終幕 本気の告白

 演劇部最大の行事である、高校演劇コンクール県大会が幕を閉じた。

 泰輔はあの「試練」の日以来、一生懸命練習を積み重ねた。

 他の部員に比べて準備期間は短かったものの、泰輔は「試練」の時の勢いをそのままに、コンクールでは「ルイボス王」役を見事に演じ切った。

 コンクール終了後は自由解散となり、泰輔は玲と二人で帰途についた。


「泰輔、がんばったな。コンクールの結果は残念だったけど、俺、大道具係やってる泰輔しか知らなかったから、あそこまで熱演するなんて、想像もつかなかったよ」

「まあな。自分でも信じられないよ」


 二人でコンクールの余韻に浸っていたその時、後ろから誰かが泰輔を呼び止める声が聞こえた。


「お疲れ様、泰輔君」

「め、めぐみちゃん!」


 振り向くと、めぐみが長い髪をなびかせながら、二人の真後ろに立っていた。


「じゃあな泰輔、めぐみちゃんと二人きりにしてやるからさ。上手くやれよぉ~」


 玲は笑いながら泰輔のわき腹を肘で突くと、泰輔の傍からいそいそと立ち去っていった。


「ごめんなめぐみちゃん。コンクール、入賞できなかったのが申し訳なくて」

「良いんだよ、みんな頑張って練習したんだし、その上での結果だから、納得してるよ。これで私たちは演劇部から引退だもんね。何だか寂しいよね」

「ああ…」


 しばらくの間、静寂が続いた。

 コンクールが終わり、演劇部を引退すると、こうして二人だけで帰る機会も無くなってしまう。

 これがラストチャンス……そう思った泰輔は、ありったけの勇気を振り絞った。


「めぐみちゃん!」

「え?」


 泰輔は、めぐみをじっと見つめた。

 そして、「試練」の時に演じたケントのように、精一杯、力を込めて自分の気持ちを伝えた。


「俺、こないだ部員達の前でケントを演じた時、めぐみちゃんに『大好き』だって言っただろ?」

「うん」

「あれ、単なる劇の台詞じゃないから。めぐみちゃんに対する、俺の本当の気持ちだから!」


 夕闇が迫る中、鳥の鳴き声以外は何も聞こえない位の静寂が二人を包んだ。


「ありがとう、泰輔君。私は……」


 泰輔は、固唾を飲み込んでめぐみの答えを待った。


「私は、泰輔君の気持ちがすごく嬉しい。けど、ごめんね」


 そう言うと、泰輔の肩に手を当てた。

 そして、頬にそっとキスした。


「今の泰輔君ならば、これから演劇を続けてもきっと役を得ることができるよ。そして、素敵な彼女もね」


 そう言うと、手を振って、駆け足で泰輔の元を去っていった。

 泰輔は、片手で頬に残った唇の感触を確かめながら、しばらくの間呆然としていた。


「めぐみちゃん……」


 その時泰輔は、めぐみが道路の彼方にある図書館から出てきた男子生徒の前で足を止めていた所を目撃した。

 泰輔は驚き、駆け足で近くまで行ってその様子を確かめようとした。

 めぐみの隣に居るのは、部長の淳史だった。


「あいつ、何でここに?」


 泰輔は、後ろからそっと近づきながら二人の会話を聞き取ろうとした。


「どうだった、泰輔は?」

「うん、私のことが好きだって言ってくれたよ」

「そうか。で、めぐみはちゃんと返事したのかい?」

「うん、『ごめんなさい』って」

「そうか。お疲れ様。いやあ、ここまで俺の描いていた『台本』通りだね」

「やっぱ淳史君って、天才だよね。あの万年大道具係の泰輔君を立派な役者にするために、ここまで緻密な『台本』を考えていたなんて」

「いや、俺の『台本』通りに動き、泰輔の実力を引き出しためぐみには頭が下がるよ。さすが我が演劇部の絶対的エースだけのことはあるな」

「そんなに褒められると複雑な気持ちになるわ。だって泰輔君が本当に私のことを好きになっちゃったのが、申し訳なくって……」

「まあな……でも、感情表現が下手くそな泰輔がどうやったら実力を出せるか考えた結果、この方法しかない!と思ってさ。ごめんな、めぐみ。ささやかなお礼に、駅前の「カフェグランデ」でパフェおごるからさ」

「え?あのグランデのパフェを?やったあ!ありがとう、淳史君。大好き!」


 めぐみは、淳史に腕を絡めると、寄り添うように歩き始めた。

 その姿を後ろから見ていた泰輔は、がっくりとうなだれた。


「ちくしょう、俺は、淳史の台本の上で踊らされていただけなのか……」


 こみ上げる涙を拭くと、泰輔は二人に背中を向け、そそくさと走り去っていった。

 その時、泰輔の目の前に、ついさっき別れたはずの玲がにこやかな顔で手を振って現れた。


「よう、泰輔」

「何だ、帰ったんじゃないのか?」

「ああ。でも、お前がめぐみちゃんとどうなったかすごく気になってさ。だから戻ってきたんだ」

「玲、俺、やっぱり……」

「ふられたってか?」

「な、何で分かる?」

「一目で分かる位、落ち込んだ顔してるからさ」

「……悔しいよ、俺」

「でもさ、ついに念願の舞台に立てたじゃないか?それだけでも十分だろ?」

「ま、まあ、そうだけど。でも……」

「上には上がいるってことだろうな。悔しいけど」

「玲、俺……大学行っても、演劇続けるよ!そして、台本でも、演技でも淳史に勝ってやる!」

「相変わらず、どこまでも真っすぐだな。泰輔。ま、今日は二人で帰りに旨いラーメンでも食って帰ろうか」


 そういうと、玲は泰輔の顔の前で千円札をちらつかせた。


「おごるよ~、食いたいものがあれば言ってくれ」

「玲……やっぱりお前は、演劇部でただ一人の心許せる友達だよ」


泰輔の目からは、涙が止めどなく流れ落ちた。


「よーし、今日はとことん食うぞ!とんこつラーメン大盛だ!ありがとう、玲!」


 泰輔は、意気揚々と拳を高く上げて歩き出した。


「さっき帰る途中に淳史に会って、このお金で泰輔に何か美味しい物でも食べさせてあげろって言われたからさ……」


 玲は泰輔に聞こえないようにボソッとつぶやくと、泰輔を追いかけた。



(おわり)


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