6-3 最高の援軍



~第六番世界:オルニス王国王都~



 兵士たちの必死の抵抗が続き、また夜が明ける。

 昇ってくる太陽を、上空の基地にいる機皇は人間なら苦々しい表情を浮かべて見ていたことだろう。


 だが、彼に表情筋代わりの繊維質はわずかにしか存在しない。だからできても口をへの字に曲げる程度だ。

 代わりに肉体言語に関しては豊富だった。


『ふざけるな!!』


 その無数の足で床を叩く。両腕の鎌を展開していないが、大きく振り回して周りにいる機人たちを殴り飛ばす。両肩のヘビのような腕は縦横無尽に動き回り、天上も床も関係なく破壊し、彼が地上を見下ろすための窓を叩き割った。


 現在進行形で流体金属を地上に流し続ける基地は、目では見えないほどわずかに、振動する。


『あんなクズどもに苦戦したままで王族を未だに捕らえきれず! 第二十四番世界の秘積物は全て解放され! オレのアバターまで破壊された! このような、屈辱的なことが、あって、たまるか! あのカスども、何も知らないくせに勝手に世界を救っている気分に浸って英雄を気取りやがって!!』


 相当に機嫌を悪くしていた。


 だが、それは自分の機体が破壊され、意識の再構築にも時間を必要としたことにはもちろん、ラタとエアリアの行動が気に食わないという面が大きいらしい。


『すでに星征樹の現界は近いことも知らず、声が聴こえるという巫女たちも何も知ろうとしない! 積層世界の行く末を憂いているのは、オレばかりか』


 外見上は人間味を感じさせない機皇だが、その動きはずいぶん人間らしい。額を押さえ頭を振る様子など、不良学生に頭を悩ます教師のようだ。


『サンプル回収は、もういいや。さっさと剪定準備に入ろう。あー、あー、チェック、テストテスト。……オルニス王国、全人民に告げる』


 先ほどまでの苛立ちと荒れ狂った調子が嘘のように、冷静かつ威厳ある声に戻る。


『諸君の奮戦に、私も感服するところである。しかし、それも全て無駄に終わる。現在気づいている者もいるだろう。すでにオルニス王国とプラネトス共和国の《界遇》は終了し君たちへの援軍は来ないことを、指揮官たちはすでに把握していることと思う』


 地上で奮戦していたアエトスと兄も、天から降ってくる機皇の言葉に耳を傾けていた。

 動きを停止した機人たちに向けていた視線は、一斉に自分たちの指揮官へと向けられる。本当に、援軍は来ないのかという疑問を口に出せない代わりに。


『そのような状況でよく奮戦した。ただ、《界遇》が持続していたところで変わりはしない。すでにプラネトス共和国へも我が軍は派遣された。数日後には、共和国の占領完了の一報が私の元に届くことだろう』

「カヒナ、ラタ、お前たちは無事なのか……」


 アエトスにとって大切な人たちが滞在する場所だ。状況が把握できないことは、彼の心に小さからぬしこりとなって残っている。


「陛下、兵たちの様子が……」


 参謀として付き従ってくれていた兵士の言葉に、アエトスは周りを見る。不安に染まった顔は、これ以上何かあれば絶望へと変わるだろう。


『迅速なる占領のために、私はここに決定事項を通達する』


 アエトスが兵士に何か言おうとするより、機皇は彼らに対して突き付ける。


『今より、この世界を剪定する。星を征する樹に、この世界は不要である』


 同時に、王城の上に浮かぶ基地がゆっくり降りてくる。それは様々な場所で分割され、展開し、獣によく似た四肢を作り出す。頭部に当たる部分には、エアリアならば見覚えのある三角錐の構造が接続される。

 巨大な基地そのものが、一つの機体。『機皇巨神体サイバウベルリ』と呼ばれるそれは、機皇軍の基地が変形しただけあって、まるで町一つが直立しているかのような様相だった。


 あまりにも巨大。


 巨大すぎて距離感が鈍りそうで、兵士たちはあんぐりとあけた口を閉じられずにいた。


「神話に出てくる巨神だな。まるで」


 ガタンと膝をついてしまう者や、頭を抱えて絶叫を上げるものもいる。無理もないと、アエトスは肩をすくめる。


 援軍は来ない、その事実を公表されたことはまだいい。


 それに加えて現れた敵が巨大すぎる。どう考えても形状を維持できる質量ではないと思うのだが、機皇軍には自分たちが想像もできない技術があるのだろうと、納得せざるを得ない。だとしても、この理不尽なまでの戦力差には絶望したくなるのもわかる。


「けれど、俺には絶望することは許されないんだ。機皇軍、お前たちがたとえどれほど強い兵器を持ち出そうと、この国に住む人たちを傷つけることをやめないのなら――」


 ショット・アックスに魔怪晶を装填し、その銃口を突き付ける。


「いくらだって相手になってやるよ。晶属性精霊グローツラング法弾」


 アエトスが放った晶属性を内包した魔怪晶は、機皇巨神体に当たる直前にはじけ飛び、中に蓄積されていた光を一気に放つ。鋭い粒になった結晶と法力の閃光、二つの破壊の力が顔面に当たる部分へと降り注ぐが、多少鬱陶しそうに頭部を動かした程度で、目立ったダメージを与えた様子はない。

 巨体であればそれだけ動力源だって大きい。つまり、機体表面に展開していた防壁の出力も高い。


「アリが一匹で竜に挑むようなものか」

『貴様らを滅ぼし、あの不敬な弓使いの希望、全てを破壊してくれる!』

「ほう。ということは、お前、ラタに一杯食わされたか?」


 弓使い、という単語にアエトスはピンと来たらしい。彼はラタが現在どんな武器を持っているかを知らないが、この国で未だに弓を使うような戦いをするものはほぼいない。加えてその人物の希望とやらがこの国にあるのなら。


 二つのことから、アエトスは弓使いとはラタであると確信する。


「さんざん言っていた割には、相当痛いしっぺ返しを食らったんだな」

『……ぐううう! 奴がこの国に戻ってきたとき、手遅れだったことに後悔し、泣き崩れることだろう!』


 どうやら相当手酷いことをやってしまったらしいとアエトスは理解する。その山のように高い自尊心を踏みつけたのだろう。今にも怒りに身を任せて暴れまわりそうな巨人は、その表面を小刻みに震わせていた。


 だからこそ、にやりと笑う。


「それは、七紋騎士功労章ものだな。復興記念にでも勲章を授与するか」

『随分と、余裕だな!』


 相当な巨体であるため距離は離れているが、きちんと地上の声を聞いているらしい。絶望に暮れる兵士たちの言葉のなかで、一人余裕のあることをしゃべっていれば目立つ。だからこそ機皇は苛立ち、アエトスへその顔を向ける。


『オルニス王国第二王子アエトス。貴様が国軍の指揮を執っていることは知っている! ゆえに問おう。貴様の父は我が手中にある! それでもなお抵抗を続けるか!?』

「続ける。陛下より自分を無視しろとのご命令だ」


 にべもなくあっさりと切り捨てると宣言したアエトスに、逆に機皇は言葉を詰まらせる。葛藤や躊躇を期待したというのに、ここまで割り切られると続く言葉がない。


『貴様、自分の父をそう簡単にあきらめるというのか!? こいつを、死なせたくないとは思わないのか!?』


 機皇巨神体の肩のあたりが開くと、そこから貼り付けにされた国王が現れる。兵士たちは動揺し声を上げるが、アエトスは小動もしない。


「たとえこちらが降伏しようとしなかろうと、お前は国も民も滅ぼす。ほんの僅かしか言葉を交わしてはいないが、そういうやつだというのはわかる」

『……後悔するなよ、蛮族』

「ラタは帰ってくる。この国に手を出して後悔するのは、お前だ」


 アエトスを全力で潰すために、機皇巨神体は大きく腕を振り上げる。たとえこの場に法術師が百人いたとしても防げるかどうかの質量塊が落ちてくる。走って逃げられる速度でもない。アエトスはショット・アックスを肩に担ぎ、機皇巨神体を睨みつける。

 決して屈しはしないという意思を込めて。


『大地とともに滅びろ!!』


 上昇から下降へと拳のベクトルが転じようとした時、空が裂けた。

 逆転大地が引き連れてきた曇天を真っ二つに割り、水平線の彼方から陽光が照らし出す。その中心を七色の光が突き抜ける。


 あり得るはずのない直線の虹に、機皇巨神体も目を奪われていた。


『これは、自然現象ではない……まさか!?』


 ピンポイントでは移動できないと、機皇は知っていた。だから自分たちを追っては来られない。その余裕が今まではずっとあった。たとえ秘積物を全て解放されようともどうにかできると思っていた。


 だが、まさか先ほど殴ってきた相手が目の前に落ちてきたら。彼でなくても驚きはするだろう。少なからぬ動揺に動きが止まる。

 そして、風に乗って聞こえる声が二つ、虹の上からやってくる。


「いいね、ラタ! チャンスは一回。キミの矢で運んでボクが破る!」

「君を信じる! 風属性精霊シルフ法弾、展開!!」


 新品同様のコートをはためかせながら落下するラタと、それに続くエアリア。落下中のため全身に風を受けながらでありながら、二人は空中で体勢を整えながら武器を構える。

 大きく引き絞られるソード・ボウの弦。ラタは落下しながら体を真っ直ぐに保ち、その腰にはエアリアが掴まっている。ただし、真っ直ぐと言っても頭が下を向いてはいる。


「射出準備、完了!」


 ソード・ボウのトリガーを引き、風属性の法弾に撃鉄を打ち込む。同時に矢をより遠くまで飛ばすため、矢に向けて法術円陣が三重で与えられる。


「やっちゃえっ!!」


 エアリアの放つ法力を包み込んだ光の球体が、矢より先に放たれる。


「追い立てろ、風の群狼!」


 球体を追いかけるラタの矢。大気を引き裂き、白い軌跡を残しながら飛んでいく。

 今までに比べて数倍以上の速度をはじき出しているのは、ただに法術円陣の三重加速によるものだけではない。矢を前へ前へと押し出す追い風の作用だ。球体を牙のような形の風が噛み付き、掴んだまま飛んでいく。


 その先に佇む機皇巨神体が、迫りくる矢に気づいた。


『救世主エアリア、これほど早くにこの世界に……』

「あいつ、こっちに気づいたね」

「ああ。だがもう遅い」


 敵は、傲岸不遜、唯我独尊、世界に仇なす独裁者という称号を与えても足らないような存在であるのに、機皇は用心深い。


 撤退するラタたちを自ら追いかけ、二十四番世界では自ら立ちふさがり、プラネトスにも軍を送り、アエトスたちに対して本気で攻撃をしかけるなど、その戦力に対して行動がいちいち慎重だ。それだけの用心深さ、というよりむしろ臆病でありながら、カヒナを見逃すという詰めの甘さもある。


 よくもまあ機人たちの意識を乗っ取った上に各世界に対して喧嘩を売ったものだと思う。実は何も考えずに状況に流されただけじゃないかと思いもしたのだが、それを指摘している暇はない。


 たかが矢一本、法術一つ、普通ならそれで覆せる戦力差ではない。これならアエトスを最初に潰した方がいいと、多くのものは思うだろう。だが、機皇は迎撃を選ぶ。


「着弾まで、あと五秒」

「迎撃されたとしても構わない! 迷わずやるだけさ!」


 エアリアを抱き寄せて飛んでいく矢を見つめる。彼らの上から一緒に落ちてくるカヒナが発動した軽量化と浮遊の法術が作用しても、二人はその視線をずらさなかった。


追加加速装置セカンドブースター、点火!」


 ソード・ボウのトリガーが絞られた。同時に風のオオカミは球体から牙を外し、それのみを加速させる。風属性の法術は加速力を与えることに長けており、それは回避に最も適したものともされる。


 機皇巨神体の腕を擦り抜けた球体は、国王の眼前にまで到達した。その中には、エアリアのため込んだ法力が詰まっている。細い針のような法術が飛び出し、彼を縛り付けている拘束具を全て破壊し、その身柄を自由にした。


 そして、落ち行く体を後からやってきた風のオオカミが受け止める。国王をその背に乗せて機皇巨神体の体を駆け降りる。あまりにも巨大すぎるその体では、表面を駆けまわる個体にまで対応が及んでいない。


『……目障りだ!』


 体表をなぞるように電流が放出され、風のオオカミがはじけ飛ぶ。かろうじて国王は電流が到達する前に投げ出され、法術師たちがその身を受け止めた。


「陛下の救出成功! 降りるぞ、エアリア!」


 そしてラタとエアリアも、カヒナの導きで体勢を整えて地面へと着地する。

 主の前でソード・ボウを構えると、オルニス製とは違うコートをはためかせながら言い放つ。その隣に、腕に抱えていた黄昏色の髪の少女を降り立たせて。


「待たせてすまない。とびっきりの援軍を連れてきた!」

「キミがラタのご主人様だね。ボクはエアリア、ラタの――友達さ!」

「そうか。それは頼もしい!」


 はにかんだエアリアに、アエトスも笑顔で答える。たった一人の――軍と言えるかどうかは別として――援軍を連れてきたことを、アエトスは問わなかった。


「お前がとびっきりだというのなら、その通りなんだろうな」

「当たり前だ。出なきゃ、ここにカヒナはいない」


 振り向けば、遠くから走ってくる人の女性がいた。最後に見たウェディングドレスとは違うが、元気な姿がそこにある。


「カヒナ!」

「アエトス様!」


 飛び込んできた妻を抱き留めると、彼の顔は一層の希望に満たされたのか、随分と明るくなる。もう会えないのだと覚悟はしていたが、それが一瞬で消し飛んだ。


「どうやって、ここに? 《界遇》はもう終わっているはずなのに……」

「言っただろう。とびっきりの援軍だって」


 混乱気味な主の肩に、ラタは手を置いた。世界を渡る力、ビフレストというものについて、簡単に説明をすれば、アエトスも納得した。


「やっぱりお前は、俺とカヒナを繋げてくれるんだな」


 ラタたちはプラネトスの法術師たちの力を借りて準備を整えて、ビフレストを再度形成。虹の導くままに進んでいたところ、オルニス王国の上空を突っ切っていくことになった。

 そのまま虹の端まで乗っていると戦場に辿り着くのが遅くなりそうだったので、三人は途中で飛び降りた。その過程で磔にされていた国王の救出を敢行した。


「勲章授与は確定だ。さてカヒナ、いきなりで悪いが少し手伝ってくれるか?」

「はい、もちろんです! エアリアちゃん、あれをぶっ飛ばしちゃえばいいんですよね!」

「うん、思いっきりやっちゃって!」


 すでに怪物や獣相手には何度となくやってきたことなので、二人とも手馴れたものなのだろう。その身から、法力の猛りが炎のように吹き上がる。


『忌々しい者たちが集まってきたか! 誰も理想を理解せず、この掃き溜めの世界を維持しようと抗うばかり!』

「誰も理解しないに決まっているだろう」


『それは貴様らが下等であるために――』

「そうやって相手を最初から見下してかかるから、自分の理想を説くことすらない」


『説明されねば理解もできん奴らに、何を期待する!?』


 怒りに吠え立てる機皇巨神体、スピーカーから発しているのであろう音声それ自体が衝撃を持っているようだ。


「つまりお前は、最初から他人の理解なんて必要ないんだ」

「理想だなんだって言ってるけどさ、結局キミの理想、誰から望まれているのさ」


 ラタとエアリアの言葉に、機皇本人からの答えはすぐに返ってこなかった。


 機皇が何のために戦っているのか、エアリアも考えたことがないと言っていた。それは機皇自身、明確な目的と到達点を明示していなかったからこそ、彼の行為が侵略行為でしかなかったからだ。むろん、明確な目的があろうがなかろうが、その世界に住む者にとってはただの侵略であるのは間違いない。


「世界の剪定、その意味はだいたい予想できるよ。なんでそんな与太話を信じることになったのかは理解できないけど」

『与太話……? 違う、断じて違う!』


 轟、と吠える機皇巨神体。空気が振動でビリビリと震える。兵士たちの中にはそれだけで気絶してしまうものもいるが、ラタたちは顔を歪めながらも立っている。


『私は機皇! 神都に選ばれた剪定者! この世界に正しき未来を――』

「お前の理想や目的が正しいとか間違っているとかなんて、どうでもいい」


 ピシリと、ラタの言葉が遮る。機皇巨身体の発する声ならば、普通の人間が遮れるはずもない。だが、彼の言葉に機皇の言葉は遮られた。


 彼の手の中で回ったソード・ボウは形状を剣から弓に変え、背負った矢筒から引く抜いた一本を番える。その矢は、プラネトスの協力でこしらえたものだった。法弾、矢、対弾性コート、プラネトスの協力あって初めて、彼は戦場に戻ってこられた。


「前に言っただろう。アエトスたちの、この世界の未来にお前は邪魔だ」


 打ち上げられた矢は機皇巨神体の顔の前で弾け、強烈な光を放つ。機皇巨神体の頭部にある各種センサーに障害を与え、彼らが動く一時を稼ぐ。


「エアリア、カヒナ、予定通りにやるぞ。アエトスへの伝達は頼んだ!」

「うん、まっかせて!」


 走り出そうとしたラタに向けてエアリアは持っていた別の矢筒を投げつける。それを背負って離れていくラタを見送ったエアリアは、すぐに踵を返してアエトスを見る。


「というわけだから、力を貸してよ。王子様」


 右手に取ったカエルムのペンダントが、法力できらりと光った。



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