自称地球外生命体かく語りき

倉井さとり

自称地球外生命体かく語りき

 私は仕事を終え、帰りの電車に乗り込んだ。すると、いつもに比べ、やけに乗車客が多く、座席ざせきはすべてまっていた。残業でどっと疲れていて、座りたかったが仕方ない。おそらく、この時間帯の乗客は、たいがい仕事で疲れている、だから、みんな仲間みたいなものだ、と自分に言い聞かせる。


 吊革つりかわにつかまり体重をあずける。たったこれだけでも、いくらか落ち着ける。

 そのあとも乗客は増えていき、たちまち満員状態になった。少しでも身動みじろぎすると、誰かしらの体に、自分の体を押しつけることになる。


 やがて、出発のアナウンスが聞こえ、電車はゆっくりと動きはじめた。周囲の人たちの体を通して、電車の加速が感じられる。カーブや加速、減速のたびに、人々の体重が波となって私を襲う。


 まるで自分が、電車の一部になったような錯覚さっかくを受ける。電車という生き物、その血肉、あるいは内臓にでもなったかのように。

 出発して何駅か通りすぎた時、とつぜん後ろから、誰かのささやき声が聞こえてきた。


「ワレワレは宇宙人だ」


 やけに耳元で聞こえたが、まさか私に言ったのではあるまいと、聞こえないふりをする。


「ワレワレは宇宙人だ!」


 と今度は耳元で大声で怒鳴どなられる。私はたまらず耳を押さえ、後ろに振り返った。

 そこには、宇宙人的な要素など欠片もない、40~50代くらいの男性がいて、熱い視線を送っていた。仕事帰りなのかスーツはくたびれ、顔からも疲れた様子がうかがえる。疲労でそうとうまいっているのかもしれない。そんなときは、おかしなことのひとつやふたつ、言いたくなってもしょうがないと思い至り、私は前に向き直った。するとすぐさま肩をぐいっと引かれ、無理矢理後ろに振り向かされた。


「いや! だから! ワレワレは宇宙人だと言っている!」


「……は、はいい? ……あんたが宇宙人であることと、……私とが、なにか関係あるんですか?」


「少しはなにか、反応したらどうなんですか!」


「……そんなの知りませんよ。私には関係ありません」


「さっきからあなた! 関係ない関係ないって、いい加減にしてください! 自分に関係のないことは、すべてどうでもいいと? そうおっしゃられるんですか? そんな態度であなた――」


 面倒なやつに捕まってしまった。こんなときは相手にしないのがいちばんだ。いったん次の駅で降りようと、私は乗車口の近くに向かおうとした。すると、周りの人たちが一斉いっせいに、はじかれたように身動ぎし、私に手を伸ばした。


「は、離せ! お前らなにしてるんだ!」


「ワレワレは宇宙人だ」


 と周囲の人間たちは、声をぴったりそろえて言った。

 自称じしょう宇宙人の男は、私の目の前にまわると、さいど私の耳元に口を寄せた。


「私は、自分が何者なのか証明したんだ。あなただって、自分が何者なのか証明する義務があるはずだ」


「そんな義務あるか! だいいちあんた名乗っただけだろうが! なんの証明にもなってないぞ!」


「我思う、ゆえに我在り」


 自称宇宙人は、どこか得意げに言った。


「……」


「どうです?」


「なにがどうですだ……。……あんたらなにが目的なんだ?」


「目的は、とうにげております」


「なんだと?」


「この電車に乗っている方々の精神を、乗っ取らせていただきました」


「乗っ取る?」


「ええ。みなさんはすでに、運転士も含め、私のあやつ人形にんぎょうと化しています」


「嘘だろ……」


「あとはあなた、あなただけなのです」


 自称宇宙人は、とっておきの秘密を打ち明けるように、小声でささやいた。


「どうやって乗っ取るんだよ? ま、まさか、頭に機械を埋め込むのか……」


「そんなアナログなことしませんよ。ほら、この光線銃で撃てば、人であれ動物であれ、物にだろうと乗り移ることができます」


 自称宇宙人は、懐から子供のおもちゃのような光線銃をとりだし、私の眼前がんぜんに突きつけた。


「どうです? 宇宙人っぽいでしょ?」


「分からん……」


「私のこの体も、元はといえば地球人の男性のものです。そして、威力を落とせば、周りのみなさんのように、操り人形にすることもできます」


勘弁かんべんしてくれよ……」


「あなたはそうですねぇ……。いい体をしているから、乗り移らせていただきましょうかね」


「まるでB級映画だな……」


「B級映画ですって……?」


 自称宇宙人は目蓋まぶたをひくつかせ、まじまじと私の目をのぞき込んだ。なにやら反応が過剰かじょうだ。


「そう言ったが?」


「ならあなたは、今まで生きてこられて、A級映画のような体験を、一度でもされたことがあるのですか?」


「……い、いや、ないけど……、いや待て、妻との恋愛は、A級映画みたいだったな」


「あっはっは!」


 自称宇宙人は、大口をけ、腹をかかえてゲラゲラと笑いだした。


「な、なに笑ってんだ!」


「いえ、笑っていません。宇宙と交信していたのです」


 宇宙人は半笑いでそう言った。


「本当かよ……」


「宇宙人に二言にごんはありませんとも」


「はぁ……」


 自然と深いめ息がれる。


「この世に映画のような出来事などありません。よくてB級映画どまりです。A級映画のように、ロマンティックで運命的な出来事など存在しないのです。あるのはただ、なんの脈絡みゃくらくもないチープな出来事、それだけです。ですからあなたは絶対に助からない。おとなしく私の仲間になるしかないのです」


「頭痛がしてきた……」


「あなたと奥さんとの恋愛も、B級ポルノ映画のようなものなのです」


「なんだとコラァ!」


 思わず、自分でも驚くほどの大声がでた。


「運命的な出会いでもされました?」


 自称宇宙人は底意地そこいじの悪そうな表情を浮かべる。


「いや……」


「プロポーズの言葉は?」


「……そういや、言ってないな」


「それ見たことか!」


 自称宇宙人は鬼の首をとったように言う。


「うるさい! 運命的なことなんてなかったけどな……、俺たち、大恋愛したさ!」


「あっはっはっは!」


「だから笑うな!」


「いえ、また宇宙からの交信が来たもので……」


「嘘こけ!」


「それにしても…………大恋愛! いい響きです!」


 自称宇宙人は心底馬鹿にするように言った。


「ああ! 大恋愛だよ! 最近、子供だって産まれてな……、これから俺たちは、楽しく幸せになるところだったってのに!」


「B級のコメディ映画ですね?」


「お前! いい加減にしろよ! 俺たち家族はな……、これから、超A級のロマンティック・コメディを演じるのさ!」


「超A級のロマンティック・コメディ!」


 自称宇宙人は満面の笑みを浮かべ、さも可笑おかしそうに復唱した。


「ああ! そうさ!」


「あっはっはっはっはっは! 本当におめでたい方だ! ではそろそろ年貢ねんぐの納め時ですよ!」


 そう言って自称宇宙人は、光線銃を私のひたいに向けた。光線中の先に光がともっていく。もはやこれまでかと、妻と子供の顔が脳裏のうりをよぎる。


 光線銃がまばゆく光り、いよいよ発射されるのかというとき、とつぜん電車が大きく揺れた。自称宇宙人はバランスを崩し、発射された光線はあらぬ方向に向かい、近くの乗客が首にかけるヘッドフォンに直撃した。


「なんてこった! 笑いすぎてスピードを上げすぎた!」


 と慌てた大声が、そのヘッドフォンから漏れ聞こえた。自称宇宙人の男は、目をとじ脱力し、周囲の人間に体をあずけていた。


 自称宇宙人はどうやら、ヘッドフォンに乗り移ってしまったようだ。


「だっ、だめだ! 曲がりきれない!」


 とヘッドフォンは、音割れさせながら声をあげた。


 いっそう電車は揺れ、足元からけたたましい音が聞こえだす。突然、強い衝撃が走り、目の前が真っ暗になる。


 目をけ、身を起こして辺りを見渡すと、乗客が将棋しょうぎ倒しになり、窓は割れ、電車内はひどいありさまになっていた。

 電車はわずかにかたむき、停車しているようだ。おそらく脱線したのだろう。


 やがて乗客たちはめいめいに起きだす。

 足元でなにやら鈍い音がし、目を向けると、そこには光線銃とヘッドフォンが転がっていた。


「……ワレ、ワレワレ……」


 やがて、光線銃とヘッドフォンは、行き交う乗客たちに踏みつけにされ、壊れてしまった。


 私は、呆然ぼうぜんとその場に立ち尽くし、さっきまでの出来事はなんだったのだろうかと考えをめぐらせる。だが、あまりに現実離れしていて、事故で頭を打ち、倒れていたあいだに夢を見ていたといわれてしまえば、おそらくそちらを信じてしまうだろう。


 それよりも頭のなかをめるのは、ひさしぶりに奮発ふんぱつして、妻にケーキでも買って帰ろうか、という思い付きだった。そして、ケーキを食べ終えたら、今さらだが、妻にプロポーズをしよう、なんて考えた。

 ロマンティックの欠片もないかもしれないが、妻はれながらも、喜んでくれるのではないかと思う。


 それよりまずは、このB級映画のような状況をなんとかしなければと思い至り、怪我けが人がいないかと、辺りに目を向けた。

 ワレワレは地球人。広い宇宙に思いをはせれば、人類みな家族のようなものなのだから。

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