勇者、これ以上は輝かない未来を願って


「ベッドはもう一つ、エージに作ってもらいましょう。ああ見えて、器用なのですわ」


「ベッドなんて作れるのか!? エージ、さすがだな!」


「エージさん、すごーい! 私、作るところが見たいですっ!」



 尊敬の眼差しでカワイコチャンズに迫られるのは嬉しいが、それよりもだ!



「いやいや、何でそんなことになってるんだ!? 俺、今初めて知ったんだけど!?」


「今初めて言いましたもの。当たり前のことでしょうに」



 インテルフィは平然と言い放ってくれたが、そういう問題じゃないでしょうに!



「本当は前もって知らせるべきなのでは、と私達も訴えたんだが……」

「インテルフィさんが『サプライズにした方が面白い』と仰って聞かなかったもので」



 申し訳なさそうに、ラクスとパンテーヌが長い耳を垂れる。



「お前ら、魔道士団はどうするんだ? あそこは全寮制だろう? ここに住むとしても結構距離があるし、通うのは大変だぞ?」



 とにかく話だけでも聞こうと、俺は二人に尋ねた。



「今日辞めてきた。魔道士団長選抜投票のために籍だけ置いていたが、リラ団長ももういないし……特にあそこにしがみつく理由はないからな」


「見事にビオウさんが団長に就任しましたから、私達がいなくても大丈夫ですよ。何かあったらアルバイトとして手伝うって約束してきました」



 ビオウさんが経営していた飲食店はどうするのかと聞いたら、団員達の中にも料理上手な者がいるから、魔道士団に新たに料理宅配部門を作って継続する予定なのだという。


 ちなみにインテルフィがここしばらく家を空けていたのは、ヘイオ町に行って魔道士団員達に『次の団長にはビオウを! どうかビオウをよろしくお願いします!』と選挙運動するためだったんだって。その間にすっかりラクスとパンテーヌとは仲良くなっちゃって、今ではもうお友達なんだとか。



 いやいや、それにしてもだな……!



「私達は、居場所を失ってまた拾われて居場所を得た。でも、それに甘んじてはいけない。自分の力で居場所を作らねばならない。そのためには、たくさん学ぶべきことがあると気付いたんだ」



 ラクスが生真面目な顔で言う。



「エージさん……私達、あなたを見習って強くなりたいんです。だからどうか、私達を弟子にしていただけませんか?」



 パンテーヌの突然の要求に、俺はぶったまげて後退した。



「で、弟子!? いやでも俺は、教えることなんてしたことないし」


「頼む、エージ。私はお前のように何事にも前向きで、それでいていざという時は自らを犠牲にしても人を助けられる心の強さを会得したい。側で学ばせてくれ!」


「お願いします、エージさん。これからは、心を入れ替えてエージさんを敬い、一生懸命勉強します。お断りされても、何度だって来ますから! 許可いただけるまで、諦めません!」



 熱心に迫ってくる二人の目は、本気も本気だった。熱血系男子みたいなイケイケファイヤーに燃えに燃えている。恋愛系女子のラブラブファイヤーなら嬉しかったんだけどなぁ……。



「そ、そう言われても。だって、俺の力は知っての通り、俺のものじゃなくてだな」


「あら、ご謙遜を」



 気圧されてしどろもどろになる俺の側に、インテルフィがすすっと寄ってきた。



「あなたはこの『絶望を司る女神』に、初めて生き甲斐という『希望』を与えた男ですのよ? 胸を張っていいのではありません?」



 耳元で囁かれた言葉は甘いようで冷ややかで、そこに彼女の本性を垣間見た気がした。



 元『絶望を司る女神』、インテルフィ。


 平穏な天界での生活すらも破壊し、千年戦争を引き起こし、その責を負って『本人が仕組んだ通り』この地に降った凶悪なる存在。


 そんな彼女が、初めて見付けた生き甲斐こそこの俺――――とてつもなくイヤな愛され方ではあるけれど、インテルフィは俺を一番に想っている。婚姻して、俺を『神族』に迎え入れたいと考えるほどに。



 髪を失ったせいで、軽く自信をなくしかけていたけれど……フフン、やはり俺のイケメン力はパネェよな。


 女神を陥落するほどの魅力に溢れてる男なんて、世界広しといえど俺くらいだろう。神の心をも奪ってしまう俺という光は、髪を奪われてもハゲをハゲみに輝き続け…………お、何かいい曲ができそう。ちょっくら打ち寄せる波とセッションしてくるか。



 と、その前に。



「ふむ、俺の魅力を学びたいというなら仕方ないな。ここで俺を見て、俺を見つめ、俺に見惚れながら、しっかり鍛錬するといい。だが……惚れるなよ?」



 そう告げて、俺はラクスとパンテーヌに向けて、練習を重ねてやっとできるようになった必殺悩殺のウィンクをして笑いかけてみせた。



「あ……ああ、ありがとう、我々を弟子として受け入れてくれるんだな! 惚れないことに関しては大丈夫だと、胸を張って断言するよ。そうだ、インテルフィの部屋はどこなんだ?」


「えっと……片眼を閉じて口元を引き攣らせるって、エージさんお得意の変顔ですか? すみません、弟子の分際でこんなことを言うのは気が引けますが、あんまり面白くないし、ただひたすらに気持ち悪いだけなんでやめた方がいいかと。あ、私もインテルフィさんのお部屋が見たいですー!」



 二人の新弟子は師匠があまりにもカッコ良すぎて正視できなくなったのか、カッコ良く扉に片手をついてカッコ良くポーズを決めていたカッコ良い俺を押し退けると、インテルフィと共に向かいの部屋に突進していった。



 ん? 待って!?

 そこは俺の部屋……!



 止める間もなく、インテルフィがドアを開く。




「ぎゃあああああああ!!」




 途端に、けたたましい叫び声が上がった。


 俺とラクスとパンテーヌ、三人分の悲鳴だ!



「おいこれ、どうなってんだ!? 何で俺の部屋がゴミテルフィ部屋化してるんだ!?」



 常に整理整頓を心掛け、アロマオイルやら観葉植物やらを置いて心にも髪にも優しい落ち着く空間だった場所は、床どころか窓も家具も見えないくらいゴミテルフィのゴミに侵食され、カオスを通り越して地獄の様相となっていた。



「わたくしの荷物をこちらに移しましたの。二部屋しかないのですから、ラクスとパンテーヌ、わたくしとエージが同室にするしかないでしょう?」



 インテルフィが当然のように答える。



「ふざけんなあ! 何で俺がお前とルームシェアせにゃならん!? 片付けられない女代表のお前なんかと同室なんて絶対にイヤだあ! すぐに片付けろ、もしくは出て行けえええ!!」


「エージ、ゴキュがいるぞ! ひいっ、わさわさ動いて……!」


「ひゃああ、こっちに来た! エージさん、何とかしてくださいっ!」



 ラクスとパンテーヌが俺にしがみついて泣き喚く。



「うわああああ! 俺を盾にするなあ! 待って待って無理無理無理! 俺もゴキュはダメなんだよおおおおおお!!」



 泣き叫びながら、俺は二人を両脇に抱えてその場から即座に逃亡した。ついでに何故か、ゴキュプリ生産者であるゴミテルフィもついてきた。


 そのまま四人で近くの市場まで全力で走り、ゴキュ退治用のグッズを買いに行ったのは言うまでもない。




 今回の旅で得たもの――――陰キュバスとゴリウホ族の女カップル。美エルフ姉妹の弟子達。大量のゴキュの死骸。


 今回の旅で失ったもの――――五年かけて育てたのにまだらに抜けた髪。唯一落ち着ける場所だった自室。インテルフィと二人だけの静かな生活。



 果たしてプラスになったかマイナスになったか、それは考え方次第。


 だが、過去に拘って損得勘定するより、前を向いて進む方がいいと思わないか?


 俯いていたら、滑り落ちていくばかりの残骸を目にするしかできない。立ち止まって悔やんでいるだけじゃ、生えるものも生えやしないんだ。


 だから俺は、失ったものは振り返らず、新たに大切なものを築くことを選ぶぜ――――今は輝けるこの頭に、希望ならぬ毛望を咲かせるために!




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けちらせ、勇者!〜追放された駄女神のハゲましの加護で最強チート魔法剣士になったけれど、俺はこれ以上輝きたくない〜 節トキ @10ki-33o

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