6-2 二人の聖女
涙を流し晴れ上がった目元を拭ったカヒナは、ラタの言葉に何度も頷きながら状況を理解していった。
「じゃあ、《界遇》以外にも世界を渡る方法があるんですね」
「ああ、エアリアと俺の秘積物を使えば、ほぼ確実な移動ができる」
先ほどまで泣き腫らしていた顔とは打って変わって、力強い輝きに満ちた顔になっていた。どういうことか、彼女の顔はがぜんやる気に満ちている。
「つまり、最終的には、その機皇を
聖女というのは、物騒な物言いをするのが基本なのだろうかと、ふとラタは思う。
しかし、聖女を含めカエルム教会は
何より心強い言葉だと思えるのは幼馴染であるから、なのだろうか。だが――
「言われる前に言っておくが、君を連れていくことは俺のプランには含まれていないぞ」
ラタの言葉に、カヒナはギロリという音が付きそうな目で睨む。
「それはあんまりです! ラタくん、私はもうアエトス様に会えなくなると思っただけで胸が張り裂けそうな思いがして、居ても立っても居られない状況なんです! なのに、なのにラタくんは私に待っていろというんですか!?」
「そうだよ、ラタ。大切な人のために頑張ろうって子を危ないからって放置するなんて、男らしくないよ。俺についてこい! くらい言ってみなよ」
余計なところから援護射撃が飛んできた。同じ聖女だからだろうか、気が合ってしまったらしい二人は、どうやってあの機皇を叩きのめすかという話題で盛り上がり、それぞれの得意法術を教え合っている。
お互いその国で最高峰の法術師として選ばれた存在。確かに数十人の兵士を連れて行くより、よほど機人相手の戦力になるだろう。
「それを護衛する俺の疲労を考えてほしいし、なによりアエトスは君が危険にさらされるのを望んでいないから、君を先に逃がしたんだろう」
「それは、まだ《界遇》が残っていましたから。もしこのまま戦争が終わっても、アエトス様に会えないなんて絶対に嫌です! けれどエアリアちゃんがいれば移動できるんですよね? ねえ」
がしっ、カヒナはとエアリアを背後から抱き寄せる。五歳以上歳が上のはずのカヒナが妙に子どもっぽく思えるのは、その行動のせいだろう。
体形という点では明らかにカヒナが年長だと理解させてくれるが、あいにく精神的にまだ多少不安定らしい。
彼女の精神安定のためにも、一緒に連れて行くのが一番いいかもしれない。そうでなければ、エアリアのビフレストを見様見真似で再現とかしかねない。
少なくとも、ラタはそう判断する。
「君が足手まといになるとは思っていない。むしろ貴重な戦力になりえる。けどな……」
「連れて行ってあげようよ。ラタがそばに居られなくても、ボクが一緒に居るからさ」
カヒナの腕の中に納まった状態のエアリアは自分の体を包む腕をさらに包み返す。
「確かに戦いが終わった後でもカヒナを送り届けることはできる。でも彼女は、ただ待っているだけの深窓の令嬢ってわけじゃないんだからさ。なら、大好きな旦那さんを助けに行かせてあげるのも、臣下の役目なんじゃないかな」
「俺の役目は安全確保が最優先なんだって……」
エアリアの言葉にため息交じりに額を抑える。だが、そう主張するエアリアの言葉が、分からなくはない。
この場で最も長くアエトスを守ってきたラタだからこそ、その妻となるカヒナの気持ちもよく知っている。知っているからこそ、彼女がこんな時に立ち止まって待っていられる性分ではないことも、よく知っている。
勝手に行かれるより、堅実な方法を選ぶべきだ。
「わかったよ。カヒナ、エアリア。一緒に、アエトスの下に行ってくれ」
「はい。ラタくん、ありがとうございます!」
「カヒナの安全は任せといてよ。ま、カヒナの力なら必要ないかもだけどさ」
アエトスとカヒナ、二人が一緒に居られて、彼らが心を痛める状況でさえなければ、ラタはそれで構わない。
ならば、連れていく判断を取るのは、案外自分らしい答えなのではないかとも思う。
「こうなったら、とことん、徹底的に機皇をぶちのめしてやる」
それなりに溜まった鬱憤も、まとめてぶつけてやると心に誓った。
そして第十五番世界からの出発前、エアリアとラタは到着後の動きを相談していた。
「星征樹の天辺にはね、一つの都市があるっていう話が、第一から第三番世界には残っているんだ」
「都市? 樹上集落のようなものか?」
「外見まではわからないけど、ボクがイメージしたのは幹の一番上が平らになっていて、その上に都市があるって感じかな」
実際に見たことがあるわけではないので、彼女としてもイメージでしかない。
しかし、神都と聞いて思い浮かべるのは、それくらいだ。
「そんなものがあるっていう確証もないし、機皇がその星征樹の上にある都市から命令を受けていたっていうのも、にわかには信じがたい。でも――」
「機皇ほど頑丈なプライドを持っている奴が、命令されることを誇りとしているなら、存在しないはずがない、か」
そうでなければ機皇は誇大妄想の狂人ということになる。あながち間違っていないように思えるが、それでも妄想だけであの傲慢さが形成できるとは思いたくない。
「機皇を倒せても、問題は解決しないかもしれないんだな」
「そういうこと」
ここで勝ったとしても楽をさせてもらえるわけではない。むしろ問題が先送りになっただけなのかもしれない。
「だけど、最初にあいつをどうにかしないことには、事態も腹の虫も収まらない」
「それはわかる。でも大地が崩壊したら、もう何も残らないから、そっちも同時に対処しなくちゃいけないのさ」
エアリアの冷静な指摘に、ラタは額を押さえる。オルニス王国へ帰れる、カヒナとアエトスを再開させることができる、そう思うといささか舞い上がっているらしい。彼らのこの十年間の努力に水を差され、ようやく正常に戻せそうだという時なのだから、仕方がないとエアリアもわかっている。
だからこそ、なおさら冷静でなくてはならない。
「そもそも、世界の剪定なんて、どうやってやるんだ?」
「星征樹の枝そのものを斬り落とすことなんてできるはずはない。第一、それができるならわざわざ他の世界を攻撃して占領する必要なんてないからね」
つまり、相手の国を支配し、十分に時間をかけて行うことがあるから、機皇軍が派遣される。すでにいくつかの世界が機皇の支配下にあるが、未だに剪定――つまり消滅したような世界は確認されていないという。
機皇の気まぐれなのか、それとも時間がかかる要因が別に存在するのかわからないが、オルニス王国のある第六番世界を繰り上げで剪定することになったのだ。
「星征樹の枝を切れないのなら、そこに繋がっている大地のほうを分離させてしまえばいい。樹になった実を取るのに、わざわざ枝を切るより実をちぎったほうが楽だからさ」
「じゃあ、機皇の基地から流れ出てくるあの流体金属は、星征樹の枝と大地を切り離すために流れ出ているということか」
「普通、星征樹の枝がその世界のどこに存在するかなんて、現地を調べ尽くさないとわからないものだけど、オルニス王国は少し特別だ」
機皇軍が攻めてきたのは、王都とそこにある城。オルニス王国の王城は、巨大な樹に沿って造られている。
「まさか……!」
「そう、キミたちのお城は大樹の枝先を加工して作られた城なんだ。同じような建造物は、他の世界にもあるから、間違いない」
他の世界、特に砂漠が広がるような第十三番世界などでは見つけるのに苦労するだろう。基地を残して次の世界に出発したのは、基地に星征樹の枝先の発見を任せたからだ。
「だから機皇は、王城へ直接攻撃を仕掛け、秘積物を確保し、あの流体金属を流し込んで、剪定準備を行ったんだよ。どれくらいの時間がかかるかは、わからないけど」
「神都とやらの命令で、か」
「うん。より良い世界を作るために一部不要な世界を剪定せよ、って命じられたって言うことらしいからね」
彼女の言葉に、ラタは少しだけ俯く。
「機皇を倒したとしても、まだやるべきことがあるんだな」
安息の日々は時間とともに遠ざかっているように思えたからだ。だからと言って、へこんでいる暇などないのだが。
「そのためにもまず、キミの世界を救うことから始めようよ」
オルニス王国突撃まで、あと二時間というところだった。
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