ぽんこつ勇者で悪かったな!
たいらごう
ぽんこつ勇者で悪かったな!
私を取り囲む十数人の男たち。
いやだ、いやだ、こんな奴らの慰み物になどなりたくない。
その輪の中から、見覚えのある男が前に出てきた。
こいつは、常にパーティの足を引っ張っていた『お荷物』の、錬金術師。
「借りを返しに来たぜ」
言葉が出ない。『お荷物』が、私に復讐を?
ありえない。あってはいけない。
「お前如きが、勇者たる私に復讐だと?」
そう、私は魔王を倒すべく生を受けた勇者。たかが錬金術師風情とは、別世界の存在。
「『元』勇者様、だろ? 魔物討伐に失敗続き、とうとう『勇者』の称号を剥奪された、あわれなメス豚だ」
男たちの笑い声が響いた。
「俺をパーティから追い出したのが間違いだったな。勇者? 剣聖? 聖女? お前らは、俺の支援があったからこその最強だったんだ。そんなことも分からずに、俺を迷宮に置き去りにしたとはな」
男が一歩私に近づく。私を囲む男達も一歩、輪を縮めた。
「はっ。それこそ勘違いも甚だしい。状況を考えないお前の行動をフォローするのに、どれだけ苦労したか。とうとうフォローできなくなったのが、あの時だ」
「負け惜しみはみっともないぞ。超有能、最強の俺を追放した、愚かな『元』勇者・さ・ま」
その言葉が合図だった。数多の薄汚い男どもの手が私を捕まえる。情けなくも、慈悲を乞う私の声が、男たちの卑猥な歓喜の声に消された。
身に纏う胸当て、皮鎧、そして下着がはぎ取られ、投げ捨てられる。
にやついた顔で私を見下ろす、錬金術師。悔しさに、その顔が涙でにじんだ。
突然、轟音が鳴り響き、誰かが私の腕をつかんだ。引っ張られたことまでは覚えていたが、その後私は、気を失ってしまった。
※
頬に冷たく硬いものが当たっているのを感じる。
「お覚めか?」
石の淵に見慣れぬ男が腰かけていた。
「誰だ!」
「おいおい、助けてやったのに、そう怖い顔すんなって」
男が両手を私の方に向ける。
「そ、そうか。すまない」
「ああ、それはいいんだけど」
「なんだ」
「服を、直してくれないか」
男はそう言って、顔を背けた。自分の身体を見てみる。裸に、茶色いコートだけを羽織っていた。しかも前が
私は慌てて、コートの前を閉じた。
「き、貴様!」
「ちょ、俺が悪いの?」
睨む私の視線に、男が呆れ声で返す。
「いや……礼を言うべきだな」
「おうおう。いっぱい言ってくれ」
どうにも調子が狂う男だ。
「とりあえず、あんたを襲った連中は巻いておいた。ただ、町に行けばまたいるかもな」
「そうか」
まさに身ぐるみはがされた状態だった。しかし、町に戻って装備をそろえ直すのも難しいようだ。
「何があったんだ?」
私は男に、ここまでの事の次第を話した。
「これからどうするんだ?」
「どう、と言われても」
「あの男に復讐するか?」
はっとして男を見た。しかし直ぐにうつむいてしまう。
「無理だ。私は『勇者の称号』を剥奪されてしまった。勇者の剣はもう私の手にはない。仲間ももういない。私が勇者でなくなったら、皆、離れていった。悔しいが、今の私では……」
そこでとうとう、言葉が出なくなってしまった。
しばらくの沈黙。
「で?」
男はそう一言吐き出した。
「いや、だから無理だと」
「ざけんじゃねえよ!」
男の一喝が響く。
「ざ……ざけん?」
「勇者じゃなくなった? 装備がない? 仲間がいなくなった? そんなもん関係ねえだろ! いいか、大切なのはな、それを本気でやりたいかどうかだけだ! その男が憎くないのか? 悔しくないのか? ああっ?」
「そ、それはもちろんだ。だが、もう私に復讐する力は……」
「言い訳ばっかりするんじゃねえよ!」
男は、はめていた手袋を取って地面にたたきつけた。
「その錬金術師は、迷宮に捨てられたどん底から這い上がってきたんだろ? あんたはどうなんだ。勇者なんて称号にあぐらかいて、努力をしてこなかっただけじゃねえのか? 助けて損したぜ。顔も見たくねえよ、このニセ勇者が!」
男の言葉に、私はかっとなって立ち上がる。
「お前に何が分かる! したくてもできないことなど、この世には五万とあるのだ!」
「まだ言い訳するのかよ! できることから始めようって気持ちもねえのか、このアンポンタン!」
「……あ、あんぽんたん?」
よく分からない言葉を吐き捨てた後、男は腕組みをして何かを考えていた。そして、おもむろにこちらを向く。
「一年だ。お前のその根性、叩き直してやるよ」
男は見下すような視線を私に送った。
※
「お前、何ができるんだ?」
「勇者の剣はもうない」
「いや、あんたさあ」
「あんた、ではない。ソフィーアという名前がある」
「名前? そんなもん、どうだっていい。あんた、本当に勇者? あ、元、だろうけど」
「も、もちろんそうだ」
「それって、本当に勇者だったのか?」
「どういうことだ」
「だって、勇者の剣がなきゃ戦えないって、それ、あんたじゃなくて剣が勇者だったんじゃないのか?」
「そんなことは無い! 私は」
しかし、反論の言葉が見つからない。
「私は……」
一体、何ができるのだろう。
「あんたさ」「あんたではない!」「あんたで十分だよ。鏡見たことあるか」
「鏡? なぜだ」
「髪の毛、何色してる?」
「髪……えーっとだな……私の、髪……」
言われて、私は自分の髪の毛について、形容されたことがないことに気が付く。
「目つきとかはどうだ。鋭い、優しい、切れ長、垂れ目」
「……」
「眉はどうだ? 鼻は? 顎は?」
「……分からない」
目の前の男が、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「胸は?」
「胸は大きいぞ!」
「はははっ」
「何がおかしい!」
「お前は『勇者』じゃなくて、『勇者』という名前の『胸の大きい女』でしかなかったってことだ」
「違う。勇者ソフィーア。私は生まれた時からそう呼ばれてきた」
「勇者という名前と、勇者の剣というアイテムを与えられただけの、能無しだったってことじゃねえのか?」
「き、貴様っ!」
立ち上がり腰に手をやったが、もう勇者の剣は無い。私はまたその場に座り込んだ。
「でも相手は、『お荷物』という名の最強の冒険者だったってわけだ」
そんな私に、容赦なく追い打ちの言葉が投げつけられる。もう……考えるのが嫌になった。
「お前の言う通りだ。お前、名は何という」
「名前なんていい。名に実なんかないさ」
「それでは、呼びにくいではないか」
「じゃあ、ソフィーアの好きに呼んだらいい」
はっとなって、男を見る。私を蔑むような表情はどこかに消えてなくなっていた。
「では『タロウ』と呼ぼう」
「なんでそんな名前なんだよ」
「私が決めていいのだろう? お前はタロウだ」
そう言って私は笑った。
「けっ。まあ、それでいいや」
不満げで、それでいてどこかしら満足げなタロウ。
「お前のそんな表情は初めて見た」
「うるせー」
タロウはそっぽを向き、そして笑った。
※
「ほれ」
タロウが私に見慣れない道具を渡す。
「これは何だ」
「スカウトゴーグル。そしてこれが」
今度は小さい球状の物体を差し出した。
「浮遊カメラだ。移動させたいところに飛んで行って、そこから見えるものがゴーグルから網膜に映写される」
「スカウト? カメラ? モウマク? エイシャ?」
「こまけえことはいいんだよ。とりあえず、見ろ」
タロウが私の顔に、ゴーグルなるものを付ける。そして浮遊カメラなるものが私の前に浮かぶと、視界に一人の女性の姿が映し出された。
ウェーブのかかったブロンドの髪が、肩のところで広がっている。髪と同じ色の眉は、外へ行くほど上がっている。
切れ長の目からのぞくコバルトブルーの瞳は、今は光を失い、澱んでいるように見えた。
鼻筋は通っているが、さほど高くは無いだろうか。
「それが、ソフィーアの顔だ。実際の姿は、『勇者』だとか『胸が大きい』とか、『美人』だとか、そんなもんじゃ説明しきれないほど複雑だろ?」
「これは美しい顔なのか?」
「美しいかどうかなんて、見た人の主観でしかないから、何とも言えないな」
「タロウはどう思う」
「そ、そうだな。まあ、好みの顔、かな」
もう一度自分の顔を見る。性格のきつそうな、かわいげのない顔だった。
「タロウはこういう顔が好みなのだな」
「恥ずかしいから、繰り返さなくていいぞ」
そう言って横を向くタロウの顔を、じっくりと見てみた。
癖の強い黒髪があちこち飛び跳ねている。丸い顔に太い眉。目じりは下がり目。少し厚い唇の端は片方が上がり気味で、人懐っこいようでいたずら好きな青年……そんな印象を受ける。
「タロウはそういう顔をしていたのだな」
「好みの顔だろ?」
「好みではない」
「お世辞くらい言えよ」
タロウは、残念そうな顔をして頭をかいた。
ゴーグルを外し、空を見上げた。満天に散らばる光点の中に、東から西へと光の帯ができている。
「綺麗だ」
「ああ、そうだな。でも世界はもっと色んなものであふれてるぞ」
「そうか」
それからしばらく、二人で星空を見上げた。
※
「ここで野宿するけど、いいか?」
その後、山の岩肌に開いた洞窟に連れてこられた。
「よいぞ」
「この辺りは時々夜にワイアームが出る。デカいし、硬いし、パワー満点、ハイレベルの冒険者が数名いないと倒せない奴だ。明るくなるまで外には出るなよ」
「わかった」
洞窟の中は、少しひんやりとしていた。タロウが点けたランタンの光が洞窟の中を淡く照らす。
コートを脱ごうと前を開け、自分の胸を見てみる。皆から「大きい」と言われていた胸だが、改めて見ると、実際そうなのかどうか分からなくなった。
「タロウ、私の胸は本当に大きいのか?」
胸の盛り上がりをタロウの方に突き出す。タロウは振り返り、慌てて後ろを向いた。
「ば、何やってんだよ」
「自分を知れと言ったのはお前ではないか」
「大小なんて、比べ合いでしか分からんだろ」
「タロウがどう思うかを聞いている」
するとタロウは、自分が持っていたリュックを探り、「まあ、大きい方、かな」と言って、私へと服を放り投げた。
「そうか」
「大きさなんかで人間の価値は決まらねえから、下らないことしてないで、それを着ろ」
「下らないとはなんだ。一応私も女だぞ」
タロウが更にブランケットを投げてよこす。そして手に持ったマットを床の上に置いた。
「そんなことは分かってるさ。好みでもない男にそんな姿見せんじゃねえよ。うだうだ言ってないで、早く寝ろ」
ブランケットを羽織り、マットの上に横になる。タロウは、壁際に腰かけそして目を閉じた。
「お前はなぜマットやブランケットを使わない」
片目だけを開いて、タロウが私を見る。
「俺用のしか持ち歩いてねえよ。寝にくいか?」
「いや、私だけというのは気が引ける」
「気にすんな」
「ここで寝ればよい」
私は、自分の横のスペースを指差した。
「ん? マットはソフィーアが使えばいいんだぜ」
「……一緒に寝ればいい、と言っている」
タロウが目を見開いて驚愕の表情を見せる。
「何、一緒? ソフィーアと?」
「嫌ならよい」
「いやいや、じゃなくて、嫌じゃない。しかしだ、ソフィーア。男と女が一緒に寝るというのはだな」
「お前を男とは見ていない」
洞窟の中に、しばしの沈黙が走る。
「ど、どうなっても知らないぞ」
「どうにもならない」
「けっ」
そう言葉を吐くと、タロウは私の傍に恐る恐る近づき、そして横になった。
「んじゃ、お休み」
私と反対の方向を向く。
「ああ、おやすみ」
私もタロウと反対の方を向き、そして目を閉じた。
※ ※
目が覚める。洞窟の入り口から、朝の光が差し込んでいた。外は、雲一つないコバルトブルー……昨日見た、自分の瞳の色のような空が広がっていた。
「起きたか」
タロウが洞窟の外で、人形のようなものをいじっていた。全身が燻したような銀色をしており、球状の頭部が付いてはいるが、顔は無い。
「なんだそれは」
「これは『ぱぺっと君2号』だ。今から、剣術の特訓だな」
「剣術? それくらいできる。特訓などしなくとも」
「まあ、やってみろって」
タロウは私に棒を一本手渡した。受け取った瞬間、想像以上の重さが腕にかかる。
「なんだ、これは」
「剣だと思え。練習用だが、芯には金属が使われていて、まあ、重い」
「ふむ」
「じゃあ、いくぞ」
タロウが人形の背中をいじる。すると、人形が動き出した。
「こいつ、動くのか?」
「ああ。こいつが練習の相手だ」
「ふっ、木偶ごとき、私の相手にはならんな」
そう言うと私は、剣代わりの金属棒を振りかぶり、人形に斬りかかった。
……十分後
「な、なんだこいつは」
棒を振るのに疲れ果て、私はその場で動きを止める。そこにすかさず、ぱぺっと君2号の模造刀が振り下ろされ、私の頭でポコッという気の抜けた音がした。
「ほい、ソフィーアの負け。なんだといっても、ぱぺっと君2号だが」
「その、ふざけた名前を聞いているのではない! こいつ、逃げてばかりではないか!」
「ちゃんと攻撃しているぞ。剣を三回振って、三回とも当たってる」
「私が疲れた時にだろう!」
「ソフィーアが疲れるの、早いんだよ」
「この棒が重すぎるのだ!」
私は手に持った金属棒を地面に叩きつけた。そんな私を、タロウが呆れ顔で見ている。
「考えなしに振り過ぎてるからだって」
「剣など、ガバッと振りかぶって、ズバッと振り下ろし、キンキンキンと斬り合えば、敵が勝手に倒れていくものだ!」
「いや、適当すぎだろ」
「適当ではない! 適当ではないが……勇者の剣が勝手に、敵を切り刻んでいたからな」
「こええな、おい」
タロウは笑いながら金属棒を拾い、私に差し出した。
「敵に武器が当たるのは、どういう時か知ってるか?」
「敵が攻撃をしていない時だ」
「逆だ。攻撃している時が、防御や回避をしていない時、つまり隙がある時なんだよ」
タロウから棒を受け取る。
「ただし、こっちも防御をしないといけないから、相手が攻撃する直前、もしくは、攻撃が終わった直後。そこを狙うんだよ」
私は思わずタロウを見つめた。
「タロウは、剣士か何か?」
「職業なんざ、何でもいいんだよ。何ができて何ができないか。それが全てだ」
そう言うとタロウは、私に片目をつむって見せた。
※
へんてこな人形との特訓は、三か月続いた。そこで分かったことは、私が如何に『勇者の剣』に頼り切っていたかということだった。
振れば敵を切り刻み、天にかざせば稲妻が落ち、そして祈れば味方を回復する。それらは結局、私自身の力ではなかったということを、まざまざと知らされたのだ。
ぱぺっと君2号の攻撃を避け、距離を取った私は、金属棒を持った両手を下に降ろす。
「疲れたのか?」
岩の上から見ていたタロウが、声を掛けた。
「いや……私の攻撃が一向にあの木偶に当たらぬ」
「ああ、それで凹んだのか?」
言い返そうとして、やめた。
「やはり私は、『無能』であったのか。全く上達していないではないか」
認めるのはつらい。つらいが……視界が涙でにじむ。
泣いてはいけない。泣けば、全てが崩れてしまう。私を支える脚も、金属棒を持つ手も、そして前を向く意志も。
「私には無理だ……」
しかし、雫が頬を伝い、下へと落ちる。後から後から涙があふれだし、私はとうとう声をあげて泣き始めた。
タロウの足音が私に近づいてくる。
慰めて欲しい。よく頑張ってると言って欲しい。そして……大丈夫、ソフィーアならできると、言って欲しかった。
期待を込めて、縋るような目で、タロウを見る。
しかしそこにあったのは、見たことも無いほどに冷たく、侮蔑に満ちたタロウの顔だった。
「じゃあ、やめちまえ」
タロウが私から離れ、人形の許へ行く。その背中をいじると、リュックを手に取り歩き出した。人形がタロウの後をついていく。
なぜ……なぜ……
「なぜだ、タロウ! 私だって……」
タロウの姿が少しずつ小さくなっていく。
「私だって、誰かに優しくされたい時もある! それが、なぜ悪い!」
悲鳴にも近い叫び声。そして慟哭。
タロウの姿が見えなくなるまで、吠え続けた。
※
夜空を見上げる。星は変わらず空に輝き、光の帯を作っていた。私が全てを失い、そしてタロウに救われたあの夜に見た星空がそこにある。
何も変わっていない。私も。
ふと、視界の端で動くものに気付いた。嬉しくなって視線を動かし、それが期待したものとは違うことを認識し、絶望した。
私の目の前に、強固な鱗に包まれた強大な胴と翼、ぎらぎらした目、そして大きな牙をむき出しにした怪物がいた。
「ワイアーム!」
慌てて立ち上がる。手に持った得物を構えて、それが勇者の剣ではなく、ただの重たい金属棒であることに気が付いた。
「しまっ」
ワイアームの大きな口が迫る。
「なめるな!」
棒でワイアームの鼻っ柱を殴り、体を躱す。勢い余ったワイアームの牙が、地面にめり込んだ。
「やあああ!」
気合と共に、ワイアームの頭部に向けて、金属棒を振り下ろした。しかし鈍い音がして、棒が跳ね返される。
体勢が崩れたところに、ワイアームが頭で薙いだが、その力を利用して私は後ろへと飛びずさった。
ワイアームが頭をもたげる。
逃げ場所はない。武器も効かない。どうしようもない。無理だ……
そう思った時、脳裏にタロウの姿を見た。
あの冷たい目。私を蔑んだ目。その目で私を見つめている。
「ふざけるなああ!」
金属棒を構え直し、私はワイアームへと斬りかかっていった。
※
私の攻撃は効いていそうになかったが、ワイアームも疲れてきたのか、動きが鈍くなっている。
大丈夫、私は疲れてはいない。まだ、やれる。
金属棒を構え直す。その時、不意に後ろから声が聞こえた。
「金属棒の束頭にボタンがある。それを押せ」
言われた通り束頭に指を添える。ボタンとは何なのか分からなかったが、私は力強くその部分を押した。
風を切るような音。そして、金属棒の上半分が赤い光を放ち始める。
「これは……」
「危ない!」
目前にワイアームの口が迫っていた。気合と共に、光り輝く金属棒をその口目がけて振り下ろす。
棒は、弾かれることなく貫通し、勢い余って地面にめり込んだ。
「しまった!」
慌てて地面から棒を抜き、ワイアームの攻撃に備える。しかし私の目の前には、頭はおろか、首から胴までも真っ二つに斬られたワイアームの死体が横たわっていた。
「これは……どういうことだ……」
後ろを振り返ったが、もう声の主はいない。何度か名前を呼んでみたが、鳥の声が遠くの森から聞こえてくるだけだ。
私は、ワイアームの死体をしばらく見つめた後、洞窟へと帰ることにした。
洞窟に戻ると、タロウがマットの上で寝ている。
「タロウ」
返事はない。私は着ていたコートを脱ぎ、タロウの傍に身を横たえた。
「ありがとう」
やはり返事はない。私はタロウに背を向け、そして目をつむった。
※ ※
目を覚まし、洞窟の外に出ると、タロウは洞窟の傍の岩に腰かけて、遠くの森を見つめていた。
「三ヶ月か……早かったな。もう少し時間がかかると思ってたんだが」
振り返り、私に向けてそう口にする。そんなタロウの顔からはあの冷たさが消え、その代わりに、優し気でそれでいてどことなく寂しげな微笑みが浮かんでいた。
「さて、往こうか」
「どこに、だ?」
タロウが岩から降りる。
「復讐、だろ?」
「あ、ああ……」
「あの錬金術師のこと、ちょっと調べてみたんだが……あいつ、異世界人だな。何のことは無い、変なチート能力をもってやがった」
「チート?」
「この世界には無い能力、と言えばいいかな。しかし、そんなものはメッキみたいなもんだ。対策も考えた。あの剣もあるだろう。今のソフィーアならもう勝てる。復讐する時が来たってわけだ」
「あの金属棒……あれは何なのだ?」
「あれは『レーザーブレイド』だ。ボタンを押せば、『ガバッと振りかぶって、ズバッと振り下ろし、キンキンキンと斬り合えば、敵が勝手に倒れていく』剣になる」
「あれがそんなものだったのなら、最初から教えてくれればよかったではないか」
「道具ってのはな」
タロウが私に近寄り、手を私に近づけると、私の鼻を触った。
「使うもんだ。使われるものじゃない」
そう言って笑う。子供のような、無邪気な笑いだった。
「さあ、出発の準備をしろ。行くぞ」
タロウが後ろを向く。その背中に、私は今の自分の素直な気持ちを打ち明けた。
「もう、よい」
「ん?」
タロウがこちらを振り返る。
「もう、よい」
「よいって……復讐がか?」
「そうだ」
「ちょ、なんでだよ。その為に頑張ってきたんじゃないか」
「もう、よいのだ。私は、自らの損得であの錬金術師を切り捨てた。確かにあの時、無理をすれば奴を救えたかもしれない。しかし私はそれをしなかった。奴にとってみれば、それは裏切りでしかなかったのだろう。奴は自分で生還し、どういう方法であれ強くなり、そして私に復讐を行った。話はそこで完結している。私が奴を恨むのは、筋違いだ」
私の言葉を、タロウは相槌を打つこともなく、ただじっと聞いている。
「もう私には奴を恨む気持ちはない。というよりも、私にとって復讐は、価値のあることではなくなったのだ、タロウ」
彼にとって、私のこの行為は『裏切り』になるのだろうか。
「すまない。こんなに力を貸してくれたのに、私は」
と、タロウが私の肩に手を置いた。
「いや。それで、いい」
「お、怒らないのか?」
「なんで? 怒る理由はないさ」
そう言うと、私に背を向けてリュックをまさぐり始める。
その隙に私は、着ていた服を全て脱ぎ捨てた。
「タロウ」
タロウが振り向く。
「ば、な、何してんだよ」
「わ、私には、こんなことしかできない。助けてもらった礼だ。私を、好きにして、いい」
一糸まとわぬ姿をタロウにさらす。恥ずかしさに、自然と顔が横を向いた。
タロウが傍に寄ってくる気配がして、目をつむる。しばらくの沈黙の後、私の身体にコートがかぶせられた。
驚いて目を開ける。タロウの、優し気な微笑みが目の前にあった。
「礼が欲しくて助けたんじゃねえよ」
「なぜだ。わ、私の身体では不満なのか?」
「そうじゃない。礼はいらない、それだけだ」
「れ、礼と言ったのは、その、言っただけで……わ、私が……お前に……その、抱かれたいと……思って……」
消え入りそうな声で言う私の肩を、タロウがポンポンと叩いた。
「もう、行かなきゃならない」
とても寂し気な声。驚いて、タロウを見る。
「ど、どこへ行くのだ」
「俺を呼ぶ声がする。助けに行かないと」
「ま、待て。私は」
「ソフィーアにはもう、俺の助けは必要ない」
「ならば、私も連れて行ってくれ」
「駄目だ。ソフィーアの生きる世界はここだ。俺の生きる世界とは、違う。俺も、異世界人なんだよ、ソフィーア」
そう言うとタロウは、手に持っていたブレスレットを私に見せた。
「これが『異世界転送装置』。ソフィーアの声が聞こえたから、ここに来た。別の人が呼んでいるから、俺は行く。次は、どんな人が助けを呼んでるんだろうな」
そのブレスレットを、タロウが操作し始める。私から、一歩、二歩と、距離を取った。
「待て、タロウ。お前を、お前を愛している。だから私を……私を置いていかないでくれ」
「その気持ちは、偽りだ。ただ世話になって、情が移ってるだけだ、ソフィーア」
「違う! 本物だ!」
もう、『偽物』はいらない。私のすべてが、『本物』でなくてはならないのだ。
剣術も、そして、この気持ちも。
「じゃあな」
しかし彼は、ただ笑っただけだった。
「待て、タロウ! な……名前を、本当の名前を、教えてくれ」
手を伸ばす。
「俺の名は、タロウ。それでいい」
タロウの身体に触れる。その瞬間、タロウの身体は私の目の前から忽然と消えてしまった。
それから三日三晩、私はタロウが残していった金属棒を抱いて、延々と泣き続けた。
※
とある街の冒険者の宿。受付嬢が私に笑顔を見せた。
「ご用件は何ですか?」
「冒険者登録をしてくれ」
「では、名前と職業を」
「ソフィーア・ファロウ。
「あら、珍しい……生産系職ですが、冒険者登録でよろしいのですか?」
「そうだ」
「分かりました。ではお持ちのスキルをランクの高いものから三つ、教えてください」
「機械作成、鉱物加工、鉱物採取」
「生産系スキルばかりですね……それでは高ランクパーティへの加入は難しいですよ?」
「構わん。その後ろに、戦闘系スキルが両手の指ほど並んでいる。どうせソロでしか活動しない。余計なお世話だ、早く登録しろ」
「わ、分かりました」
受付嬢はしぶしぶ手続きを始める。
「『黄昏の迷宮』に行きたいだけなのに、なぜあそこは登録者のみしか入れないのだ?」
「ちょっと待って下さい。あの迷宮は、Sランクの大ボスがいるところです。高ランクの戦闘職ですら数人は必要で」
「いいから、さっさとしろ!」
私の剣幕に、受付嬢はもうそれ以上言葉を発することなく、手続きを終わらせた。
これでやっと……
黄昏の迷宮のボスが持ついくつかの素材で、ようやく作成が可能になる。
私が作りたかったもの――異世界転送装置。
タロウ。私はお前を追いかける。どこにいようが、必ず見つけ出してやる。逃しはしない。
お前が私を抱くまでな。だから、覚悟しておけ。
《了》
ぽんこつ勇者で悪かったな! たいらごう @mucky1904
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