招き猫のロリババアにつきまとわれて天狗のバーで働くことになった俺は雪女の恋の相談に乗ったりラブエネルギーを集める天使に殺されかけたりしながら片想いの女の子にアタックするのかしないのか!?
第28話 パーティが跳ねて次の日、俺は恋する乙女と喫茶店に行くがそれはデートとかそういうのじゃなくて……
第28話 パーティが跳ねて次の日、俺は恋する乙女と喫茶店に行くがそれはデートとかそういうのじゃなくて……
店は夜明けまで大繁盛だった。それも全て傘神様のおかげだ。彼女の人脈ってすごい。
「あちきは特別な才能ないからさー。ヘコヘコみんなの顔色伺ってるだけなのさー。全然すごくないにょー」
お客さんのいなくなった店内。レコードをバッグにしまいながら傘神様はケラケラと笑う。窓から差し込む朝日が彼女のピンク色の髪を鮮やかに照らす。
「
上機嫌の天さんが手を伸ばし傘神様に握手を求める。
「本当よ。いつも閑古鳥が鳴いてるこの店に、こんなにお客さんがいっぱい入ったのは初めてなんじゃないかしら。傘神様のおかげね」
後片付けまで手伝ってくれているミカさんがグラスを拭き上げながら傘神様を労う。
「そうじゃの。天狗のぐうたらな性格じゃ、これだけの催しは開けぬからのぉ」
カウンターでまだ酒を飲んでいるタマさんも頷いている。
「ウニョい。そう言ってもらえると、あちきも嬉しいにょ」
傘神様も満足そうだ。
「それにしても、今日の売上、半端ないんとちゃう? 一〇〇万どころの騒ぎじゃないんやない?」
集計をしている俺の手元を天さんが覗き込む。
「そんなわけないでしょ。えっと、今日の売上は二〇万とちょっとです」
「なんや!? これだけ気張ってそれだけなん?! 嘘やろ!?」
天さんが目を見開いて叫んだ。
「いやいや、それでもかなりの売上でしょ? 先月は一ヶ月で一〇万も行かなかったって言ってたじゃないですか。一晩で二〇万もいけばすごいですよ!?」
「せやけど、これだけ準備してみんなに協力してもろて、体力使って結果がたったの二〇万かいな。うっわぁ。オレ、やる気なくなったわー」
天を仰いだ天さんは脱力したようにフラフラ歩きソファに倒れ込んだ。確かに疲れはしたけれど、もっと達成感があってをいいと思うんだけど。
「人間の真似事は大変じゃのぉ。儂には到底できぬな」
ちびちびと酒を飲んでいるタマさんから酒瓶を取り上げる。
「もう、いつまで飲んでるんですか。店じまいですよ」
叱りつけるとタマさんは子供のように頬を膨らませた。
「何をする!? ようやく静かに飲み始めたと言うのに!」
一晩中飲んでおいてまだ飲む気なのか、この化け猫は。
俺とタマさんの毎度の口論が始まると、割って入ったのは天さんだった。
「まあまあ、タマさんも今日は店じまいってことで勘弁してや」
「むむむぅ。店の主に言われたら引き下がるしかないの」
「ははは。ありがとさん。ミカも篤も今日はご苦労さん。明日は休みにしよや。ん? 明けたからもう今日か? ともかく、今夜は休みや。オレ、疲れ果てたわ」
「いいんですか? 目標の売上には全然たりてないですけど?」
「こういうのはメリハリが大事や。休む時は休んで、また頑張ればええんや。ささ、片付けも済んだし、帰ろうや」
いいのかなぁ。と心配にはなるけど、これだけお客さんが入って盛況だったのは初めてだし、俺もいつもより疲れていた。
休めるなら休めばいいか。今日はゴロゴロしていよう。
皆でビルを出る。朝日の中、それぞれ帰路に着く。
普段はお客さんがいなければ朝日が登る少し前に店を閉めるのだが、今日は完全に日が登っていて、街は朝の忙しさの中だった。
せわしなく動き始める街の中、足早に駅へ向かうスーツ姿のサラリーマンや学校に向かう学生の波を逆らうようにして、ふらふらと家に向かう。
「見てみぃ、篤。そこの家の軒先、朝顔が咲いておるぞ、篤。夏の朝って感じじゃな」
しゃがみ込んだタマさんの視線の先を眺める。青い朝顔の花が大きく開いていた。
「朝顔か。久しぶりに見た気がするな」
「ん? ここの家は毎年この時期になると朝顔が咲いておるじゃろ。お主も会社に行ってた頃は毎日ここら辺を歩いていたんじゃなかったのか?」
「そうだけど……、気づかなかった」
「ふむ。儂と違って、お主の背が高いからかの?」
キョトンとした顔で小首をかしげる少女の姿のタマさん。
「そうじゃないよ。ここを歩いているみんなと同じだよ。自分のことに精一杯だったから、花なんか眺める余裕がなかったんだよ」
駅へ急ぐ人の群れは、脇目も振らずに駅に向かって歩いている。少し前の俺と同じで、俯きがちで目はうつろで、なんだかみんな病んでるような気がした。
「一ヶ月前には考えられなかったな。こんなふうに社会を外から眺めるなんて」
思わず出た言葉。隣を歩くタマさんが俺を見上げた。
「ま、自分がどこに居るかで、世界の見え方は変わるからのぉ。今、お主の目にはこの人間たちはどう見える?」
少し黙って考えた。
「そうだね。偉いなって思うよ。朝からキチッとネクタイ締めてさ。学生なんかも歩きながら参考書なんか読んだりして、すごく大変そうだなって思うよ。でも、こういう人がいるから日本は成り立っているんだろなって」
「にゃはは。別にこやつらだけが働いてるわけじゃあるまい。色々な人間がいて、それ以外にも
「そうかもしれないけどさ。俺はタマさんや天さんみたいなヒトと関わるようになって、なんだか社会のレールから外れてしまった気がするよ」
「ところがどっこい、生きている。生きて笑っておるんじゃから、それで良いのだ。最後は誰もがひとりでのたれ死ぬ。好きに生きたら良いのだ」
ま、色々な考え方があって良いのだろう。……全員が全員、タマさんみたいな考えなら世の中、大変な世界になっちゃいそうだけど。
「儂は、ずーっと人間の世界を見てきたが、いつの時代も人間社会は問題ばかり抱えておるぞ。常時、いつでも『大変な世界』だと思うがの」
「そうかもな」
アパートにたどり着き、遮光カーテンを閉め、薄っぺらい布団に潜り込み、泥のように眠った。
☆
夕方、もう日が暮れた頃、目を覚ましふとスマホを見ると、優里ちゃんからメッセージが来ていた。
『あれ、今日ってお店、お休みでしたか?』
ぼーっとしていた頭が覚醒する。
やばっ。
そういえば昨夜、優里ちゃんから「明日も行きます」ってメッセージが来ていたんだった。
天さんの気まぐれで急遽休みになったことを伝えていなかった。
「なんじゃ、そんなに急いでどうした?」
ゴロゴロしていたタマさんが気だるそうに俺を見あげた。
「優里ちゃんが店に来るって言ってたの忘れてた!」
「なんじゃ。お主はアホよの。約束を忘れる男なんぞ、嫌われてしまうぞ?」
「い、嫌なこと言わないでくれよ」
なんだか怖くなって、慌てて電話をする。優里ちゃんはすぐに電話に出た。
なんと優里ちゃんはもう店の前にいるらしい。
大変申し訳ないことをしてしまった。
すぐに行くから近くのカフェで待っててほしい、と謝って、急いで服を着替える。
「じゃ、行ってくる」
「うむ。ま、せいぜい苦労して来るのじゃな」
なぜだか不敵に笑うタマさんに見送られ、俺は部屋を飛び出した。
駅前のカフェにつき優里ちゃんを探す。広くない店内。窓際の席に見慣れたポニーテールの優里ちゃんが文庫本を広げていた。
「ごめん、優里ちゃん」
読みかけの本から視線をあげた優里ちゃんは、しおりも入れずに本を畳んだ。汗だくの俺を見て驚いたようだ。
「そんなに慌てて来なくてもよかったのに、先輩すみません! 急がせてしまって。とりあえず、何か飲み物でも」
手を伸ばしメニューを渡してくれる。汗を拭って受け取る。
近づいてきた店員にアイスコーヒーを頼んで、一息つく。
「ごめんね。昨日メッセージをもらっていたのに」
「いえいえ、パーティの次の日なんですから、疲れて当然ですよね。お休みするかもって思わなかったわたしが悪いんです」
優里ちゃんは本当にいい娘だ。どうやって育てたら、こんなにも人に優しくできる素敵なお嬢さんに育つのか。
親御さんの教育の賜物だろうか。どんなご両親なのだろう。菓子折り持って挨拶に行きたい。
などと思ったが、即座にそのご両親のどちらかの母親であろう堂島オーナーの上品ながらも隙の無い鉄仮面みたいな顔が浮かんで、なんかブルーな気持ちになった。
「それにしても先輩が働いているお店は素敵でしたね」
「変な店だよ」
「そんなことないです! 雰囲気もいいですし、大人の店って感じでときめいちゃいましたよ」
意外だ。優里ちゃんはあの店のことを気に入ってくれたようだった。まあ、俺が初めて行った時に比べればかなり綺麗になったし、ちゃんと店らしくなっているけど。
目を輝かせた優里ちゃんと、店について少し話す。
何も言わずに帰ってしまったことを謝られたり、ザルフェルの歌の感想なんかを話したあと、
「それで、おばあちゃんの話なんですけど……」
少し間を置いてから、優里ちゃんが本題を切り出した。
「先輩はおばあちゃんのこと、どのくらい知ってます?」
優里ちゃんが意を決したように、その薄い唇を開いた。
どのくらい、と言われてもな。少し考える。
俺が知っているオーナーのことと言えば、昨夜、天さんから聞いた話くらいだ。
堂島オーナーは戦災孤児で、天さんに拾われて一緒に暮らしていた時期があったらしい、ということ。それと最近、亡くなった友人からあのビルのオーナーの権利を引き継いで、再び天さんの前に現れたということ。
それと、昔のオーナーは、人間と妖が一緒に楽しめるようなお店をつくりたいと言っていたということ。
だけど、心境の変化があったのか、今は天さんの店のことはよく思ってなくて、それどころか、妖とか人外の類のことも毛嫌いしているってこと。
そのくらいだ。
あと、口にするほどのことでもないけれど、オーナーは人間である俺に対しては、別に意地悪なことも言わないし、むしろ、ちょっと気にかけてくれてるような雰囲気を感じている。そんなところだ。
だけど、こんな話は、妖の存在を知っているのかどうかわからない優里ちゃんの前ではまだできない。
優里ちゃんは人外という存在を知っているのだろうか。知っているなら話は早いが、それすら今の俺には判別できないので、結局、「あまり知らない」と答えた。
「そうですか」
優里ちゃんはテーブルの上に置かれた紅茶を一口飲んで、考え込んだ。
「実は、わたしもおばあちゃんのことってよく知らないんです。おばあちゃんは今でも現役でバリバリ働いていますけど、昔はもっと忙しくて世界中を飛び回っていたんです。お正月とかお盆とか、そういう親戚の集まりにもなかなか会えない存在で。でも、わたしのことはすごく気にかけてくれて、可愛がってくれたんです。お年玉とかだけはすごい額をわたしの口座に振り込んでくるんで、お母さんが電話でいつも怒ってたんですけどね」
照れくさそうに優里ちゃんは笑った。
「東京の大学に進学することが決まって、上京するって時。ちょうどおばあちゃんも東京を拠点に仕事を始めた時期だったので、過保護な両親が一人暮らしは危ないからおばあちゃんの所に住ませてもらいなさいって言って、それで一緒に暮らすようになったんです」
なるほど。だから優里ちゃんはあんなに良いマンションに住んでいたのか。羨ましい。けど、あの真面目そうなオーナーと一緒に暮らすのはちょっと大変そうでもある。優里ちゃんには優しいとしても。
「一緒に暮らし始めても、おばあちゃんは相変わらず忙しくて一ヶ月とか家を空けることもよくあって。なかなか踏み込んだ話ってしたことがないんですよ。それでもいつも優しくて、怒られたことなんか一回もなかったです。真面目すぎると人生損をするから若いうちに色々な経験をした方がいいとか、彼氏も早く作れとか、適度に遊びなさい、とかそんなことを言うような人なんです。なのに、昨日は違いました。わたしを無理やりタクシーに押し込んで、あのお店にだけは絶対に近づくなって言うんです。初めて見ました。おばあちゃんのあんな怖い顔」
どうやら、やっぱり、堂島オーナーは優里ちゃんに天さん達『人外』の存在を隠しているようだ。
「理由は聞けなかったの?」
「聞きましたけど、はぐらかされちゃって。でも、そんな中、藪坂先輩のことだけは不思議と気にしているようでした」
「気にしてる? 俺のことを?」
「はい。おばあちゃんは藪坂先輩のことも、あのお店に関わってほしくないって言うんです。優しい青年だから、つけ込まれてるって。まるで天さんや皆さんのことを極悪人みたいに言うんですよ。確かに、天さんは見た目は……ちょっと怖いですし、普通の人とは違うような雰囲気はありますけど、でも、少なくとも昨日は初対面の私にも、とても優しくしてくれましたし、礼儀として、あんな風に頭ごなしに否定するのはどうかと思うんです。先輩もそう思いませんか?」
そりゃ天さんは全身刺青だもんな。初対面では俺もビビったし、ぱっと見は完全に反社会的な感じの見た目だ。
今は気さくな、のほほんとしたダメ人間って感じだけど、昔は本当に悪さばかりしていたって話だから、年頃の娘を関わらせたくないって気持ちは、天さんがもし妖じゃなくて、普通の人間だったとしても、わからないでもない。
「おばあちゃんは無茶な要求をして、天さんの店をビルから退去させようとしてるって話じゃないですか。私は天さん達よりおばあちゃんの方が悪いと感じてます。でも、おばあちゃんはわたしが何を言っても聞く耳を持ってくれなくて……」
俯く優里ちゃん。今まで好きだったおばあちゃんの知らない面を見て悲しくなっているのかもしれない。
「それで、先輩にお願いしたいんです」
「何を?」
「おばあちゃんと話をしてほしいんです。おばあちゃんは藪坂先輩のことを気にかけています。店を辞めさせなきゃって言ってるんです。だから、藪坂先輩とはこの件に関して深い話をしてくれるはずなんです」
げげ。俺が?
思わず身を引いてしまう。正直、苦手なんだよな。あのオーナーは。
「お願いします。もうそろそろ来る頃なので」
えっと、来る頃ってのは?
すっと血の気が引くような、首筋が寒くなるような、そんな嫌な予感がした。
招き猫のロリババアにつきまとわれて天狗のバーで働くことになった俺は雪女の恋の相談に乗ったりラブエネルギーを集める天使に殺されかけたりしながら片想いの女の子にアタックするのかしないのか!? ボンゴレ☆ビガンゴ @bigango
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