第3幕 運命の瞬間

 いよいよ、泰輔が自作の劇を部員たちの前で発表する日がやってきた。

 会場は、学校の空き教室に設けられた小さな舞台……泰輔にとっては、運命となる舞台である。

 自分でデザインした衣装に身を包み、緊張した面持ちで試練の時が訪れるのを待っていた。

 やがて、白いドレスに着替えためぐみが姿を現した。

 コンクール本番で着る予定のドレスを、この時のためにわざわざ着てもらえることになった。肩と背中が露出し、フリルの付いた可愛らしいドレスを着て微笑むめぐみを見て、泰輔の心臓は次第に高鳴っていった。

 その時、バインダーを持った部長の歩が現れた。

 歩は部員達に紙を配ると、大声で呼び掛けた。


「これから、泰輔がコンクールに出演させるかどうかを判断する舞台を行います。みんなに配った評価表に各自記録してください。その結果次第で、合格を判定します。注意点としては、決してお情けとかで点を入れず、あくまで演技で評価するように。さ、始めようか、お二人さん」


 泰輔の全身が、緊張でこわばり始めた。

 頬を叩いて何とか気分を落ち着かせようとしたが、心臓は高鳴ったままである。そして、目の前には両手を握って悲しそうな表情をしているレオナ姫役のめぐみが立っていた。


「泰輔君が私のことを、心から好きになることだよ」

 

 練習中にめぐみから言われた言葉が、一瞬、泰輔の頭の中をよぎった。

 実際に泰輔は、練習を繰り返すうちにめぐみのことが好きだという気持ちが芽生えていた。

 目の前にいるめぐみに、何としても自分のこの想いを伝えたい!

 ならば、めいっぱい自分の想いを台詞に込めて、めぐみにぶつけて行けばいい。そうすれば、たとえ劇であろうと、めぐみは泰輔の気持に気づいてくれるはず。

 そう考えた泰輔は、真剣なまなざしでめぐみを見つめると、一つ一つの台詞に気持ちを込めて、迫力ある大きな声で台詞を口に出した。

 一方、めぐみは泰輔の勢いにたじろぐことも無く、冷静に自分の役に徹し、演じ続けた。

 途中大きなトラブルもなく劇は進み、ついに最後の決め台詞の部分に差し掛かった。


『レオナ姫……僕は、君のことが……』


 以前の泰輔であれば、ここで言葉が詰まってしまうか、恥ずかしくて声が小さくなってしまった。

 しかし、今の泰輔は違った。

 全身に力を込め、気持ちを昂らせると、自分の想いをめぐみにぶつけるかのように台詞を言った。


『君のことが、大好きだ!』


 会場から悲鳴と歓声が沸き起こった。

 めぐみは冷静な表情で泰輔をじっと見つめた。

 そして、フッと笑うと、両手を広げ


『私も大好きよ、ケント』

 と言い、泰輔の身体を抱きしめた。

 めぐみの柔らかい身体と甘いコロンの香りに包まれ、泰輔は思わず冷静さを失いそうになった。

 会場からは、大きな拍手が沸き起こった。

 冷やかすかのように口笛を吹く男子生徒もいた。

 泰輔とめぐみは見つめ合いながら頷くと、舞台の前方に歩み出て、大きく一礼した。

 嵐のような拍手を受けながら、二人は舞台を後にした。


「さ、これから評定に入ります。各自評価表を記入したら、僕の所にもってきてくださいね」


 淳史が大声で指図すると、部員たちは黙々と評価表を記入し始めた。

 その間、泰輔とめぐみは部屋を出て、廊下で待機した。


「めぐみちゃん、俺の気持ち、伝わったかな?」

「どうして?」

「最後のあの部分、俺の精一杯の気持ちを込めて、伝えようとしたんだけど…」


 その時、淳史が廊下に出て二人を手招きした。


「結果が出たよ。さ、入りたまえ」


 めぐみに背中を押され、泰輔は再び舞台の前へと歩み出した。

 いよいよ、運命の瞬間が訪れた。


「結果を発表します」


 大丈夫だろうか?自分の線の細さ、演技の雑さを見破られてしまったか?

 淳史は、バインダーに挟められた評定表を読み上げた。


「部員全員の評定を集計した結果、泰輔はこの試練に合格しました!」


 会場から歓声と拍手が沸き起こった。

 泰輔は大きくガッツポーズし、天井に向かって何度も絶叫した。


「泰輔には今度のコンクールで、めぐみが演じるクリスティーナの夫であるルイボス王の役をお願いしたいと思います。部員の皆さん、どうでしょうか?」

「異議なし!}


 泰輔は驚きのあまり、腰を抜かして床に座り込んでしまった。


「そ、そんな役、台本に書いてあったっけ?」

「台本には書いてあるよ。ただ、誰にやらせるかまだ決めてなかったんだ。俺としては、うちの部の「裏番」としてここまで一生懸命働いてくれた泰輔に、最後の最後にこの役をお願いしようと考えてたんだ。だけど、舞台経験のない泰輔に、この役が務まるのかなって。だから、試練を与えて、それを乗り越える力があるかどうか確かめたかった」


 淳史がここまでの経緯を説明すると、めぐみは微笑みながら、床に座り込む泰輔の隣に立った。


「おめでとう、泰輔君」


 泰輔は試練を乗り越えて大役を掴んだ嬉しさのあまり、思わず涙がこぼれた。


「何泣いてるのよ。さ、これから本番まで時間が無いんだから、早速練習しましょ」


 そういうと、めぐみは片手を差し伸べた。

 泰輔は、片手で涙を拭い、片手でめぐみの手を掴んでゆっくりと立ち上がった。

 立ち上がると、淳史からコンクール用の台本が渡された。

 そこには、『ルイボス王 木村泰輔』と書いてあった。


「さ、まかせたぞ、泰輔。三年間の全てをぶつけて、しっかり演じてくれよ」


 そういうと、淳史は白い歯を見せて親指を立てた。


「ああ、ありがとう、淳史」


 教室に集まった部員からは、自然に拍手が沸き起こった。


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