―出立―

 ❀❀



 昨晩一日早く行われた天藍テンランの誕生日パーティーの片付けを終え、アネモネは人気ひとけの無い家の中を見渡した。

 天藍テンランたちが戻ってくるまでの五千年、この家を一人で守らなければならない。


「ヤクソク……」


 それが天藍テンランとの約束だから。


 ――パーソナルメモリ領域にカウンターを定義。カウンターに「1」をセット。ローカル時間の毎6時にカウンターをインクリメント1ずつ加算


「カウンターが1,826,951になる頃、天藍テンランさまは帰ってくる」


 タスクを見直す。掃除、保全、巡回は今後も必要なタスクに割り当てた。家族への食事の提供など不要になった項目をリストから削ると、ずいぶん時間ができた。アネモネは、そうした時間を読書や映画鑑賞に充てることにした。きっと、人間をもっと理解するのに役立つ筈だ。時間はたっぷりある。


 それと……


 ――消耗部品の入手方法の検討、交換方法の検討。


「きっとよ! ヤクソクなんだから!」


 呼吸。脈拍。体温。最後に収集した天藍テンランの生体情報と共に、彼女と交わした最後の会話を内部で再生する。アネモネは、なんとしてでも五千年の時を越え、天藍テンランの帰りを待つつもりだった。「ヤクソク」だから。



 ✿✿



 皮肉なことに、大戦の発端となった軌道エレベーターは戦時中も休まずドローンが建設を続けたおかげで完成していた。

 所有権を争っていた国々は今や存在せず、維持管理は民間企業が設立した「OEV財団」が暫定的に取り仕切っていた。

 軌道エレベーターの基部にあるタプロバニー島は「見えざる敵インビジブル・エネミー」の濃度が最も濃い赤道直下にあった。気密防護服を着用していても調査以外の目的での侵入禁止と定められているほどだった。

 そこで低軌道シャトルは、上空二千メートルにある中継ポートへと向かった。そこから、軌道エレベーターにのり、高軌道にある宇宙港へ。そこから、さらに無重量シャトルで五十キロ。

 そこに天藍テンランたちの目指す、星間移民船「大乗ダイジョウ」があった。弥勒ミロクドライブによって、光速の99・995%という亜光速飛行が可能な宇宙船だ。

 元は、五十光年以内の距離にある地球型惑星への移民団派遣を目的に建造された宇宙船だった。候補の星は幾つもあり、絞り込めてはいなかった。大戦を生き残った人々は、移住可能かどうかも定かではない星へ行くよりも、この宇宙船をシェルターとして利用する道を選んだ。

 設計寿命が約百年しかない宇宙船で「見えざる敵インビジブル・エネミー」の脅威が消えるまでの五千年の避難行。人類は、五十年の間、弥勒ミロクドライブによる大きな周回飛行を行って地球へ戻ってくることで、時を超えて生き延びるチャンスを掴もうとしたのだった。


「待っててねアネモネ。きっと帰ってくるから。それまで待っててね!」


 天藍テンランは冷凍睡眠装置に体を委ねながら、薄れゆく意識の中で、ただひたすらアネモネのことを思っていた。

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