―刻刻―

 ❀❀



 アネモネは孤独を感じない。耐えているわけではなく、そもそも、そういった感情を持ち合わせてはいない。しかし、ミッションを完遂かんすいさせることに対する情熱は、そうプログラムされているために、とても強かった。

 五千年間、きちんと家を守り、天藍テンランたちの帰りを待つ。

 もう宇宙船は出発したのだろうか。アネモネはしばらくじっと空を見上げていた。



 ✿✿



 光速の99・995%という亜光速で飛ぶ大乗ダイジョウからは、周囲の星々の光は船の進行方向に収束して見える。後方の星々の光が側方から届くように見えるのだ。真後ろは漆黒の闇。不思議な感じがするが、光速に近い速度で移動する物体からはこのような景色になる。船から見て、太陽は本当はほぼ後方にあるのだが、その姿は側面のカメラで捉えることになる。乗員全員が冷凍睡眠中で誰も見る者はいない。それでもブリッジのモニターには、常に太陽が写っていた。



 ❀❀



 天藍テンランたちが旅立って百年が経っていた。別れの日からカウントし始めたカウンターは、三万六千を越えていたが、百八十万まではまだまだだ。アネモネも、ちょうど百年の製品寿命を迎えたところだった。十分なメンテナンスを受けられず、あちこちに軽微な不具合を抱え始めてはいたが、それでも大きな問題は生じていなかった。


 その年の秋、天藍テンランの家のある一帯が超大型のハリケーンに見舞われた。温帯低気圧にならず、勢力を保ったままのハリケーンがやってくることは珍しい。にもかかわらず、何百年に一度というレベルのハリケーンの襲来。アネモネは、あらかじめ風で飛ばされそうなものを屋内にしまい、しっかりと施錠をしてハリケーンを迎え撃った。

 それでも天藍テンランの部屋の窓の錠が吹き飛ばされてしまった。アネモネは、ハリケーンが通過するまでの三時間、懸命に窓を押さえていたが、全身ずぶ濡れになってしまった。

 部屋の中も暴風に引っ掻き回されて、ぐちゃぐちゃになってしまった。アネモネは、残念そうな表情を浮かべながら、天藍テンランの部屋の片付けをした。


 降り込んだ雨でびっしょりと濡れてしまった紙製の小さな小箱を床から拾い上げた。中から四つのどんぐりが転がりだした。マジックで描かれた目と口。接着剤で留めた、手と足。天藍テンランと彼女の両親とアネモネをかたどったものだった。

 天藍テンランが三歳の頃、アネモネと散歩に出て拾ってきたどんぐりで、二人で作った工作だった。


 アネモネは記憶をスキャンした。


「このどんぐりは、いちばん小さいから私ね。目を青くするの」

「はい、とても可愛らしいですよ」

「これ。このどんぐりのお帽子、お母さまに似合う?」

「えぇ、とっても」

「こっちがお父さま。お髭を付けなきゃね」

「えぇ、そうですね」

「アネモネは、紫のお洋服」

「あら、私は紫のお洋服なんて持っていませんよ?」

「ううん。アネモネは紫のお洋服。きっと似合うから」


 小箱の中にはもう一つ、小さな記憶メモリが入っていた。どんなデータが記録されているのか、アネモネは興味津々メモリにアクセスした。


 天藍テンランの笑い声と共に再生された動画には……双丘越しに見下ろすアネモネの顔が映っていた。天藍テンランが上向きに構えたカメラで撮影したものだった。天藍テンランの目線から見たアネモネ自身の姿というのは、新鮮な視点だった。

 上方から、アネモネの顔が下がってくる。しゃがもうとしているのだ。


「では、明日、一緒にお散歩に出かけて、何かプレゼントになるものを探しに行きましょうか」


 画面が左右に激しく揺れる。カメラを構えたまま、天藍テンランが手を打って喜んでいるのだ。


 アネモネは、これが先程のどんぐりの工作の記憶に繋がるものだと理解した。自分の中の記憶を辿る。

 そこには、カメラを構えておどけながら、両親の結婚記念日にプレゼントを送りたいと相談してくる天藍テンランの、アネモネの視点での記憶があった。


 孤独とは無縁なアネモネだったが、過去の記憶を振り返るばかりではなく、天藍テンランとの新しい記憶を作りたいと願わずにはいられなかった。

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