いつか告白するあなた
木本雅彦
第1話
あなたは告白するでしょう。
母親である私が何を望んだのか、そしてあなたに何をしてきたのか。
二〇歳のあなた。あなたはまもなく結婚します。夫となる男性は善良な市民であり、あなたは高校生の時に得た、よき妻、よき女性になるべしという教えを、律義にも胸に抱いています。
周囲の人々のすべてが、あなたたちを祝福するでしょう。それはあなたがこれまで築き上げてきた人徳によるものであると同時に、あなたの周囲の人々が他人の幸福を心から喜べる心豊かな人であるという、幸運の積み重ねによるものでもあります。
あなたは将来への希望と不安の両方を抱えています。当然でしょう。さまざまな状況が私の頃とは変化しているとはいえ、まだ学生であるあなたの結婚には障害もあるかもしれません。
しかしあなたは幸せを手にするでしょう。よき伴侶、よき友、尊敬できる先人たちの力を得て。
それが母親である私が、あなたに望むことでもあります。
安心してください。冗談みたいな話ではありますが、あなたには多くのサポートシステムが存在します。家事にしろ、妻としての振る舞いにしろ、その後もし母親になった時にとるべき行動にしろ、多くの知識をネットワーク上のサービスが与えてくれます。
これらのシステムのうちのいくつかは、私が開発したものでもあるのです。もう一度いいます。安心してください。あなたは母のシステムに護られているのです。
§§§§
一六歳のあなた。あなたは初めての恋を知ります。日本中に散在するあまたの男性の中から、あなたの最初の恋人になった相手は、ネットで知り合った大学生ですね。
吹奏楽部でクラリネットを演奏するあなたが、同好の士である大学生と最初にオフラインで会った時の感想は、地味な男性だというものでした。実は彼も同じことを思っていたのを、気付いていましたか?
それにしても、日本の人口の半分近くが男性だというのに、どうしてあなたはその相手を選んだのでしょう。
その昔、ハリ・セルダンという学者は、人間の行動をマクロな視点で予測する理論を作り出し、来るべき人類の危機に備えていくつもの準備をして死の眠りにつきました。そんな彼でも、あなたという一人の女性が知り合う男性のことを予測できたでしょうか。
そうそう、あなたが相手をみつけたコミュニケーションサイトも、私が作ったものの発展形なのだということを、あなたは知っていますか?
§§§§
一二歳のあなたは、中学の受験を経験します。生まれて初めての大きな障壁ですね。
だけど心配することはありません。いくつものティーチングシステムが、あなたをサポートします。あなたは私に似て社会科が苦手ですね。私が作ったティーチングシステムは、社会科の内容を重点的に作り込んでありますよ。
それに何より、あなたには家庭教師の先生がついています。優秀な先生ですから、信頼しても構いません。ただし、先生があなたにほのかな恋心を抱いていたことに、あなたは気付いていませんね。あなた自身は自覚がないかとは思いますが、まだ幼いにもかかわらず、あなたは女性としての魅力を多分に持っているのです。
もうひとつ、受験の手続きの過程であなたは自分の出生の秘密を知ってしまいます。父親がいないことについて、私はあなたに詳しい説明を避けてきました。そう、父親は死別でも離別でもなく、私は結婚することなくあなたを生んで育ててきました。あなたはそのことに不安を持つでしょうか?
§§§§
六歳のあなた。まだまだものごとの分別がつかないあなた。あなたには、助けとなる多くの親戚がいます。私は仕事に明け暮れるだけの、悪い母親です。そんな私を補うかのように、私の母、妹夫婦、従姉妹たちがあなたを支えてくれます。まるでそんな環境を選んで生まれてきたかのよう。
あなたはこの頃から、コンピュータを触りはじめます。それは新しい世界の窓口であり、自分を護る狭い世界から小さな一歩を踏み出そうとしたあなたが怖々と覗く、扉でもあります。しかし世界は優しくできています。幼さと聡明さをあわせもったあなたの発言を、ネットの世界は柔軟に相手してくれます。何も恐がることはありません。
その頃の私はといえば、仕事にのめり込む一方で、次々と新しいサービスを立ち上げては運用に引き継ぐために奔走するということを繰り返しています。三年後に過労で倒れるという事態が待っていることも知らずに。
§§§§
これから生まれ来るあなた。
あなたは精子バンクによって厳選された遺伝子と、私の遺伝子とを使って生まれてきます。きっと聡明で賢明で愛らしい女性になるでしょう。
かつてハリ・セルダンは、人間個々の動きは予測できないものの、人類としてのマクロな将来像は予測できるとしました。しかし考え方を変えてみてください。人間は社会からの影響を受けずには生きていけないものです。社会から与えられる影響をコントロールできれば、個人がどういう人生を歩むかをコントロールできるのではないでしょうか?
いうなれば、社会によって作られる、あなたの未来の日記です。
あなたは学校の勉強の補助にコンピュータを使うでしょう。悩み事の相談相手としてネットの先の誰かを頼るでしょう。見知らぬ他人との出会いにネットのサービスを使うでしょう。あなたの人生のそこかしこで、少しずつコンピュータとネットの向こう側の社会のシステムが、あなたに影響を与えるでしょう。
では、そのシステムを私がわずかでも制御できたとしたら?
私の死後も、あなたに影響をあたえるオンライン社会を少しだけ操作し続けられるとしたら?
私の前には端末があり、システムの起動コマンドが入力されるのを待っています。
命令を入力すれば、あなたの人生が始まるのです。
それは、仕事以外のことに興味を持たない私が得られなかった、とても女性的で、とても豊かなものになるでしょう。私があなたに望む、女性としての生き方です。
二〇年後、あなたは自分の人生についての思いを告白するでしょう。その告白がどのようなものになるか、少なくとも私を憎むものでないだろうことを、私は期待します。
いつか告白するあなた 木本雅彦 @kmtmshk
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