勇者、ゴミ屋敷は許さない、絶対にだ


「…………エージは、本当に強くてすごい奴だったんだな」



 怒りに任せて高速で頭皮マッサージしていた俺の耳に、ラクスの穏やかな声が届いた。


 思わず振り向くと、彼女の柔らかな微笑みと目が合う。



「私はパンテーヌを失うかもしれないと考えた時、耐えられないと思ったよ。自分だって仮病だろうと何だろうと、どんな手でも使って回避しようとする。代わろうとする相手がいれば、そいつに押し付ける。卑怯だと言われても自分勝手だと罵られても、私なら失うことから全力で逃げていた」


「でもエージさんは、そうしませんでしたよね」



 パンテーヌも俺を見つめ、静かに言う。



「罪悪感を背負いたくないといったって、大切なものを失う怖さに比べたら何てことありませんよ。私ならお姉様のいない世界で生きるくらいなら、何を犠牲にしてもいいと思ってしまいます。だけどエージさんは、私達との約束をちゃんと果たしてくれました」



『お前達の大切なものは、俺が守る。俺も、失う痛みを知っているからな……お前達には何も失わせやしない。こんな思いを、お前達にはさせたくない。いいや、絶対にさせないさ』



 二人が声を合わせて、俺が前に告げた台詞を口にする。


 そういえば、そんなことも言ったっけ。ほら、俺ってば歩く名言だからな。喋れば九割が名言になっちゃうからな。


 し、しかし、そんなに感情たっぷりで再現されると、ちょっと恥ずかしい……。



「エージは、本物の勇者だ。伝説じゃなく今を生きて、我々の感じる弱さにも寄り添うことができる、本当の強さを持っている勇者だ。だから、その……疑ったり心無い言葉を投げつけたりしたこと、深く反省している。すまなかった。そして、本当にありがとう」



 隣にやってきたラクスは、俺に頭を下げてから照れ臭そうに笑ってみせた。


 クール系の顔立ちの美女がはにかむ表情って、本当すこすこのすこ。しかも体はえっちときたもんだ。このギャップ、まじで堪らねえな!



「誰かを助けるために自分を犠牲にするなんて、簡単にできることじゃありません。いざという時に身を挺する覚悟を持っているからこそ、エージさんは勇者なんですね。本物の勇者の真髄を目の当たりにして、感動しました! 私もいろいろごめんなさい……今は心からエージさんを尊敬しています」



 パンテーヌも側にやってきて、うるうるに潤んだ瞳で俺を見上げる。


 クッソ……ロリっ娘は好みじゃなかったはずなのに、この可愛さには逆らえない! ロリ好きの奴の気持ちが理解できたぜ……こんな無垢な目で見られたら、そりゃヨシヨシナデナデしてやりたくもなるよな!



「お礼は言ったけれど、まだ謝ることができていなかっただろう? 今日ここに来たのは、ちゃんと謝罪して、また新たな関係を築いていけたらと思ったからなんだ」


「ええ、私達、エージさんとこれからも」


「あらー、お二人共いらしてたのね」



 パンテーヌの声を遮るように、家の奥から出てきたのは、言わずと知れたインテルフィ。


 最近はよく外に出かけていたのだが、今日はずっと自室にいたらしい。ガタガタバタバタとうるさかったが、どうせまたスライムもどきで遊んでいたんだろう。


 あーあ、何で今日に限って家にいるんだ。俺アゲアゲのいい雰囲気だったんだから、邪魔しないでほしい!



「よう、インテルフィ! 相変わらずいいオーラ出してるな!」


「インテルフィさん、こんにちは! スライムもどきのエーくん、今日も元気に殺されてます?」



 予想した通り、二人は俺を通り過ぎ、ぱたぱたとインテルフィに向かって駆けていった。ほーら、こうなるよね……知ってたー。


 ちょっとー、まだ家主が上がっていいって言ってないんですけどぉー?


 おまけに何だかあの二人、インテルフィと随分親しくなってなぁーいー?



「うわー、結構広いじゃないか!」

「思っていたより全然綺麗ですよー!」



 ラクスとパンテーヌの歓声が奥から聞こえる。何事かと思い、俺は慌てて走っていった。



「な……何だこれ!?」



 一階建ての我が家は、玄関から入るとまず広めのリビングダイニングとキッチンがあり、リビングダイニングの右側にはバストイレ、そして左側の通路の奥には廊下と向かい合わせに部屋が一つずつある。それを俺とインテルフィの私室にしていたのだけれども。


 ラクスとパンテーヌは、インテルフィの部屋をキャッキャとはしゃぎながら見渡していた。


 俺が驚いたのは、その部屋にベッドと棚といった家具以外、何もなかったからだ。


 インテルフィはこの部屋を遊び場として使っていたのだが、どうでもいい玩具やら壊れて使えない道具やら、よくわからない部品やら果ては生物のミイラ化した死骸やら、とにかくいろんなものがゴミみたいに溢れ返っていた。それが何もない。


 ゴミテルフィ部屋の床が見えるんだぜ……? こんなの驚愕不可避だろ!!



「おい、インテルフィ……何でこんなに綺麗になってるんだ?」



 扉から呼びかけるとインテルフィは振り向き、にっこりと笑って告げた。



「ラクスとパンテーヌに、この部屋をお譲りするのですわ」



 …………はあ?



「ここを譲るって……?」


「今日から私達、ここに住むんだ!」

「どうか今後もよろしくお願いします!」



 ラクスとパンテーヌも笑顔で答える。



 …………はあ? はあああああああ!?

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