百合の神様はクリームさきイカに宿る

福沢雪

■飲み会からの帰り道

「やー、飲んだね。駅まで一緒に帰ろ、秋咲(あきざき)」


「夏椿(なつつばき)って、そういうのわざわざ聞くんだね」


「変? ていうかあれだね。ゼミの飲み会っていっても、普通にサークルと同じノリだったね」


「わたしは肩こった」


「秋咲モテてたもんねえ。『髪きれい』とか言われまくって、うざかったっしょ」


「でもお酒は飲みたい」


「出たよ酒豪。秋咲って、まだ二十歳になったばっかでしょ。なんでそんなに肝臓鍛えられてるの」


「夏椿だって、かなり飲んでたよ」


「あたしは同じ大学二年でも、一浪してるからねえ」


「マジカント?」


「あれ、言ってなかったっけ?」


「知らなかった。くふぅん」


「なにいまの『くふぅん』は」


「……べつに。駅ついたよ。じゃあね」


「急に冷淡」


「わたしの家、あっちだから」


「そっか。秋咲は学校のそばで下宿だっけ」


「下宿」


「すいませんね、おばあちゃん子なもので」


「古風ってことにしてあげる」


「どうも。あー、帰るのめんどくさいなー。後期って一限多いし。あのさ、秋咲。今晩あたしを秋咲の家に泊めてくれちゃったり?」


「しない」


「おぅ、クール。せっかく友だちになったんだから、もっと交流しようよ」


「早く帰ってお酒飲みたいし」


「えっ。だったら一緒に飲めばいいじゃん」


「困る」


「なんで? 部屋が散らかってるとか?」


「そういうんじゃなくて」


「じゃあなに」


「手を、出しちゃいそうだから」


「……は?」


「……」


「えっと、秋咲」


「はい」


「いま、『手を出す』って言った?」


「………………言った、ね」


「認めるのに時間かかったけど、ウチら女同士だよね?」


「わたしはそう」


「あたしもそう。ということはつまり、ええと、秋咲は女の子が好きなの?」


「わからぬ」


「なんで武士みたくなった?」


「わからぬが、突然ムラっときたのだ」


「えっ、あたしに?」


「貴様に」


「とりあえず武士やめろ」


「御意……わかった」


「突然ムラッときたってことは、あたしのことを最初から意識してたってわけじゃないんだよね」


「ない。夏椿のことはつい先日ゼミで知り合った友だちって認識。自分は性的にノーマルのつもりだったし」


「オーケー、そこは信じよう。じゃあなんで急にムラっときたの?」


「……一浪」


「一浪?」


「同じ学年なのに自分より一個上の女の子って、なんかエロくない?」


「いやいやいや! マニアックっていうか、それ欲情に結びつくの?」


「わからぬ」


「武士」


「とにかく、自分の中にエロい気持ちが湧いたのは事実。だから夏椿を泊めるのはまずいと思った」


「それって、あたしが友だちだから?」


「ううん、責任取れないから」


「責任ってどういうこと? 秋咲って実は彼氏持ち?」


「いないよ。いたこともない」


「経験なしか。あたしもそうだけど。てことはお互いが同意の上なら、別に問題ないんじゃないの? 同意するつもりはないけど」


「そこが問題」


「そこ?」


「だって一発やりたかっただけで、つきあうつもりはないし」


「さらっと最低だな!」


「夏椿、やっちゃったら変わりそうだもん」


「待って。秋咲にはあたしがどう見えてるの」


「サバサバしたショートカットの女の子。とても話しやすい友人。大学卒業後も飲みに行ったりできるかなって思ってる」


「それは……普通にうれしい。というかすごいうれしい……」


「でもやっちゃったら、コロッと女になりそうだなって」


「友だちなら気を使って?」


「夏椿、料理できる?」


「まあ人並みには」


「ほら。これ絶対、毎日料理作りにくるパターンだもん」


「あたしはそんなに、尽くすタイプじゃないと思うけどなあ。というか、秋咲だって料理くらいできるでしょ。ひとり暮らしなんだから」


「まあ人並みには」


「じゃあ普通にふたりで作るんじゃないの。キッチンに並んで」


「……くふぅん」


「いま欲情しただろ! なにを想像した!」


「裸エプ……ちょっと急用できたから帰るね」


「待て! 帰ってなにをするつもりだ!」


「それってセクハラだよ」


「その答えがセクハラだ!」


「夏椿、落ち着いてよ。わたしはまだなにもしてない。いまなら冗談で済む」


「おまえが言うな! というか普通に済まないよ。あたしは卒業してからも飲みにいける友だちって言ってもらえて、すごくうれしかったんだから」


「だったらいいなって、わたしの願望だよ」


「あたしもできればそうなりたいと思ってる。でもその関係を築くためには、もうふたつしか方法がない」


「ふたつ?」


「ひとつは、このままあたしを家に泊めて、なにごともなく過ごすこと」


「無理」


「躊躇くらいしろ! 性欲の塊か!」


「で、もうひとつは?」


「それは……あたしときちんとつきあうこと」


「夏椿、わたしのこと好きだったの? そっちの人だったの?」


「あたしだってノーマルだよ。ただ秋咲が真剣なら、こっちも考える。断るけど」


「意味がわからんでござる」


「単にやりたいだけってのが、しゃくに障るの。気持ちの問題」


「はあ……」


「『やっぱこいつめんどくせ』って顔するな!」


「だって、わたしはエロいことしたいだけだし」


「それだよ! それさえなければウチらはいままで通りだ」


「でも家にきたら確実に押し倒すよ。だから家には入れたくない。夏椿は大事な友だち」


「友だちとしては大事だと思ってくれるのに、女としてはやり捨てごめんという感覚がわからない」


「前者は友情、後者は愛情の問題なんだから、分けて考えてよ」


「秋咲とあたしは違うの。このまま家に帰って、明日大学であんたに会って、いままでと同じようには振る舞えないよ」


「ほらめんどくさい」


「普通はそう思うっての。もうあたしを泊めて友情を確認するしか、元に戻れる方法はない」


「我慢できる自信もない」


「ここが肝心なんだけど。あんたの細腕で、あたしに腕力で勝てると思う?」


「夏椿、スポーツやってそうだよね」


「水泳を中高六年間」


「くふぅん……じゃあ絶対勝てないね。わたし帰宅部だったし」


「欲情スイッチ入った音は聞かなかったことにするわ」


「夏椿、やっぱうちくる? なんもしないから」


「この流れでよく言えるな!」


「でもくるんでしょ?」


「……行く。あたしは友情も貞操も守って……こいつチョロいって顔すんな!」

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