これからデジタル眼球にする人への注意喚起

ちびまるフォイ

アナログで楽しめるデジタル心象風景

目をつむると真っ暗に包まれた。


※ ※ ※


『はい、手術は終わりですよ』


目を開けると、まぶしい手術台の光が目に刺さる。


『これであなたはデジタル眼球になりました。

 視力は好きなように調節できますし、老眼も近眼も心配ない。

 一生自由な生活が手に入りましたね』


手術が始まる前はうまくいくんだろうかと心配していたが、

終わってみるとその不安もすっかりなくなっていた。


くっきりと解像度の上がった世界に大満足だった。


『あ、ついにデジタル眼球にしたんだね』


術後に友達とカフェで待ち合わせしていた。

友達は私の目をまじまじと見つめている。


『どう? 感想は?』


『まだよくわからないけど、今後の人生の悩みはひとつ減ったかな』


『でも、それだけじゃないのよ。デジタル眼球アプリって知ってる?』


『なにそれ?』


『私のオススメは"彼ピッピ"っていうアプリなんだけど、まあ使ってみればわかるよ』


友達は私の目にQRコードを突きつけた。

私の眼球は自動で内容を読み解いてアプリがインストールされた。


『すごい! なんかどの人もイケメンになってる!!』


『でしょ。このアプリは男の人の顔をイケメンに見えるように加工してくれるの』


『それでブサイクだけど年収高めの人と付き合ってたんだね』


『顔はいくらでも補正できるけど、収入や体そのものはできないから』


設定用のバーコードを読めば、アプリが自動的に微調整をかけてくれる。

見境なくイケメン加工していたものを自分の友だちや彼氏にだけイケメン補正させることも可能。


『気に入った? 少なくとも見てくれなら妥協できるようになったでしょ』


『私、男性アイドル似の人と付き合えるのかな!?』

『補正しだいだけどね』


ますますデジタル眼球にしてよかったと感じた。

自分の理想の男性を探すのではなく、理想の男性に補正させればいい。


アプリの魅力に取り憑かれると他のも試したくなった。


『コレも面白そう。アレも面白そう。どんどん入れちゃおう!』


デジタル眼球で見る世界はもう別世界だった。


どんより空模様で気分が落ち込むのなら、デジタル眼球で晴れに見せればいい。

ゴキブリなどの見たくないものはファンシ-な生物に置き換えられる。

高層ビルが並ぶ風景もデジタル眼球で中世ヨーロッパにして観光気分。


『デジタル眼球って最こ……いたっ!!』


一瞬、目の奥に電流のような痛みが走った。

思わず目を押さえてうずくまるとすぐに痛みは引いた。


『……なんだったんだろう』


もう一度目を開けたときだった。

さっきまで見ていた風景はどこへやら。


赤黒く染まった空と、赤い霧が立ち込めて何も見えない。


『どうなってるのこれ!?』


アプリで見える世界を加工しまくっていたので、

今見ている風景もなんらかのアプリのせいだとすぐに気づいた。


知らずしらずのうちに視界に入ったアプリのQRコードをインストールして、

なにかよくないものを入れてしまったんじゃないか。


考えていると目の前から男が歩いてきた。

ぶつかりそうになったのでとっさに避ける。


『あ、すみません』


肩がぶつかったと思ったら、男の体は自分を貫通していった。

アプリが見せるデジタルの人だった。


『どうなってるのよ……!』


デジタル眼球に入れられたアプリにより、私自身のアプリをめちゃくちゃに起動し始める。

街の風景はヨーロッパにサイバーパンクへと見まぐるしく変化する。


空ではドラゴンが火を吹き、電車から人間サイズのゴキブリが大量に溢れ出てくる。


『もうこんな世界いや!! 現実を見せて!!』


耐えきれなくなり再びデジタル眼球へと駆け込んだが、

医者はアプリで侵食され尽くしている眼球を見て顔を横にふった。


『これは……もうどうしようもないですね……。

 アプリを消そうにも電流が流すとあなたのデジタル眼球が耐えられない』


『つまりどういうことですか』


『失明するってことです』


『うそ……!?』


医者の顔はイケメン加工とモンスター加工が入れ違いに発生し、

数秒前まではイケメン俳優になったかと思うと、次の瞬間にはゴブリンになっている。


『どうしたんですか? 大丈夫ですか?』


気遣う医者だったが、診断室の天井にどす黒い糸状の虫が大量に湧き出しているのに目を奪われた。


『あ……あ……!』


ミミズのような生物は天井を這い回り、壁や床を黒く染めながら足元に登っていく。

デジタル眼球が見せるものだとしても生理的に限界だった。


『あああああーーー!!』


医者が止める手を振り切り、手術台にあった高圧電流パッドをまぶたに押し当てた。

バチン、と強い電気が目を貫通して脳を突き抜けていった。


世界は真っ暗になった。

もうなにも見えない。







※ ※ ※


目を開けると、汚い木造アパートの天井が目に入った。


私はソファから転げ落ちたのか上半身だけ床の上になっている。

手にはライターを持っている。


「ああ……なんだ夢だったのね……」


部屋にはゴミが散乱している。

食べ物は底をつき、明日をどうやり過ごせばいいのかすら危うい。


部屋を見て現実の冷たく絶望的な人生を思い出した。


「こんな世界……もういや……」


ライターを灯すと、テーブルに広げられた薬をあぶって吸い込んだ。



目の前にはまたデジタル眼球で見た世界が広がった。

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