―帰還―
❀❀
出発から五十年と一年。地上では五千年と一年。ようやく人類の地球帰還の日がやってきた。長かった。人が地球を離れていた約五千年の間に、地球の支配権は植物と昆虫に移っていた。
人に代わってその営みを引き継いできたアンドロイドは殆どが機能停止し、内部にまで入り込んだ植物が根を張り、芽を吹き、覆い尽くし、至るところでモニュメントと化していた。
しかし、アネモネは……動いていた。
ボロボロだった。袖口や裾にレースをあしらったメイド服は、もはや見る影もなく、辛うじて首元に輪っか状に残る襟に痕跡を留めるだけだった。
代わりにくすんだ紫色の布を体に巻き付け、腰を紐で縛った簡易ドレスで全身を覆っていた。「
ボロボロだったのは服だけではなかった。アネモネの右目は
両足はギクシャクと動きが悪く、引きずるように上半身を大きく揺らしながら歩く。倒れないのが不思議なくらいだった。
両腕は特に損傷が酷く、人工皮膚はまったく残っていなかった。剥き出しの機械の腕には
――もう、
至るところで回路の通電が阻害されてしまって、記憶の揮発が進んでいた。以前から発生していた不良セクタは、もはやシステムを正常に動かせないレベルだった。エラーを出さずに正常に動くプログラムのほうが珍しかった。
この状態で
当然、顔認識システムは作動していない。
――それでも。
到着ロビーに、続々と人が流れ出てきた。五千年ぶりに見る人間。出迎えのアンドロイドはアネモネだけだった。
人々は久しぶりの地球の景色が珍しいのか、
アネモネは、そんなことにはお構いなしに、
なにしろ、アネモネは、
しかし。
――見落とした?
十歳前後の女の子は一人も居ない。顔認識システムが使えなくても十歳の女の子を見落とすはずがない。ということは、このシャトルには乗っていなかったということになる。二便目のシャトルがあるとは聞いていない。別の空港へ向かうシャトルに乗ったなら、連絡があるはずだ。
アネモネが逡巡と焦りを覚えながら、ゲートを見守っていると、とうとう最後の乗客がゲートをくぐって出てきた。少し白髪の混じる年配の女性だった。
「
アネモネをこれまで辛うじて動かしていた最後の糸がプツリと切れた。
「
アネモネはゆっくりと頭を垂れ、目からは光が失われ……そしてとうとう、動かなくなってしまった。
✿✿
なんという皮肉な運命だろうか。最後にゲートをくぐって出てきた少し白髪の混じる年配の女性。年を重ねて尚、失われない
「……アネモネ?」
紫色の布の塊に近づきながら、半ば不安げに、半ば確信をもって呼びかけたものの……反応はなかった。布の塊の中には動かなくなったアンドロイドがいた。女性型ではあるが、アネモネとは限らない。しかし、
――いつから、ここで?
まさか今のいままで、アネモネが
「アネモネ。紫色のお洋服、似合ってるよ。ただいま」
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