11

 椅子に縛り付けられたままに泣き喚いていると、倉庫へ誰かが入ってきた。眩しいほどの金髪を誇る、背の高い男だ。顔には擦り傷があり、整えられていたであろう髪も乱れている。


「……英国紳士プリンス、か?」


 クロカワの言葉を無視し、男は倒れ伏した執事のもとへと向かった。


「ネイサン」


 男が声をかけると執事の身体がぴくりと動いた。意識を失っていただけなのか、彼は起き上がると頭を振った。左目が抉れて、銀色の中身が覗いていた。義眼、なのだろうか。


「おい、お前! 英国紳士なんだろう! どうして殺した! マックス・ビーンをどうして殺した!」


 男がクロカワの問いかけに答えることはない。執事の無事を確かめた男はクロカワの元へとやってくると、無言のままにロープを解き始めた。


「殺すべきじゃなかった。あいつは、罪を犯した者は、きちんと法で裁くべきなんだ! それが正義のはずだろう!」


 男は肯定も否定もしない。クロカワの言葉を受け、ただ静かに手を動かすだけだ。身体を縛っていたロープが解けると、男は執事に肩を貸し、歩き始めた。クロカワは立ち上がり、マックスの手に握られたままの拳銃を拾い上げる。


「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」


 ふたりの背中に向け、銃口を向ける。彼らの大きな背と比べ、この拳銃はあまりにも小さかった。男がこちらを振りむく。エメラルドグリーンの瞳が、まっすぐにクロカワを射抜いた。


「俺は多くの命を奪ってきた。命は平等だ。奪われても文句は言わない」


 殺人者とは思えない凛と澄んだ声だった。覚悟の決まった男の声が、クロカワの信念を大きく揺らした。法で裁けない悪を、あの男は裁いてきた。正義とはいったいどこにあるのか。


 気づいたら手が震えている。狙いは一向に定まらない。そんな気などなかったのに引鉄にかかった指に力が入り、弾丸が一発発射された。それは男の足下へ着弾した。彼は一歩も動かずに、もしそれが自分に当たるのなら、その運命を享受するという穏やかな顔をしていた。


「正義は、どこにある……教えてくれ」

「そんなこと、俺が知るか。自分で探せ」


 それだけ言うとふたりはまた歩き出す。あの男、俺を見て笑った。神々しいまでの笑みがクロカワのはらわたを煮え繰り返させた。クロカワはその背中に向け、思いきり声を張った。


「今回は見逃してやる! だが、次に会った時は必ず捕まえて、法で裁いてやるからな!」

「精々楽しみにしているよ、真面目な正義くんジャパニーズ

「……俺はブラジル生まれだ」


 クロカワは椅子にへたり込んで、彼らを見送った。その背が見えなくなるまで、ただじっと見つめていた。たっぷりと三十分は経ってから携帯を取り出して本部へ連絡を入れた。彼らが遠くに逃げるまで待ったのは、今回の命を助けて貰ったお返しだ。決して彼らの味方をしたわけではない。義を通しただけだ。


 それからの日々は随分と忙しかった。元上司のマックス・ビーンの手による犯罪をひとつひとつ洗い直していく作業に没頭した。一部上層部と繋がりがあったことが発覚し、警察組織内の悪が一掃された。


 だが、クロカワは彼らはまだ氷山の一角だと実感している。腐った警察官などそこら中にいる。己の信じる正義を遂行するには、まずもって内部の膿を吐き出す必要がある。


 警察が自浄され、まっとうな組織となったその時、初めてクロカワは正義を名乗り、正々堂々と掃除屋スイーパーたちを捕まえることが出来るだろう。


 これから先、どれだけかかるかはわからないが、青臭いその理想実現のためにクロカワは奔走し続ける。


 そして、あの男は、金髪の英国紳士プリンスは今日もまた、どこかで照準スコープを覗き込み、己の流儀せいぎを貫き通しているのだろう。


 書類仕事に追われ腰をさすっているクロカワは、どこか遠くで重い銃声を聞いた気がした。

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スイープ 殺し屋の流儀 芝犬尾々 @shushushu

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