みんな、クリスマス 

 早紀から「ごめんね」っていうメッセが来た。

 そして通話で、友達のままがいい、と泣きながら彼女は言った。


 あぁー、終わった。……もしかして小林に決めたんだろうか。いや、でもそんな素振りはなかったし。

 雪がちらつく窓の外を何気なく見た。ホワイトクリスマス、なんてもう関係なくなった。

「俺、焦っちゃったかな」

 春、2年生で転入なんて全然馴染めないと思った。正直初日は投げやりで、クラスで挨拶しても気分は乗らなかった。案内するよ、と申し出た、ちょっときれいめの女子を断わって、ぶら、と校舎を探検した。

 その時だった、手に一杯の本を抱えた早紀に会ったのは。

 彼女はきっと忘れてる。修理が必要な本を集めてきた、と重さにフラフラになりながら廊下を歩いていた。なんでそんなに頑張ってるの、みたいなことを聞いたんだと思う。早紀は「図書委員ですから!」と、素朴できらきらした笑みを俺に向けた。

 変な話、生徒会長に立候補してみたのもそれがあったから。たぶん、一目惚れなんだ。

「会長も、部長も、早紀も……は、さすがに無理だったか」


 スマホを見れば0:05。駄目だもう寝よう、と掛布をかぶろうとした時、隣の部屋から

「っっしゃあ~~~!!!!」

 という雄叫びが聞こえた。

 ……健兄はいいよな。どうせ、スピカとか言う会ったこともない女子といちゃいちゃメッセしてんだろ。はぁ、もう寝よ。馬鹿らしくなってきた! 早紀の事は忘れよう……!


 そう思ってはみたけど、でも何となく、早紀のことはまだまだ好きでいるんだろうな、という予感を抱いて、今度こそ掛布をかぶった。


 ***


 >クリスマスおめでとー! 0:03

 >なにそれ、変なのw 0:03

 >いや盛り上がってみた。今日も見える? 0:04

 >土星と金星? 0:04

 >うん 0:04

 >今日は曇ってて見えないや。0:05

 >残念。0:05

 >でもこの前の流星群の動画、見てた 0:05

 >え、恥ず! 0:05

 >だって、嬉しくて。 0:06

 >それ聞いたら俺もうれしくなた 0:06

 >うれしくなたw 0:06


 ごく。

 >早くスピカに会いたいなぁ 0:06

 ピロン

 >私も会いたい。また動画見てた😊 0:07


「っっしゃあ~~~!!!!」 0:07


 >春休み、必ず会いに行く! 0:07

 >うん、楽しみ! 0:08


「っっおっしゃああぁぁぁぁーー!!!!」 0:08


 ドン! 

「うるさい! 健兄!」 0:08


 ***


 クリスマスの朝、コトの書斎は冷え切って室内なのに息が白くなるほどだった。息子の奏太はひとりで梯子に登ってツリーの解体作業を始めた。クリスマスブックツリーはかなりの本を積んで作ってある。内側にランプ、外側に電飾を張り巡らす気の入れようだ。

 コトが結婚してから積んできた──彼女がアパートの部屋に積んだ本は、やはり床が抜けて全部駄目になってしまった──分だから、13年分だ。

 「手伝おうか」と、俺もコトも話し掛けたが返事はなかった。クリスマスにツリーを片付けるなんて聞いたことがないから、何というか、察した。奏太の告白は成功しなかったんだろう。


「……大丈夫か、あれ」

「大丈夫よー。多分今回は不戦敗よ、尚更後味悪いでしょうけど、まだ先は長いじゃない」

「せっかく休みとったのに、あれじゃクリスマスどころじゃないぞ」

「ま、仕方ないでしょ。グズグズ悩むとこなんかトモそっくりじゃない」

「いや、あの本に対する執念はコト似だろ」

「……そこは認める」

「いや、認めてくれ」

「あー早紀ちゃん、お嫁に欲しかったなー! トモも可愛いって言ってたじゃない」

「うん俺、清純派好きだから」

「ハイハイ」


 外は朝なのに曇って少々暗く、奏太の気持ちがそのまま写し取られたみたいで、父としては少し心が痛んだ。


「よし、こんな日は朝からブランデー! ほら、ステアして!」


 そう無理に明るく振る舞う妻もきっと、同じ気持ちなのだろう。


「いや朝からは駄目だろ」


 俺はそう言って、コトにブランデーを垂らしたホットミルクを作った。今夜は予定よりささやかに家族でケーキでも食べよう。


 ***


 昨日は夜更かしし過ぎたからか、朝起きたら発作が起きちゃった。薬飲んで吸入して、大人しくしてたら何とか治まってきたみたい。私はまたゴロつきながらケンとメッセしてた。


 ピロン

 >金星と土星、望遠鏡で撮ったやつ


「わぁ……こんなに近くに。すごいなぁ」


 今年の年末は流星群もあり、金星・土星大接近もあって、天体ショーでケンは毎日忙しそうだった。望遠鏡で撮ったなんてすごいなぁ、土星の輪も小さく見えて神秘的だ。


 ピロン、ピロン……


 画像はどんどん送られて来て、近いと思った2つの星が更に近付いて同じ星みたいにくっつく。

 『>400年ぶりの最接近なんだってさ』っていう文字が目蓋に浮かんだ。

 同じ星だった2つの白い点はまた少しずつ離れていく。400年ぶりにすれ違った星が離れていく。


 次に接近するのはいつなんだろう……


 私はなんだか悲しくなってきて、寝転んだままスマホを握りしめた。


 ピロン

 >次は60年後なんだってさ!


 私の気持ちが伝わったみたいなメッセに、ドキリとした。でも、同時にますます悲しくなった。胸がグッと詰まって咳が出そう。


 >60年後は一緒に見たいな!……って、俺77歳かぁぁーw


 わ、わわわ! そ、それって……! 


 げほっコンコンッ、コン、コンッ……あんまりびっくりして咳が出た。


 >うれしい! 絶対一緒に見たい!


 咳の合間に無理矢理タップして送った。今すぐ嬉しいと思ってる気持ちを伝えたかった。画面をスクロールしてもう1度画像を見た。金星と土星がちょっとだけ離れて光っている。寄り添うように並んでる。

 春休みだけでいいの? って言われた気がした。


 そっか、私は星じゃないから、会いに行けるんだ。近付いたまま一緒にいることだって……


 私は掛布の中でガバッと起き上がって正座した。少しまた咳が出たけど、タップして文字を打ち込む。


 >ケンはどこの大学志望してるの?

 >え、何突然


 窓の外では雪がちらつき始めた。

 おあつらえ向きのホワイトクリスマス。


 地球とか宇宙の星からしてみればちっとも離れてなんかない私達かもしれないし、400年だってあっという間なのかもしれない。今日のクリスマスだって、一瞬のことなのかもしれい。

 でもきっと、私は今年のクリスマスを一生忘れない。


(了)

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ブックツリーと星 micco @micco-s

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