エンディング ダイスの音

エンディング① クリア報酬

 その後は流れるように過ぎていった。


 盟との勝負は、結局負けてしまった。

 盟以外の全員の脱出が終わると、樸生先生の体を憑代として、

 賢者の石を使って炎神を召喚した。

 それから直ぐに、門をくぐって外に出た。


 外は夜の天蓋に覆われていた。

 遠くに赤い灯りが見えた。

 段々と弱くなり、最後には消えた。

 それで終わった。

 月が綺麗な夜だった。



 ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ 



 それから数日後。

 私と識暉は喫茶店でお茶を飲みながら人を待っていた。

 待ち人は直ぐに来た。

 カウベルがつつましく鳴る。

 軽く手を挙げる。

 その人はこちらに気が付くと、手を振りかえした。

 始めの時とは逆だ。ふと、そんな風に思った。


「お久しぶり」


 その声は輝くように明るい。

 きっと不安がなくなったからだろう。

 私は尾井神那さんに「お久しぶり」と返した。


「先日はありがとう。春も少しずつ良くなってきて、明日には退院できるって。これも識暉と紗儚さんのお蔭。本当にありがとう」


「どういたしまして」そう言ってから、

「どうぞ座って」神那さんに席を促した。


「今日はどうしたの?」

「お話があって呼んだの。少しだけ大丈夫?」


神那さんは「うん」と答える。

それから「何の話かな?」

神那さんには全く心当たりがないようだった。


【ダイスロール】

《紗儚|個人技能『敗北主義者の洞察』 達成値60》

《達成値60 → 22 成功》


 その言葉に嘘偽りは無いように感じだ。

 口元が小さく吊り上る。

 きっと正解だ。

 そんな確信が芽吹く。


「蛇穴先生は、この世に偶然なんて存在しないって言っていた。それがもし本当なら、この事件の黒幕ニャルラトホテプはきっとあなただと思うの」


 そう言って神那さんを見た。

 その言葉に神那さんは。

 いや、今や神那さんの顔をしたソレは、笑顔を作った。

 瞬間、周りの時間が止まった。

 識暉も、他の客も、何もかも。ピタリと止まって動かない。

 そんな中で動けるのは、私と向かい側に座る人だけだった。

 神那さんなら絶対できないような悪意に満ちた笑顔で、見下ろすような拍手をした。


事件の解明シナリオクリア、おめでとう。ボクの所まで辿りつけたのは君と蛇穴だけだった。まぁ、彼の方は殆ど狂人INSAINだからね。常人ならざる領域に辿りつけても不思議はないけど。まともな精神を保ったまま真相に辿りつけたのは、君が初めてだ。本当に素晴らしい。

 やっぱりこのゲームの参加者に君を選んでよかった。でも、良く分かったね。ボクがニャルラトホテプだって」

「可能性は他にもあった。盟や輝梨さんにだって、可能性はあった。そのなかでも貴方は、尾井神那だけはちょっと特別だったから。貴方にだけ、必然の埒外にいた。神那さんが識暉に連絡を取ったのは偶然。そう片付けてしまえたから」

「まぁ、確かに。必然ではなかったね」

「普通なら私も気が付けなかったと思う。きっと事件が解決して、それでお仕舞。そうなったと思う。でも、蛇穴先生は教えてくれた。

 『偶然なんて存在しない』って。

 だとすれば、最初の偶然こそ、一番の必然だと思った。もちろん他にも可能性はあったから、賭けではあったけれど」

「なるほど。蛇穴の影響か。彼も良かった。昔は周りのことばかり気にして、それで自分を殺して。つまらない奴だった。けど、狂気に目覚めてからは、こうも化けてくれた。彼は間違いなく、功労者だ。静は思ったより何もできない子で楽しくなかったからさ、少しがっかりだったんだよね。盟も悪くは無かったけど、最後にもうちょっと頑張って欲しかったな。君か識暉、どちらか一人は殺してくれたってよかったのに。こうして二人とも生き残っている。それはちょっとがっかりだよね」


 ニャルラトホテプは三日月のように口を挙げて言った。


「まるで支配者ゲームマスターみたいな言い方ね」

「みたいだ、なんて。実際そうなんだからさ。これは全部、僕が企画したセッションだよ。ショゴス細胞を使って、天音をショゴスの細胞を植え付けて。蛇穴と静には、親友であり敵対者という二重構造を作った。そしてその代理戦争する、君たちと盟。

 どうだったかな。楽しんでもらえたかな」


 私は肩を竦めて見せた。

 言うに及ばず。

 そう態度で示した。


「ふ~ん。まぁいいや。じゃあココからはクリア報酬の話だ。何が良いかな?ここまで辿りついたから、報酬も奮発するよ。削られた正気を戻そうか? 死んじゃった蛇穴と天音と盟を生き返らせる? それともさ、もっとシンプルにお金とか?」

「なにもいらないわ。貴方からは何も欲しくない」

「だろうね。だからあげるよ、その方が面白いからさ」


 そう言って、指を鳴らした。


「今、一帯のショゴス細胞を死滅させた。該当者は今頃体調を崩してるかもしれないけど。まぁ、すぐに元通りになるよ。それに静の不定の狂気も回復させておいた。これで彼女は、昔のように自分で動けるようになった。これで次のゲームがすぐに始まっても大丈夫だね。我ながら大奮発しちゃったな」


【ダイスロール】

《紗儚|ひっかかり 達成値75》

《達成値75 → 38 成功》

《紗儚|思い出す 達成値75》

《達成値75 → 23 成功》


 ふと、考えが浮かんだ。

 蛇穴先生は二ャルに勝ちたかった。

 ニャルの報酬。

 蛇穴先生の「後は頼んだ」

 糸があざなわれ、模様が浮かぶ。

 その結論、に思わず口の端をあげた。


「なにかあったのかい?」

「いいえ、ちょっと分かったことがあって、それが面白くて」

「それは興味深いね」


 ニャルは笑顔だ。

 でもそれはどこか見下したような。

 高みから見下ろすように感じる。

 だからこそ、気が付いたことを言う気になった。


「簡単な話。最後の最後に、蛇穴先生は貴方に勝ったんだって。そう言う話」

「彼が、僕に勝った? 神を相手にして、勝った? それは実に興味深いね」


 二ャルラトホテプは、笑顔だ。

 でもその表情の奥底は興味の炎が燃え上がっている。

 興味は九尾の猫をも殺す。それは、神だって例外じゃなかったようだ。


「では、何を以て蛇穴先生の勝ちか。真実はあの炎の中に消えてしまいました。だからこれは憶測です。蛇穴先生の勝利条件はきっと、自分以外を元に戻すこと。そしてそれにはアテがあった。貴方がそれを叶える。そうなるように、私たちを誘導し、貴方の望む舞台を演じさせた。

 蛇穴先生は貴方さえも手玉に取ってみせた。だから結局は、蛇穴先生の独り勝ち」

「なるほど、なるほど。それは面白いだね。そんなことを考えるなんて、ボクにはできないなぁ」


そう言うニャルは、終始嬉しそうだ。


「でもさ、ちょっと心外だな。ボクなりの好意だったんだけどな。でも、君の空想では、それは蛇穴の手柄だって言うんだから。神様はね、信仰には結構うるさいんだよ。このままニコニコして帰るつもりだったけど、ちょっと気が変わっちゃった。君にもうひとつだけ、プレゼントをあげるよ」


 そういって二ャルは指を鳴らした。

 一瞬、周囲が暗くなり、それから元に戻った。

 

「君がもっと良い探索者になれるように、ささやかなプレゼント」

「何をしたの?」

 

 私の質問に、二ャルは答えなかった。


「今の君に足りないものが何かわかるかな? それはね、孤独だよ。君のそばには、識暉がいる。そうだろう」

「識暉に、何かしたの?」

「識暉には何もしていないよ。何かしたのは君の方だ。君がもう少し孤独を感じられるようにしてあげた」

「なにを、したの」

「些細なことだよ。君だけ2周目にしたのさ。この世界はもう、さっきまでの世界じゃない。この世界では、蛇穴も天音も盟も、みんな生きている。天音にショゴスが植え付けられることもなければ、眠り姫症候群だって流行ってはいない。

 君は、君の知っている人たちの中にいるのに、みんなと記憶を共有できない。それがボクからのプレゼントだよ」


 記憶を共有できない。

 孤独。

 それがどれ程のものなのか、私にはすぐには分からなかった。

 

「じゃあ僕は帰るよ。またゲームをやる時には誘うね」

「いらないわ。って言っても無駄なのでしょうけど」

「そう言うことだよ。せいぜい、ボクの主を愉しませるように頑張ってね。活躍次第では、ちょっと手心を加えてあげるからさ」


 ニャルは「じゃあね」といった。

 その後すぐに、音が戻って来た。

 周りの時間が動き出したようだ。

 神那さんの表情は呆けたようになっていたけれども、直ぐに「ん?」と。表情が戻っていた。


「ゴメン、ちょっとボーっとしてた。何の話をしてたんだっけ?」


 その言葉に笑顔を返す。

 神那さんは何も分からないまま、取りあえずの笑顔を返した。


 これで本当に全て終わり。

 そんな思いが頭を過った。

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