6-4 剪定開始
アエトスたちのもとから離れたラタだが、別に逃げたわけではない。城下町を踏み潰した機皇巨神体を攻撃するには近づかなければならない。瓦礫の道を駆け抜けて、王城にまで続くメインストリートを走り抜ける。
強化法術を発動して体を包み込み、迫りくる機人たちを飛び越える。放たれる弾丸の嵐をすり抜けると、その胴体をソード・ボウが斬り捨てる。
「エアリアの強化法術のおかげで、今までに比べて体が軽いな」
今まで自前でソード・ボウを使って体を強化していたが、エアリアのような高度な法術師が使うものだと、体への負担も段違いに低い。まるで羽毛のような軽やかさで、ラタは機人の集団を潜り抜ける。
足元に走り込んでくる敵にセンサーの復帰した機皇巨神体は気づくと、その巨体をずらしていく。遠目から見ると、随分とゆっくりした動きに見えるのだが、近くでは嵐か竜巻のような砂塵が巻き起こっていた。
あまりにも巨大すぎるからヒトの眼にはそう映るだけの話。実際にはラタたち人間の動きとほぼ変わらない速度で長大な距離を動いている。
『こざかしい真似をしてくれる。だが、それもこの大地を蹴落とせば――』
「悪いが、そういう一発で終わるのは許すことができん」
「冥府の焔より生まれたる終わりを告げる者よ。烈日を燃やす、
機皇巨神体の眼前に、炎のような揺らめきが現れる。機皇巨神体と同等の大きさを持つそれは、大神官級の法術師であるエアリアが生み出した神話の獣『
甲高い雄叫びを上げながら舞い上がる不死鳥がその翼を機皇巨神体へ叩きつける。炎で構成されたその身は地上に太陽が出現したのかと思うほど神々しい輝きを放つ。羽ばたくたびに地上では嵐のような風が吹き、大量の砂塵を巻き上げた。
「あれがエアリアの大法術……。早速始めたか」
視界が砂埃で埋もれる中をラタは駆け抜ける。崩れた建物を駆けあがり、機皇巨神体の足を斬り付けた。
「さすがにこれだけでかいと、傷が浅いな」
機人ならばソード・ボウで両断できるサイズだ。機皇が使っていた体も巨大ではあるが斬り裂けない大きさではない。しかし、基地が変形してできた巨体は規格外だ。全ての攻撃が無意味に思えてくる。
それは、カヒナたちのそばで銃を放つ兵士たちも同じ気分だろう。
「だからと言って、彼女らだけに任せておくわけにもいくまい!」
アエトスの言葉に、兵士たちが声を上げる。王家の者たちを守ろうとする兵士が何十人と集まっていた。同時にアエトスの兄が率いる本体も、王城へ向けて勢いよく進んでいく。その士気は、今までにないくらい高まっていた。
形勢逆転、とは言わないが圧倒的不利から好転しつつある。
『調子に乗るな……下等種ども!!』
機皇巨神体の全身にあるパーツがスライドし、そこから飛翔体が飛び出した。エアリアが後に解析したところこれは機人たちの世界に生息する機獣たちを改造したものらしく、鋭い風切り音と甲高い鳴き声を上げながら人々を狙ってきた。
地面や法術にぶつかった瞬間に爆発し、小さな刃のように四散して襲ってくる。エアリアは『終焔凰』の制御に集中しており、周囲の兵士たちが必死に打ち落とす。
巨大な不死鳥の羽ばたきで発生する熱風でも落ちていくが、それだけでは間に合わないものがいくつかある。
『急げ、ラタ!』
腰に吊るした通信機から、主の激励が走る。ちらりと遠目に見えた光景では、彼の放った魔怪晶から結界状の防御壁が展開された瞬間だった。
巨大すぎるがゆえに機皇巨神体ではラタをまともに狙えない。だがここで地団駄を踏まれようものなら、周りの瓦礫と一緒に平らになりかねない。機皇のプライドがそんな醜態にも等しい姿を見せないようにしているから、今ラタは生きているようなものだ。
『法力の塊で、私を抑え込めると思うな!』
不死鳥の翼を一対掴むと、そのまま地面に引き摺り下ろす。三本の足が巨体を支えるが、機皇巨神体の腕力はすさまじく、翼が引きちぎられそうになる。法力で生み出された疑似生命体とはいえ、痛みを感じるのだろう。体を反らし、悲痛な鳴き声を上げる。
掴んだまま引きずりまわそうと力を籠めるが、三本の足が地面をがっちり掴んで動かない。その瞬間、カヒナは声を上げる。
『その決断は霹靂の如く、その一歩は雷鳴より速く、天を統べる五常の矢!』
通信機越しでも、彼女らの詠唱はよく聞こえる。『終焔凰』が押さえつける機皇巨神体はその場から動くことができない。その頭上に現われた雷の矢が五本、巨体を貫いた。さらに『終焔凰』が蹴り飛ばし距離を空け、その巨体へと一直線に飛んでいく。
『穿て!!』
エアリアの声が弾ける。強烈な一撃が機皇巨神体の腹を貫いた。巨大な屋敷ほどはある穴を穿たれ、ドロドロに溶けた金属がこぼれだす。
同時に不死鳥の体は消えていくが、十分役目は果たした。
「今のうちに!」
ラタはエアリアから渡されたもう一本の矢筒から矢を取り出すと、それは妙にキラキラとしたガラスのようにも見えた。足元にその矢を突き刺したラタは、背中から通常の矢を取り出して番える。数歩移動して射線を確保すると、機皇巨神体へ向けて矢を放つ――
『それで勝ったと思ったのなら、認識が甘いぞ、下等種ども!』
「――ダメか!」
ラタはとっさに矢を放つのをやめてその場から飛びのいた。べちゃりと、先ほど貫かれた機皇巨神体の体の破片が落ちてきた。ぶよぶよと動く物体は、第二十四番世界で見たものとさほど変わらない。あの巨体を構成しているのは、この流体金属だった。
「吹き飛んだ欠片も動くのか!?」
ぶよぶよとした粘液上の物体はゆっくりと動いているが、攻撃性能は低いようにラタには思えた。ひとまず放っておいてもよさそうだが、気に障るので雷属性の法弾を放って動かなくする。そしてまた、地面に半透明な矢を一本突き立てた。
『我らの本土があれば、この程度のダメージ問題ではない!』
上空に浮かぶ逆転大地から、流体金属が機皇巨神体へ向けて降ってくる。大きな腹の穴を埋め、ゆっくりと欠損が回復していく。三角錐の頭部は目に当たる部分を明滅させ、気を失っていた人間が起きた時に瞬きをするような動きを見せる。
「あの二人の法術が、無駄に終わった、とは思いたくないな」
残念がっている暇はない。王城から離れてしまった機皇巨神体は、城下町を蹴り飛ばしながら戻ってくる。
『すでに剪定の準備は完了したのだ。貴様らがいくら足掻こうと、この世界が星征樹の枝より外れることに変わりはない!』
ズズズズ、と重低音を響かせて王城が揺れる。積み上げられた石が崩れ、増築した部分の骨組みだけが露になっていく。それもいずれ、振動に耐え切れずに崩壊するだろう。
地面から流体金属があふれ出し、王城全体を包み込んでいく。
『もう間もなく完了する! 私に潰されるか、崩れ行く世界と共に消えるか、好きな方を選ぶがいい!』
このまま放っておいても機皇は結果的な勝利を得られるだろう。だが、自らに盾突いたものは自ら葬らなければ気が済まないのだ。機皇は大地を蹴り、エアリア達に向けて腕を大きく振るう。
『そんなもの、選ぶわけがないさ!』
光り輝く聖剣が、振るわれる腕を受け止め弾いた。遠くから見ても、それがエアリアの法術に間違いないと、ラタは通信機の声と合わせて確信する。あれがきっと、第二十四番世界で機皇の体を破壊した一撃なのだと。
『さすがは救世主殿。だが、その威勢も長くは続くまい!』
機皇巨神体は両腕を振り上げ、その両目をギラリと光らせる。
機構の様子は、子どもがアリの行列を見つけて踏みつぶそうとする残酷さに似ているようにも見えた。
何も悪いことだとは感じていない、むしろそれが正しいことであるかのように認識して、彼らはその行動をとる。ある意味、純粋だからこそなせる業なのかもしれない。
まるで、親からの言いつけを守る子どものようにも見える。誰も止める者がいないから、たとえ間違っていても治すことができないように。
ラタは矢をさらに地面に突き立てると、彼の持っていた二本の矢筒の内の一つにはもう矢が残っていなかった。
「予定していた分で数は足りたな。エアリア、こっちは完了だ!」
『お疲れ様!』
通信機から帰ってきた言葉は、この瞬間を待ち望んでいたと言わんばかり。ラタは空になった矢筒を放り捨てて、通常の矢筒のみを持って王城から離れていく。
機皇巨神体の巨大な拳と、それを受け止めるエアリアの聖剣の激突の余波は、城下町に溜まった砂埃を舞い上げていた。あれほどの戦いを一人で成し遂げているエアリアの強さを改めて理解する。
だからと言って、援護しないわけにはいかない。
「風属性精霊法弾、解放!」
風を纏った矢が、機皇巨神体の眼に当たる部分へぶち込んだ。
『なんだ?』
――と言っても、強固な法術防壁が阻む。しかし、エアリアとの攻防に対しては、その一瞬は大きな隙だ。
左肩に、聖剣が突き刺さる。深々と鋼の肉体を抉ると、機皇巨神体は大きく体を仰け反らせた。たとえその中身が機械であると言っても、やはりその体で痛みを感じるらしい。不死鳥に腹を抉られた時のように叫びをあげて、たたらを踏んで倒れた。そこでようやくエアリアは一息付ける。
戻ってきた仲間を、片手をあげて迎えるとそのまま相手の腕を掴んで立ち上がる。
「ラタ、準備はできたね」
「ああ。ほとんど君に任せっぱなしで、すまない」
「気にしないの。なんたってボクは――」
「――救世主、だからだろう」
彼女の言葉に、ラタは先んじて答える。
最初に自己紹介を受けた時には、彼女の自称には理解が追いつかなかった。何を言っているんだと思いもした。だが今なら、確信を持てる。
エアリアは、オルニス王国の、この世界の、そしてより多くの世界にとっての救世主になれる人間なのだと。
自分が生まれた世界でもなければ、過ごしたことのある世界でもない。そんな場所のために戦える彼女は、きっといつか英雄と呼ばれ、多くの者を救い、本当の意味で救世主と呼ばれるようになるだろう。
なら、今の自分にできることは。ラタの自問に、一つの答えがある。
『こざかしい、大地ごと、虚無へ葬ってやる!』
聖剣の一撃から起き上がった機皇は、怒りに表面温度を上昇させていた。その目を赤く輝かせ、地中にしみこんだ流体金属へ信号を送る。星征樹と大地を切り離せ、と。
液体金属が活性化し、硬質の壁となって星征樹の枝先を包み込んでいく。星征樹と大地が完全に切り離されれば、この世界は枝先から落ちる。
落とされる、はずであった。
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