自称地球外生命体かく語りき
倉井さとり
自称地球外生命体かく語りき
私は仕事を終え、帰りの電車に乗り込んだ。すると、いつもに比べ、やけに乗車客が多く、
そのあとも乗客は増えていき、たちまち満員状態になった。少しでも
やがて、出発のアナウンスが聞こえ、電車はゆっくりと動きはじめた。周囲の人たちの体を通して、電車の加速が感じられる。カーブや加速、減速のたびに、人々の体重が波となって私を襲う。
まるで自分が、電車の一部になったような
出発して何駅か通りすぎた時、とつぜん後ろから、誰かのささやき声が聞こえてきた。
「ワレワレは宇宙人だ」
やけに耳元で聞こえたが、まさか私に言ったのではあるまいと、聞こえないふりをする。
「ワレワレは宇宙人だ!」
と今度は耳元で大声で
そこには、宇宙人的な要素など欠片もない、40~50代くらいの男性がいて、熱い視線を送っていた。仕事帰りなのかスーツはくたびれ、顔からも疲れた様子がうかがえる。疲労でそうとう
「いや! だから! ワレワレは宇宙人だと言っている!」
「……は、はいい? ……あんたが宇宙人であることと、……私とが、なにか関係あるんですか?」
「少しはなにか、反応したらどうなんですか!」
「……そんなの知りませんよ。私には関係ありません」
「さっきからあなた! 関係ない関係ないって、いい加減にしてください! 自分に関係のないことは、すべてどうでもいいと? そう
面倒なやつに捕まってしまった。こんなときは相手にしないのがいちばんだ。いったん次の駅で降りようと、私は乗車口の近くに向かおうとした。すると、周りの人たちが
「は、離せ! お前らなにしてるんだ!」
「ワレワレは宇宙人だ」
と周囲の人間たちは、声をぴったりそろえて言った。
「私は、自分が何者なのか証明したんだ。あなただって、自分が何者なのか証明する義務があるはずだ」
「そんな義務あるか! だいいちあんた名乗っただけだろうが! なんの証明にもなってないぞ!」
「我思う、
自称宇宙人は、どこか得意げに言った。
「……」
「どうです?」
「なにがどうですだ……。……あんたらなにが目的なんだ?」
「目的は、とうに
「なんだと?」
「この電車に乗っている方々の精神を、乗っ取らせていただきました」
「乗っ取る?」
「ええ。みなさんはすでに、運転士も含め、私の
「嘘だろ……」
「あとはあなた、あなただけなのです」
自称宇宙人は、とっておきの秘密を打ち明けるように、小声でささやいた。
「どうやって乗っ取るんだよ? ま、まさか、頭に機械を埋め込むのか……」
「そんなアナログなことしませんよ。ほら、この光線銃で撃てば、人であれ動物であれ、物にだろうと乗り移ることができます」
自称宇宙人は、懐から子供のおもちゃのような光線銃をとりだし、私の
「どうです? 宇宙人っぽいでしょ?」
「分からん……」
「私のこの体も、元はといえば地球人の男性のものです。そして、威力を落とせば、周りのみなさんのように、操り人形にすることもできます」
「
「あなたはそうですねぇ……。いい体をしているから、乗り移らせていただきましょうかね」
「まるでB級映画だな……」
「B級映画ですって……?」
自称宇宙人は
「そう言ったが?」
「ならあなたは、今まで生きてこられて、A級映画のような体験を、一度でもされたことがあるのですか?」
「……い、いや、ないけど……、いや待て、妻との恋愛は、A級映画みたいだったな」
「あっはっは!」
自称宇宙人は、大口を
「な、なに笑ってんだ!」
「いえ、笑っていません。宇宙と交信していたのです」
宇宙人は半笑いでそう言った。
「本当かよ……」
「宇宙人に
「はぁ……」
自然と深い
「この世に映画のような出来事などありません。よくてB級映画どまりです。A級映画のように、ロマンティックで運命的な出来事など存在しないのです。あるのはただ、なんの
「頭痛がしてきた……」
「あなたと奥さんとの恋愛も、B級ポルノ映画のようなものなのです」
「なんだとコラァ!」
思わず、自分でも驚くほどの大声がでた。
「運命的な出会いでもされました?」
自称宇宙人は
「いや……」
「プロポーズの言葉は?」
「……そういや、言ってないな」
「それ見たことか!」
自称宇宙人は鬼の首をとったように言う。
「うるさい! 運命的なことなんてなかったけどな……、俺たち、大恋愛したさ!」
「あっはっはっは!」
「だから笑うな!」
「いえ、また宇宙からの交信が来たもので……」
「嘘こけ!」
「それにしても…………大恋愛! いい響きです!」
自称宇宙人は心底馬鹿にするように言った。
「ああ! 大恋愛だよ! 最近、子供だって産まれてな……、これから俺たちは、楽しく幸せになるところだったってのに!」
「B級のコメディ映画ですね?」
「お前! いい加減にしろよ! 俺たち家族はな……、これから、超A級のロマンティック・コメディを演じるのさ!」
「超A級のロマンティック・コメディ!」
自称宇宙人は満面の笑みを浮かべ、さも
「ああ! そうさ!」
「あっはっはっはっはっは! 本当におめでたい方だ! ではそろそろ
そう言って自称宇宙人は、光線銃を私のひたいに向けた。光線中の先に光が
光線銃がまばゆく光り、いよいよ発射されるのかというとき、とつぜん電車が大きく揺れた。自称宇宙人はバランスを崩し、発射された光線はあらぬ方向に向かい、近くの乗客が首にかけるヘッドフォンに直撃した。
「なんてこった! 笑いすぎてスピードを上げすぎた!」
と慌てた大声が、そのヘッドフォンから漏れ聞こえた。自称宇宙人の男は、目をとじ脱力し、周囲の人間に体をあずけていた。
自称宇宙人はどうやら、ヘッドフォンに乗り移ってしまったようだ。
「だっ、だめだ! 曲がりきれない!」
とヘッドフォンは、音割れさせながら声をあげた。
いっそう電車は揺れ、足元からけたたましい音が聞こえだす。突然、強い衝撃が走り、目の前が真っ暗になる。
目を
電車はわずかに
やがて乗客たちはめいめいに起きだす。
足元でなにやら鈍い音がし、目を向けると、そこには光線銃とヘッドフォンが転がっていた。
「……ワレ、ワレワレ……」
やがて、光線銃とヘッドフォンは、行き交う乗客たちに踏みつけにされ、壊れてしまった。
私は、
それよりも頭のなかを
ロマンティックの欠片もないかもしれないが、妻は
それよりまずは、このB級映画のような状況をなんとかしなければと思い至り、
ワレワレは地球人。広い宇宙に思いをはせれば、人類みな家族のようなものなのだから。
自称地球外生命体かく語りき 倉井さとり @sasugari
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