1st end

Epilogue『キミとボクの旅路』


 機皇軍撃退より、三日。


 指を包帯でぐるぐる巻きにした少年が、崩れ去り焦げ跡の残る廃墟を見上げていた。もちろん、ラタだ。


「随分派手にやったもんだな、みんな」

「アエトス、会議は終わったのか」


 膨大な法力をその身で行使した結果なのだろう。手足に裂傷多数、さらにエアリアの力で塞がれていたはずの傷も一部が再出現し、あわや心臓喪失でもう一度くらい死にかけたラタは、戦いより三日目、こうして回復した姿を見せていた。

 それでもまだ腕の傷は残っているため、包帯を巻いたままなのだ。ようやくベッドから起き上がったラタは、最初にこの崩れ去った王城へと訪れていた。そこにアエトスがやってくる。


「エアリア殿の見分では、機皇の放った流体金属は全て排除しきったということで、この世界が剪定されるようなことは今のところ起きないだろうということだ」

「俺も気配は感じていないから安心してくれ。でも城がほとんどなくなったな」

「もともと樹に沿って階段を造ったことは理解していたが、まさか星征樹の枝先だとは思っていなかったな」


 今回の主戦場となった王城は、城下町の一部と共に壊滅状態だった。特に機皇巨神体が踏み荒らした城下町など瓦礫以外残るものはなく、流体金属排除のための炎で燃やされた王城はほとんど黒焦げで燃えやすいものは九割方失われてしまった。


「まあ、本当に貴重なものは分散保管しているからな。公的記録なんかも、他の都市が無事だったから写しが残っているから問題ない」

「歴代国王の肖像画とか、貴重な芸術品は多く失われたけどな」


 侍従という立場のラタにとって、それは大問題だ。肖像画を燃やすなど本人の顔に火をつけるのと変わらない。きっとこれから同僚たちは複製のために貴族や画商、美術館などを東奔西走することになるだろう。


「カヒナとエアリアは?」

「今日も救護詰め所で兵士や市民の治療にあたっている。二人がいてくれるだけ大助かりだと、宮廷医師たちも太鼓判を押していた」

「さすがは救世主、治療法術もお手の物か」


 そう思うと、自分は彼女ほど役に立ってはいないな、と思いもするのだが、治ったとは言え腕に痺れを覚えることもある。

 法力兵装はもちろん、秘積物を完璧に扱えていない証拠だった。


「そういえばラタ、お前の右手に宿ったそれ、どうするか今大臣たちとちょっと揉めているんだ」

「秘積物のことを、か。いくら揉めたとしても、俺にもどうすることもできないんだが」


 未だに、あの秘積物はラタの掌に収まったままだ。包帯を交換するときなどに確認しても、あの十字の紋章は消えていない。そして取り出そうと思えば、今も取り出せる。


 試しに祭壇に戻したこともあるのだが、気づけばラタの腕の中に戻ってくる。


「お前の探しものが得意な力は、その秘積物が起因していて、しかもお前を主だと認識しているんだろう。俺はそのままでいいと言っておいたが、どうなるかまだちょっとなあ」

「当然だ。今までオルニス王家の祭壇で祀り続けてきた秘積物を、王族でもない奴が保有しているんだ。本来、持ち出すことも危ぶまれるものなんだからな……」


 そこまで言ってみて、ふと気づく。もし本当にこのまま腕に入ったままで、秘積物の安全確保を優先しようと思ったら、アエトスが首都の外に赴くとき、自分は同行できないのではないか、と。


 それは侍従としては大いに困る。ラタにとって人生を捧げてきたと言っても過言ではない仕事が続けられなくなるのだ。そのまま生きた秘積物として保護され続けるなら、いっそのこと――

「右腕を斬り落とすという選択肢もなくはない、か」

「お前は何を言っているんだ……」


 つい口から洩れた言葉には、さすがにアエトスの顔も引きつっていた。


 だが右腕を失えばソード・ボウを引けないし、銃を使っても装弾するのに困る。だからと言って剣形態だけではソード・ボウの性能を生かし切れているとは言えない。


「悩みどころだ」

「悩むところじゃないだろう。というか、そもそもそれを使って、お前にはいくつか任務を頼みたいところだったんだ。すぐに許可を降ろす」

「……任務?」


 侍従であるといっても、四六時中アエトスの護衛ばかりしてきたわけではない。事実アエトスとカヒナ専用の郵便屋さんをしていたのだ。手紙を届けるのは得意分野と言っていいだろう。


「そうか、カヒナについてきた向こうの司祭たちを、送り届けないといけないから」

「いや、それについてはまた後日でいいと、本人たちから言われている。まずはこの国の復興に協力したいと、申し出てくれたのだ」


 今回の結婚式のために随伴した司祭の中には、カヒナと親子のように過ごしてきた者もいた。娘のような存在が嫁ぐというのだ。心配は尽きないことだろう。


「プラネトスに書状は送る。今回の機皇の襲撃で被害がないということだが、また攻め込まれた時の対処とか、有効手段とか、双方で共有した方がいい」

「機人への有効手段は、確かに共有した方がいいな」


 アエトスの言葉に頷くラタは、これがいくつかの任務の内の一つだと理解した。現状、プラネトス共和国に渡る術は、エアリアしか持ち合わせていない。そしてその行き先を決める力は、ラタにしかない。機皇のように自由に行き先を決定できない以上、オルニスとプラネトス双方の連絡手段として、二人の存在を欠かすことはできないだろう。


「この世界が第六番で、プラネトスの世界は第十五番ということらしいから、カヒナならビフレストを習得しさえすれば、いつでも渡れるだろうな」

「だが戻ってくることはできない。その時は、お前の秘積物に頼るしかない」


 世界を超えて通信でもできればいいのだが、今のところ、その技術は機皇軍しか保有していない。オルニスとプラネトス間の和平条約も、大半の意味を失くすだろう。


「いつかまた他の世界と《界遇》を起こすことがあるかもしれない。今回の経験は多数のことを学ぶ機会だったと思えばいい。二度と、このような形で民を危険にさらしたくはないからな」

「そのためにも、きちんと後始末はつけないといけない」

「エアリア殿にはすでに話を通してある。ほら、噂をすれば――」


 彼が指差した方向では、手を振るカヒナとエアリアが走ってくる。すっかり馴染んだらしいエアリアは、その高い法術師としての力を各所から頼られていた。その見返りなのか、彼女の手には多くの果物や袋が握られている。


「いろいろ貰っちゃったよ。自分たちが大変だっていうときに気前がいいんだからさ」

「それだけ、君に感謝しているということだ。俺も、アエトスたちも、この国のみんなも」


 最初にエアリアに出会った時、本当に世界を救えるなんて、思ってもいなかった。少なくとも、こんなに早く帰還し、復興に移れるとも考えていなかった。


 機皇の本体が撃墜された結果なのか、逆転大地は雲の中に消えるように姿を消した。ラタが感じ取った機皇の本体は、間違いなく三角錐の中に存在した。だがそれで本当に機皇が消滅したのかどうかは、また別の話だ。

 現状機皇の気配を感じることはないが、それこそ予備の頭くらい用意しているかもしれないと思えば、警戒する理由としては十分だ。


「しばらくは機皇もまともに動けないと思うよ。他の世界でも、きっと機人たちの統制が取れなくなっているだろうから、軍の立て直しにも時間がかかるはずさ」


 実際に見たわけではないが、エアリアは星征樹そのものから伝えられる情報がいくつかある。そこから判断しての発言だった。


「要するに、この国の基礎を取り戻すくらいの時間は、あるということですな」

「そういうこと。まあ、新婚の王子様は新婚旅行も甘い蜜月を過ごす時間もなくて、不満だろうけどね」


 エアリアはそう言って肩をすくめるが、聞いている夫婦は顔を赤らめて苦笑いを浮かべる。だが、それも事実だ。これから幸せな時間を過ごそうというときに、随分と強引で乱暴な待ったをかけられた。


「エアリア殿のご指摘も尤もだ。だが、俺はカヒナとともに、家族を守り、国を守り、民を守っていくと誓ったんだ。険しくとも、辛い道ではない」

「その通りです。私にできるのは、今は治癒とか軽量化とか、そういったものばかりですが、アエトス様をこれからも支えていきます」


 これから降りかかる困難からも、重圧からも、アエトスもカヒナも逃げるつもりなどない。二人はともに歩いていくつもりだろう。旦那とその腕に自らの腕を絡めた妻は、誇らしげな表情で相手の顔を見つめていた。


 そうだ、とアエトスは思い出す。


「ラタ、エアリア殿とこれからの予定について話をしたい。使えそうな部屋を見繕って、俺とカヒナにエアリア殿、それとお前の分の席と茶を用意しておいてくれるか」

「わかった。準備ができ次第、呼びに来るよ」


 ラタは近くにいた兵士たちに二人の護衛を委譲し、使えそうなものを探し始める。早速秘積物の力を有効活用して、目標へ向けて走り出した。


 その場に残った三人のうち、一人がパン、と手を叩く。


「そうだ! ねえねえ、王子様、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

「どうしたエアリア殿。これからの予定ならラタの準備ができ次第――」

「そのラタのことで、ちょっとさ!」


 エアリアからの申し出に、アエトスは首を傾げる。この救世主は、何を求めているのだろうか、と。


 にんまりと笑った顔は、どこか悪戯を思いついた子どものようで。けれどどこか慈愛に満ちた聖母のようでもあったと、アエトスは思った。



 ラタによる準備は滞りなく進んだ。オルニスからプラネトスへの特使にラタが選ばれ、その案内役としてアエトスからエアリアに正式に依頼された。


 目的は、現状の機皇軍との戦いによる被害状況の確認と、プラネトス側に取り残されたオルニス側市民の安否確認と保護、むろん逆の立場の人間も、同じように扱うということの明文化。カヒナのお付きで来た法術師の滞在なども、書簡にまとめられている。

 かつて、アエトスからエアリアに向けての手紙を運ぶときに使ったケースを、ラタは久しぶりに背中に担ぐ。王城付近の実家で保管していたものだが、幸いにも機皇軍に踏みつぶされずに残っていた。書簡の入った筒を胸の前でしっかり固定した。


 風の吹きすさぶオルニス王国の東端の島。《界遇》が終わるときにレムリアは全てプラネトス側に移動してしまった。だがその一部がこうして残り、世界の端として存在した。


 ラタとエアリア、そしてアエトスとカヒナがそこにいた。


「これでお前をプラネトスに派遣するのは、何度目になるかな」


 戦時中に作られ現在は閉鎖された港跡だけが、わずかに残っている。あと数歩進めば、そこには世界の果てが――虚無が広がっている。


「気にするなよ。俺はお前の侍従であり、そして新しいもう一人の主の従者でもあるんだ。二人のためなら、海千山千どころか、九天の果てまで言ってみせるさ」

「今回はボクが一緒なんだ。快適な旅路であることを保証するよ」


 かつては、一人だけの旅だった。大切な親友のために命懸けで戦うことを、彼は十年以上前から続けてきた。今回も、その延長戦でしかない。


「俺がいないんだ。いつも以上に警戒を怠るな」

「わかっている。だがこの任務はラタにしかできないことだ。任せたぞ」


 バンッ、とアエトスに肩を叩かれる。気をつけろとか、がんばれとか、言葉にできない様々な想いを込めた掌が、熱く触れる。ラタは荷物を降ろし右手を胸に当て、わずかに頭を下げて了解の意を示す。


「ラタ=トクソティス、第一世界聖女エアリア殿に随伴し、プラネトス共和国に赴き、オルニス王国民の安全を確保、報告せよ」


 改めて、ラタの任務がアエトスから正式に言い渡された。


「その任務完了後に、新しい任務も、ともに言い渡す」

「え?」


 つい、そんな間抜けな声が漏れてしまう。なにせ、今アエトスの言った言葉には本当に一切何も聞いていないのだから。


「次の任務? そんなこと言われても、俺はお前の護衛任務が――」

「完了次第、ラタ=トクソティスの侍従としての任を解く」

「は……?」


 一瞬目の前が真っ暗になるような気がした。何か問題を起こしたのだろうか、彼の気に障るようなことをしたのだろうかと考えて、思考の中に意識が埋没していく。だが、すぐに聞こえてくる主の声に、意識は自動的に覚醒状態になった。


「同時に、第一番世界聖女エアリア殿の護衛及び、諸外国における機皇軍の動向調査、積層世界各地の調査を行い、回収した秘積物の返還任務を言い渡す」


 よどみなく告げられた言葉に、ラタは結びつくものがあった。


「それって、まさか――」


 自分の後ろにいる聖女の方に振り替えると、彼女はにんまりと笑い、右手の人差し指と中指を立ててこちらに向けてくる。


「話したのか、あの戯言を……」


 笑顔で首肯するエアリアに、ラタは額を押さえる。


「お前は、俺たちのために頑張ってくれた。だから今度は、お前がしてみたいことをしてもいい時が来たんじゃないのか」


 その言葉に、結婚式前夜にアエトスから問われた言葉が蘇る。やりたいこと、したいこと、それをまともに考えることのなかったラタは、異なる大地に降り立った時、突発的な願いを持った。心を震わせる好奇心が、彼の中で一つの目的を作り上げていた。


 アエトスは親友として、彼にその好奇心を捨ててほしくなかった。

 主からの気遣いに対して何か言わなければと顔を戻したラタだが、とっさには何も出てこない。のどに詰まった言葉はそのまま腹に戻り、妙なむず痒さが体に残る。


 嬉しいのは当然だ。任務で二つの国家観を行き来するだけではない。エアリアとともに様々な世界を渡る。それが楽しみなのは確かだ。だがアエトスたちの護衛任務を同僚たちに投げつけるのは忍びないという罪悪感もある。

 そんな考え事をしていたから、すぐ真後ろにまで近づいたエアリアに気づかなかった。彼女がラタの襟首を問答無用で掴む。


「じゃあ、借りてくよ、王子様!」

「おう、頼んだ!」


 予想以上に力強く引っ張られ、快活な挨拶を交わした二人に突っ込む暇もない。


「はぁっ!? ちょっと待て。エアリア、何をして――」

「問題なし。王子様、カヒナちゃん、行ってきまーす!!」

「ま、待て、俺はまだ納得っていうか、荷物を持って――」


 立ち止まろうとするラタに、アエトスは足元にあった彼の荷物を掴んで投げる。それを受け止めたラタは、エアリアに引っ張られるまま、フェンスを越えていた。


 なんやかんや言っても、彼の中にエアリアとともにいかない、という選択肢は存在していなかった。だから、姿勢を正して彼らに告げる。


「――行ってくる」

「おう、行ってこい」

「二人とも、行ってらっしゃい!」


 笑顔で見送る王太子夫妻に対し、これ以上の言葉はいらなかった。

 振り向き、すでに飛び上がっていたエアリアを追いかけて、彼も地面を蹴る。その先の、下層を目指して。



 星を征する樹の下で出会った二人は、今一度、世界の果てから旅立った。



End

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星を征する樹の下で~あなたとわたし、世界を救いましょう~ セラー・ウィステリア @cerrar-wisteria

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