アルトとフラークスの世界

バルバルさん

彼らの出会い、そしてちょっとした事件

 深夜から早朝にかけての時間帯。カッパードは霧の都市と言われるほどに霧深くなる。このカッパードの霧は、全てを包み込み、霧の奥底に隠してしまう。真実も、偽りも。正しさも、間違いも。全て包み隠す。

 だが、所詮は包み隠されているだけだ。霧が晴れれば、探す物へと繋がる道が見えてくる。

 バルセロ歴一九〇一年、世界各地に植民地や自治領を持ち、大海を統べる覇権国家にして、我が祖国のグレートリア連合王国。その首都カッパードのファル区画にある、ルートリル国際魔法科学校で、国際的な魔法科学について学び、旧大陸における火と水の魔法を使える種族、ヒュームの分布についての卒業論文を執筆した私は、教授の推薦で、クリオス区画の王立国際魔法研究所に入所した。

 研究所で行う魔法に関する調査と研究。例えば南新大陸の原住民が使う原始的な魔法についての現地調査や、その報告書をまとめるのは楽しい時間である。だが、研究所は魔法を扱うという性質上、所員の魔法を使えない種族であるジュームに対する差別と蔑視が酷く、差別撤廃主義を掲げる私としては、腹の立つことも多い。

 彼ら差別主義者の思考は、三百年以上前の魔法絶対主義の時代から何一つ変わっていない。全く嘆かわしいことだ。現在は科学の発展で魔法など護身術くらいにしか使いようがなく、銃と同様にしっかりと勉強し免許をとらないと、魔法を使う事自体が法律に違反する行為なのだから、現代の日々の生活において、ジュームとヒュームの違いなど、無いようなものだというのに。

 まだ研究所に所属したばかりのころ、クリオス区画にある病院が重病のジュームの入院を、その種族を理由に断るという事があり、非常に憤ったものだ。だが、この出来事は私を生涯の友と引き合わせる事となった。

 クリオス区画は、繊維産業をはじめとして様々な工業品を生産しているヴァニル工業地帯が近くにあり、そこで働くジュームの男性が肺を痛めてクリオス区画までやってきたのだ。あまり空気が綺麗ではないカッパードでは肺を痛めるのは命に関わりかねない。

 しかしながら、悲しいことに差別主義の蔓延るここカッパードにおいては、ジュームを受け入れてくれる病院は少ない。ちょうどそこに居合わせた私は、怒りをもってその病院を非難し、その男性を連れて病院を出て行った。

 私の住んでいるファル区画は、カッパードにおいてはまだ差別主義の緩い場所なので、そこで医者を探すことにして、呼吸すら辛そうな男性を連れ、一軒の診療所に足を踏み入れた。

 その診療所の医者が、のちに意気投合するアルト・モリフォンという男だった。

 アルトは患者のジュームの男性を、ごく普通の患者と同じように扱い、適切に治療を施した。

「この診療所に来るジュームの患者は、ほとんどが重症者なんです」

 男性を治療した後、アルトはこう語り始めた。

「軽症なら治療するお金ももったいないし、どうせ適当な治療をされるのが関の山と病院に行かないし、重症者は、先ほどの彼と同じように、大きな病院は受け入れてくれない。全く、嘆かわしいことですよ」

「いや、まったくその通りだ。この国は差別主義者があちこちに蔓延りすぎている」

 断っておくが、私はグレートリア連合王国を愛しているし、王には絶対の忠誠を誓う愛国者だと思っている。だからこそ、現状の差別主義蔓延る状態を嘆いているのだ。

 私の言葉に、一瞬目を丸くしたアルトは、次に笑みを浮かべ。

「いやぁ、同意してもらえるとは思っていなかった。嬉しいですね」

「私こそ。同じようなことを考えているヒュームには滅多に会えないからな」

 そして、自然と握手する形になった。

「俺はアルトです。アルト・モリフォン」

「私はフラークス・キュレムという。よろしく頼む」

 その日から、私とアルトは街中でちょくちょく会うようになった。いや、同じ区画に住んでいるのだから、以前も会っていたかもしれないが、顔見知りになるとよく会うという感覚を覚えるのかもしれない。

 会うたびに驚かされるのは、アルトの観察眼だ。話してもいないことを、ぴたりと言い当てることがある。例えば、彼と出会う前に私が何を食べてどこへ行っていたとか、目の前を通り過ぎた女性と男性の関係性等々。私は一度、彼にこう尋ねてしまった。

「君は、今は使える者のいない筈のサイコメトラー系の魔法を使えるのかい? 」

 すると彼は愉快そうに笑ってこう否定した。

「いや、医者をやっているとね、人を観察する癖がついてしまうんだ。あの人はどういう病気かとかね。その応用をやって見せただけさ」

 また、彼は剣術や錬金術を嗜み、それぞれ愛好家のグループに所属している。私と彼がすっかり友人関係になった頃、ガナンという作家の書いた素晴らしい喜劇を一緒に見に行った時、その帰りに私はその愛好家のグループに誘われた。

 剣術は全くできないので断ったが、錬金術のサークルというのには興味があったので入ることにした。

 錬金術とは、かつては最先端の技術を意味する言葉で、金属や薬品を、魔法を使い変化させ様々な製品を作る方法だ。かつては傷を治す薬品のポーション剤や、亜金と呼ばれる金の模造品を作ったりしたらしい。だが、そういった錬金術で作った製品は、工業的に作った製品に比べると一段も二段も劣るため。百年前の魔法絶対主義の終焉と共に廃れ始め、五十年前の産業革命と呼ばれる工業的発展と共に表舞台から姿を消した技術である。

 アルトら錬金術サークルは、その失われかけの技術である錬金術をもう一度見つめなおし、現代の化学工業技術と合わせ、一段上のステージに昇華させようという目的の元集まった。という建前で、各々が趣味の魔法や化学を使った実験を行い、その結果を自慢し合うことを行っている。

 勿論、魔法の発動には国家資格の免許を取得しなければならず、法の範囲内でという束縛はあるが、このサークルの会員は各々、活き活きとして研究や実験を行っている。

 驚いたのは、このサークルの会員には、私が論文を提出している大学の教授や、著名な魔法科学の研究者が所属していたという事や、世界的な論文集で革新的と言われていた研究とその結果は、このサークルで行われた実験で発見し確立されたという事だ。

「アルト、君は何ともすごいサークルに所属しているのだな」

 アルトの紹介で彼らが活動する建物に入り、一通り驚き疲れた後、アルトに向かいこう言ったのだが、彼は軽く首を振り。

「いや、それは違うよ。すごいのはサークルじゃなくて、何かへの探求に対する人の熱意さ」

 そう私の言葉を訂正した。彼はこのサークルにおいては木材からダイヤモンドを生成する錬金術の研究を進めているという。

 そんな何でもできそうなアルトだが、もちろん欠点もある。

 まず彼は、火の魔法が使えない。下手とかそういう意味ではなく、火エレメント欠損症といって、産まれた時から火エレメントという、火の魔法を使うのに必要な要素がないという障害を背負っている。日常生活では全く困ることはないのだが、火のエレメントは水のエレメントと共に、グレートリア連合王国のある旧大陸西方のヒュームは持っていて当たり前なので、子供の頃は、ジュームの血を引いているのではと疑われて大変だったよと苦笑交じりに話してくれたのが印象深かった。

 もう一つの欠点は、彼はかなりの銃マニアだ。上流階級出身で、しかも医師という高収入で安定した職に就いているのに、住んでいるのはクィンハウスという安アパートで、結構な貧乏生活をしていると笑っていたが、彼はなんと5丁も銃を所持し、その所持を維持しているという。これはかなりの事で、銃の所持には免許は当然として、銃を買い、安全かつ厳重に保管し、維持費を国へと払わなければならない。銃自体がただでさえ高価なのに、彼はプレミアムや骨董品みたいな銃が好きで、そういった高級銃を買い、とても高い維持費を5丁分払っているという。アルトのことは親友だが、これだけは理解できないし、しようとも思わない所だ。

 さて、錬金術サークルに所属した私は、仕事後の時間に顔を出すようになり、失われつつある魔法技術についての有意義な討論などを行ったりしていた。私はジュームに対する差別主義には反対だが、魔法については深い興味と知りたいという強い欲求がある。

 その日は、セール・バインという男から、ジュームが魔法を使えるようになる可能性についての興味深い情報を聞いていた。

「かつての魔法絶対主義の時代の後期に、アークス・バルソンという悪名高い人物がいたんだ」

 そう前置きをして私とアルトに語りかける彼は、私たちより若干若く、茶髪を短く丁寧に整えている、上流階級出身の男で、普段は歴史の教師をしているという。

「アークスは魔法を使うための要素、エレメントをジュームに与えるための実験を行ったんだが、その実験というのがヒュームとジュームの血液を大量に入れ替えたり、ジュームの女性にヒュームの子供を妊娠させたりすることだったんだ」

「何とも残忍な話だね。その実験は成功したのかい? 」

「いや。大体の場合。ジュームにエレメントは付与されなかった。唯一、一パーセントくらいの低確率で、ヒュームの子供を妊娠中のジュームが魔法を使えるようになったけれど、出産と同時に使えなくなったという」

「成程。確かジュームとヒュームの子供にエレメントが付与される確率も一パーセントくらいだと聞くけど」

「そうだね。大体の場合、ジュームとヒュームのハーフは、エレメント欠損症を患って生まれる。その確率の算出をやったのもアークスさ。残忍な悪名高い男だけど、データに罪は無い。ただ、怨念と血にまみれているけれどね」

 セールはこのように、歴史上の興味深い話をよく聞かせてくれる。また、私の国際的な魔法に関する調査にとても興味を示してくれて、ジュームとヒュームの差別は国によって度合いがどのように違うのか、ヒュームとジュームが結婚できるような体制がある国はあるかなど、色々聞いてきた。どうやら、彼も非差別主義者のようで、仲良くなれそうだと思っていた。

 また、彼は赤い色が判別できない病を抱えているらしい。だから車に乗れなくて苦労するよ。だなんて笑っていた。

 アルトと彼は仲が良く、アルトは何度か彼の家に招かれたと言っていた。なんでも、彼はジュームのメイドを雇っていて、とても良くしているという。私も一度、セール宅へ行ってみたいものだと思っていた。

 そしてその日は、意外と早く来た。

 氷の月の下旬の事だ。私とアルトは、セールの家に招かれていた。なんでも、私達だけに伝えたい事があるという。

 セールの家はそこまで大きくはないが、しっかりと手入れされた東洋風の趣がある庭がある。

 屋敷の戸を開けると、セールともう一人、メイド服の女性がいた。

「やあ、アルト、フラークス。ようこそ」

「お邪魔するよ、セール。そちらの女性は? 」

「ああ、フラークスは会ったことがなかったね、彼女はイルファ。セールのメイドだ」

「イルファと申します」

 スカートを摘み、丁寧に挨拶をするイルファ。そして私たちは奥の部屋に行き、軽く錬金術サークルの雑談などをする。中々に楽しい時間だ。

「しかし、セール。少しやせたんじゃないか?」

「わかるかい? 最近、体調がよくなくてな」

 そういうセールを良く見ると、目が少し弱弱しく、手も震えがある。

「一回、俺の診療所に来てくれよ。少し心配だ」

「ああ、そうだな。今度頼むよ」

「さて、雑談もいいけど、そろそろ俺たちを招待した理由について聞かせてくれないか? 」

 しばらく話していると、アルトがそう切り出した。それにセールはハッとして。

「ああ、すまない。人と話すと止まらないのが私の悪い癖だ」

そう言って、セールが理由話そうとした時、イルファが紅茶と茶菓子用意してくれた。美しい黄金色の紅茶が、カップに注がれる。セールのカップに注がれた紅茶は、ルビー色になる。

「ああ、ありがとう。イルファ。さ、二人も紅茶を飲んでみてくれ。彼女の紅茶は最高だからな」

 そいう言いながら、セールはカップに手を伸ばすと、その紅茶を飲もうとする。

 その時だった。アルトが素早い動きで、そのカップをセールの手から叩き落としたのだ。

「うぉ! な、何をするんだ、アルト」

 私とセールが驚いている中、アルトはいつになく真剣な眼差しで、セールを見ていた。

「セール、まさかと思うが、この紅茶を毎日飲んでいるのか? 」

「ああ、そうだが」

「そうか。イルファ、どういうつもりだい? 」

 そう言って、イルファのほうを刺すような目で見る。それに、私はあわて口を挟む。

「待ってくれ。話が何も見えないぞ。いきなりどうしたんだ、アルト」

「フラークス。俺たちの紅茶を見てみるんだ」

 そう言われて、紅茶を見れば黄金色の紅茶が入っている。そこで、やっと私も、異変に気付く。

「なぜ、同じ紅茶を注いだのに、セールの紅茶はルビー色だったんだ? 」

「何だって、私の紅茶が? 」

 それに対してのアルトの答えが、私たちをさらに驚かせた。

「毒だよ、セール。ある種の毒は、紅茶の成分と反応して、赤いルビー色を呈するんだ」

「ど、毒? 」

 私とセールが目を白黒させていると、イルファの口から、とんでもない言葉が吐かれた。

「あぁ、バレてしまいましたか。セール様は赤色がわからないから、もう少しだったのになぁ」

 彼女の目は、遠いものを見るような目で、どこか生気のない、虚ろなものだった。

「イルファ。なんで君が、俺を」

 私も相当に驚いている表情のはずだが、セールの絶望した表情には負けるだろう。すると、遠い目をしいていたイルファの双眼から、涙が流れ落ちた。

「セール様が、わ、私を、裏切ったから」

「裏切っただって? 」

「セール様は、私を、あんなに、愛してくださった、のに、愛して、くださったのに」

 イルファは、そう呟きながら、足元から崩れ落ちるように床に膝をついた。

「わ、私は、貴方しかいないんです。私に、全てを下さった、貴方しか。でも、貴方は、貴方は」

 そう、興奮し混乱しているイルファを、アルトと私で何とか椅子に座らせ、アルトが落ち着く薬品を嗅がせた。

「どうだい、少しは落ち着いたかな」

 その言葉に、返答はなく、イルファは床をじっと見ている。その様子に、セールは心底心を痛めた様子を見せている。

「私が、君を裏切っただって。どういう、ことだ」

 そのセールの問いに、やっとイルファは口を開く。

「セール様は、ご結婚なされるのでしょう? その話をするために、今日、ご友人を招かれた」

 その言葉に、アルトと私は驚き、セールを見た。

「ああ、そうだ。私は結婚の相談に、君たちを呼んだんだ。だが」

「私を、あんなに愛してくださった貴方が、他の女性のヒュームとご結婚なされて、その相手を、私は奥様と呼ばなくてはならない。そんなのには、耐えられない」

「だから、セールを殺そうとしたのか」

 その問いへの、沈黙が答えだった。セールは、震える溜息を吐き、イルファを見ている。だが、その視線に負の感情は、なぜか見えなかった。

「そうか。君は、そこまで私の事を」

「セール様を殺し、私も後を追うつもりでした。きっと、死後もあなたと一緒にはいられないけど、でも」

 そして、セールは立ち上がり、イルファに近づく。

「セール」

「アルト、大丈夫だ」

 そして、そっと掌をイルファの頭に置く。

「君は何と愛おしいんだ。イルファ。そこまで私のことを想うとは」

 涙を流しながら、肩を震わせ始めたイルファに、セールは膝をついて彼女に顔を見る。

「イルファ。それに二人も、聞いてくれ。私は、結婚するつもりだ」

 ビクリとイルファの肩が強く震えるが、その肩を、セールが優しく撫でる。

「結婚相手の名は、イルファ。君だよ。私は、君と結婚するつもりなんだ」

「え」

 その言葉に、アルトは目を見開くほど驚き、私も何度目かわからない驚きの表情をしているだろう。

「ど、どういうことだい。この国では、ヒュームとジュームの結婚は、認められていないぞ」

「ああ、わかっている。だから、私はこの国を去って、アキノ国に行くつもりだ」

「アキノ国、そうか、あの国では、別種族の結婚が認められている」

 私は、彼がなぜヒュームとジュームの間で結婚できる国を聞いてくるのか不思議だったのだが、これで氷解した。

「本気なんだね」

「本気だ」

 その一言は力強く、目は毒薬の影響で弱弱しいが、しっかりと光が戻っている。

「私、私は、そこまで想ってくれているあなたに、な、なんて、なんてことを」

「あはは、私は君に、何かされたのかな、アルト」

 その問いに、アルトは少し間を置き、ふっと笑って。

「いや、なにもされてないよ」

「じゃあ、フラークス。君はどうだい」

「なにもされてないんじゃないか?」

 私もそう答え、乱れた机の上をアルトと共に片付け始めた。

「だそうだ、イルファ。だから、もう少ししたら、私と一緒にアキノ国へ行ってくれるかい?」

 暫く、嗚咽と涙を流しながらうつむいていたイルファだったが、顔をあげ、柔らかい笑顔で。

「はい、どこまでもお供いたします」

 そう答えた。

 さて、それからのことについて、少し話そうか。

 アキノ国へと旅立ったセールとイルファから、結婚式を挙げたとの絵葉書が送られてきた。活き活きとした二人の様子が書かれていて、私ももうそろそろ、仕事だけでなく身も固めなければなどと思い始めた。

 アルトと私は、錬金術サークルでいろいろな研究を行っている。もちろん、木から作る人造ダイヤの研究も行っているが、最近は植物の花の色の研究で、面白い結果を学会に報告で来そうである。

 この国は、まだ変わりそうもない。ヒュームとジュームの差別という、国の癌は中々摘出できない。

 だが、セールとイルファのように、二つの種族を超え結婚をするほどの愛を見て、私は、未来に対しそこまで悲観的になることもないと思い始めた。

 この国の霧が晴れるのを期待しながら、私は筆をおこうと思う。

                           フラークス・キュレム

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