スカーバラの村へ(短編読み切り)

武蔵野純平

第1話 スカーバラの村へ

 長い、長い、戦があった。

 二つの大国が戦い、両国は多くの死傷者を出した。

 多くの兵士が傷付き亡くなり、民は苦しんだ。

 やがて両国は戦を止め、和平を結んだ。


 街道を一人の若い兵士が歩いていた。

 故郷を目指し、傷ついた体を引きずるようにして歩いていた。


「ああ、今日も夜になっちまった」


 既に辺りは暗くなっていた。

 兵士は街道脇の大木に寄りかかり、星を見上げた。


「ケイトは元気かな……。早く村へ帰りたいな」


 兵士は故郷の幼馴染に思いを馳せる。

 ケイトは、赤毛にそばかすで笑顔が可愛い女性だ。


「しかし、ケイトは怪我をした俺を受け入れてくれるだろうか?」


 兵士は頭と足に怪我を負った。

 この体で村に帰っても、果たして畑仕事が出来るのか?

 兵士は不安に思っていた。


 兵士は木の根元に座り込み、色々と考えた。


「いや、ケイトは優しい女だ! この傷は国の為に戦って受けた傷だ。きっと俺を受け入れてくれるさ!」


 兵士は心を強く持ち『早く故郷の村に帰れるように』と神に祈った。

 これは毎夜の事であった。


 しばらくして、遠くから馬車の走る音が聞こえて来た。


「やあ、馬車が来たな。あの馬車に乗せてもらえないだろうか?」


 馬車の音が近づいて来た。

 二頭立ての駅馬車である。

 次の街まで夜通し走るのだ。


「よし! あの馬車に乗せて貰おう! そうすれば、早く村へ帰れるぞ!」


 兵士は立ち上がり、馬車に向かって大きく手を振った。


「おーい! おーい! 乗せてくれ! 次の街まで、乗せてくれ!」


 だが、馬車は速度を上げ走り去ってしまった。

 馭者の顔がチラリと見えたが、頬は引きつり、目は血走り、必死で馬に鞭をくれていた。


「ああ、乗せてもらえなかった……。随分と急いでいるな……」


 これで何度目だろうか。

 これまでに、何度も、兵士は通りがかる馬車に乗せてもらおうとした。

 しかし、馬車が停まってくれたことは一度もなかった。


「やれやれ戦のせいかな……。この国もすっかり人情が悪くなってしまった」


 兵士は独り言ち、やがて眠りについた。


 翌日、兵士が目を覚ますと既に夕方だった。


「しまった! すっかり寝過ごしてしまった! やれやれ、戦の疲れが溜まっているのかな……。うん? あれは誰だ?」


 街道の向こうに四人の男女の姿が見えた。

 四人は革鎧に剣や弓を携えている。

 一人は神官らしく、白い服に美しい宝石が埋め込まれた錫杖を抱えていた。


 まだ遠いが、四人の話し声が聞こえて来る。


「しかし、悪霊ねえ……。気が進まねえな……」


 四人のうち一番若い男が、ボヤく。


「そう言うな。昨晩、駅馬車の馭者が見たって言うんだ。他にも目撃情報があるしな。悪霊は放っておくと力をつける。悪霊払いは、早めにした方が良い」


 リーダーらしき大男が、若い男をどやす。

 悪霊とは、この世を彷徨う死者の魂の事だ。

 この世に未練があり、あの世に行けないのだ。


 兵士は四人の話を聞いて、納得した。

 昨日、自分の横を急いで駆け抜けて行った馬車の事だ。


 ああ、なるほど。

 きっと馭者はこの辺りで悪霊を見たのだろう。

 だから、尋常ではない様子だったのだな。


 兵士は一人納得し、四人に近づき申し出た。


「いや、大変なお話ですね。私も手伝いましょうか?」


 四人は輪になって打ち合わせを始めた。

 兵士も輪に加わろうとするが、四人は兵士を一顧だにしない。


 四人の態度に兵士は憤慨する。


「ちょっと良いですか? 俺は勇敢な兵士ですよ! 戦で怪我を負いましたが、まだまだ、その辺のヤツには負けません。悪霊退治に参加させて下さい!」


 兵士は強い口調で申し出たが、四人は兵士を無視した。

 神官は眉間にシワを寄せ、不快そうにつぶやく。


「むう……。近いな……」


 リーダーの男が神官に


「近いって悪霊か?」


「そうだ。気配を感じる……」


「よし! もうすぐ日が暮れる。悪霊払いの支度をしよう」


 四人は、街道の脇に石を積み上げ祭壇を作り始めた。


 四人に無視された兵士は、不貞腐れて街道の反対側にごろりと寝転んだ。

 四人のうちの一人が、故郷の話を始めた。


「ああ、そろそろ村に帰ろうかな」


「なんだ。家族の顔が見たくなったか?」


「ああ、一番上の子供が五歳になるんだ。何か土産でも買って、顔を出さないとガキに忘れられちまう」


「はは。そりゃ大変だ。じゃあ、子供への土産の為に気張って稼げよ。お前の村はどこだっけ?」


「コラ県にあるスカーバラ村だよ」


 寝転がっていた兵士は、がばっと起き上がった。


「おい! コラ県から来たのか!? 俺もスカーバラ村の出身なんだ!」


 だが、四人は兵士の言葉を無視する。


「村の様子はどうだ? なあ! 教えてくれよ!」


 兵士は懸命に話しかけるが、四人は兵士を相手にしない。


「なあ、何か寒くなって来たな」


「ああ、陽が落ちて来た。早い所やっちまおう」


 祭壇に、パセリ、セイジ、ローズマリー、ハーブが供えられた。

 神官が火を焚き祈りの言葉を唱え始めた。


 兵士は何か嫌な予感を覚えた。


「おい! 止めた方が良いんじゃないか? そのお供えは間違っていないか?」


 神官の祈りは続く。


「我は哀れなる彷徨う御霊を鎮める者也。パセリは御身の痛みを和らげ、セイジはしのぶ心を与え、ローズマリーは愛を、そしてタイムは、とこしえの世界へ旅立つ勇気を与える」


「おい! よせ! 止めろ! 何か凄く嫌な感じがするんだ!」


 旅人は大声で怒鳴るが、神官は眉根を寄せ儀式を続ける。

 神官が祭壇の前の火に、パセリ、セイジ、ローズマリー、タイムを投げ入れると煙が上がった。


 すると兵士が苦しみだした。


「うう……何か苦しいぞ……。なあ、神官さん。その薬草は、ちょっと違うんじゃないか?」


 薬草と毒草を間違えたのではないか?

 兵士はそう思ったが、神官たち四人は苦しみもせず目をつぶり祈りを捧げている。


 祈りの言葉が終わると神官は、袋の中から大きな鏡を取り出した。

 両手に捧げ持つようにして、その場でぐるぐると回り出した。


「聖なる火は、聖なる鏡にて御身を照らす! 御身の姿、御身の影、御身の魂を、とこしえの世に導かん」


 神官が持つ鏡には、赤々と燃える火が映った。


 苦しむ兵士は、鏡を見た。

 そして、異変に気が付いた。


「ちょっと、待て! 俺のこの姿はどう言う事だ!?」


 神官の持つ鏡には、兵士の姿映っていた。

 頭は半ばまで割れ、右足は折れ曲がり、腹には大穴が空いている。


「な、なんだ!? これが俺か? 俺なのか?」


 動揺する兵士。

 しかし、神官は鏡を持ち語り続ける。


「とこしえの世には、御身の親しき人、愛する人、待ち人がいよう。浄化されたまえ……」


 神官は鏡を置くと、懐から美しいガラス瓶を取り出し、瓶の中身を辺りに振りかけた。

 瓶の中身は聖水であった。


 聖水が兵士にかかると兵士の気は遠のいて行く。


「そ……そうか……俺は死んでいたのか……。悪霊とは俺の事か……」


 兵士の体は足元から徐々に消えて行く。

 消失するまでの間に、兵士は故郷の村で待っているであろう女――赤毛の幼馴染ケイトの事を思った。


「ケイト……愛しいケイト……」


 兵士の体は完全に消失し、夜空に向かってキラキラと光が舞い上がって行った。

 光りを見上げ神官は、深く息を吐きだした。


「ふう……。無事浄化出来たようです……」


 リーダーが笑顔で神官の肩を叩いた。


「そいつは良かった! しかし、何の悪霊だったのかな?」


「ちらりと姿が見えましたが、若い兵士のようでした。可哀そうに、戦で亡くなったのでしょう」


「戦? 戦なんて、ここ百年起こって無いだろう?」


「ええ。ですから、百年前の戦で亡くなった兵士だったのでしょう」


「ふーん……百年も彷徨っていた兵士の悪霊か……」


 翌日、四人は祭壇をそのままにして、街道を町へと引き返していった。

 祭壇の脇には、小さな白い花が咲き、その隣には寄り添うように赤い花が咲いていた。

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スカーバラの村へ(短編読み切り) 武蔵野純平 @musashino-jyunpei

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