エンディング② ダイスの音

 あれから三日後。

 私と識暉は保健室に呼び出されていた。

 アルコールの匂いと、仄かに香る甘い匂い。

 そして、白衣を着て気怠そうにしている保健室の魔女、樸生先生。

 先生は私たち向かって、険しい表情で話を始めた。


「二人に大切な話がある。部室が使えなくなるかもしれない」


そんな樸生先生に向かって、私は溜め息を吐いて見せる。


「そんなことを聞かせるために呼んだんですか?」

「そうツンケンするなよ。あそこ、基本的に誰も来ないから使い勝手いいだろ。学校の中であんなことや、こんなことできるんだぞ。あんな優良物件は他にないのに。それが使えなくなるかもしれないんだぞ」

「じゃあ、どうしろと?」

「そうそう、そこだよ。実は回避する方法がひとつだけある」


 そう言うと樸生先生は、椅子をくるりと回転させて、

 机の引き出しから、琥珀のアクセサリーが付いた車のキーを取り出した。

 そこからアクセサリーを取って、投げて渡した。


「これって」

「ん? 紗儚は知っているみたいだな。そう、賢者の石だ。これを持っていれば、魔術詠唱を短縮できる。紗儚は魔術に興味があっただろう。こいつを持っていればいつか必ず役に立つぞ。紗儚がこれを受け取ってくれればいい。それで万事解決だ」


 賢者の石は貴重だと聞いている。

 そんな物を貰っていいのだろうか?

 その疑問と並行して別の疑問が浮かぶ。


――なぜ、貴重なものをくれるのだろうか。


 樸生先生を見る。

 その心理うちがわを覗き見る。


【ダイスロール】

《紗儚|個人技能『敗北主義者の洞察』 達成値80》

《達成値80 → 66 成功》

《静|心理学対抗 達成値70》

《達成値70 → 08 成功》


 真意を探ろうとした瞬間、先生と視線が交錯した。

 予備動作なんてなくて、気が付けば鋭利な刃物を突き付けられていた。

 先生の冷たい視線に、体が震えた。


「そう急くなよ。紗儚」


 先生はニヤりと口の端を上げた。


「そいつは代々、ある部活の部長が持つことになっているものなんだ。その部活は、学校で起こる不思議な出来事を調べ原因を究明する。って言う、そんな普通じゃない部活だった。その部活の部長がな、次の部長を指名しなかった。部活動は開店休業。行き場のないソレは私が預かっていた。そういったものだ」


 その部活に、ピンポイントで思いあたりがある。

 どうりで。

 先輩が抜けて、部員は私と識暉の2人だけ。

 そんな人数で部活として成立するはずが無いのに。

 未だに部室が使えた訳だ。


「紗儚。お前が次の部長だ」


 そう言って、樸生先生は微笑みかけた。

 私の返事は決まっている。


「丁重に辞退いたします」


 誰が好き好んで、こんな面倒なことに関わるのだろう。

 それに、一歩間違えば簡単に死ぬ。

 間違わなくても、正気が削られ、摩耗する。

 そんなことは御免だ。


「そうか。残念だなぁ」


 賢者の石を受け取りながら、先生は棒読みでそう言った。

 残念さの欠片もない。

 それもそうだ。

 先生なら、私が断ることくらい分かっていただろう。

 茶番もいいとこ……ろ。


【ダイスロール】

《紗儚|思い付く 達成値75》

《達成値75 → 71 成功》


 何か嫌な考えが、ぼんやりと頭に浮かんだ。

 それがハッキリと形をとる前に、先生はそれを形にしていた。


「じゃあ仕方がない、ソレは識暉の物だ」


 そう言って、識暉に賢者の石を渡した。

 やられた。

 なぜ私だけじゃなくて、識暉を呼んだのか。

 この為だ。


「オレ、魔術を使えるようになるの!」

「識暉には魔術は似合わないよ。その純粋な気持ちと、武力があれば十分。それはただの証しだ。持ってるだけで良い」

「ダメよ識暉。今すぐ返しなさい」

「貰ったらダメなの?」

「受け取ったらこの先、先生の雑用に使われちゃう。今すぐ返して」

「分かった」


 識暉はそう言って、賢者の石を返した。

 それを、樸生先生は受け取らなかった。


「なぁ、識暉よ、知っているか。学校には誰かの助けを必要とする人が少なからずいるんだ。自分ではそんなつもりがなくても、巻き込まれて被害を受ける人がいる。この部活は、そういう人を助けるための部なんだ。識暉がいれば、そんな人達を救える。正直に言おう。私には識暉の力が必要だ。もちろん、紗儚の協力も。でも、このまま二人が協力してくれなかったら、きっと多くの不幸な人たちが出る。だから、紗儚がダメな以上。せめて識暉には協力して欲しいんだ。どうだ、識暉。私と一緒に、困っている人の力になってくれないか?」


【ダイスロール】

《静|識暉の正義に訴える 達成値70+20(詐術によるボーナス)》

《達成値90→ 81 成功》


 識暉の気持が揺らいでいる。

 識暉は私の気持ちを理解している。

 そして、識暉自身の使命なすべきことも。

 その二つを秤にかけている。

 結果は見えている。

 それでも、私は祈らずにはいられなかった。

 99%大丈夫。そう言われて、残りの1%が起こるように。

 ほんの僅かな可能性に掛ける。


「識暉」


 その先は言わない。

 ただ、識暉を見て、祈った。


【ダイスロール】

《紗儚|神に祈る 達成値10-5(幸運の半分)》

《達成値05 → 》


識暉は口を開いた。


【ダイスロール】

《達成値05 → 06 失敗》


「うん。わかった」


 あまりに純粋な返事で起こる気力も起きなかった。

 でも少しだけ、前の識暉なら断ってくれたかもしれないと、そう思ってしまった。


「そうと決まれば、部室の件は解決だ。部の活動については後で教えてやる。ただ、ひとつだけ覚えていてくれ。二人はこれから探索者になる。初めは軽いヤツからやっていくけど、気を抜くと大ケガをするからな。それだけは忘れるなよ」


 妙に熱血教師している樸生先生は、ちょっと苦手だ。

 本来はこういう人だったのか。

 まぁ、いいや。なるようになる。

 そんな諦めを溜め息にした。

 識暉は、そんな私を気にしてか、手を取って賢者の石を握らせた。


「コレは紗儚が持っていて。その方がきっといいだろうし、オレがそうして欲しいから」


 やだ。嬉しい。

 顔が暖かくなるのを感じる。

 私は頷いて、そのまま顔をあげられなくなってしまった。

 ダメだ。幸せは精神に毒だ。

 先生が「お熱いねぇ」なんて囃し立てたけれども、

 それに返す言葉は無かった。


「さて、それじゃあこの話は終わりだ。折角だ。飯でも奢ってやる。一緒に出ると一応問題があるからな。場所だけ決めて現地で合流しよう。なにを食べたい。二人は何を食べたい?」

「肉」「フランス料理」

「どっちだよ。ジャンケンでも良いから決めてくれ」


 識暉は私を見て言う。


「悪いな紗儚。紗儚相手でもコレだけは譲れない。全力で行く」

「識暉の中では、優先度は私より肉の方が高いわけね。良いわ。私だって手を抜かない。全力で相手をしてあげる」

「残念だけど、オレは絶対に勝つ。ジャンケンの必勝法を知ってるんだ」

「一応、聞いておいてあげる」

「相手の手をずっと見てれば、何を出すか分かる!」

「凄いわね。人間の反応速度の限界を超えてることになるけど。でも、識暉ならそれもできそうなのが怖い所ね。でも残念。ジャンケンは反応速度の勝負じゃないの。純然たる心理戦。識暉は心理戦で、私に勝てると思っているの?」

「オレはコレで負けたことが無い。絶対に勝つ!」


 中身のない言い争いじゃれ合いを、樸生先生は遠い眼をしながら見ていた。

 内心。早くしてくれないかな~。と言っているのが分かる。


「御託はもういいわね、そろそろやりましょうか」

「そうだな。じゃあ、やろうか」


 そう言って、「「ジャン・ケン」」

 声を合わせた所だった。


【ダイスロール】

《紗儚|廊下からの足音 達成値65》

《達成値65 → 42 成功》

《識暉|廊下からの足音 達成値40》

《達成値40 → 79 失敗》

《静|廊下からの足音 達成値60》

《達成値60 → 24 成功》


 私と樸生先生は、廊下から足音がしたのを聞き取った。

 その細く弱弱しい足音から、何か不安を抱えているのが分かる。

 足音は保健室の前で止まり、扉を開けた。

 立っていたのは、背の低い小さな女の子だった。

 多分、一年生だろう。

 樸生先生の他に、先輩が2人もいて驚いているようだ。

 一度言葉を飲み込んだのが分かった。

 その様子で、何かわけありなことが分かる。

 一体どうしたんだろう。


【ダイスロール】

《紗儚|個人技能『敗北主義者の洞察』 達成値60》

《達成値60 → 05 大成功クリティカル


 どうしていいか分からない。

 でも、どうにかしなきゃいけない。

 そんな声が聞こえてくるようだった。

 私は口の端をあげる。


「魔女に御用かしら?」


 女の子は、驚いたように顔をあげる。

 どうやら当たりだったようだ。


 これも、貴方が仕組んだゲームなのかしら。

 二ャルラトホテプさん。

 そう、心の中で呟いた。



 ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ 



 最初の事件は終わった。

 そしてまた、新しい事件が始まる。

 からからから、とダイスが転がる音がした。


【ダイスロール】

《紗儚|音がした場所の特定 達成値30》

《達成値30 → 07 成功》


 私は小さく笑みを浮かべた。

  



   

                  Session3 ニャルラトホテプ END







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すくーる/くとぅるふ(ダイスロール有り) 文月やっすー @non-but-air

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