅れてこちらに向けられる。
のっぺりとした、生気のない虚ろな瞳と目が合った。
だが異形はエイジをただ一瞥しただけで、再び魔女の方へと向き直り、ゆっくりと歩み寄っていく。
ヘドロの脚を引きずるように前に進めるたびに、取って付けたアバターの脚が不自然に突き出される。
その歩みは遅いが、確実に魔女に向かって進んでいる。
見ていると、エイジの中でどんどん違和感が大きくなっていく。
おかしい。
この異形は、なにもかもがおかしい。
「マリーさん! 逃げてください!」
思わずエイジはそう叫んでいた。
画面から目を外すとそこにはなにもいないのに、それでも、それが危険であるという警告が脳内から消えることがない。
「エイジくん……? どうして君がここに?」
エイジの声を聞いて、魔女は驚いたように視線を向けてきた。どうやらエイジが来たことにすら気が付いていなかったらしい。
「話は後です。今の目の前にいる異形、明らかにヤバいです。倒すにしても、そうしないにしても、ひとまず、ここを離れましょう!」
エイジは異形と魔女の間に割って入ろうと立ちふさがり、座り込んだ魔女にそう声をかける。
「でも……立てない……」
腰が抜けてしまったようで、魔女はその場を動くこともできないようであった。
「くそっ……!」
エイジは画面の中で迫りくる異形に対し、なんとかその身を呈して押し留めようとするが、現実世界に、少なくともエイジと同じ領域にあの異形はいない。
画面の中の異形は、何事もなかったかのようにエイジをすり抜けていく。
だが、事態はそれだけではすまなかった。
「あっ……!?」
異形が抜けたと同時に、先ほどまで見ていたエイジのスマートフォンの画面が真っ暗になる。
壊れたのかと思ったが、よく見るとそうではない。
画面の中に黒いなにかが蠢き続けていて、それが画面を塗りつぶしてしまっているのだ。
「なんだよ、これ……」
間違いなくあの黒い異形による影響だろう。
これは危険な傾向なのは見ただけでわかる。これにやられる前に、魔女のタブレットは絶対に守りきらねばならない。
「マリーさん!」
そうしてエイジは魔女の元へと駆け寄り、その手を引いて立ち上がらせる。
そこから慌てて方向転換し、魔女の肩を抱えて異形のいない方向へとよろめくように歩み出す。
しかし、スマートフォンを失った今のエイジには敵を認識する手段がない。
魔女のタブレットを横目で確認しながら、当てずっぽうに逃げるしかない。
「とりあえず、なにか戦えるもの、あの銃とかないですか?」
「戦えるもの……」
戸惑う魔女の目を、エイジは強く見返すだけだ。
そのエイジの視線の圧力に負けたのか、魔女は諦めたようにタブレットをなぞっていく。
「それなら……ほら、これだ」
魔女の操作でタブレットの画面が見慣れたFPSのようになる。
これなら戦える。
エイジは立ち止まり、その銃をこちらを追ってくる異形へと構える。
いつものコントローラーがないので直接タッチパネルでの操作になるが、それでもエイジは仕留める自信があったし、その眼は決意の光が満ちていた。
エイジが立ち止まったことで魔女も足を止め、エイジの眼を見て諦めたように口を開く。
「撃つんだね……、やっぱり」
魔女の言葉には迷いがあった。
やはり、あの異形に付いている人体は、魔女の創ったアバターなのだろう。
エイジはなにも言葉に出来ないが、それでも力強く、ただ黙って頷いた
その反応に魔女のほうも覚悟を決めたらしい。
「……まあ、仕方ないか。アレはどこをどう見ても怪物だからね……。ならせめて、アタシに撃たせてもらってもいいかな……」
「マリーさん……」
エイジは魔女の感情を汲み、受け取ったタブレットを支えるように持ってマリーに向ける。
画面の中央に、あの異形が迫ってくるのが映る。
「じゃあ、俺が狙いを定めます。なのでマリーさんは、俺が合図をしたら、これ、このショットボタンを押してください」
魔女は頷き、なにもいない目の前の空間を見た。
エイジは画面に集中し、静かに、来たるべきタイミングを図る
「いいですか? 3、2、ここです!」
マリーの指が画面を叩く。
放たれた銃弾が異形の頭部をかすめ、アバターの頭部があった箇所を吹き飛ばした。
だが少しずれた、致命傷ではない。
蠢く身体に対し マリーが目を見開き、なにかを叫びながら、何度も画面を叩く。
残った頭部にもう数発の銃弾を撃ち込こまれる。胴体にも何発か。
その無数の弾丸で異形の身体は半分以上が消し飛び、そのまま粒子となって消えていく。
画面上にはもう、怪物の姿はなんの痕跡も残っていなかった。
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