6-5 キミの指針が導くままに


 この事態に、彼らは間に合った。


「始めるぞ、エアリア」

「ドカンと派手に、やっちゃって!」


 エアリアの合意に応え、ラタは手物のスイッチを入れる。


 彼が王城を回って地面に突き立てていたのは、エアリアとカヒナ、二人の大神官級法術師が自らの法術で作り出した矢だ。他の法弾とは違い、彼女ら自身の法力から作られたものである。

 それは高純度の法力エネルギー結晶体でもある。それが、地中にしみこんだ流体金属へ向けて、法力を一斉に放出した。


 斬ることも燃やすこともできない星征樹の枝を、大地から切り離すには直接枝全体を別の物質で覆い尽くしてやればいい。それが機皇の行っている剪定方法だ。


「オルニス王国みたいに、星征樹の枝先が地面から生えてることって、あまりないんだ。世界全体の地下深くに植物の根っこのように広がって世界を支えているんだ。第十三番世界なんかは、そうだね」

「流体金属が地面に浸透するのに量も時間がかかる。けれど、包み込む場所がわかっていれば、量も時間も削減できる、って話だったな」


 だから他の世界に比べてオルニス王国の存在する第六番世界は、剪定準備が速く済んだ。あとは機皇の意思一つで、世界に広がる星征樹の枝を包み込んでやればいいのだから。


「でも、逆に言えばボクらも守るべき対象がはっきり見えているってことだよね」


 要するに、流体金属を星征樹の周りから排除してしまえばいい。


 機皇から離れた流体金属がある程度機皇に制御できるが、強力な熱を与えてやれば動かなくなる。電撃ならば機能が停止する。鋼が熱で溶けて形を失うように、ラタが分離した欠片を雷属性の力で動かなくしたように。


 そうなれば、もう後はただの金属と変わりはしない。星征樹が燃えたり傷ついたりすることはないのだから、思う存分やってしまえる。


「いい燃え具合だな。俺が居なくてもよかったんじゃないか?」

「ある程度流体金属の溜まっている個所を予測できでも、地面の中を正確に把握できるのは、目に見えないものでも見えるラタしかできないからね、キミがいないとできなかった」


 城の各所で雷と炎の柱が上がる。特製の矢から放出された電熱が機皇の流体金属を燃やし、火柱となって吹き上がっているのだ。


『その程度の力で、私の力を征することができると思うなよ!』

「さすがにそこまで侮っちゃいないよ。でも、無駄ではないでしょ」


 事実、王城全体を枝先ごと包み込もうとしていた流体金属はぼろぼろと剥がれ落ちていく。電撃が機能を停止し、熱が形状を崩壊させる。


「あの矢に込めた法力が尽きるまであと五分くらい。それまでの間に、機皇を討つ!」


 エアリアの宣言と同時に、彼女の後ろで撃鉄の降りる音が二度響く。ソード・ボウとショット・アックス、二つの法力兵装が強化法術を発動した。


 体表に炎のような法力の揺らめきを纏いながら、二人は前に出る。


「アエトス、援護を頼めるか?」

「もちろんだ!」


 アエトスは腰を下ろして片膝を付き、銃床を肩にあてる。通常のライフルと同じように運用できるショット・アックス。巨大な的であるため外すことはほぼないだろう。だがその巨体と防壁は強固だ。そう簡単に破ることはできない。


 飛んでくる飛翔体を撃ち落としながら、彼は背後にいる妻へ声をかける。


「カヒナ、ケーキへの入刀よりも先に、夫婦で共同作業と行くか」

「どこまでもお供しますよ。アエトス様」


 アエトスの背中に手を添えると、彼女の法力がアエトスと彼のショット・アックスに流れ込む。銃口の先端に光が集まり、巨大な弾丸を作り出す。


『脆弱な技術力で、この防壁を突破することなど……』


 先ほど法弾を撃ち込まれても、ラタの矢を食らってもほとんど効果がなかった。

 数世代遅れの技術に、彼は負けるはずがないともう一度言い放とうとする。


「鋼鉄の獅子が牙を剥く。雄叫びを上げろ、百獣の王よ!」

「魔を断つ祈りで顕現せり。黄昏の時が死を刻む! その名は――」

 ――鉄獅陛ヌリシンハ!!


 夫婦の声が、同時に響く。

 放たれた砲弾は獅子の姿を取り、そして機皇巨神体に近づくにつれて、その下半身を人の身へと変えていく。ラタ使ったときは違う、獅子頭の獣人、神話の時代に存在したとされる『鉄獅陛』を象った一撃が迫る。


 機皇巨神体よりはるかに小さいが、その威力は十分だった。向けられていた拳を打ち返し、さらにその胸に爪を突き立てる。人間が数十人並べても埋まらないほど巨大な傷跡を作り出し、一歩押し返す。


『こんな、火力が……!?』

「どうだ。俺の妻は最高だろう!」


 内包する法力が空っぽになった魔怪晶を排出し、もう一度引き金に指をかける。二発目が来る。その前に、機皇は動いた。


 その手が地面に付いたかと思わせた時、指は石畳を割り地中にめり込む。開いた指先から除く鋭い針は、大地を破壊する狂気の産物だ。


『法力充填、虚空兵装クルムシフルール起動!』


 ラタを虚無の穴に落とそうとしたあの尻尾と、同系統の武装だった。地面に突き立て、そこに特殊な力を放出することで虚無に通じる穴をあけた機皇の尾。

 機皇巨神体はその力を指先から展開し、大地に流し込むことができた。


「あいつ、何を!」

「まずい、全員離れろ!」


 機皇の尾の力を知っているのは、直接戦っていたラタだけだ。

 大地に亀裂が走る。


 時折国を襲う地震とはけた違いに大きな揺れ。立っていることもままならず、王城の周囲が崩れ去っていく。同時に放射状に広がった罅割れの中に、兵士たちが飲まれていく。


「アエトス、カヒナ、下がれ!」

「風の群狼よ!」


 エアリアが作り出した風のオオカミに乗って、ラタたちは王城から離れていく。立ち昇っていた火柱が砕けた地面に飲み込まれ、星征樹の枝先を守っていた雷が途絶えていく。


「地面ごと壊すなんて、そのでかさに見合った所業だよ、全く!」


 ひび割れの影響が出ていない場所まで辿り着いた時、飛んできた岩塊をアエトスのショット・アックスが撃ち落とす。彼らの頭上にパラパラと土塊が落ちてくる間に、機皇はゆっくりと立ち上がっていた。


『終わらせるとしよう。世界の剪定を待つまでもない。この大地は原初の塵へと還す!』


 機皇の頭部に当たる三角錐が、三枚の花弁を持つ花のように開く。その中央にあるのは雌しべのごとき尖塔。大量の法力エネルギーを貯めこんだそれは、紫色の光を放つ。


「――ッ! エアリア!!」


 とっさに前に飛び出したラタが弓を引き絞る。一直線に彼らへ向けて飛んでくる紫電を束ねた奔流に向けて矢を放つ。その二つが激突した時、巻き起こった衝撃にラタは吹き飛ばされる。

 後方にいたアエトスとカヒナはエアリアの張った結界が守るが、そこにラタはぶつかった。全身が軋むような痛みを覚えるが、悶絶している暇はない。


 なぜなら――

『出力三コンマ一パーセント。再チャージを開始する……』

 十万分の一の出力で、総裁するのがやっとなのだ。


 それは、『終焔凰』が霞むほどの高出力砲撃。


「最大出力は、さすがに星征樹だって耐えられないんじゃないかな……」


 ははっ、と乾いた笑いがエアリアから漏れる。


 まるで竜が息吹を吐き出そうとしているかのように見えるが、全く違う結果を生み出すだろう。機皇の放つ業火は地表どころか大地を貫き星征樹を傷つけ、この世界を滅ぼす。虚空兵装の波動を貯めこんだ、世界さえ壊しかねない力だ。


「ビフレストで逃げようにも、何人逃げられるか……」

「俺は逃げる気はない。そもそもアエトスとカヒナが逃げようとしないからな」


 エアリアの提案を、起き上がったラタは蹴る。口元の流れた血を拭う彼に、恐れなどない。落ち着いて呼吸を整え、瞼を閉じたラタはゆっくり顔を上に向ける。


「エアリア……機皇の本体を、止めるぞ!」


 ソード・ボウの切っ先を向けた先を見たエアリアは、唇の端を釣り上げた。


「うん。やろう、キミの指針が導くままに!」


 彼女の言葉に応えるように、彼女の作り出した風のオオカミが吠える。四人を乗せた群狼が、空を蹴って機皇へと翔けていく。


 機皇の周りでは、溜め込まれていく法力の力に引かれて岩塊がこぼれ出た流体金属と共に浮かび上がっていた。逆転大地からこぼれた流体金属の一部が機皇の傷を修復しようと集まっているのだが、それがうまく言っていないらしい。


 ラタたちが知りえることではないが、大きく傷ついた状態での虚空兵装の起動が、予想以上に機皇自身に負担を強いていたのだ。浮遊する岩塊を蹴って進む群狼たちへの迎撃が遅れるくらいには。


「そなたは大地の鎖に縛られず、心は空へと羽ばたかん。重きものは、そこになし!」


 瓦礫の影から飛び出したカヒナの手が、機皇に触れた。一瞬何も起こったようには見えなかった。だが、遠くから銃を撃ち放っている者たち、兄王子たちからは奇妙に見えたことだろう。自分たちの弾丸が、まるで機皇を押し退けているように見えたのだから。


『重量軽減の法術? なぜこの体にそんなものを……』


 機皇自体は、その変化を如実に感じていた。重量軽減の法術は、かつてカヒナがラタの荷物にかけたことがあるものと同じだ。詠唱を唱えることで範囲と重量制限を限界まで上昇させ、機皇巨神体に施した。


 今この巨人は、羽毛のような軽さになっていることだろう。


「せぇぇやぁっ!!」


 だから、下から打ち上げると体が浮く。


 ラタとアエトスが下から近づき二人とも法力兵装で思いっきり殴りつけた。それだけで機皇巨神体の体が浮き、頭が上を向いたのだ。


 放たれた滅びの光は、空を裂き天の彼方へと消えていく。掠めた遠くの山の頂上が消し飛びながらも直撃は免れた。カヒナの法術も解除され、その体は地面に落ちる。


『この、体を、このような形で、転ばせるだと……!』


 怒りは頂点をすでに遥かに超えていることだろう。周囲に漂う流体金属に、自らの体を液状化しながら接続する。コントロールを取り戻すと、地上の兵士たちへ向ける。


「地上に降りるぞ、カヒナ!」


 その様子に気づいたアエトスが、いち早く兵士たちとの間に割って入る。地面にショット・アックスを突き立て、そのトリガーを引くと流体金属を阻む結晶の壁を作り出した。

 カヒナもアエトスを助けようとその肩に手を置くが、何分先ほどの重量軽減でだいぶ消耗している。いつ力尽きてもおかしくはない。


「あとは頼むぞ、ラタ」

「がんばって、エアリアちゃん」


 これ以上、兵士も誰も傷つけさせない。その意思を持って盾となる王子と聖女。


 法術師たちも防壁に加わり、少しでも負担を軽減させようと兵士たちは流体金属を、その大本である機皇巨神体を攻撃する。


『蛮族どもめ……いい加減抵抗をやめろ!』


 上体を起こした機皇巨神体の背中から、飛翔体が放たれた。先ほどと同じ、鳥のようなものたちが周りの兵士たちへ向けて飛んでいく。迎撃の弾丸で落ちるものもあれば、掻い潜って激突し爆発するものもある。


 兵士たちは、ラタにとっては同僚だ。

 王家を守り、国民を守り、土地を守り、明日もまた生きる仲間たち。彼らの頑張りがなければ、アエトスもオルニス王国も、ここまで持ち堪えることはできなかった。


 来ないかもしれない援軍を信じて戦い、プラネトス共和国からの援軍が来ないと分かった今も、急に出現した巨大な炎の鳥や立ち上る火柱に困惑しながらも、機皇巨神体や機人たちとの戦いをやめようとはしない。


 次々と降り立つ機人たちにもひるむ様子を見せず、退くどころかあえてその懐に飛び込んで装甲の隙間に銃をねじ込むものだっている。


 もう限界など超えているはずなのに、この国は、人は、まだ戦うのだ。


「ありがとう。みんな、アエトスを、この国を守るために頑張ってくれて」

「機皇、これが、キミが下等種や蛮族と侮った者たちの抗いだよ」


 すでにいくつもの世界が占領下にあった。


 エアリアのような高度な法術師さえも退けてきた。なのに、数世代は劣った技術力しか持たない国に、ここまで反撃された。

 きっと憤りをあらわにする表面装甲の裏側では、この状況に対する膨大な計算のやり直しが行われていることだろう。


 どうして今押し返されようとしているのか、機皇巨神体を起動してまでなぜ苦戦するのか、未だに世界の剪定が完了できていないのはなぜか。繰り返される思考は、確かに機皇巨神体の一挙手一投足を鈍らせていた。


『……救世主まがいとあの弓使いはどこだ?』


 だから、ラタとエアリアへの注意力が低下していた。

 虹色の光が放たれた時、ようやくエアリアとラタが自分より上にいたと気づいたのだ。


「ようやく、その顔を見下ろすことができたね」


 そこには、浮遊する瓦礫の上に立つ二人の姿があった。


『だからなんだ。たとえ上を取ったとしても、私を砕くことなどできはしない!』

「わかっている。だから上を取った」


 機皇巨神体は全ての意識をラタとエアリアに向ける。飛翔体を大雑多に放ち、自分に迫る弾丸は一切無視する。今この瞬間、自分に対して最も危険な者はこの二人だと判断したのだろう。右拳も伸ばし、全ての攻撃を二人だけに集中した。


 エアリアはラタの前に出ると、ペンダントを右手に握り、足元に法術円陣を作り出す。


「聖・拳・罰・裁!」


 気合一発、機皇巨神体の腕を押し留める。結果としては前回と同じ、痛みに苦悶の表情を浮かべたのはエアリアのほうだった。押し留めることはできても、破壊することはできない。聖剣を作り出している暇はない。だから――


光属性精霊アイダウェドゥ法弾、装着」


 矢の先端に、エアリアが作った法弾を装着した。

 ラタは接近する飛翔体を次々と切り捨てて、焦げ付いた服も髪も気にせず機皇を――閉じられた瞼の奥から見ていた。


 実のところ、ラタもエアリアもここまで巨大になった機皇は想定していなかった。


 第二十四番世界で戦った下半身ムカデの体ともう一回戦うことになるかと覚悟していろいろ想定していたのだが、いざ第十五番世界からビフレストを渡ってみたら、山のように巨大な姿が遠くから見えた。

 予定としては大量の機人とそれを指示する機皇に向けて真上から攻撃、その間にラタが剪定されないように対策を取り、改めて機皇と戦うつもりだった。


 だが機皇は出撃させられたであろう機人たちよりも、あの巨体を動かすことを優先してきた。その巨大すぎる体を、どうにかするための手段は、即興で考えた。


「でっかくなったおかげで、本体を見せてくれたね」


 かつて、第十三番世界にいた時、エアリアは逆転大地と一緒に消える三角錐の飛行艇を見た。その時から、彼女にはそれが気になっていた。


「ラタの言葉で確信が持てた。これでようやく終わらせられる!」

「三角錐の中央。間違いなく、そこに奴の意思がある!」


 ラタの頭の中には、機皇巨神体の頭部となった三角錐の内側に、機皇の意識を捉えていた。頭部の三角錐にはエアリアの気配を初めて見た時と同じ、巨大で圧迫感のある、だが彼女とは逆に禍々しい、そんな気配が中心部分に存在した。


 つまり、この頭こそが機皇の本体。これを吹き飛ばせば機皇は、それにつながる機皇軍は止まる。


 この戦いに決着を付けることができるのだ。


 だがそこを狙うには、下からでは無理だ。上からでなければ、防ぐ部分が多すぎる。そもそも距離がありすぎて届かない。


 番えた矢の先端の結晶体の内側には、眩しいくらいの光が貯めこまれ、解放される時を今か今かと待ち構えていた。

 ほんの二秒にも満たない時間、ゆっくり狙って矢を解き放つ。機皇巨神体の頭上で弧を描き、その背中へと突き刺さる。


「――虹を描け、ビフレスト!」


 それは、本来ならば世界を渡るための力だ。存在するはずのない光の道を作り出し、異なる世界へと渡るための法術。ずずっ、と低く鈍重な音を上げて巨体が浮かび上がる。世界を超えてきた巨人を、あるべき場所へ叩き返そうとでもいうのか、少しずつ足が地上から離れていく。


 普通なら、重量軽減法術でも掛けなければ浮かび上がることなどありえないその巨体を、光が持ち上げる。この場所から出ていけと言わんばかりに、鋼の巨神の襟首を掴んで強制退場させる。


『無駄なことを! いくら私を送り返そうと、私はもう一度自ら世界を超えるだけというのがわからないのか!』


 敵の言葉が虚勢ではないのはわかっている。

 基地や残ったままの逆転大地も自由に世界を移動できるからこそここにあるのだ。ただ元の世界に送り返すだけでは何も解決できない。


 なら、帰ってこられないようにすればいい。


「渡っている途中で、虚無へ叩き落とす」


 虹の橋は、高い場所からなら自由に行き先を選べる。だが、その性質上出口が虚無へと向かうことはないから、その点では使用者は安心できる。だが、ラタとエアリアがそうしたように、途中で降りることは可能だ。

 もしもビフレストの上で決闘でもしようものなら、足を踏み外したほうは永遠に日の目を見ることはないだろう。


『そんなもので、止められるわけがない!』


 機皇巨神体の体から、三角錐型の頭部が分離する。機皇の本体が生き残っていれば、そこに新たに流体金属を纏わせてやればまた戦いに復帰することができるだろう。

 体の部分は自由に動くこともできるようで、片腕は地面を掴み、空いているほうは二人を捕まえんと伸ばされる。


 浮かび上がった頭部は、その内部にまた滅びの光を貯めこんでいく。


「だから、キミはここで終わりだ」

「俺たちは、お前に滅ぼされることはない!」


 エアリアとラタは足場の岩塊から飛び上がり、揃って機皇の本体へ向けて飛んでいく。


「起きてちょうだい。《冥府救済の聖斗オールセイヴァー》」


 エアリアの腕の入れ墨が手のひらに移動し、宝石で造られた秘積物を取り出した。


「行くぞ、《果てなき旅路の道標ラティオイーター》」


 ラタの掌に浮かぶ十字の方位が輝き、そこに一本の指針を作り出す。小さなそれを掴んだ時、掌の内では一本の剣となっていた。


 指針の秘積物を右手に持ち、ソード・ボウの弦に柄頭を引っ掛ける。むろん、この秘積物は矢でもなければそもそも剣でもない。行く先を示す指針でしかない。それを剣のように扱えるというだけの話だ。

 それを、矢として番える。


bidun taradudまよわず'iitlaq sarahうちはなって


 導きがあった。斬り付けるのではなく、この力を持って射抜けという導きが。


 おおよそ剣でも矢でもないこの指針には、どうも明確な意思があった。指針が何を求めて道を示すのか、ラタにはわからない。だが彼は迷うことなく指し示された方向へと進んでいく。進むべき方角は、最初から決まっていたかのように。


『一矢報いるとでも言うつもりか。そんなものに意味など――』

「違う」


 ぴしゃりと、機皇の言葉をラタは遮る。


「この一撃の意味を決めるのは、この先の行く末を定める役目は、彼女のものだ」


 ラタの隣で、エアリアは錫杖の秘積物を掲げる。右手に持ち大気中に存在する大量の法力をかき集め、その先端を機皇へと向けた。左手に握ったソード・ボウを前に突き出して体を開くラタと逆になるように右手を前に出すエアリア。


 両者は向かい合い、その顔を横に向けて機皇を睨む。体の大きさの違いはあるが、鏡合わせのような恰好となったのだ。


「救世の聖斗よ、虹を描け!」


 ある世界の伝承では、虹とは神々の扱う弓を地上に降ろしたときの姿なのだと言われている。あまりにも巨大で遠くにあるから人間は近づけず、その矢は世界を守り世界を滅ぼす力を持つだろう、と。


「行くべき道を示せ、その矢印の向く先を!!」


 法力によって生まれる、巨大な弓と矢。ラタのソード・ボウと指針に沿って生まれたそれは、彼の動きに合わせて引かれていく。


 収束する法力は切っ先に渦巻を描き、法術円陣を作り出す。その弓矢を引くラタの体から溢れる血が、まるで恒星のように輝いて見えた。



 ――煌めく螺旋の大銀河。



「これは、世界を救う一撃となる!」


 夜空に浮かぶ星々の集まりに匹敵する輝きを纏って、エアリアの宣言と共にその矢は放たれた。


『――――――――』


 その輝きに、機皇は一瞬見とれていたのだろうか。何も思考しない、刹那にも満たない空白がそこにあった。それがわずかに、彼の最後の一撃を遅らせた。


『――ヒトが、星を作り出すか!?』


 撃ち放とうと溜め込まれていた虚空兵装の波動が発射される前に、切っ先が激突する。まるで紫色の宝石のようだった力と、煌めく矢がぶつかり合う。


 それを容易く割り砕く。

 解放された力は機皇の本体を吹き飛ばし、彼方で虹に連れられて行く体に叩きつける。


『私の存在なしで、より良き世界など、訪れは……』

「この世界も、他の世界も、キミを超えていく」


 次の瞬間、世界を震わせるほどの爆発を持って吹き飛んだ。


 砕けた頭部とまだ残っている機皇巨神体の体は、虹の果て、虚無の深淵へとゆっくり散らばっていく。崩れ行く直線の虹から、全ては消えて行った。


「終わったね、これで」


 エアリアの右手の聖斗は、彼女の中に戻る。

 空を覆っていたはずの黒雲は完全に消え去り、機皇の世界――逆転大地も姿を消した。残った巨大な弓が、まるで雨後の虹のように残っていた。


「ああ。これで、ようやく俺たちは……」


 ラタの右手に粒子が集まり、《果てなき旅路の道標ラティオイーター》が戻ってくる。この勝利を祝福するかのように、未だに強い輝きを放っていた。


「お前が居なくても、俺たちは前に進むよ」


 見えなくなった敵へ、そう告げた。

 落ちていくラタとエアリアを、下にいる法術師たちの力が受け止めた。






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