■二段ベッドの上と下

「夏椿ぃー。切ないよー。なんもしないから、せめて一緒に寝ようよー」


「それなんかする人の前口上」


「夏椿、わたしがそっちいっていい?」


「だめ。よいしょっと」


「物理的にはしごを外された」


「友情を守るためだよ」


「もういい。寝る」


「おやすみ秋咲。よいふて寝を」


「……すー」


「……秋咲、もう寝た?」


「……すー」


「……ちぇ。こっちはちょっと心変わりしてたのに」


「心変わりっ!?」


「絶対起きてると思った」


「わたしは夏椿の言った通り、家に入れても手を出さなかったよ」


「そうだよ。ギリギリだけど、秋咲の誠意は感じた」


「ごほうびくれる?」


「あげたいんだけどね」


「なにか問題?」


「さっき言った心変わり。引かれるから言いたくない」


「引かないよ。ちゃんと聞くから申して」


「申すけど、絶対引かないでよ?」


「どんとコインブラ」


「……あたしのほうが」


「夏椿のほうが?」


「秋咲を、好きになってるかも……」


「えぇ……」


「あれほど言ったのにドン引きか!」


「だってわたしたち、女同士だよ」


「どの口がそれを言うのか」


「下ネタ言っていい?」


「言いたいことはわかったからやめて」


「わたしだったら、わたしのことなんて絶対好きにならないなあ」


「なんで?」


「だってクズだよ。下半身はゼミの男先輩と一緒」


「それは否定しない。でも一緒にいたいっていうか、秋咲かわいいっていうか、そういう感情があるよ」


「夏椿は勘違いしてる。友情は愛情にクラスチェンジしないよ。友情ゲージがマックスになったから、その感情を持て余してるだけ。女の子の友だちをかわいいって思うくらいは普通だよ」


「さらっと自分がかわいいって言うね」


「わたしは夏椿みたいに奥ゆかしくないからね。言われてうれしいけど、テンプレっぽいリアクションができない」


「なんかさっきからゲームっぽい」


「ゲーマーですから。レトロゲーム大好き」


「ふーん。あたしあんまりやったことないけど、秋咲と一緒にゲームとかしたら楽しいだろうね」


「わたし接待しないよ。初心者でもガチで殺しにいく」


「それも楽しいかも」


「マゾいね」


「秋咲がドSなんだよ。条件整ったのに」


「責任取ればセックスしていいってこと?」


「まあ……いまなら流される可能性は高いってこと」


「夏椿殿その感情は、同情、憐憫、母性本能のいずれかがベースにあると思われ。平たく言えば拙者に対する申し訳なさでござるな。そういう感情でおせっせしてしまうと、三年後に後悔するでござるよ。もっと自分を大事にしてほしいでござるな。おっと、この早口。これではまるで、拙者がオタクみたいでござるなくふぅん」


「秋咲が武士じゃないことはわかったけどさ。それは照れ隠しなの?」


「聞いて、夏椿。陳腐な話を言うと、友情も、愛情も、どっちも壊れる。特に愛情は高確率で」


「そうかもね。知らないけど」


「でも友情は、維持する努力を怠らなければ、けっこう長持ちする」


「それはわかる。秋咲がいままさに努力してることも知ってる。あたしがフラつくと、めっちゃ押しとどめにくるし」


「だって前提として、わたしたちはお互い友だちでいたいと思ってるでしょ。親友どころか、おばあちゃんになるくらいまで」


「思ってるよ。でも秋咲があたしに発情した」


「それを受け入れる条件として、夏椿はより壊れやすい愛情への路線変更を提案してきた」


「体でつながるなら、心もつながりたいもんでしょ」


「わたしはそういうのがめんどくさい。ただやりたいだけ」


「困った」


「困ったね」


「ある意味、元に戻ったと言えるかも」


「一晩かけてね」


「もう朝日が出てる」


「学校行きたくないなあ」


「じゃあサボろ、夏椿。そんで一日中怠惰なセックスしよ」


「却下。まず朝ごはんを作ろう。よっと」


「軽快な飛び降り。エロい」


「……はぁ」


「なにそのため息」


「だって、楽しいよ秋咲」


「楽しいね、夏椿」


「なんか泣きそう」


「ハグしよ。これは友情」


「……秋咲いい匂い」


「夏椿も同じシャンプーの匂いだよ」


「……なんか、失恋と恋の成就を同時に味わってる気分」


「それ!」


「なにが」


「クリームさきイカの味」


「あたしの乙女心を食レポにしないで」


「わたし、あのとき初めてクリームさきいか買ったんだよね」


「学食で初めて会ったとき?」


「そう。いま思うと、ネタで夏椿の気を引きたかったのかも」


「絶対うそ」


「その日の夜かな。なんかもやもやして、同居人に手を出しちゃったのは」


「……本当に?」


「事実を端的に述べただけ」


「……なるほど。つまりあたしのせいで秋崎は目覚めた。だから責任取ってやらせろと言いたいわけだ」


「違うよ。夏椿に謝ってるの」


「謝ってる?」


「がんばってこの関係を維持しても、わたしはいつか性欲に負け――っ!?」


「……っ」


「……っ! ……っ!」


「あー、恥ずい!」


「わ、わ、わたしのファーストキスが……」


「あたしもファーストキスだよ」


「なんでしたの! なんでキスしたの!」


「んー、したくなっちゃったから? ゴメス」


「謝罪が軽い。わたしがあんなに我慢したのに……!」


「それがいじらしくて。でも秋崎は特に意識しなくていいよ。いままで通り『やらせろー』って言ってて」


「やらせろー……ふがっ」


「あたしはこうやって抵抗するから」


「生まれて初めて、鼻に指つっこまれた」


「ときどきは、さっきみたいに反撃も試みる。これであたしたちの友情は安泰」


「だったら拙者は、夏椿殿の寝込みを襲うでござるよ」


「楽しみに待ってるよ。秋咲が、はしごなしで二段ベッドを登る日を」


「その頃にはたぶん、わたしはおばあちゃんになってるよ……」


「いいオチもついたし、朝食作ってちゃんと寝よ」


「しかしこのときの夏椿は知らなかった。自分が夜にはメス堕ちすることに」


「秋咲も疲れてるでしょ。虚しいナレーションやめてコーヒー入れて」


「御意」

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百合の神様はクリームさきイカに宿る 福沢雪 @seseri

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